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グレード制

グレード制(グレードせい)またはグループ制(グループせい)とは、競馬および公営競技における競走の格付け制度の1つである。

グレード制解説

グレード制は、1971年にイギリス・フランス・アイルランドの競馬でグループ制が導入されたことを受け、1973年にアメリカ合衆国・カナダ間で始められたものである。

その後南アフリカ共和国(1981年)などが続き、日本でも1984年に中央競馬が導入した。
以後、日本ではグレードを興行のブランド化する手法が他の公営競技でも広く受け入れられ、競艇・オートレース・競輪でも主要競走がグレードによって格付けされるようになっていった。

各競技間の互換性はないが、競馬では主要国間(アメリカ合衆国、カナダ、日本[1]、南アフリカ共和国・ジンバブエ)で格付けに互換性があり、グループ制導入国の主要国間(イギリス、フランス、アイルランド、オーストラリア、アルゼンチンなど)とも互換性がある。

略称はどちらもG1、G2、G3である。障害競走では平地競走でグループ制を導入している国でもグレード制で格付けを行っている。
グレード制では、各競走をレベルや重要度の高い順にグレード1、グレード2、グレード3と格付けする。競馬ではグレード制における最高峰の格付けはグレード1であるが、競輪・競艇・オートレースではグレード1の上にそれぞれグランプリ、スペシャルグレード、スーパーグレードが設定されている。またオートレースにおいてはグレード3の格付けを持つ競走は、現在は存在しない[2]。

それぞれのグレード制の詳細については以下を参照。

競馬の競走格付け
競輪の競走格付け
競艇の競走格付け
オートレースの競走格付け

グレード制その他

テニスやゴルフのツアーサーキットなど公営競技以外のプロスポーツでは、グレード(グループ)制という表現ではないが、「メジャー」と呼ばれる高い位置付けがされた大会が存在する。競馬で言うと、グレード1に相当する大会である。

テニスのウィンブルドン選手権など
ゴルフのマスターズ、全米オープン、日本オープン、日本プロなど→日本ゴルフツアー機構を参照。

グレード制脚注


^ ただし、中央競馬が最初に導入したグレードは中央競馬独自のグレードであり、2009年までは国際的な互換性があるのは一部の競走に過ぎなかった。2007年度から2009年度まで、国際グレードの付かない重賞レースは「Jpn」表記となった。ただし、この場合でも「ジーワン(JpnI)」などと表現するが「グレードワン」と表現しない。2010年からは中央競馬のグレードと国際グレードがすべての競走で一致するようになり、「Jpn」表記はダートグレード競走のうち地方競馬で開催される競走にのみ付けられている。
^ かつては、ジュニア選手権、若獅子杯争奪戦、関東地区選手権、九州選手権、関東ジュニア選手権がグレード3に格付けされていた。

グランプリ

グランプリとは日本中央競馬会(JRA)が施行する競馬の重賞競走でファン投票によって出走馬が決定される有馬記念の副称で、有馬記念、宝塚記念の総称である。

グランプリ解説

競馬においてファン投票で出走馬が決定されることは世界的にも類を見ないものであったが[1]、1956年に当時の日本中央競馬会理事長であった有馬頼寧がプロ野球のオールスターに倣ってファン投票方式を発案し、「中山グランプリ」として創設されたのがグランプリレースの始まりである。翌年、有馬が死去したため、有馬の業績をたたえて同競走は「有馬記念」と改称された。 有馬記念は3歳馬と古馬との対戦の場として、また1年の締めくくりとして、「競馬の祭典」としての性格を持つようになった。

1960年に、有馬記念に匹敵する大競走を関西で開催したいという要望からファン投票方式を倣った宝塚記念が新設された。 有馬記念が「グランプリ」であるのにならって、宝塚記念は「夏のグランプリ」と呼ばれることが多いが、正確には宝塚記念はグランプリではない。

グランプリ脚注

^ 現在は地方競馬(ホッカイドウ競馬の道営記念など)でも採用されている。

関連項目
グラスワンダー(グランプリ3連覇)

クラシック

競馬におけるクラシックまたはクラシック競走(Classic Races)とは、各国の3歳馬による三冠を形成する競走を指す。

またクラシック競走であるダービーステークスの施行距離から派生して、芝1マイル1/2または2400メートルの距離をクラシックディスタンスと呼ぶ。

クラシック概要

「クラシック競走」という言葉は元来イギリスのサラブレッド競馬の黎明期から作られていた伝統的な競走を指していた。一般的に以下の5競走がクラシック競走として呼ばれ、いずれも格の高い競走として位置づけられている。

2000ギニー(1809年創設。3歳牡馬牝馬限定)
1000ギニー(1814年創設。3歳牝馬限定)
オークス(1779年創設。3歳牝馬限定)
ダービーステークス(1780年創設。3歳牡馬牝馬限定)
セントレジャー(1776年創設。3歳牡馬牝馬限定)

当初は古くからある競走としてそれぞれ独立したものであったが、やがて牡馬が出走できる2000ギニー・ダービー・セントレジャーの3競走、牝馬限定の1000ギニー・オークス(およびセントレジャー)を制することに意義が持たれるようになった。その達成馬に「クラシック三冠」という特別な称号が与えられるようになると、その傾向はより強くなっていった。

この三冠の概念は後にアメリカ合衆国の競馬界などにも導入され、古くからある競走で三冠を形成したり、イギリスに倣って三冠を形成する競走をクラシック競走と呼ぶようになった。

牡馬の競走に関しては2000ギニー・ダービー・セントレジャーの3競走を模倣して創設されたものが多い一方、牝馬の競走に関してはばらつきが多く特に3冠目の競走が牡馬のものとは別に新設されている場合もある。

主催する国・地域によって若干の違いはあるが、多くのクラシック三冠競走ではイギリスのものと同じく出走条件に「3歳馬限定」という決まりがあり、どの競走馬もクラシック競走に出走する機会は一生に一度だけである。またこれらの競走は種牡馬や繁殖牝馬の価値を高めるための選定競走と位置づけられているものが多く、去勢された騸馬が出走できない場合が多い。またクラシック競走には事前にクラシック登録が義務付けられているものが多く、現代ではその制限は緩和されつつあるが、かつてはその制度がもとでクラシックに出走する機会を得られなかった馬も存在した。

重要なのはクラシック5競走で優勝することであるが、ほとんどの場合でそれらの競走のみに出走することはなく、前哨戦(プレップレース)を何戦か経験してから本番に挑むのが通例である。これらの前哨戦を含めたクラシック競走に至るまでの道筋は「クラシック路線」などと呼ばれ、優勝候補同士の力比べや距離適性、勝算の有無を見定めるためなどに役立てられる。一部の競走には、クラシック競走本戦への優先出走権を得ることができるものもある。

クラシック競走は基本的にいずれの施行団体においても価値のある競走として位置づけられているが、時代の変遷とともに長距離競走の価値が下落し、その影響でセントレジャーおよびそれに相当する競走もまた価値が下落しつつある。このため、一部の国では本来3歳限定戦のセントレジャーを古馬の出走を可能にするよう条件変更したり、距離の改定を試みられるなど、クラシックとしての価値が減衰・消失しているところが見られる。

各国のクラシック

イギリス・アイルランド


クラシック発祥の地であるイギリスのクラシック競走においても、すでに三冠の価値は大きく下落している。2000ギニーとダービーはともに権威ある競走として扱われているものの、距離体系の違いからその両方に出走する陣営は非常に少なくなった。特にセントレジャーはそこに出走する価値そのものの下落が激しく、1970年にニジンスキーが凱旋門賞で敗れたときもセントレジャーを経由するローテーションが原因であったという指摘があるなど、その存在意義は薄れる一方である。

アイルランドでもクラシック三冠競走は存在したが、1983年にアイリッシュセントレジャーが古馬に開放され、三冠競走の体系は消滅している。またアイリッシュダービーは開催時期からイギリスやフランスのダービー馬などが集う場として利用され、こちらもすでにクラシックとは名ばかりのものになっている。

日本


中央競馬

中央競馬のクラシック三冠はイギリスのクラシック競走を模範として形成され、皐月賞・東京優駿(日本ダービー)・菊花賞・桜花賞・優駿牝馬(オークス)の5競走がクラシック競走として創設された。

当初は牝馬の3冠目(ただし、牝馬は2冠までという考え方もあった)は本家と同様に菊花賞がそれに相当したが、1970年に3歳牝馬限定戦のビクトリアカップが創設され、後に同じ役割を果たす競走としてエリザベス女王杯、そして秋華賞が創設されると、牝馬三冠の最終戦はこれらに役割が移された。ただし、この新設された競走がクラシック競走と呼ばれることはなく、現在もクラシックは当初の5競走を指す言葉として使われている。

中央競馬においても世界的な傾向と同じく長距離競走の人気が低下しているが、現在でも菊花賞の価値は高く保たれており、クラシック三冠の価値も今もって最高の評価として健在である。ただし出走可能な競走の選択肢が増えたことから、皐月賞ではなくNHKマイルカップから日本ダービーに出走したり、菊花賞に向かわず天皇賞(秋)に出走する3歳馬も出ている。

中央競馬のクラシック三冠競走にはかつては厳重な出走制限があり、クラシック登録のない馬は出走できなかったほか、外国産馬や地方競馬所属馬に対する出走規制も存在した。現在ではクラシック追加登録制度の適応や、段階的に行われた出走規制撤廃などを経て、せん馬を除くほとんどの中央所属馬が出走できるようになった。2010年より、外国調教馬(海外からの遠征馬)の出走も可能になった。

地方競馬


各地方競馬団体においてもそれぞれの地域ごとに、優秀競走馬選定を目的としたクラシック競走は行われており、サラブレッド以外のアングロアラブ競走やばんえい競走においても三冠競走が存在する。現在主流のサラブレッド競馬においては他地区との交流も盛んに行われており、一部のクラシック競走は中央所属の競走馬も出走可能なダートグレード競走である。

近年はこれらの優勝馬と中央競馬のダート路線の優秀な3歳馬を集め、盛岡競馬場のダービーグランプリにおいて全国のダービー馬同士の対決が企画されていた。ダービーグランプリのグレード撤廃後は、同様の役割を大井競馬場のジャパンダートダービーが担っている。

アメリカ合衆国・カナダ

アメリカ合衆国では、クラシック競走といえば同国でもっとも大規模な三冠を形成するケンタッキーダービー・プリークネスステークス・ベルモントステークスの3競走のことを指している。これらは当時盛り上がりを見せていたこの3競走を制したギャラントフォックスが三冠馬と呼ばれたことがきっかけで呼ばれるようになったもので、イギリスの各競走を模したものではない。またそれらより古くからあるトラヴァーズステークスなどの競走、セントレジャーを模して創設されたローレンスリアライゼーションステークスなどの競走もあるがそれらがクラシックと呼ばれることはまずない。

アメリカの牡馬クラシック競走には騸馬の出走が認められており、現在までにエクスターミネーターなど8頭のケンタッキーダービー馬が誕生している。

それぞれの競走はダートの馬場で行われ、また春季の約1ヵ月間で三冠戦が終わるという非常に短い期間も特徴的である。ダートとしては長丁場のベルモントステークス(12ハロン・約2414メートル)に関しては他国のセントレジャー相当競走と同じくしばしば距離短縮の提言が上げられることもあるが、現在まで条件の変更もなく地位を保ち続けている。

また、牝馬の競走においてクラシック競走と呼ばれていたものにコーチングクラブアメリカンオークスがあるが、クラシックの意味が上記牡馬三冠競走を意味することが多くなった現在においてはあまり使われない表現である。クラシックとは無関係だが三冠路線は存在し、特にニューヨーク牝馬三冠(エイコーンステークス・コーチングクラブアメリカンオークス・アラバマステークス)は同国最大の牝馬三冠路線として位置づけられている。しかし王道の中距離路線に出走する多くの牝馬にとっては5月のケンタッキーオークスが最大の目標になっており、同競走を絡めた新たな三冠体系の確立の検討も行われている。

カナダでは1949年に三冠設置が提唱されて、クイーンズプレート・プリンスオブウェールズステークス・ブリーダーズステークスの3競走がカナダクラシック三冠競走として位置づけられた。ただしいずれの競走もカナダ国内所属の競走馬のみ出走可能な競走で、かつカナダの競走馬でもアメリカクラシック三冠に挑むこともできるためそれに比べると価値は一枚落ちる。これらの大規模な三冠のほか、競馬場を運営する各団体ごとに三冠競走が設定されている。

クラシック関連項目

三冠 (競馬)
ダービー (競馬)

距離

競馬における距離(きょり)では、競馬での距離の算出方法についての説明をする。

競馬の距離


競馬の競走毎に分かれており、大まかに短距離、マイル、中距離、中長距離、長距離と5つに分離される事が多い。競走馬によって距離の得意、不得意があり、不得意な距離の競走に出走すると凡走するパターンが非常に多い。

距離の単位にはメートル法あるいはヤード・ポンド法を用いるところがある。前者は主にフランス、イタリア、ドイツ、香港、日本など、後者は主にイギリス、アメリカ合衆国、アイルランド、オーストラリアなどで表記される。
負担重量の単位も違い、メートル法を用いるところはキログラム、ヤード・ポンド法を用いるところはポンドで表記している。

超短距離

220ヤードから880ヤード辺りの距離を指す。アメリカンクォーターホースかあるいは特別にこの距離に特化したサラブレッドが走る距離である。下の短距離から長距離とは別の競走体系を持ち、基本的に交流は無い。クォーターマイル」と呼ばれるようにG1は1マイルの1/4、440ヤード(約402m)付近に集中している。アメリカ、オーストラリアに相当数存在する。

短距離

Sprint(短距離)1000~1400 m未満
「スプリント(戦)」とも呼ばれ、短距離を得意とする競走馬は「スプリンター」と呼ばれる。主に1400メートル(7ハロン)までの競走を短距離戦と呼ぶ。短距離GIレースのほとんどは、基本的に1000メートルから1400メートルで行われることが多い。

短距離のG1級競走


ジュライカップ
アベイ・ド・ロンシャン賞
モーリス・ド・ゲスト賞
ブリーダーズカップ・スプリント
ゴールデンスリッパーステークス
ライトニングステークス
ウィリアム・レイドステークス
ドバイゴールデンシャヒーン
香港スプリント
高松宮記念
スプリンターズステークス など
短距離で活躍した競走馬
デイジュール
サイレントウィットネス
テイクオーバーターゲット
アパッチキャット
セブリング
シーニックブラスト
サクラバクシンオー
デュランダル
ローレルゲレイロ
など
マイル

Mile(マイル)1400~1900 m未満


単位のマイル(1マイル=約1609メートル)から由来しており、マイルを得意とする競走馬は「マイラー」と呼ばれる。主に1400メートル(7ハロン)から1800メートル(9ハロン)までの競走をマイル戦と呼ぶ。なお日本の競馬では1600メートルのみをマイル戦と定義する傾向があり、1400メートルはスプリント、1800メートルは中距離走に分類されている。

マイルのG1級競走

2000ギニー
アイリッシュ2000ギニー
セントジェームズパレスステークス
クイーンアンステークス
サセックスステークス
クイーンエリザベス2世ステークス
ジャック・ル・マロワ賞
ムーラン・ド・ロンシャン賞
メトロポリタンハンディキャップ
ブリーダーズカップ・マイル
フェブラリーステークス
桜花賞
NHKマイルカップ
ヴィクトリアマイル
安田記念
マイルチャンピオンシップ
ジャパンカップダート
阪神ジュベナイルフィリーズ
朝日杯フューチュリティステークス
マイルで活躍した競走馬
テューダーミンストレル
ブリガディアジェラード
ミエスク
スピニングワールド
ロックオブジブラルタル
ゴルディコヴァ
ドクターフェイガー
タイキシャトル
ダイワメジャー
ウオッカ
など

中距離


Intermediate(中距離)1900~2200 m未満

主に1800メートル(9ハロン)から2200メートル(11ハロン)未満までの競走を中距離戦と呼ぶ。現在世界でもっともスタンダードとされる距離で、ほとんどのタイプの馬が出走しやすいのが特徴。基本的には2000メートル前後のことを中距離といい、2200メートルも世界的に見れば中距離にしてはやや長い部類に入る。
中距離のG1級競走
プリンスオブウェールズステークス
エクリプスステークス
インターナショナルステークス
アイリッシュチャンピオンステークス
チャンピオンステークス
ケンタッキーダービー
プリークネスステークス
ブリーダーズカップ・クラシック
ドバイワールドカップ
コックスプレート
香港カップ
皐月賞
秋華賞
天皇賞(秋)
中距離で活躍した競走馬
ジャイアンツコーズウェイ
ファンタスティックライト
シーザスターズ
ドバイミレニアム
サンデーサイレンス
シガー
インヴァソール
ダマスカス
サンライン
アグネスデジタル
など

中長距離


Long(長距離)2200~2800 m未満

主に2200メートル(11ハロン)から2700メートル(13ハロン)位までの競走を中長距離戦と呼ぶ。中長距離で最もスタンダーとされるのは2400メートル(12ハロン)であり、この距離をクラシックディスタンスと呼ぶ。フランスの凱旋門賞やイギリスのキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスなど各国の最高峰の競走が中長距離を採用している。しかし、現在は若干、有力馬の多くが中距離レースに出走することが多くなってきている。
中長距離のG1級競走
ダービーステークス
オークス
アイリッシュダービー
凱旋門賞
ベルモントステークス
ブリーダーズカップ・ターフ
キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス
優駿牝馬
東京優駿
宝塚記念
エリザベス女王杯
ジャパンカップ
有馬記念
中長距離で活躍した競走馬
リボー
シーバード
ミルリーフ
アレッジド
シャーガー
ラムタラ
モンジュー
シンダー
テイエムオペラオー
ハーツクライ
ディープインパクト
など

長距離

Extended(超長距離)2800 m以上

長距離を得意とする馬は「ステイヤー」と呼ばれる。主に2800メートル(14ハロン)以上の競走を長距離戦と呼び、G1ではステイヤーよりもオールラウンダーの活躍が目立っていたが、現代では競走馬のスペシャリスト化によってステイヤーが活躍している。世界的に主流距離から外れていく中、オーストラリアのメルボルンカップのようにまだ権威や賞金が高い競走もある。
長距離のG1級競走
アスコットゴールドカップ
セントレジャー
アイリッシュセントレジャー
ロワイヤルオーク賞
カドラン賞
メルボルンカップ
天皇賞(春)
菊花賞
長距離で活躍した競走馬
マカイビーディーヴァ
アリシドン
イングランディーレ
ライスシャワー
ホットシークレット
アイポッパー
デルタブルース
アドマイヤモナーク
トウカイトリック
ザッツザプレンティ
など
その他

ごく稀に距離を選ばず活躍する競走馬が存在する。これらの競走馬は「オールラウンダー」と呼ばれ、数々の大レースを制する名馬が多い。以下に挙げる馬は距離を選ばず活躍した馬である。なお、今日のように距離適性の概念ができる以前は、マイル~4000mくらいまでこなす馬が多数存在した。例:グラディアトゥール(マイルから6400mまで)。
ニジンスキー – マイルから長距離まで
ゴーストザッパー – 短距離から中距離まで
タケシバオー – 短距離から長距離まで
シンボリルドルフ – 短距離から長距離まで
オグリキャップ – 短距離から中長距離まで
ナリタブライアン – 短距離から長距離まで
グラスワンダー – 短距離から中長距離まで
エルコンドルパサー – マイルから中長距離まで
ダイワスカーレット – マイルから中長距離まで
など

障害競走



ばんえい競走


ばんえい競走は日本独自の競走であるが、公式競技(帯広競馬場1箇所のみ)では一律200mである。
繋駕速歩競走

フランスを中心に長距離の競走も行われるが、大半はマイルで行われる。
                           (引用 ウィキペディア)

九州産馬

九州産馬(きゅうしゅうさんば)とは、九州地方で生産された競走馬のことである。

かつて、九州地方(主に南九州地区)での競走馬の生産は盛んであったが、戦後、馬産地の中心が北海道地方へ移り、かつ大規模化していった事もあって、九州地方の馬産地としての地位は低下していった。

北海道に比べて競走馬生産の規模が小さい事から、生産を奨励する目的で、中央競馬(JRA)においては小倉競馬場での2歳戦の一部競走、地方競馬においては荒尾競馬場の一部競走が九州産馬限定競走として行われている。

現在では種付けを北海道の種牡馬と行い、その後種付された繁殖牝馬を九州に戻し、出産は九州で行うという、いわば持込の九州産馬が増えてきている。自己所有している種牡馬を中心に配合しているテイエム牧場がその代表格である。

その結果、九州の種牡馬から生まれた産駒の限定競走における賞金の割合は減っているものの、血統のレベルは上昇しており、重賞戦線で活躍できる馬が出現する確率は高くなった。

主な九州産馬限定競走

ひまわり賞 (小倉競馬)(JRA小倉競馬場)
霧島賞(荒尾競馬場)
たんぽぽ賞(荒尾競馬場)

主な九州産馬

括弧内は主な勝ち鞍
キングスピード(京都杯)
フェロースピード(小倉大賞典)
ニルキング(デイリー杯3歳ステークス)
ケンセイグッド(日経新春杯)
アオイライコー(東京盃、大井記念)
ゴールドイーグル(大阪杯、マイラーズカップ)
ミクニノホマレ(菊水賞、播磨賞)
ダンツセントー(アネモネステークス)
シンセイマーク(たんぽぽ賞、霧島賞)
コウエイロマン(小倉3歳ステークス)
テイエムチュラサン(アイビスサマーダッシュ)
コウエイソフィア(トゥインクルレディー賞)
コウエイトライ(小倉サマージャンプ、阪神ジャンプステークス、東京オータムジャンプ、新潟ジャンプステークス)
テイエムトッパズレ(京都ジャンプステークス)
タガミホマレ(楠賞全日本アラブ優駿、六甲盃、兵庫大賞典、新春賞、園田金盃)
スマノダイドウ(アラブダービー)
ウットマン(全日本サラブレッドカップ、霧島賞、名古屋大賞典)
コウエイノホシ(大井記念)
コウエイハート(ひまわり賞、紅梅ステークス)

九州で繋養されていた主な種牡馬


カブトシロー
ハッピープログレス
ブラックスキー
シンウルフ
マークオブディスティンクション
ダンツシアトル
サイレントハンター
ロドリゴデトリアーノ

脚質

脚質(きゃくしつ)とは、公営競技において競技対象の走行の方法に関する分類のことである。以下、本項では主に競馬における競走馬の代表的な脚質について記述する。

脚質概要

馬とは基本的に臆病であり、他馬がいるとそれを追走する習性をもつため、コースやレースに参加する馬の個性にもよるが、概ねレース中は縦長な展開になることが多い。

そのため、レースに参加する馬によっては、その位置取りが有利に働くこともあれば、不利に働くこともある。

これは基本的にその馬の性格や能力によるものであり、それを脚質と呼ぶ。
通常であればその脚質通りの位置取りでレースをする事が望ましいとされるが、レース展開やコース状態、レースに参加する馬によっては、その馬が苦手とする位置取りにあえて挑戦することもしばしばである。

また、「キレのいい脚」や「長く使える脚」なども脚質と呼ばれることがあるが、通常脚質とはレース中の位置取りを指し、これらの表現はその脚質を決定づけるであることが多い。

逃げ

競走開始直後から先頭に立ち、そのままゴールインすることを目指す走行方法。
基本的に周囲に他競技対象がいないため、最短最良の走路を走ることが出来るメリットがある反面、他の競技対象から目標にされやすい。

また、空気抵抗を他の馬より受けるというデメリットがある。競馬においては、専門用語で先頭の事を「ハナ」、先頭に立つことを「ハナをきる・ハナに立つ」などという。勝つときは一度も他の競技対象に先頭を譲らないため「逃げて勝つのが一番強い」と言われている。一方で人気薄の競技対象が勝利を挙げるときもこのパターンが多い。

この場合は警戒されにくいためマイペース[1]で競走することが可能だからである。なお、競技対象のひとつが単独で逃げることを単騎逃げといい、一般的にこの状態が逃げ戦法の理想とされる。複数の競技対象が逃げを行った結果、先頭を奪い合う状態のことを「逃げ競り合い」や「ハナの競り合い」などと表現される。この場合、競走のペースが極めて速くなることが多く、その結果競り合いをした競技対象同士が、後半までにスタミナを消耗して大敗することも多い。逃げ戦法には、ゲート出の上手さ[2]、直後のダッシュのスピード[3]、レース前半からある程度のスピードで走り続けるスタミナなどが必要とされる。

逃げ戦法を用いて先頭を譲らず、そのまま先頭でゴールする[4]ことを「逃げ切り」という。ただし、競走中に一度先頭を奪われた競技対象が、再び先頭を奪い返して勝利する場合もあるが、これは逃げ戦法を用いた競技対象であっても逃げ切りとは呼ばず「(逃げ)差し返し」のが一般的である。

反対に、逃げ戦法を用いたがスタミナ配分が上手くいかず、競走終盤に満足なラストスパートができずに敗北することを「逃げ潰れ(つぶれ)」などといわれる。また、逃げた馬とその直後につけた馬がそのまま1・2着でゴールインすることを「行った行った」という。

基本的に、ミドル~スローペースのほうが、後半のラストスパートに備えてスタミナを温存できる為有利といわれ、このような走り方を「溜め逃げ」という。ただし、逃げ馬の中には、やや速めのペースで逃げて、自らを追走する後続馬のスタミナを浪費させてそのまま粘りこむ戦法を得意とする競走馬もおり、アイネスフウジン、ミホノブルボン、ダイワスカーレットなどが当てはまる。

競馬において逃げの戦法を多用する競走馬を逃げ馬(にげうま)という。逃げ馬になる理由には主に『気性的理由』と『能力的理由』とがある。気性的理由で逃げ馬になった馬には、気性が激しかったり臆病であったりなどして他馬に並ばれることや砂を浴びることを嫌がる馬や、レース後半まで騎手の指示に従いペースを抑えて走り続けることの出来ない馬[5]が多い。

前者の代表としてはカブラヤオー[6]が挙げられる。能力的理由で逃げ馬になった馬には、絶対的なスピード不足を補うために他競技対象が抑えて走るレース前半でリードを作っておこうとして逃げている馬が多い。ただし、例外的に、競走能力に極めて勝る競走馬が、他の他競技対象に「レース後半までスタミナを維持できる範囲内では追走することが困難だ」と判断させることで逃げ続け、結果として「逃げ馬」と呼ばれるようになる場合もあるとされている。

大逃げ

2番手以下の馬を大きく引き離す逃げ。
大逃げを行うことを「大逃げを打つ」と言われる。大逃げを行うとレース中に2番手との差が極端に開き、特に長距離競走ではその差が顕著となる。第82回天皇賞では、プリテイキャストが大逃げを行った結果、道中で2番手以下を100m以上引き離して、そのまま勝利した例もある。しかし、多くの場合は相応の実力と、馬場状態や他馬の動向などが有利に働くこと等が必要で[7]、それらに恵まれないと大逃げしてもレース後半にスタミナが保てず、大きく失速して大敗という結果となる。

大逃げを多用した代表的な競走馬にサイレンススズカ・セイウンスカイ・ツインターボ・メジロパーマー・エイシンワシントン・アドマイヤメイン等がいる。日本の競馬では、一昔前にはGIなどの大レースにおいて大逃げをする競走馬がいた。このような大逃げは実力的に大きく劣る競走馬が、「せめてテレビ中継によく映るように」という馬主の要望によって行われることが多く、そのような競走馬はテレビ馬と呼ばれていた。但し、現在は出走頭数制限[8]とレース体系が整備されているためその様な馬は殆ど存在しない。

もっとも、『勝つための戦術』としての大逃げは無くなった訳では無い。競馬の格言で「人気薄の逃げ馬は買い」と言われるように、後続集団で有力馬が互いに牽制し合い、ゴール前の直線でスパートをかけるも逃げた馬を捕らえ切れなかったということで波乱をまねく結果が少なからず発生している。

代表例として、第129回天皇賞のイングランディーレ(単勝配当7100円)や、第34回エリザベス女王杯のクィーンスプマンテ(単勝配当7710円)、それに付いていく形で2着に粘ったテイエムプリキュアなど。他にも、重馬場のときにあえて前半に突き放し終盤に重馬場のため後方待機の馬が届かないことを見越して逃げるときもある[9]。

戦術というよりも馬の個性を生かす大逃げの場合は、大別すると
絶対的な能力(スピードまたはスタミナあるいは両方)の違いによる
一定のラップを刻み後続馬にも脚を使わせた上で粘りきる
抑えの利かない気性のままに先行する
の三通りとなる。

1の例としてはトキノミノル、マルゼンスキー、サイレンススズカなどが挙げられる。サイレンススズカの主戦騎手の武豊は「他馬との絶対的なスピード差の為に大逃げの形になっているだけ」と述べている。このようなタイプは直線でもう一度伸びる二の脚を使い[10]後続を突き放して勝利することもある。また、サニーブライアンやタップダンスシチーのように強引に先頭に立ち押し切るという絶対的なスタミナで逃げ切る馬もいる[11]。

2の代表例はメジロパーマーであり、後続馬に迫られ必死で粘って勝利を収めることが多かった。このタイプはいつも大逃げになるとは限らない[12]。3の代表例がエイシンワシントンであり、2000mの朝日チャレンジカップでもそこそこの好走を見せはしたものの、調教から見せる気性の荒さのために、短距離を中心に使うようになった。前述したプリテイキャストもこのタイプである。ツインターボは2と3の中間であり、一見大逃げに見えるレースでもラップタイムはさほど速くない場合もある。

先行

レース前半は逃げる競技対象の後ろ(好位)につけ、後半にそれをかわそうとする走行方法。最も競走中の不利を受けにくく、それ故に最も実力を反映しやすい戦法と言われ、実力のある競技対象が先行して勝った場合、強い勝ち方という意味で「横綱相撲」と言われる。
競馬において先行を多用する競走馬を先行馬(せんこうば)という。馬群も怖がらない性格と、スタートや直後のダッシュも上手くなくてはならず、融通の利く性格や能力が要求される。

もっとも、この戦法で1頭のみである事は少なく、終始併せ馬の状態になる事が多いために、勝ちきるには自分と並んでいる競技対象を突き放そうとすると同時に、前を行く競技対象を追い越そうとする勝負根性も必要となる。

不利を受けにくい戦法ではあるが集団の前方に位置するため、逃げほどではないものの一般的にはハイペースが不利とされており、逃げる競技対象が速いペースで競走を進めた場合、それを目標として自らもペースを上げざるを得なくなり、終盤までにスタミナが保てずに、逃げ馬に届かずに逃げ切りを許す、或いは後方の差し・追い込み馬に追い抜かれてしまうことも多い。

また、逃げ馬がいないときには押し出されて本来は先行馬である馬が結果として逃げになることも多い。また、こういう流れによってはいつもと同じポジションで走れない馬の中には、一定のラップを刻み後続馬にも脚を使わせた上で粘りきるタイプもいて、こういうタイプが主導権を握ったレースは比較的速いタイムが出ることが多い。日本ではこういうタイプの馬はあまり例がないが、近年ではタップダンスシチーがその代表格とされる。

また、先行馬の多くはキレ味に欠ける馬が多いが、中にはビワハヤヒデやエルコンドルパサーのように、先行馬でありながら勝負所で一気に抜け出して他馬をグイグイ引き離すレースをするものもいる。

代表的な先行馬はシンザンやシンボリルドルフ、ビワハヤヒデ、タイキシャトル、エルコンドルパサー、タップダンスシチーなど。

差し

レース前半は逃げ・先行を採用する競技対象の後ろにつけ、後半にそれらをかわそうとする走行方法。競走前半から中盤まで競技集団のほぼ中段からやや後方付近に位置して競走を行う。瞬発力に自信のある競技対象がこの脚質を選ぶ。

競馬において差しを多用する競走馬を差し馬(さしうま)という。性格的に馬群の中に入っても怖がらない、前の馬が巻き上げた砂などを浴びても嫌がらない気性の持ち主で、前述のとおり瞬発力を武器とする競走馬がとる戦法であるといえる。 また、差し馬と先行馬のどちらとも取れる位置取りをする馬も多い。これは事前の作戦やレースの展開によっても左右される。 先行と同様に、終始併せ馬の状態が多い為に勝負根性が必要である。

なお、前方の馬を追い抜くことを「差す」、追い抜いて勝利することを「差しきる」と言うが、これは差し馬のみに用いられる言葉ではなく、該当する競技内容であれば、追い込み馬や先行馬[13]、場合によっては逃げ馬であっても「差す」、または「差し返す」と表現される。
代表的な差し馬はナリタブライアンやエアグルーヴ、ステイゴールド、スペシャルウィーク、グラスワンダー、シンボリクリスエス、ウオッカなど。

追い込み

レース前半は差しの戦法をとる競技対象のさらに後ろ、競技集団のほぼ最後方につけ、競走中盤まではスタミナをできる限り温存して、最後の直線でのラストスパートで温存したスタミナ(末脚)を最大限に発揮し、前を行く競技対象をまとめて追い抜こうとする走り方。この走法は勝つときには鮮やかな競馬を演出する反面、スローペースなど逃げ・先行の馬の脚色が衰えにくいような展開などで追い込みが届かない場合や、馬群が塞がり突き進めない(壁になるという)など不利を受け敗れることも、しばしばある。

また壁を避けて大外に持ち出すことが多く、比較的馬場の荒れていない良好な走路を取れる反面[14]、コース内側を走る他競技対象に比べて距離的不利も被る。 一般的には、最後の直線が長く直線に坂が存在する競馬場[15]で比較的決まりやすい戦法とされており、直線の短い競馬場でこの戦法を用いるには、後述のまくり戦法等を併用するなどの工夫が必要とされる。追い込み戦法を決める為には、ラストスパートで瞬時に加速できる瞬発力と前を行く競技対象を追い抜く絶対的なスピードが必要である。

競馬において追い込みを多用する競走馬を追い込み馬(おいこみば)という。気性的理由で追い込み馬になった馬には、馬群や砂を浴びるのを嫌う臆病な馬や、先に行きたがらない比較的のんびりとした性格の馬が多い。能力的理由で追い込み馬になった馬には、距離を持たせるためにレース前半を抑えてスタミナを温存しているスタミナ不足のスピード馬が多い。
代表的な追い込み馬はシービークロス、ミスターシービー、ホクトヘリオス、ヒシアマゾン、ブロードアピール、アグネスデジタル、デュランダル、スイープトウショウ、ディープインパクト、ドリームジャーニーなど。

(慢性的)出遅れ追い込み
差しの場合とは違いただ単に瞬発力があるという理由だけでなく、元来ゲートからのスタートが下手だったり[16]、出遅れなくともスタート後のダッシュが苦手なために結果的に追い込みの戦法を取らざるを得なくなる場合もある。ゲート出の下手な馬としてはミスターシービー、サクラチトセオー、ヒシアマゾン、ディープインパクトらがその代表。 また、気性が悪く、しかもスタートが上手くない馬もこの戦法をとることが多い。代表例としてサッカーボーイなど、さらに古くはミリオンパラがいる。

まくり
『まくり』は狭義での脚質ではない。まくりとは主に差し馬や追い込み馬が最後の直線が短いコースでのレースで、早めにスパートをかけ第3、第4コーナーあたりから一気に前方の馬をコースの外側を通って交わしていくことであり、このようなことを一般的にまくるまたはまくりをかける、などとと言う。

この戦法を用いた著名な例としては、第44回菊花賞において、最後方から第3コーナーでまくりをかけて先頭に立ち、そのまま勝利したミスターシービーや、第111回天皇賞において、やはり第3コーナー付近で馬群中段からまくりをかけて先頭に立ち、直線で他馬の猛追を凌いで勝利したライスシャワー等多数例がある。第3コーナー付近からゴールまでの絶対的なスピードの持続力を必要とし、他の出走馬との力量差が無ければ、この戦法は決まらない。ただし、周長の比較的短い地方競馬においては、向正面から外をまくり上げて行く戦法も多く見られる。

京都競馬場では第3コーナー付近に丘状の坂があり、「京都の坂はゆっくり登ってゆっくり下る」という格言がある。この第3コーナーの坂付近で速度を上げてまくると、坂を登る時に必要以上のスタミナを消費し、加速度が付いた状態で坂を下ると、速度が出すぎて上手くコーナーを回れなくなる為、勝利することが難しくなるとされる。近年では、坂の下りを利用して加速する馬が多くなっているが、坂の登りから加速を始めることは現在でも稀である。ただし、前述のミスターシービー・ライスシャワーのまくりの事例は共に、坂の存在から早めのまくりに適さないとされる京都競馬場の第3コーナーで行われており、これらは常識を覆す戦法と言えるが、無論それを乗り切るだけの実力を伴っていてこそであり、凡百の馬で簡単に成功できることではない。

なお、まくりを使う馬にもタイプがあり、以下のように分類できる。
スピードそのものとその持続力が優れているので差し切れないということがないよう早めに仕掛ける。

スピードは優れていないが、恵まれたスタミナにモノを言わせて他馬より早くスパートをかけて先頭に立った上で粘りきる。

1の代表例としては前述のディープインパクトの他、クロフネがいる。たいていは馬なりのままにまくりを仕掛け、他馬を一気に交わして先頭に立つ。他馬との絶対的な能力差があって初めて可能となる。さらに極端な例としてはダートにおけるホクトベガがいる。この馬の場合、ダートにおける他の馬とのスピードの絶対値が明らかに異なっており、場合によっては地方競馬の小回りコースとはいえ2コーナーや向正面で馬なりのままにまくって先頭に立ち、そのまま後続を突き放して楽勝してしまう事もあった。

2の代表例はヒシミラクルが挙げられる。こちらはスピードが末脚勝負だけに徹するには不利なので、早めにスパートをかけ直線で早め先頭に立って粘りきることで、長所である豊富なスタミナを最大限に生かしている。一瞬の切れでは見劣りしても「スピードを持続できる(いい脚を長く使える)」馬に適している。

自在

レース展開や、馬場状態に合わせて戦法を変える馬のこと。日本ではタマモクロス、ホクトベガ、マヤノトップガン、テイエムオペラオー、ハーツクライがこの戦法を用いたとされるが、明確に自在と分けられる場合は少なく、騎手の指示に即座に応えられる素直な性格と、どの位置からでも力を発揮できる根性やスピードの全てを持ち合わせた馬のことを自在脚質と呼ぶ場合がある。

また、逆に気性が荒いためにレース前の馬の状況に応じて脚質を変えるケースもある。他には、本来の脚質が使えなかった[17]場合に直線一気の追い込みで勝つなど新境地を見出すこともある。それ以外にもレース毎に戦法を変えてかく乱させようとした騎手の判断により、結果的に自在と呼ばれるケースもあるが、それが成功して結果を残した場合でないと自在とは呼べない。例外はあるものの、自在脚質と呼ばれる競走馬の多くは「自身の勝ちパターン」や「決め手」を持たない場合が多い。

競馬における脚質と枠順の関係

競馬においては、脚質によって発馬機におけるスタート位置が有利または不利に作用することがある。 一般的には内枠(発馬機内の内寄りの枠)からスタートする場合は先行・差しの脚質の馬は馬群の内側に閉じ込められ、進路が確保できなくなる危険がある[18]。また外枠(発馬機内の外寄りの枠)からスタートする場合、馬群の中に閉じ込められる危険は少ないが、トラック状のコースを走る場合、馬群の外めを走らされることで走行距離の面において不利を被ることがある[19]。逃げおよび追い込み脚質の馬は出走馬中に占める割合が先行・差し脚質の馬より少ないことが多いため、走行距離面の不利が少なくなることが多い。ただし、外枠スタートの逃げ馬は内枠スタートの逃げ馬に先手をとられやすい。
他の公営競技における脚質 [編集]

競輪の選手については、競輪#競輪の主な戦法を参照のこと。 なお上記された競馬との違いを数点挙げ補足する。
「先行」が「逃げ」に含められ、「差し」が「追い込み」に含められる。
「大逃げ」は競輪でも行われる(「単騎のカマシ」と表現される)。
枠順に関する有利不利は、ほとんどない[20]。
競艇はエンジンを動力としているが、プロペラの整備などにより加速の度合いなどが変化することを「脚質」として表現することが多い。

脚注

^ 終盤までスタミナを保てるようなスローペースなど、ペース配分が馬に適していたり、作戦どおりに運ぶことのできたレースについて総括する場合に用いられる。
^ 但し、全ての馬がスタートが得意ということはなく、プリテイキャストの様にスタートが下手な逃げ馬もいる。
^ 競馬用語で「テンの速さ」という
^ 最後の直線で再加速する事を、競馬においては「二の脚を使う」と言う。
^ 戦術面での融通性を優先し、通常は気性や能力に問題が無ければ先行・差しを目指す。例えば、サイレンススズカも当初は先行、もしくは差しの戦法で走らせようと陣営が試みている。
^ 理由はカブラヤオーの項を参照。
^ 実際、プリティキャストやイングランディーレの天皇賞における逃げ切りは、前述の人気薄で警戒されなかったことも要因の一つとなっている。
^ 現在は最大18頭に制限されているが、昔は最大33頭立てでダービーが行われた事もある。
^ 代表例は、第23回ジャパンカップ勝ち馬のタップダンスシチー。
^ ただし、二の脚を使うのは苦戦時だけで、後続との差がある時はさほど使わないか全く使わず逃げ込む事が多い。
^ 例えば、タップダンスシチーが行った、「先頭で13-11-13-11・・・・・と1F毎のラップを刻み、変則ペースで後続馬のスタミナを消費させての逃げ切り」などが挙げられる。
^ 「僅差で追走してもらった方が好都合なタイプ」な為、このタイプにとって大逃げ展開はそれ程喜ばしくない。
^ 競馬用語では「好位差し」とも言われる。
^ 但し、この利点は芝コース競走のみで発生し、ダートコースでは原則的に起こらない。
^ 代表例として、東京競馬場が挙げられる。
^ 「出遅れ気味~完全に出遅れ」など言い方は幅広く有る。
^ 例えば、逃げ脚質の競走馬がゲートで出遅れ殿(しんがり)からの競馬を強いられるようなパターン。
^ 先行と差しとの比較では差しのほうが危険性が高く、第36回東京優駿でのミノル惜敗の理由として、最内枠を引き当ててしまった事を挙げる者もいる。
^ 実際、第49回東京優駿でフライングを犯したロングヒエンが、折角手に入れた内枠5番枠から大外30番枠からのスタートを余儀無くされ、無理逃げした結果15着惨敗を喫している。
^ 序盤の周回中に前の位置を確保したい場合、内枠の選手がやや有利になる程度である。

奇跡の血量

(きせきのけつりょう)は競走馬の交配を行う場合の血統理論のひとつ。

インブリードで、4代前祖先(6.25%の血量)と3代前祖先(12.5%の血量)が共通の馬となる場合「4×3のインブリード」という。そのときの血量は6.25%+12.5%=18.75%となり、これを特に奇跡の血量と呼ぶ。

奇跡の血量概要

近親交配は、その共通する祖先の能力を大きく引き出せるといわれる反面、濃すぎる血量は虚弱体質や気性難など弊害もあるといわれている。そのギリギリのバランスがこの奇跡の血量18.75%と考えられている。しかしこれは経験則によるところが大きく、科学的な根拠には乏しい。

ただ、日本においては血統論や競走馬の配合の概念としては歴史のあるものの一つで、1951年にトキノミノルが、10戦全勝で東京優駿(日本ダービー)を制した際に紹介され、定着したといわれている。

奇跡の血量主な活躍馬

4×3のインブリードをもつ主な活躍馬 [編集]
対象馬 馬名 主な勝鞍 備考
Buckpasser マンオブパーサー ダービーグランプリ(2006年)
Graustark タニノギムレット 東京優駿(2002年)
Hail to Reason タイキブリザード 安田記念(1997年)
Halo アサクサデンエン 安田記念(2005年)
ヴィクトワールピサ 皐月賞(2010年)
有馬記念(2010年)
Lady Angela アドラーブル(父内) 優駿牝馬(1992年)
ノーザンレインボー(父内) 中山大障害(春)(1998年)
ビッグテースト(父内) 中山グランドジャンプ(2003年)
Lyphard レギュラーメンバー ダービーグランプリ(2000年)
川崎記念(2001年)
JBCクラシック(2001年)
Nasrullah マックスビューティ 桜花賞(1987年)
優駿牝馬(1987年)
サクラユタカオー 天皇賞(秋)(1986年)
Nearctic ヒシアマゾン 阪神3歳牝馬ステークス(1993年)
エリザベス女王杯(1994年)
Nijinsky II ブエナビスタ 阪神ジュベナイルフィリーズ(2008年)
桜花賞(2009年)
優駿牝馬(2009年)
Northern Dancer メイセイオペラ マイルチャンピオンシップ南部杯
フェブラリーステークス(1999年)
帝王賞(1999年)
エルコンドルパサー NHKマイルカップ(1998年)
ジャパンカップ(1998年)
サンクルー大賞(1999年) Special(Lisadell) 4×3×4(25%)
エリモエクセル 優駿牝馬(1998年)
ブゼンキャンドル 秋華賞(1999年)
ヤマカツスズラン 阪神3歳牝馬ステークス(1999年)
マイネルコンバット ジャパンダートダービー(2000年)
ヤマニンシュクル 阪神ジュベナイルフィリーズ(2003年)
デルタブルース 菊花賞(2004年)
メルボルンカップ(2006年)
キストゥヘヴン 桜花賞(2006年)
メイショウサムソン 皐月賞(2006年)
東京優駿(2006年)
天皇賞(春)(2007年)
天皇賞(秋)(2007年)
スズカフェニックス(母内) 高松宮記念(2007年)
エイシンプレストン 朝日杯3歳ステークス(1999年)
香港マイル(2001年)
クイーンエリザベス2世カップ(2002年、2003年)
Raise a Native エスプリシーズ 川崎記念(2004年)
Rockefella サンドピアリス エリザベス女王杯(1989年)
ネヴァービート メルシータカオー 中山大障害(2004年)
ノーザンテースト ドリームジャーニー 朝日杯フューチュリティステークス(2006年)
宝塚記念(2009年)
有馬記念(2009年)
オルフェーヴル 皐月賞(2011年)
東京優駿(2011年)
The Tetrarch トキノミノル 皐月賞、東京優駿(日本ダービー)(1951年)、朝日杯3歳ステークス(1950年)
Hyperion トウショウボーイ 皐月賞、有馬記念(1976年)、宝塚記念(1977年)
St. Simon Hyperion エプソムダービー、セントレジャーステークス(1932年)
Fairway セントレジャーステークス(1928年)
Pharos チャンピオンステークス(1922年)
Wild Risk Arazi ブリーダーズカップ・ジュヴェナイル、グラン・クリテリウム、サラマンドル賞、モルニ賞(1991年)
4×3以外で18.75%の血量のインブリードをもつ主な活躍馬 [編集]
対象馬 馬名 主な勝鞍 備考
Nearco
5×5×4×4 ワカタイショウ 中山大障害(秋)(1990年)
Galopin
6.4.5×4.6 Hyperion エプソムダービー、セントレジャーステークス(1932年)
18.75%を超える血量のインブリードをもつ主な活躍馬 [編集]
これらの馬は奇跡の血量とは呼ばない。
対象馬 馬名 主な勝鞍 備考
Hail to Reason
3×3 スティルインラブ 日本牝馬三冠(2003年)
Literat(Liberty)
3×3 ランド ドイチェスダービー(1993年)
バーデン大賞(1993,1994年)他G1、4勝(JRA-GI含む)
Native Dancer
5×4×3 フリートストリートダンサー ジャパンカップダート(2003年)
Riverman
3×3 オリオンザサンクス ジャパンダートダービー(1999年)
Northern Dancer
3×2 シンコウキング 高松宮杯(1997年)
Northern Dancer
5×2 タムロチェリー 阪神ジュベナイルフィリーズ(2001年)
Northern Dancer
3×3 フサイチコンコルド 東京優駿(1996年)
Northern Dancer
2×4 ラムタラ エプソムダービー、KG6世&QES、凱旋門賞(1995年)
St. Simon
4.5×4.5.7 Nearco パリ大賞典、ダービーイタリアーノ(1938年)
St. Simon
4.6.7×3 Bois Roussel エプソムダービー(1938年)

奇跡の血量関連項目

競走馬の血統
インブリード
フィッツラック

騎乗停止

騎乗停止(きじょうていし、英語:suspension)とは競馬において反則をおかした騎手に対して与えられる制裁である。

騎乗停止になる理由は様々であるが、危険度が高いなどのの場合には長期間の騎乗停止ということもあり得る。

中央競馬における騎乗停止の概要

中央競馬所属の騎手の場合には、競馬の開催は毎週土曜日と日曜日に行われるのが普通であるため、騎乗停止を課されると土曜日と日曜日の競馬には騎乗できない。

また、平日に行われる地方競馬での地方馬と中央馬の交流競走も騎乗停止期間中は騎乗できないし、海外での騎乗も出来ない(海外遠征の届出が許可されないため)。

競走中の事由による騎乗停止の場合、開催日4日間などの騎乗停止となるが、開催日4日間の騎乗停止の場合は「土・日~土・日」の期間が騎乗停止となるため、実質的に1週間は中央・地方・海外全ての競走に騎乗することができない事になる。

但し、同一騎手が同一競走、または同一開催週に複数回の騎乗停止規則に抵触する走行があった場合はその分期間が延長されてしまう。

その例として、吉田豊が2009年5月10日に開催されたNHKマイルカップにおいて、サンカルロに騎乗したが、
第4コーナーで外側に斜行した際、アイアンルックの走行を妨害
直線走路でダイワプリベールの走行を妨害
という同一競走において2度の走行妨害を行ったとして、同年5月16日から6月7日の合計開催日8日間(1開催相当 前者は5月24日まで、後者は5月25日からそれぞれ開催日4日間ずつの扱い)の騎乗停止を受けた。サンカルロは8位入線→最下位・18着降着となった。

1976年までは騎乗停止は次の競走から即刻適用されていたが、1977年以降は翌日からの騎乗停止とし、前日発売の競走に騎乗している場合は翌日の騎乗は可能としていた。

さらに1994年からは騎乗停止をファンに広く伝えるために騎乗停止の開始日を翌週の土曜日からとした。ただし、粗暴な行為、あるいは油断騎乗(楽勝ペースでゴールに駆け抜けようとした際に追う動作を緩め、敢闘精神に著しく欠ける騎乗があった場合や不注意行為があった場合他)による騎乗停止は発覚の当日もしくは翌日からの適用となる場合がある。

また、故意的に騎手を落とした場合、もしくは重大な不祥事(逮捕・起訴)があった場合は、長期もしくは無期限の騎乗停止、最悪の場合は騎手免許剥奪となる。

基本的な騎乗停止期間

2004年までは馬の癖などでの軽減、あるいは重過失や故意の落馬などによる増加はあったが、基本開催日6日間の騎乗停止であった。

2005年からこれが大幅に変更され、基本的な騎乗停止は制裁を受けた次週最初の開催日からの開催日4日間。馬の癖などによるものは同2日間。重過失や故意の落馬など悪質な場合は同6日(またはそれ以上)。

ただしごく軽微と判断したものは1日間のみとすることもある。

中央・地方間の騎乗停止の相互適用

他の主催者から騎乗停止処分を受けた場合、所属している主催者からも騎乗停止の処分が下されることがある(中央競馬の場合、日本中央競馬会競馬施行規程第147条17号)。

主催者毎に開催日数が異なることと、騎乗停止の処罰の基準が異なるため、要因が同じでも騎乗停止期間が異なる場合がある。

なお、騎乗停止期間は、すでに出馬投票が終了して騎乗が決定している競走がある場合、そのまま騎乗することとなり、騎乗停止期間の開始が、翌開催日からに持ち越される。

日本国外の競馬で騎乗停止を受けた場合

日本国外で騎乗停止が課された場合であっても、騎手の国籍に関係なく騎乗停止が課される(JRAの騎手の場合には、日本中央競馬会競馬施行規程第147条18号が適用)。

日本国外の関係機関から日本中央競馬会 (JRA) または地方競馬全国協会 (NAR) への報告により騎乗停止の日数が決定される。

JRAの騎手では、福永祐一騎手が2002年12月15日に行われた香港カップにエイシンプレストンで出走した際、外側に斜行したため12月16日から実効4日間の騎乗停止処分を受けた。

これに伴い、JRAは12月16日以降の最初の開催日である12月21日から4日間の騎乗停止処分を行った。ただし、騎乗停止処分後も引き続き海外で騎乗する場合には、海外で騎乗停止を消化すればJRAならびに地方競馬の各主催者での追加の処分は行われない。

イギリスでは動物愛護の観念からレース中に馬に対して鞭を叩くのは7回までという決まりがある。それ以上叩いた場合には4日程度の騎乗停止が課される。

しかし7回では競馬にならないという声もあるため、勝負どころで騎乗停止覚悟で鞭を連打する騎手も多くいる。

イギリスでは連日競馬が開催されているため、せいぜい4日と考えている騎手も少なくない。日本人騎手では、武豊騎手がゼンノロブロイで出走したインターナショナルステークスで、上記の処分を受けている。

この時、武豊騎手は引き続き海外遠征を行っており、騎乗停止処分を消化したためJRAでの処分は行われなかった。2009年シャーガーカップに出場した内田博幸騎手も同様の処分を受け、こちらは8月22日から8月30日まで開催4日間JRAでの騎乗停止処分を受けた。

香港では2004-2005シーズン(香港は開催周期が日本と異なる)より騎乗停止延期制度が導入された。

これは、香港では大レースの直前に騎乗停止を受けた場合、意図的に異議申し立て(アピール)をすることが度々起きた。

当時は異議申し立てをすると2週間の執行猶予が行われていたためにこのようなことがあった。そこで、大レース直前に騎乗停止を受けた場合には、裁定委員の裁量により延期をすることができるようになった。

このため、大レースでの騎乗が確実に行われるため、騎手・馬主双方にメリットがある。その代わり、異議申し立てを行った場合の猶予期間が1週間に短縮され、さらに保証金も以前の倍額に増額した。

日本人騎手では2006年12月に行われたインターナショナルジョッキーズチャンピオンシップに参加した武豊騎手が落馬事故の原因となったため6日間の騎乗停止処分を受けたが、日本の大レースである有馬記念騎乗を控えていたために、裁定委員の裁量により、有馬記念翌日の12月25日からの執行に延期された。また、フランスでも同様の制度がある。

騎乗停止が課される要因

以下では騎乗停止が課される代表的な事例を取り上げる。なお騎手及び調教師の所属については特記以外JRAである。

進路妨害

他馬の進路を妨害した場合。降着もしくは失格になった場合は当然のほか、被害馬先着などで降着が発生しなくても、降着に相当する妨害を起こした場合には騎乗停止処分となる。

ラフプレー

降着、失格には至らないが、度重ねて軽微な進路妨害を起こした場合、危険行為の繰り返しが改善されていないと判断され、騎乗停止となる。

五十嵐冬樹(ホッカイドウ競馬)
2003年8月17日、1回札幌2日第1競走において、最後の直線走路で外側に押圧したことについて、前週にも同様事象による過怠金10万円の制裁があったにもかかわらず、騎乗方法の改善なく再び同様の行為に及んだため、開催日2日間の騎乗停止。

池添謙一
2008年5月25日、3回東京2日第11競走(優駿牝馬)において、最後の直線走路で内側への斜行による被害は走行妨害には至らないが、継続的かつ修正動作の無い危険な騎乗であると認められたため、開催日2日間の騎乗停止。

高田潤
2010年8月21日、3回新潟3日第9競走(新潟ジャンプステークス)において、最後の直線走路で内側へ斜行したことについて、走行妨害とはならなかったものの継続的かつ修正動作のない危険な騎乗と判断され、開催日2日間の騎乗停止。

丸山元気
2010年12月25日、3回小倉7日第7競走において、最後の直線走路で外側へ斜行したことについて、走行妨害とはならなかったものの十分な進路がないところでの強引な騎乗と判断され、開催日2日間の騎乗停止。なお丸山自身はこの日の第10競走にてJRA通算100勝を達成したものの、後味の悪い形での達成となってしまった[1]。

伊藤工真
2011年1月30日、1回小倉4日第11競走(帆柱山特別)において、最後の直線走路で外側へ斜行したことについて、走行妨害とならなかったものの継続的かつ修正動作のない危険な騎乗と判断され、開催日2日間の騎乗停止[2]。

岩部純二
2011年5月21日、3回東京競馬初日第3競走において、最後の直線走路で急に外側へ斜行したことについて、走行妨害とはならなかったものの「危険な騎乗に該当する行為」と認められたため、開催日2日間の騎乗停止[3]。

負担重量

降雨などの特段の理由がなく、負担重量が前検量と後検量との間でプラスマイナス1kg以上の誤差が生じた場合。

プラスマイナス1kg以下でも注意義務を怠った場合には騎乗停止となる場合がある。出走した馬については、1kg以上の誤差については失格となり、1kg以内の誤差については着順に変更はない。

なお日本の中央競馬では2011年以降規定が改正され、プラスマイナス1kg以上の誤差からマイナス1kg以上の誤差に変更された(プラスの場合での誤差については制限がなくなる)。

横山典弘
1993年6月26日、1回札幌5日第2競走(レアリングサン号に騎乗 負担重量55kg)において、前検量と後検量との間でマイナス1.8kgの誤差が生じた。馬は5位入線失格。騎手は開催日9日間の騎乗停止となった。

福永祐一
1996年3月23日、1回中京7日第2競走(テナシャスバイオ号に騎乗 負担重量52kg)において、前検量と後検量との間でマイナス1.8kgの誤差が生じた。馬は1位入線失格。騎手は開催日10日間の騎乗停止となった。

穂苅寿彦
1998年4月11日、2回中京5日第4競走(スイートコーン号に騎乗 負担重量51kg)において、前検量と後検量との間でプラス0.7kgの誤差が生じた。馬は6位入線(1kg以内の誤差のため着順変更なし)。原因は、前検量時に鐙・下腹帯を付けずに計量し、装鞍時にそれらを装着したため誤差が生じた。騎手は前検量時における注意義務を怠ったため開催日9日間(4月12日~5月11日)の騎乗停止となった。

上村洋行
1998年1月25日、1回京都8日第11競走 日経新春杯(ナムラホームズ号に騎乗 負担重量55kg)において、前検量と後検量との間でマイナス2.0kgの誤差が生じた。馬は5位入線失格。騎手は開催日10日間の騎乗停止となった。

吉井竜一(大井競馬)
2011年7月1日、平成23年度6回大井6日目第1競走(オカノヒーロー号に騎乗 負担重量56kg)において、前検量と後検量との間でマイナス1kg以上の誤差が生じた。馬は6位入線失格。騎手は公正保持のため当日の残り2騎乗は騎手変更となった上で開催日10日間(4回川崎全日程と7回大井の5日目まで)の騎乗停止となった[4]。

体重調整

体重調整(健康管理)を怠ったことによって、決められた負担重量で騎乗できない場合。1kg未満の場合は、当日は負担重量を変更の上で騎乗できるが、後日騎乗停止となる。1kg超過の場合は当日から騎乗停止となり騎手変更が発生する。

平沢健治
2002年2月2日、1回小倉5日第4競走(ヒロスズラン号に騎乗 競走は10着 負担重量50kg)において、体重調整ができず50.4kgで騎乗した。しかし、前検量時に競馬施行規程に違反して保護ベストのクッション材をすべて抜き取って装着し計量していたことが判明した。騎手は開催日4日間(2月3日~2月16日)の騎乗停止となった。

田口大二郎
2002年3月17日、1回阪神8日第5競走に騎乗予定だったが、体重調整ができず騎手変更となった。騎手は体重調整の注意義務を怠ったとして開催日2日間(3月18日~3月24日)の騎乗停止となった。

南井大志
2002年6月8日、2回中京7日に騎乗予定だったが、体重調整ができなかった上、病気(熱中症、脱水症)となり騎手変更となった。騎手は体重調整の注意義務を怠ったとして開催日2日間(6月10日~6月16日)の騎乗停止となった。前週6月1日にも体重調整を怠り負担重量を変更したため5万円の過怠金を課せられていた。

2002年7月6日、1回函館7日第6競走に50kgで騎乗予定だったが、体重調整ができず、50.5kgに負担重量を変更し騎乗した。騎手は体重調整の注意義務を怠った上、前月も同様の理由で過怠金と騎乗停止の処分を受けていたとして開催日4日間(7月8日~7月21日)の騎乗停止となった。

鞭の不適切な使用

2011年から適用開始。鞭を不適切に使用した際、騎乗停止となる場合がある[5]。なお、イギリスでは鞭を多く叩くと騎乗停止となる。

粗暴な行為

競馬場内外での暴力行為などは、スポーツマンシップに反し、社会的にも問題事件となるため、騎乗停止となる。

飯田明弘
1982年9月5日、4回京都8日第5競走において、4コーナーで村本善之騎手に寄られた同騎手は最後の直線で仕返しに村本騎手の馬に内側から自馬を寄せ、村本騎手の頭を2度打ち、開催日4日間の騎乗停止。

岡部幸雄
1984年2月18日、1回東京7日第8競走において、スタート後、杉浦宏昭騎手に外に持ち出されたことに憤慨。向正面で内斜しながら併走する同騎手を小突き、左手で顔面を叩き、開催日2日間の騎乗停止。

柏崎正次
1984年11月19日、東海道新幹線で飲酒の上、乗客に暴行をした。裁定委員会の議定により3ヵ月間の騎乗停止。

塚越一弘、国兼正浩
1987年12月17日夜、中京競馬場調整ルーム内で、塚越一弘騎手が国兼正浩騎手の騎乗に関して批判した事に端を発して両騎手が口論。粗暴な行為に及び国兼が打撲傷を負った。結局塚越が開催日4日間、国兼が開催日2日間の騎乗停止。

大塚栄三郎
1996年10月26日、4回新潟1日第8競走において 、藤原英幸騎手のゴール前のムチの使い方に不満を持ち、着順確定前の検量室で同騎手を殴打し、開催日4日間の騎乗停止。

出津孝一
1度目は1999年3月6日、1回阪神3日第5競走(障害戦)において、最後の直線で岡富俊一騎手をムチで叩き、開催日4日間の騎乗停止。2度目は2001年8月5日、小倉競馬第5競走での川合達彦騎手の騎乗に対し腹を立て、パトロールビデオ室内で粗暴な行為に及んだ。開催日2日間の騎乗停止。

後藤浩輝
1999年8月19日、美浦トレーニングセンター騎手独身寮「若駒寮」において後輩の吉田豊騎手と口論となり、木刀を用いて暴力行為に及び負傷させた。裁定委員会の議定により4ヵ月間(1999年8月20日~1999年12月19日)の騎乗停止。

郷原洋司
1999年11月21日、東京競馬第12競走での勝浦正樹騎手の騎乗に対し腹を立て、ジョッキールーム内で粗暴な行為に及んだ。開催日2日間の騎乗停止。

上村洋行
2002年7月13日、函館競馬場調整ルーム内で、青木芳之騎手と口論の末、粗暴な行為に及んだ。開催日4日間の騎乗停止。

田中剛
2006年1月9日、中山競馬場調整ルーム内風呂場で入浴のマナーを巡って江田照男騎手と口論の末、粗暴な行為(ヘッドロック)に及び、発覚した当日と翌週の土曜日の計2日間の騎乗停止。

江田照男
2006年7月1日、福島競馬第5競走後の裁決テレビ室内において、競走中、大野拓弥騎手に進路をふさがれたことに腹を立て、粗暴な行為(でん部を蹴り上げた)に及び、翌日の日曜日と翌週の土曜日の計2日間の騎乗停止。

藤田伸二
2006年12月21日午前1時30分頃、栗東市内にある飲食店において従業員に対し暴力行為(平手打ち)に及んだとして、裁定委員会の議定により3ヶ月間(2006年12月22日~2007年3月21日)の騎乗停止。
カルヴィン・ボレル、ハビエル・カステリャーノ(アメリカ合衆国)
2010年11月5日、ブリーダーズカップ・マラソンの競走後、進路妨害(斜行)に腹を立てたボレルがカステリャーノに殴りかかり、カステリャーノも応戦。これにより両者共に騎乗停止となった。

犯罪行為
刑法に抵触する犯罪行為(主に逮捕を伴うもの)なども騎乗停止の対象となる。
安田康彦
2000年9月7日午前10時過ぎ、札幌市中央区内の道路を34キロの速度超過および酒気帯び運転で北海道警札幌方面中央署に現行犯逮捕された。裁定委員会は同日から2ヶ月間の騎乗停止処分を下した[6]。
石神深一
2005年2月24日夜、茨城県阿見町内において飲酒運転の上物損事故を起こし、茨城県警土浦署に道路交通法違反で逮捕された。裁定委員会の議定の結果、翌2月25日から6月24日まで4ヵ月間の騎乗停止。
佐藤聖也
2009年12月1日、同僚騎手のスニーカーを盗んだとして茨城県警稲敷署に窃盗容疑で逮捕となった。裁定委員会は当面の騎乗停止処分を下したが、2010年2月に騎手免許の返上を自ら申し出たため、そのまま引退した。
(参考)蛯沢誠治
1975年に運転免許不正取得事件に連座したことが発覚し、警察から事情聴取を受け書類送検となった(結果は起訴猶予)。逮捕には至らなかったものの、日本中央競馬会はこの犯罪行為への加担を重く見て、同年6月5日から暫定的に騎乗停止、9月18日付けで騎手免許取り消し処分を下した。なお蛯沢は1978年に処分が解除され、同年に騎手免許を再交付され現役騎手に復帰した。

不適切騎乗
騎乗馬の手綱を緩めるなど、競走中の不適切な騎乗は競馬の公正を害するものとして騎乗停止の対象となる。
天間昭一
1987年10月25日、東京競馬第11競走の決勝線手前において、騎乗馬の手綱を緩めたことについて、「騎乗に遺憾な点があった」として4ヵ月間の騎乗停止。
田面木博公
1992年2月8日、東京競馬第7競走で騎乗馬に異常歩様を感じ一旦追うことをやめたものの、その後レースを続けた。検査の結果馬には異常はなく、「不注意騎乗」と判断され開催日9日間の騎乗停止。
土谷智紀
1993年5月15日、新潟競馬第4競走の決勝線手前で追う動作を緩めたことについて、「油断騎乗」として翌16日から開催4日間の騎乗停止[7]。
張田京(船橋競馬)
2010年4月20日、大井競馬第7競走の最後の直線走路で、早めに追うことをやめたことについて、「不適切な騎乗で競馬の公正を害した」と判断され翌4月21日から実効8日間の騎乗停止。
黛弘人
2011年2月26日、小倉競馬第12競走で、先頭を走行しながらも決勝線手前で追う動作を緩めて後続馬にかわされハナ差の2着となったことが「油断騎乗」と見なされ、翌27日から30日間(開催日9日間)の騎乗停止[7]。
佐藤博紀(川崎競馬)
2011年2月28日、川崎競馬第8

その他、本人の過失や規則違反など[
大崎昭一
1985年8月25日、3回新潟6日第9競走の赤倉特別の際、観客に対し予想行為を行った。裁定委員会の議定により無期限の騎乗停止。4ヵ月後には解除された。
大塚栄三郎
1993年10月17日、京都競馬場で行われた京都新聞杯でマイネルリマークなどに騎乗する予定だったが、前日深夜まで飲食をしたため同競馬場の調整ルーム入りが3時間以上も遅れ、なおかつ連絡を怠り、その日の全レースが騎乗停止に。
大庭和弥
2007年5月4日、美浦トレーニングセンター内の調整ルームへの入室時刻に遅れた際、私的な用事での遅刻だったにも関わらず、「厩舎業務で遅刻する」と虚偽の報告をしたため、5月12日・13日の開催日2日間騎乗停止。
小島太一
2008年2月17日、東京競馬第3競走において所定の時間に遅れ、前検量を受けることができなかったため騎手変更となった。翌2月18日より2月24日までの開催日2日間騎乗停止。
ブレイク・シン、ピーター・ロブル(オーストラリア)
2010年11月26日にシンはコンピューターを使ったレースでの賭博行為、およびその行為にロブルもシンと共有のアカウントを使用し共同で賭博を行っていたことが発覚し、主犯のシンには1年3ヶ月間、共犯のロブルには1年間の騎乗停止処分。なおシンはその後交際中の女性騎手であるカシー・オハラとジョッキーズルーム内で携帯電話でやり取りしていたことも発覚している。
中野省吾(船橋競馬)
2011年3月7日、平成22年度19回大井競馬1日第8競走にて騎乗の際、「指定された騎手服を使用しなかった」として開催日2日の騎乗停止[9]。
御神本訓史(大井競馬)
2011年5月3日、平成23年度2回船橋競馬2日第6競走にて騎乗の際、「前検量してこの競走で使わなければならなかった鞍を、検量していない別の鞍と取り違えて使用した」として開催日6日間の騎乗停止[10]。
濱田達也(船橋競馬)
2011年5月6日に千葉県競馬組合から、「船橋競馬場の調整ルーム内で競馬開催期間中にも関わらず携帯電話を使って外部とTwitterを行い、競馬の公正を害した」として、5月6日から5月19日まで実効10日間の騎乗停止処分を受けた[11]。
大江原圭
上述の濱田と同様、「2011年5月14日に京都競馬場の調整ルーム内において規定に違反して、携帯電話を使ってTwitterを行っていた」として、翌5月15日から6月13日まで30日間の騎乗停止処分を受けた[12]。
脚注 [編集]

^ 開催競馬場・今日の出来事、明日の取消・変更等 JRA公式サイト 2010年12月25日付
^ 開催競馬場・今日の出来事 JRA公式サイト 2011年1月30日付
^ 開催競馬場・今日の出来事、明日の取消・変更等 JRA公式サイト 2011年5月21日付
^ 第6回開催6日目(7/1)の出来事 – 東京シティ競馬公式サイト 2011年7月1日
^ 競走ルールを変更します 日本中央競馬会 2011年1月4日 『鞭の使用に関するガイドライン』の取扱いについてを参照。
^ 北海道新聞縮刷版 2000年9月を参照した
^ a b 黛弘人騎手が油断騎乗により騎乗停止 netkeiba.com 2011年2月26日
^ 2011年3月1日付・スポーツニッポン第10面掲載の「川崎競馬出来事」欄を参照した
^ 第19回開催1日目(3/7)の出来事 – 東京シティ競馬公式サイト 2011年3月7日付
^ 【船橋】御神本騎手、鞍取り違えで騎乗停止 スポニチアネックス 2011年5月4日
^ 開催中にツイッターでつぶやき騎乗停止…船橋・浜田騎手 スポーツ報知 2011年5月7日
^ 大江原騎手が調整ルームで携帯使用 デイリースポーツオンライン 2011年5月15日

冠名

冠名(正しくは「かんむりめい」と読むが、しばしば「かんめい」とも読まれる)は、馬主が自分が所有する競走馬の競走名中に含める特定の言葉のことである。

「冠号」とも。特に日本の馬主が好んで用いるが、日本独特の手法というわけではない。

冠名概要

一般的には馬主が自分の所有馬であることを目立たせることに加え、ほかの馬と馬名が重複し競走馬としての登録が行えないことを防ぐなどといった目的で使われる。

冠という文字がついているが必ずしも競走馬名の冒頭につくとは限らず、「シチー」(友駿ホースクラブ)のように末尾につく冠名も存在する。

最近は金子真人ホールディングスや社台レースホース、キャロットファーム、サンデーレーシングなど、冠名を用いない有力馬主も多い。

日本中央競馬会(JRA)では、競馬施行規程の第22条5項の規定により、競走馬名には広告宣伝を目的にした名称は使用できないと定められているが、冠名に関しては事実上容認されている。

その一方で、冠名の付いている馬は功績顕著であったとしても基本的に競走名には用いられないが、これは馬名に入っている冠名が馬主の宣伝に当たるためとされている。

ただし、2004年にJRAゴールデンジュビリーキャンペーンの一環で行なわれた「名馬で振り返る50年」では、冠名の有無の区別なく年度代表馬・顕彰馬から特別競走名に採用された。なお、地方競馬では1997年から2004年までダートグレード競走として施行されていたオグリキャップ記念(1996年以前と2005年以降は地区重賞として施行)のように使用されている例もある。

日本軽種馬登録協会の「馬名登録実施基準」によれば、冠名を使用している馬主が冠名のみの馬名の登録を申請した場合、認められないことがある[1]。

冠名そのものは登録制ではなく、また独占権もないので、つながりのない複数の馬主が同時期に同一の冠名を使用する場合がある。中にはセイウンワンダーのように、父馬や母馬の名前に含まれる他者の冠名が馬名登録申請の際に「父名(母名)の一部」として扱われることもある。

冠名が同じ競走馬について、馬主が異なる場合でも得意距離や血統構成などに似たような傾向が現れたり、同じ馬主が複数の冠名を持つ場合に特定の冠名に活躍馬が集中したりするケースがよく見られる。このことから、井崎脩五郎と須田鷹雄は「ウマ家」(うまけ)という概念を提唱し、これらを馬券予想に役立てようとしている。

主な冠名一覧

2011年現在使用されているもの
冠名 馬主 由来・意味 活躍馬
アイアム 堀紘一 I am アイアムカミノマゴ
アイアン 池上一馬 不明 アイアンルック
アグネス 渡辺孝男 アグネス・チャン アグネスデジタル
アサクサ 田原源一郎
田原慶子 経営する会社所在地の浅草(東京都台東区元浅草) アサクサデンエン
アサヒ 寺内倉蔵
土屋増雄子 不明 アサヒエンペラー
アドマイヤ 近藤利一 admire アドマイヤベガ 
アポロ アポロTB
菅原太陽 クラブ名 (apollo) アポロドルチェ
イイデ アールエスエーカントリ 飯豊 イイデケンシン
イシノ 石嶋清仁
→イシノ
→イシジマ 馬主姓 イシノサンデー
イソノ 磯野俊雄 馬主姓 イソノルーブル
イナズマ 小泉賢悟 所有馬イナズマクロスの父シービークロスの愛称「白い稲妻」から イナズマアマリリス
ウイン ウイン クラブ名 (win) ウインクリューガー
ウエスタン 西川商事(株)
(株)西川
西川幸男
西川賢 Western ウエスタンダンサー
エア 吉原貞敏
吉原毎文
ラッキーフィールド air = 空 (仏教)
所有馬でエア・ジョーダンの名を用いたエアジョーダンから エアグルーヴ
エーシン 栄進堂(平井宏承) 経営する会社名「栄進堂」 エーシンフォワード
エイシン 平井豊光 エイシンプレストン
ガール girl、外国産牝馬用、末尾に付ける レマーズガール
エリモ 山本菊一
山本慎一
山本敏晴 えりも牧場(現エクセルマネジメント・北海道えりも町) エリモジョージ
オウケン 福井明 経営している道場「桜拳塾」 オウケンブルースリ
オグリ 小栗孝一 馬主姓 オグリキャップ
オメガ 原禮子 不明 特になし
オンワード 樫山純三
オンワード牧場 親会社のオンワードホールディングス オンワードゼア
カシノ 柏木務 馬主姓 カシノリファール
カフェ 西川清
西川光一
西川恭子 西川清の所有馬カリブカフェから (cafe)、前後に付ける マンハッタンカフェ
カラノテガミ 千田幸信 「カナダからの手紙」(平尾昌晃、畑中葉子)から、末尾に付ける ジョンカラノテガミ
セタガヤ 東京都世田谷区 特になし
カワカミ 三石川上牧場 牧場所在地の三石川上(北海道新ひだか町) カワカミプリンセス
キタサン 大野商事 代表者北島三郎の芸名(北三=キタサン) キタサンチャンネル
キョウエイ 松岡正雄
松岡留枝
インターナショナルホース 馬主の経営している会社、キョウエイアドインターナショナル キョウエイプロミス
インター インターグロリア
ケイシュウ ケイシュウフオード
グラス 半沢有限会社 現オーナーの兄の所有馬グリーングラスから (grass) グラスワンダー
グランプリ 株式会社グランプリ 会社名 (Grand Prix) グランプリボス
グリーン グリーンファーム 会社名 (green) セレクトグリーン
クレバー 田邉正明 不明 クレバートウショウ
ケイアイ 啓愛義肢材料販売所
亀田守弘 会社名 ケイアイガーベラ
コアレス 小林昌志 馬主が経営する会社の主力商品、芯無しトイレットペーパーから コアレスハンター
ブライティア 不明、牝馬用 ブライティアパルス
シャイニー 不明、牡馬用 特になし
コスモ ビッグレッドファーム
岡田美佐子 cosmo コスモバルク
コパノ 小林祥晃 馬主の芸名「Dr.コパ」から コパノフウジン
ゴールド ゴールドレーシング クラブ名 特になし
コンゴウ 金岡久夫 経営する会社名「金剛建設」 コンゴウリキシオー
サウス 南波壽 馬主姓の一部「南」から サウスヴィグラス
サザン サザンビューティー
サクセス 高嶋哲
高嶋祐子 success サクセスブロッケン
サクラ さくらコマース 会社名 サクラスターオー
サダム 大西定 馬主名 サダムパテック
サトノ 里見治 馬主姓 サトノプログレス
サミー 馬主が代表を務めるサミーから 特になし
サニー 宮崎守保 sunny サニーブライアン
サンライズ 松岡隆雄 sunrise サンライズバッカス
シービー 千明牧場 牧場名のローマ字イニシャル「Chigira Bokujo」 ミスターシービー
シゲル 森中蕃 馬主名 シゲルホームラン
シチー 友駿ホースクラブ city、末尾に付ける タップダンスシチー
ショウナン 国本哲秀
有限会社湘南 湘南(神奈川県) ショウナンカンプ
ジョー 上田けい子 馬主姓「上」の音読み ジョーカプチーノ
シルク 有限会社シルク クラブ名 (Silk) シルクジャスティス
シルキー シルキーラグーン
シンボリ シンボリ牧場 牧場旧所在地の新堀(千葉県)
「Symbolic」からの造語「Symboli」、牡馬用 シンボリルドルフ
スイート 牧場の基礎牝馬の一頭、スヰートから、牝馬用 スイートネイティブ
スズカ 永井啓弍 鈴鹿市、鈴鹿山脈(三重県) サイレンススズカ
サンレイ 会社所在地の三重県 鈴鹿市 サンレイジャスパー
ミスズ ミスズシャルダン
サン 会社所在地の三重県 サンコメーテス
スプリング 加藤春夫 spring スプリングゲント
スリー 永井商事 会社所在地の三重県 スリーロールス
ゼンノ 大迫忍
大迫久美子 大迫忍が経営した会社名ゼンリン、牡馬用 ゼンノロブロイ
ビコー 大迫久美子の名前下二文字「美子」の音読み、牝馬用・末尾に付ける ダイヤモンドビコー
有限会社レジェンド 不明 ビコーペガサス
ダービー ダービー社 会社名 ダービーレグノ
タイ 名鯛興業 会社名 タイテエム
ダイシン 大八木信行 馬主の姓名から「大信」 ダイシンオレンジ
タイキ 大樹ファーム 会社名と所在地の大樹町(北海道) タイキシャトル
ダイワ 有限会社ダイワ
→大和商事
→大城敬三 経営する会社名「大和商事」 ダイワスカーレット
タガノ 八木良司 経営する会社の所在地 井手町多賀(京都) タガノテイオー
タケデン 武市伝一
武市弘 初代馬主の通称 タケデンバード
タテヤマ 辻幸雄 立山(富山県)、末尾に付ける ファストタテヤマ
タニノ 谷水信夫
谷水雄三 馬主姓 タニノギムレット
ダノン ダノックス 馬主名(代表野田順弘のノダを逆にしたもの) ダノンシャンティ
タマモ タマモ 会社名・玉藻城(高松城の別名)[2] タマモクロス
ダンツ 山元哲二 不明 ダンツシアトル
ツルマル 鶴田任男 馬主名 ツルマルボーイ
ディア ディアレスト 会社名 ディアヤマト
寺田千代乃 不明 ディアチャンス
テイエム 竹園正繼 馬主のローマ字イニシャル「Takezono Masatsugu」[3] テイエムオペラオー
ディープ 深見敏男 馬主姓「深」→deep ディープスカイ
トウカイ 内村正則 経営する会社名「東海パッキング工業」 トウカイテイオー
トウショウ トウショウ産業
トウショウ牧場
藤田衛成 創設者藤田正明の姓名(藤正=トウショウ)
※牝馬は末尾に付ける トウショウボーイ
トーセン 島川隆哉 馬主姓の音読み トーセンキャプテン
トーホウ 東豊物産 会社名 トーホウエンペラー
トーヨー トーヨークラブ 会社名 トーヨーリファール
トシザ 上村叶 不明 トシザブイ
トシ 不明 トシヴォイス
トラスト 菅波滿 trust、英語で信頼・信用 トラストファイヤー
ドリーム セゾンレースホース dream、牡馬用 前身のクラブ法人で活躍したドリームパスポートに因む。 ドリームシグナル
サマー summer、牝馬用 セゾン=季節を意味することからの連想 特になし
ナカヤマ 和泉信一
和泉信子
信和商会 不明 ナカヤマフェスタ
ナナヨー 尾崎和助 不明 ナナヨーヒマワリ
ナムラ 奈村信重 馬主姓 ナムラコクオー
ナリタ 山路秀則
→オースミ 成田山大阪別院明王院(大阪府) ナリタブライアン
オースミ 大隅半島(鹿児島県・宮崎県) オースミハルカ
ニシノ 西山牧場
西山正行
西山茂行 馬主姓、自家生産馬用 ニシノフラワー
セイウン 不明、主に購入馬用 セイウンスカイ
ニチドウ 山田敏夫
→山田伸 経営する会社「日動建設」 ニチドウタロー
ニットウ 日東牧場 牧場名 ニットウチドリ
ニホンピロ
ニホンピロー 小林保
小林百太郎
小林保一 経営する会社名「日本ピローブロック」 ニホンピロウイナー
ノブ 前田亘輝 馬主名「亘」 特になし
ノボ 池ばた
LS.M 不明 ノボトゥルー
バイオ バイオ 会社名(Bio)、末尾に付ける アニメイトバイオ
ハギノ 日隈広吉
日隈良江 不明 ハギノトップレディ
バローズ 猪熊広次 馬主の経営する会社「バローズ(BAROWS)」から アントニオバローズ
バニヤン 津村靖志 ハワイの聖樹「バニヤンツリー」から バトルバニヤン
バンブー 竹田辰一
バンブー牧場 馬主姓「竹」→bamboo バンブーメモリー
ビービー 坂東牧場 Bando Bokujoの頭文字から ビービーガルダン
ビッグ ビッグ 会社名 (big) ビッグテースト
ピサノ 市川義美 経営する会社名「ピサダイヤモンド」 ピサノガルボ
ピサ 由来は「ピサノ」と同上、末尾に付ける ヴィクトワールピサ
ヒシ 阿部雅信
阿部雅一郎 馬主の会社の屋号「菱雅」 ヒシミラクル
ヒラボク 平田牧場 馬主の会社名 ヒラボクロイヤル
フィールド 地田勝三 地 (field) フィールドルージュ
フォンテン 吉橋計 fontaine ホワイトフォンテン
フサイチ 関口房朗 馬主名と一番の造語「房朗が一番」 フサイチコンコルド
フジヤマ 藤本龍也
藤本美也子 不明 フジヤマケンザン
キタヤマ 不明 キタヤマリィフォー
スノー 不明 スノーエンデバー
ブルー ブルーマネジメント クラブ名と勝負服の色 (blue) ブルーコンコルド
ホーマン 久保久人
久保博文 宝満山 ホーマンキュート
ホッカイ 北海牧場 牧場名 ホッカイルソー
ホッコー 矢部幸一 経営する会社「北海土建工業」の略称 ホッコーパドゥシャ
マイネル ラフィアン meiner(独)、牡馬用、「私の」 マイネルマックス
マイネ meine(独)、牝馬用、「私の」 マイネレーツェル
マスター (有)ヤナガワ牧場 master 特になし
ヒガシ 不明 ヒガシマジョルカ
マツリダ 高橋文枝 「祭り」や「集まり」から マツリダゴッホ
マヤノ 田所祐
田所英子 摩耶山(兵庫県) マヤノトップガン
マックス max 伊藤雄二厩舎および伊藤正徳厩舎所属馬 マックスビューティ
マルカ 河長産業 (株) 関連会社の丸河商事株式会社の社名 マルカラスカル
マルブツ 大澤毅 不明 マルブツトップ
マルターズ 藤田与志男
藤田在子 マルチーズ マルターズスパーブ
シベリアン シベリアン・ハスキー シベリアンメドウ
マルモ まるも組合 馬主名 マルモセーラ
メイショウ 松本好雄 明石(兵庫県明石市・会社所在地)の松本(馬主姓) メイショウサムソン 
メルシー 永井康郎 merci(仏) メルシータカオー
モエレ 中村和夫 北海道札幌市にあるモエレ沼公園に馬主が経営している健康センターがあることから モエレエスポワール
モンテ 毛利喜八
毛利喜昭 不明 モンテプリンス
ヤマニン 土井宏二
土井肇
土井薫
土井商事 馬主一族の屋号「ヤマニンベン」 ヤマニンゼファー
ユノ 細川祐季子 不明 ユノペンタゴン
ランド 木村善一 不明 ランドプリンス
キシュウ 不明 キシュウローレル
リキアイ 高山幸雄 不明 リキアイノーザン
レオ 田中竜雨
→レオ 会社名 レオダーバン
レッド 東京HR 勝負服の色である赤色から レッドディザイア
ロード ロードHC 馬主名 ロードプリヴェイル
レディ lady、牝馬用 レディパステル
ローレル ローレルレーシング クラブ名 (laurel) ローレルゲレイロ
ロジ 久米田正明 経営する会社名「ロジフレックス株式会社」 ロジユニヴァース
ロング 中井長一
中井敏雄 初代馬主の名から「長」→Long ロングエース
ワンダー 山本信行 wonder ワンダーパヒューム
現在使用されていない冠名 [編集]
冠名 馬主 由来・意味 活躍馬
アサカ 佐久間有寿 不明 アサカリジェント
オサイチ 野出長一 馬主の名前(長一→オサイチ) オサイチジョージ
カツラギ 野出一三 不明 カツラギエース
カネ 金指吉昭
金指利明
畠山伊公子 馬主姓から カネケヤキ
カネツ ローレルレーシング 旧馬主名(カネツ競走馬) カネツフルーヴ
カミノ 保手浜忠弘
保手浜弘規 不明 カミノスミレ
テイエッチ 外国産用(馬主のイニシャル) テイエッチドリ-ム
イナリ 地方競馬用 イナリワン
コバノ 小林昌雄 馬主名 コバノリッチ
シャダイ 吉田善哉 経営する会社「社台ファーム」、末尾に付ける場合もあり アンバーシャダイ
シンコウ 安田修(撤退) 経営していた会社名「新興産業」 シンコウラブリイ
スター 山本信行 Star アチーブスター
ゴールドレーシング
(旧クローバークラブ) スターキングマン
ステラ 牝馬用 特になし
スワン 平井豊光 swan、1999年生産の外国産馬のみ、末尾に付ける キーンランドスワン
タイガー 穴澤正 不明 タイガーボーイ
ダイシン 高橋金次 経営していた会社名 ダイシンボルガード
ダイタク 中村建
太陽ファーム
中村雅一
中村和子(撤退) 経営していた会社名「大拓」 ダイタクヘリオス
ダイナ 社台レースホース 提携先だった日本ダイナースクラブ、末尾に付ける場合もあり。
1987年頃より順次冠名の使用を中止。 ギャロップダイナ
タカトモ 高橋顯輔(撤退) 経営する会社名「高友産業」 ドントコイタカトモ
ハイフレンド 高友=ハイ+フレンド ハイフレンドコード
タヤス 横瀬寛一
横瀬兼二
中村篤 経営する会社名「田安商事」 タヤスツヨシ
チアズ 北村キヨ子 不明 チアズグレイス
チョウカイ 新田嘉一
→平田牧場 牧場の至近に所在する「鳥海山」より チョウカイキャロル
ドウカン 新井操
新井興業 馬主が江戸城を築城した太田道灌の子孫 ドウカンヤシマ
トキオ 坂田時雄 馬主名 トキオパーフェクト
トウコウ 渡辺喜八郎 経営する会社名「東江運輸」 プレストウコウ
ブランド 西山牧場
西山正行
西山茂行 不明、関東所属自家生産牝馬 ブランドアート
セント 不明、主に関東所属自家生産牡馬 セントビッド
チヨノ 不明 チヨノタカラ
シロー 正行が経営していた高級クラブの店名(現在閉店)。
中央所属馬は末尾に付け、地方所属馬は頭に付ける カブトシロー、シローランド
マルサ 不明 マルサチャーリー
アマノ 不明 特になし
ハク 西博 馬主名 ハクチカラ
ビゼン 藤田正蔵 不明 ビゼンニシキ
ビワ ビワ(撤退) 会社名・琵琶湖(滋賀県) ビワハヤヒデ
ホウシュウ 上田清次郎
上田牧場(廃業) 豊州 ダイナナホウシユウ
ブゼン 豊前 ブゼンキャンドル
ホクト 森滋
金森森商事(撤退) 不明 ホクトベガ
ポット ポット牧場(廃業) 牧場名 ポットテスコレディ
マチカネ 細川益男 待兼山(大阪府) マチカネフクキタル
ミクロン 自身が社長となっている会社名のホソカワミクロン ミクロンテンロー
ミホ 堤勘時
堤賢一 不明 ミホシンザン
メイヂ 新田新作
→新田松江 経営していた劇場「明治座」 メイヂヒカリ
メイジ ヒカルメイジ
メジロ メジロ商事
メジロ牧場 親会社の所在地の目白(東京都豊島区) メジロマックイーン
モガミ 早坂太吉 経営する会社名 モガミヤシマ
最上ホースクラブ 経営する会社名 モガミナイン
ヤシマ 小林庄平
ヤシマ牧場 牧場名 ヤシマドオター
毛利喜昭 経営する会社名 ヤシマソブリン
ラッキー 吉原貞敏
吉原毎文
ラッキーフィールド 吉(lucky) ラッキールーラ
リンド デルマークラブ
鶴巻智徳 不明 リンドシェーバー
エーピー 鶴巻が経営していたサーキット、オートポリス(AutoPolis) エーピーインディ
リュウ 三好笑子 不明 リユウフオーレル
リード 熊本芳雄 不明 リードホーユー

日本国外での冠名

日本と比較すると海外で冠名が使用されるケースはあまり見受けられないが、少なからず使用例はある。また日本人馬主が海外での所有馬に使用することもある。ここでは海外での冠名の使用例とその著名馬の例を挙げる。

冠名 馬主 由来・意味 活躍馬
キングプローン 劉錫康 蝦王 King Prawn フェアリーキングプローン(靚蝦王)
ドバイ ゴドルフィン Dubai ドバイミレニアム
ファンタジー 林大輝 奇妙 Fantasy ウルトラファンタジー(極奇妙)
ブリッシュ 王永強 牛精 Bullish ブリッシュラック(牛精福星)
脚注 [編集]

^ 日本軽種馬登録協会馬名登録実施基準(pdf)p.3
^ 2005年産馬からは冠名が付かない馬もいる
^ 出身地の垂水(TaruMizu)とも掛けている。

カンパイ

カンパイは、競馬の競走において、公正なスタート(発馬)が出来なかった場合に発生するスタートのやり直しの事である。

カンパイ解説

語源は、日本で居留地競馬が始まった江戸時代末期から明治時代初期の頃、スタートの失敗でやり直しをする際に、外国人のスターターが出走馬に対し「カムバック」(戻ってください)と伝えたのを、日本人が「乾杯」と聞き間違えた事からそう付けられたと言われている[1]。カンバイとも呼ぶ。なおオートレースでもフライングによるスタートのやり直しもカンパイと呼ぶ。

一般にカンパイが発生する事例としては、発馬機の故障および誤作動、あるいは発馬合図前にスタートするフライング行為があった場合に生じることがある。バリヤー式発馬機の時代は、これらの事象は頻繁に発生していたが、現在では、発馬機が自動化(ゲート式)され、かつ性能も向上して故障発生が殆ど無くなった為、滅多に発生しなくなった。かつての地方競馬では、大きく出遅れた競走馬がいた場合に再スタートをさせる事が稀にあったが、現在はそれは認められていない。また、過去には出走全馬がゲートに入る前にスターターが誤ってゲート開扉した為に馬がゲートから飛び出してしまい、この為にカンパイとなった例もある。

カンパイ事例


中央競馬
大レースでの事例としては、1978年の天皇賞(秋)で出走のやり直しが発生している。原因は、パワーシンボリがゲートに噛み付いた結果、当馬のゲートが開かなかった為である。この想定外のアクシデントの直後に行われたやり直しのレースでは、暴走気味に逃げたプレストウコウを最後の直線でテンメイが交わし優勝している。

中央競馬で最後に発生したカンパイは1997年12月20日に中山競馬場で行われた3歳500万円下条件戦で、最後の1頭(1番枠の馬)が枠入りする前にゲートを開いてしまった(最後の枠入りは通常もっとも外枠の馬だが1番枠が最後になったため[2]スターターが気づかずゲートをあけてしまった)ためにやり直しとなった。なお、このレースでは大半の馬がカンパイとなったことに気づかずに600メートルほど疾走してしまい、馬場を1周してしまったベリーウェル、シルキーピンクの2頭が疲労が著しいと認められ競走除外となった(主催者側のミスのため関係者への出走手当ては支払われた)。なお、このレースは1着がエフワンナカヤマ、マチカネシルヤキミの2頭同着となった。

地方競馬
地方競馬では、近年もフライングやゲート故障などが原因のカンパイが希に発生している。著名な例として、当時アラブの双璧と言われたタイムラインとスマノダイドウのゲートが正規の作動をせず大きな不利を受けたが、再スタート故にレースを続行させた結果大惨事となった園田事件がある。

2002年6月19日に大井競馬場で行われた風待月特別は、同じ競走で2回カンパイが発生するという珍事となった。1回目は2頭が、2回目は前回の原因馬のうちの1頭がゲートを潜ってフライングとなった。なお、2回とも原因となった馬は競走から除外された。
2010年12月8日には、船橋競馬場で行われた第4競走C2(六)(七)でフライング発走があり、カンパイが発生。しかし、出走各馬がゴールまで走ってしまい、疲労により出走を予定していた全12頭が競走除外、競走は中止となった。また、勝ち馬投票券は全額払戻(返還)となった[1]。

2011年5月5日、船橋競馬場で行われた第7競走bayfmCUPで、体勢完了の前にゲートが開き、発走委員が真正な発走ではないと判断してカンパイを行った。

脚注

^ a b 「カンパイ」で珍事…レース取り止めに サンケイスポーツ 2010年12月9日
^ 大外枠の馬が先に枠入りすることを希望した場合などは、最内枠の馬の枠入りを最後にすることがある。例として2003年のジャパンカップでは、外の18番枠、17番枠の馬が共に先入れを希望したため、1番枠のタップダンスシチーの枠入りが最後となった。