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関西の秘密兵器

関西の秘密兵器(かんさいのひみつへいき)とは、日本の競馬におけるクラシック競走で、未知の可能性を秘めた関西所属(現在は栗東所属)の期待馬に対し、マスコミおよび競馬ファンによってしばしば用いられた通り名、キャッチコピーである。「西の秘密兵器」と呼ばれることもあった。

ただし、近年では関東馬(現在は美浦所属馬)に対して関西馬が圧倒的に優位であり、この言葉自体が既に死語となった状態である。
皐月賞不出走ながらもトライアル競走や裏街道のオープン特別などで好走して東京優駿(日本ダービー)の出走権を得た関西馬や、夏競馬で力を付けて菊花賞トライアルで好走したり、長距離の特別戦・オープン戦勝利など賞金を稼いで菊花賞の出走権を得た関西馬に用いられることが多く、皐月賞・桜花賞・優駿牝馬(オークス)といった他のクラシック競走の際に見受けられることはほとんどなかった。
転じて、関西のお笑いタレントなどを形容する際にこの言葉が用いられることもある。

目次
1 日本ダービーにおける「関西の秘密兵器」
2 菊花賞における「関西の秘密兵器」
3 主な例
3.1 日本ダービーに出走した競走馬
3.2 菊花賞に出走した競走馬
日本ダービーにおける「関西の秘密兵器」 [編集]

傾向としては、
(旧)4歳になって以降の裏街道での圧勝劇や連勝がある
キャリアが浅い
有力馬が群雄割拠しているような混戦模様の中で、さほど実績の無い馬の手綱を有力騎手が取る
皐月賞は不出走
直前のレースで好走している(NHK杯、京都4歳特別など)
小林稔元調教師の管理馬等である

言うまでもなく関西・栗東の厩舎所属の馬であること
特に1、4、5は重要で、それゆえ、皐月賞出走馬のロングヒエンやシクレノンシェリフ、NHK杯で6着に敗れたバンブーアトラスなどは、そういった印象は薄かった。
まだ実力の全て、底を見せていないが故に人気を集めることもあり(そもそも、ある程度人気を集めるような馬でないと秘密兵器と呼ばれない)、1番人気に押された事例もあったが、ほとんどの場合、周囲の期待を裏切る結果に終わった。
フサイチコンコルドがダービーを制して以降、関西の秘密兵器という言葉自体が風化しつつある。

菊花賞における「関西の秘密兵器」

概ね日本ダービーにおけるそれと似通っているが、
(旧)4歳春以降デビュー、本格化が遅れた、怪我や体調不良で春シーズン全休、などの理由で春のクラシックに間に合わなかった素質馬
2200m以上の特別戦で好走
いかにもスタミナがありそうな血統
かつて菊花賞と同距離・同コースで行われていた名物準オープン戦・嵐山ステークスに勝利、出走等である
ただし直前のトライアル競走で優勝していたりすると、秘密兵器とは呼ばれないこともある。特に嵐山ステークス組は優勝馬、好走馬を多数輩出し、「菊と嵐山ステークスの濃密な関係」とも謳われた。なお1999年をもって嵐山ステークスはプログラムから姿を消している。

「関西の秘密兵器」 主な例

日本ダービーに出走した競走馬 [編集]
馬名 年 日本ダービーの前走 出走時戦績 結果
コーヨーチカラ 1976年 NHK杯優勝 6戦4勝 3番人気で15着
ホリタエンジェル 1977年 NHK杯2着 4戦3勝 2番人気で15着
レッドジャガー 1980年 NHK杯2着 4戦3勝 5番人気で26着
ラッシュアンドゴー 1984年 青葉賞優勝 4戦3勝 3番人気で18着
ラグビーボール 1986年 NHK杯優勝 3戦3勝 1番人気で4着
ダイゴアルファ 1987年 NHK杯4着 4戦3勝 3番人気で20着
ロングシンホニー 1989年 若草ステークス優勝 6戦3勝 1番人気で5着
メルシーアトラ 1990年 若草ステークス優勝 4戦3勝 5番人気で11着
オースミベスト 1995年 青葉賞3着 5戦1勝 3番人気で8着
フサイチコンコルド 1996年 すみれステークス優勝 2戦2勝 7番人気で優勝
シルクジャスティス 1997年 京都4歳特別優勝 10戦3勝 3番人気で2着
菊花賞に出走した競走馬 [編集]
馬名 年 菊花賞の前走 出走時戦績 結果
パッシングベンチャ 1976年 京都大賞典優勝 10戦4勝 7番人気で9着
スズカシンプウ 1978年 比叡ステークス(芝2200)優勝 10戦4勝 8番人気で17着
アジシバオー 1981年 京都新聞杯6着 12戦4勝 4番人気で6着
リードホーユー 1983年 京都新聞杯2着 6戦2勝 5番人気で4着
メジロデュレン 1986年 嵐山特別優勝 9戦4勝 6番人気で優勝
スーパークリーク 1988年 京都新聞杯6着 7戦2勝 3番人気で優勝
メジロマックイーン 1990年 嵐山ステークス2着 7戦3勝 4番人気で優勝
ダイイチジョイフル 1992年 南武特別(芝2400)優勝 14戦3勝 8番人気で5着

空馬

空馬またはカラ馬(からうま)とは、騎乗者(騎手、馬術選手など)が騎乗しているべき馬が、何らかの理由により騎乗者が落馬した際の馬の状態を指す。

競馬における空馬

競馬の競走中に空馬となった場合は停止したり、馬群と離れて逸走したり、そのまま走る馬など様々であるが、そのまま競走に参加して(当然、斤量が一気に騎手分軽くなる)1位でゴール板に到達する馬もいる(当然1着にはならず、勝馬投票券も払い戻されない)。この場合、鞍上の制御を失ったことで予想外の動きをしかねないため、接触および多重落馬の恐れがあり、大変な危険を伴う。

障害飛越時に落馬することが多い障害競走でしばしば見られるが、平地競走でも特にバランスを崩しやすいスタート時に騎手が落馬することが多い。

競走中に空馬となった主な競走馬

ギャロップダイナ
1985年天皇賞(秋)勝ち馬。同年の札幌日経賞にて発馬後東信二騎手が落馬、そのまま走り続けて「幻の」1位入線。
ワイドバトル
1993年京阪杯にて発馬後山田泰誠騎手が落馬、そのまま走り続けて「幻の」差し切り勝ち。
ノボリハウツー
2007年2月24日、阪神競馬場での障害レース中に船曳文士騎手が落馬し、空馬のままゲートの開いていた競馬場の場外へ逃走し各メディアで取り上げられ話題となった。
ポルトフィーノ
2008年11月16日、エリザベス女王杯にてゲートイン直後武豊騎手が落馬、そのまま大逃げで走り続けて「幻の」逃げ切り勝ち。

引用ウィキペディア

角馬場

角馬場(かくばば)とは、競馬における競走馬調教用の馬場のひとつ。

1周200~600mほどの小回りの馬場で、ごく軽い運動や、芝コース・ダートコース・ウッドチップコース・坂路コースなどにおいて本格的な調教を行う前の準備運動を行うために利用されることが多い。(引用 ウィキぺデイア)

外国馬

外国馬(がいこくば)とは、競走馬の区分で、国際競走に出走する国外調教師の管理馬を指す。

外国馬概略

出走表上では「カク外」(□の中に外)で表記される。そのため、日本で生まれ、かつて日本の中央競馬・地方競馬に所属していた馬でも、海外競馬に移籍すれば「外国馬」となる(ユートピアなどが該当するが、現在のところ国際競走に出走した日本出身の外国馬はいない)。
外国産馬(日本国外で生まれ、日本国外で出走する以前に日本の馬名登録を受けた馬)とは区別される。

日本の競馬界はかつては閉鎖的で、1981年のジャパンカップ創設までは外国馬が出走することはできなかった。その後徐々に制限は緩和されてきたが、現在でも出走が可能なレースは非常に限られている。番組表上で国際または国際招待とあるのが出走可能なレースである。
JRAは2005年度から段階的に国際競走を増やし、2007年度にはインターナショナル・カタロギング・スタンダーズ(国際セリ名簿作成基準)に掲載されている競走の1/2(約111競走)を国際競走にし、2010年度には中央競馬の平地競走の重賞はすべて国際競走となった(障害競走はJ・GIの中山グランドジャンプのみ)。

外国馬の日本国内のレースへの出走


ジャパンカップなど一部を除けば、外国選出馬に選ばれながらも、特にGIレースのシーズンが集中する春秋を中心に、外国馬の所属する地元の競馬場でのレースに向けてローテーションを調整する傾向にあること、また日本では外国馬の遠征のための検疫用きゅう舎などの施設がまだ少ない(千葉県・白井市の競馬学校等)から、調教師やきゅう舎等、当該外国馬の関係者から出走辞退を申し入れるケースが多く、国際競走であっても、外国馬の出走しない(日本馬だけで行う)レースが比較的多い。

そもそも競馬が盛んな欧米、豪州には日本よりもGI競走の数が多いので、無理に日本に遠征しなくとも、出走できるGI競走はいくらでもある。その上、90年代以降、レベルが向上し、なおかつ高速馬場化し、そのうえ小回りで直線の短い競馬場が多い日本競馬に、適性があるかどうかも分からないまま出走する外国馬が多いとは考えづらい。また、外国馬が制したレースのほとんどは比較的直線が長く、小回りではない東京競馬場がほとんどである。

これらのことから、海外の一流馬は日本競馬への適性を考えて出走を踏みとどまり、一流と呼べない馬たちはレベルの上がっている日本を避ける傾向がある。近年は外国馬は、比較的征しやすく、地元馬のレベルがもう一つである国のレースを選ぶことが多くなってきている。特に欧州馬は賞金が高額ながら、比較的制しやすいBCターフや、香港国際競走を選ぶ傾向にある。しかしながら、アジアマイルチャレンジやグローバル・スプリント・チャレンジ、ジャパン・オータムインターナショナルといったシリーズが開催されることによって、賞金も目的として上記シリーズに該当する競走に出走する外国馬もみられるようになっている。

外国馬が出走可能な日本のGIレース

フェブラリーステークス
高松宮記念
桜花賞(2010年から)
中山グランドジャンプ
皐月賞(2010年から)
天皇賞(春・秋)
NHKマイルカップ
ヴィクトリアマイル
優駿牝馬(2010年から)
東京優駿(2010年から)
安田記念
宝塚記念
スプリンターズステークス
秋華賞
菊花賞(2010年から)
エリザベス女王杯
マイルチャンピオンシップ
ジャパンカップ
ジャパンカップダート
阪神ジュベナイルフィリーズ(2010年から)
朝日杯フューチュリティステークス(2010年から)
有馬記念(2007年からジャパンカップ優勝に関わらず)
地方競馬には2010年まで外国馬が出走可能なGI競走は存在しなかったが、2011年からは東京大賞典が外国馬が出走可能になる予定。

日本のGIで優勝した外国馬

ジャパンカップ [編集]
1981年メアジードーツ(米)
1982年ハーフアイスト(米)
1983年スタネーラ(愛)
1986年ジュピターアイランド(英)
1987年ルグロリュー(仏)
1988年ペイザバトラー(米)
1989年ホーリックス(新)
1990年ベタールースンアップ(豪)
1991年ゴールデンフェザント(米)
1995年ランド(独)
1996年シングスピール(英)
1997年ピルサドスキー(英)
2002年ファルブラヴ(伊)
2005年アルカセット(英)
ジャパンカップダート [編集]
2003年フリートストリートダンサー(米)
安田記念 [編集]
1995年ハートレイク (UAE)
2000年フェアリーキングプローン(香)
2006年ブリッシュラック(香)
中山グランドジャンプ [編集]
2002年セントスティーヴン(豪)
2005年カラジ(豪)
2006年カラジ(豪)
2007年カラジ(豪)
スプリンターズステークス [編集]
2005年サイレントウィットネス(香)
2006年テイクオーバーターゲット(豪)
2010年ウルトラファンタジー(香)
エリザベス女王杯 [編集]
2010年スノーフェアリー(英)
日本のGIIで優勝した外国馬 [編集]

1994年京王杯スプリングカップ:スキーパラダイス(仏)
1995年京王杯スプリングカップ:ドゥマーニ(UAE)
1996年京王杯スプリングカップ:ハートレイク(UAE)
1996年毎日王冠:アヌスミラビリス(UAE)

外国馬関連項目

国際グレードレース

外国産馬

外国産馬(がいこくさんば)とは、広義では外国で生まれた馬を指す。「外車」と呼ばれることもある。対義語は内国産馬である。
本項では日本国外で生産され、日本国外の競走に出走せず、日本で競走馬登録された外国産競走馬について扱う。

日本の競馬における外国産馬

2009年現在、日本国外で生まれた競走馬については、大井競馬場をのぞく地方競馬と中央競馬では、日本での競走馬登録の前に日本国外の厩舎に所属し出走歴のある競走馬については競走馬登録が認められていない(すなわち移籍ができない)。

したがって、それ以前に日本の馬名登録を受けた輸入競走馬が対象となる(内国産馬は所定の競走成績をおさめていれば競走馬登録が可能)。

中央競馬の定義では「マル外」(○の中に「外」)で表記される。ただし、種付けのため外国に一時的に輸出された牝馬が輸出される前に日本で種付けして受胎している場合で、外国で生まれた仔馬を当歳(0歳)の12月31日までに輸入した場合は内国産馬扱いとなる。

また、種付けのため外国に輸出された牝馬が受胎して帰国して出産した場合や、外国産の牝馬が受胎した状態で日本に輸入され、日本で出産した場合は持込馬とされ、1971年6月30日から1983年末までの期間を除いて内国産馬の扱いとなっている。外国馬(日本国外の厩舎に所属している競走馬[1]とは区別される。

日本の競馬界はかつては閉鎖的で、外国産馬の出走には厳しい制限が加えられていた。これは、特に北海道に多い国内産競走馬生産の保護・流通の観点があったためとされ、長らく日本の競走馬生産関係者からはマル外の出走に反対した傾向が強かったとされる。2007年、大井競馬を主催する特別区競馬組合が現役の外国調教馬の転入制度の導入を決めた[2][3]際にも、生産関係者の反発により、第7回JBCの開催が危ぶまれる事態となった[4]。

徐々に制限は緩和されてきたが、現在でも中央競馬や地方競馬のホッカイドウ競馬などでは出走が可能な競走はまだ限られている。中央競馬では混合競走(○の中に「混合」)と国際競走(○の中に「国際」)とされている競走が産地に一切の制限なく出走可能な競走である(クラシックは制限枠付での出走可能なので混合競走ではない)。なお、混合競走と国際競走の両方を併記する競走は存在しない(条件が重複するため)。

日本に競走馬として輸入される外国産馬の多くはトレーニングセールで購買されたもので、価格が安くて仕上がりが早いというのが特徴であった。そのため、3歳時(旧4歳時)には外国産馬が内国産馬を完成度で圧倒し、1996年に行われた第1回NHKマイルカップにおいては出走18頭中14頭を外国産馬が占めたほどであった。

2000年代に入り、外国産馬の出走制限が徐々に緩和されるのとは裏腹に、サンデーサイレンスを筆頭に外国から導入された種牡馬や繁殖牝馬の成功により内国産馬の質が向上したことで外国産馬の活躍は目立たなくなってきており、特にクラシック競走で外国産馬が制したのは、2009年現在、ローブデコルテの優駿牝馬(オークス)のみである。
中央競馬のクラシック・天皇賞における出走制限 。

中央競馬のクラシック競走はかつては一切外国産馬の出走を認めない競走であった。天皇賞は勝ち抜け制度がある代わりに外国産馬の出走が可能であったが、1971年6月30日から実施された活馬(生きている馬)の輸入自由化に伴い、1971年秋の天皇賞から外国産馬は出走不可能となった。

しかし、2000年より段階的に、制限付きながら出走を認められた。天皇賞については2005年以降は国際競走となっているため外国産馬の出走制限は撤廃されている。

中央競馬のクラシック5競走と外国産馬

中央競馬のクラシック5競走については以下のように外国産馬の出走枠の制限が行われている。国際競走となった現在でも出走枠に制限があることから混合競走とはされない。トライアル競走は重賞競走でない競走(アネモネステークス、若葉ステークス、スイートピーステークス、プリンシパルステークス)を除き、開放された年にあわせて対応するトライアル競走が混合競走に変更された。

2001年 東京優駿(日本ダービー)、菊花賞が各2頭まで出走可能(優先出走権は認められない)。
2002年 皐月賞が2頭まで出走可能。菊花賞は3頭まで拡大。
2003年 優駿牝馬(オークス)が2頭まで出走可能に。
2004年 桜花賞が2頭まで出走可能に。
2005年 上記5競走いずれも各4頭まで出走可能になる。この年より、トライアル1競走ずつ優先出走権が認められるようになる。
2006年 それぞれ5頭に拡大。
2007年 それぞれ6頭に拡大。あわせて優先出走権が認められる競走が2競走ずつに拡大。
2008年 それぞれ7頭に拡大。
2010年 JRAのすべての重賞競走が国際競走になる。ただし、クラシック5競走については外国調教馬と合わせて9頭まで出走可能となる。
出走馬の選定は、優先出走権を持っている馬、内国産馬を含めた収得賞金順で、制限頭数以内である。内国産馬を含めた順位付けで下位となった場合は制限頭数に満たさなくても除外される。2001年から2004年までは外国産馬は優先出走は認められてこなかった(ただし内国産馬に優先出走権が認められるトライアル競走には外国産馬も出走は可能)が、2005年以降、下記の競走で優先出走が認められることとなった。競走によって認められるようになった年度が異なる。優先出走権所有馬で制限頭数を超過した場合は、優先出走権を持っている競走馬の中で収得賞金順上位馬から制限頭数内で出走でき、制限頭数からはみ出した競走馬は優先出走権を持っていても除外される。一部のトライアル競走は収得賞金が0の馬も出走可能であるが、収得賞金が0の馬はトライアル競走で収得賞金を得なければ、優先出走権を取得できない[5]。

本競走 トライアル競走 対象 対象年度
桜花賞 チューリップ賞 3着以内 2007年以降
フィリーズレビュー 3着以内 2005年以降
皐月賞 弥生賞 3着以内 2007年以降
スプリングステークス 3着以内 2005年以降
優駿牝馬 桜花賞 4着以内 2007年以降
フローラステークス 3着以内 2005年以降
東京優駿 皐月賞 4着以内 2007年以降
青葉賞 2着以内 2010年以降
菊花賞 セントライト記念 3着以内 2007年以降
神戸新聞杯 3着以内 2005年以降
天皇賞
天皇賞は以下のように外国産馬の出走枠が拡大され、2005年より国際競走となり出走制限が撤廃されている。なお優先出走ではないため、内国産馬を含めた出走馬の選定基準において、下位となった場合は除外される。

2000年 春秋ともに2頭まで。

2002年 原則2頭。ただし内国産馬と外国産馬2頭を含めて最大出走可能頭数に満たさない場合に限り、さらに2頭(合計4頭)まで出走可能。

2004年 出走頭数に関係なく春は4頭、秋は5頭まで出走可能。
2005年 国際競走となり外国産馬の出走制限は撤廃。外国調教馬も5頭以内で出走可能となる。

日本で活躍した外国産馬

中央競馬グレード制導入前

1950年代初頭、戦争による競走馬不足を補う目的で、1952年の競走馬輸入解禁と同時にアメリカ合衆国・オーストラリア・ニュージーランドからかなりの頭数のサラブレッド[6]が輸入され、1950年代半ばには外国産馬が大活躍した時期もあった。

中央競馬で導入初年度となった1952年暮れの朝日杯3歳ステークスでは7頭中4頭出走した外国産馬が、後にクモハタ記念を勝ったイチジヨウ(母クリフジ)らを圧倒、1着・3~5着を独占しいきなりその能力を見せつけた。一時は外国産馬限定の競走が組まれていたこともあるほどである。しかし外国産馬が出走できる重賞(混合戦)は限定され、現在のG1級競走に相当するものでは天皇賞、宝塚記念、有馬記念[7]のみに限られていた(→豪サラの項目を参照)。


1960年代に入ると、外国産馬は年間輸入頭数が制限されていたこともあって繁殖用の馬の輸入が優先され、外国産競走馬の数は急減した。そのうえ1971年6月30日から実施された活馬(生きている馬)の輸入自由化に伴い、国産馬保護のため混合戦が更に減らされ(天皇賞も混合戦から外された)、外国産種牡馬や繁殖牝馬は頻繁に輸入されるようになったが、外国産競走馬はさらに少なくなった。しかしこの頃から社台グループやシンボリ牧場などの海外に目を向けた生産者が厳選した競走馬を輸入し、出走レースが限られた環境ながらも高い能力を見せた馬が数頭いた。

外国産競走馬は引退後の繁殖馬としての価値を見越して輸入されることが多く、牝馬の方が多かった。1952年に輸入された馬の仔からはダイコーター、トースト、ヘリオスなどが活躍、孫の代にはハイセイコー、タケシバオーやラッキールーラ(母トースト)など多くの活躍馬を輩出し、現在に至るまで活躍馬を出し続けている牝系(ファミリーライン)は多い。

サンゲツ
1952年朝日杯3歳ステークスなど
オパールオーキツト
1954年天皇賞(秋) – オーストラリア産。地方競馬からの移籍馬で、最初に天皇賞を制した外国産馬。
ロイヤルウツド
1954年・1955年鳴尾記念、1954年目黒記念(秋) – オーストラリア産。オーナーは永田雅一。
ミツサクラ
1955年阪神記念 – ニュージーランド産。ジャンボキングの母の父。
フアイナルスコア
1954年京都記念(春・秋)、1956年阪神記念など。トウカイテイオーの4代母トツプリユウの父。サニーブライアンの3代母ファイナルクインの父。
ヤサカ
1955年朝日チャレンジカップ、1955年・1956年京都盃など – ニュージーランド産。種牡馬としてカネツセーキらを輩出。シルバーランドの母の父。
カバーラップ二世(競走名セイカン)
競走馬としては振るわなかったが、種牡馬としてリユウズキ・ワカクモ・カシュウチカラ・プリテイキャストらを輩出。
サスケハナ
1955年毎日王冠 – アメリカ合衆国産。旧4歳時、月3~4戦ペースで32戦11勝というタフな使われ方をしていた。同世代の桜花賞優勝馬ヤシマベル、優駿牝馬優勝馬ヒロイチを押しのけ啓衆社賞最優秀4歳牝馬に選ばれる。最後は1956年秋の天皇賞で故障発生して引退するが、繁殖牝馬として1963年の桜花賞馬ミスマサコを送り出し、現在まで子孫は繁栄している。
ブレツシング
1955年クイーンステークス、1958年スプリングハンデ – アメリカ合衆国産。旧8歳まで走り17勝を挙げる。産駒は1頭しか残せなかった。1977年小倉大賞典の優勝馬アランフェスの祖母。
ミツドフアーム
1956年天皇賞(秋) – オーストラリア産。オパールオーキツトと同じく地方競馬からの移籍馬。種牡馬になったが繁殖能力がなかった。
サールス
1957年京都記念(秋)など – ニュージーランド産
ビツグヨルカ
1960年日本短波賞中山4歳ステークス – イギリス産。兄にWill Somers、弟にグレートヨルカを持つ。
マツフジエース
1974年朝日杯3歳ステークス
スピリットスワプス
1976年きさらぎ賞 – TTGの同期。デビューから9連続連対した快速逃げ馬(→脚質を参照)。
ギャラントダンサー
1977年朝日杯3歳ステークス – 父ギャラントマン。社台グループがノーザンテーストと同等の期待を掛けて輸入した。フランスに遠征するも故障のため出走ならず、1走も出来ずに帰国。海外再挑戦を目指すが宝塚記念の調教中に骨折、治療の甲斐なく安楽死となる。
タクラマカン
第1回ジャパンカップに出走。
マルゼンスキー(1976年朝日杯3歳ステークス優勝)は持込馬であったが、当時の規定で外国産馬とほぼ同様の規定が用いられていた。
中央競馬グレード制導入後 [編集]
パーシャンボーイ
1986年宝塚記念 – グレード制導入後最初にG1を制した外国産馬
リンドシェーバー
1990年朝日杯3歳ステークス
ヒシアマゾン
1993年阪神3歳牝馬ステークス、1994年エリザベス女王杯など
ダンツシアトル
1995年宝塚記念
タイキシャトル
1997年・1998年マイルチャンピオンシップ、1998年安田記念など
シーキングザパール
1997年NHKマイルカップ
グラスワンダー
1997年朝日杯3歳ステークス、1998年・1999年有馬記念、1999年宝塚記念など
エルコンドルパサー
1998年NHKマイルカップ、1998年ジャパンカップ
タップダンスシチー
2003年ジャパンカップ、2004年宝塚記念
アグネスデジタル
2000年マイルチャンピオンシップ、2001年天皇賞(秋)、2002年フェブラリーステークス、2003年安田記念など
メイショウドトウ
2001年宝塚記念、日経賞など
クロフネ
2001年NHKマイルカップ、2001年ジャパンカップダートなど
シンボリクリスエス
2002年・2003年天皇賞(秋)、2002・2003年有馬記念など
ファインモーション
2002年秋華賞、エリザベス女王杯
2000年に、天皇賞が外国産馬の出走が認められて以降、天皇賞(秋)はアグネスデジタルとシンボリクリスエスが優勝している。天皇賞(春)の優勝馬は2009年現在出ていない[8]。
2001年にクラシック競走が外国産馬に開放された後、初めて制したのは2007年の優駿牝馬のローブデコルテである。

脚注
^ 中央競馬の定義では□の中に「外」。
^ 外国馬の転入、大井で2年間実施へ(ラジオNIKKEI競馬情報Web、2007年3月9日)
^ 外国産馬「バーナスコーニ号」に関するお知らせ(東京都競馬株式会社)
^ 地方競馬の祭典、JBCに開催の危機(netkeiba.com、2007年3月12日)
^ クラシック競走の出走条件に「未勝利馬および未出走馬を除く」と定義されているため。「未勝利馬および未出走馬」の定義は収得賞金が0の馬と同義である。たとえば、未勝利馬および未出走馬が重賞で2着に入った場合は、0勝であるが未勝利馬ではない。
^ 旧3歳(馬齢表記は当時)以下の未出走馬のほか、既に出走していた旧4歳馬などを含む。
^ 宝塚記念、有馬記念はファン投票などによる選出が必要であった。(注: 現在はファン投票選出馬以外の出走馬は収得賞金などにより決定するが、かつては収得賞金とは無関係でファン投票の上位馬と委員会により選出された馬のみ出走可能であった。)
^ 1971年以前の優勝馬には外国産馬はいる。

折り合い

折り合い(おりあい)とは競馬のレース(競走)において、競走馬が騎手の制御・命令に従うかどうかを指す。

制御・命令に従うことを折り合うまたは折り合いがつくといい、制御・命令に従わないことを折り合いを欠くという。折り合いを欠き、前方へ疾走することを特に掛かるまたは引っ掛かるという。

一般に競走馬が折り合いを欠くとスタミナを消耗し、レース終盤での失速に繋がるとされる。特に長距離戦では致命的な敗因となることが多い。一方、短距離戦では序盤から早いペースでレースが推移しまた長距離戦ほどスタミナを要しないため、折り合いを欠くことによるデメリットが比較的少ないとされる。

インブリード

インブリード (Inbreeding) とは、馬、犬、レース鳩といった家畜や愛玩動物の、近親交配のことである。その定義は交配する生物によって微妙に異なる。対義語はアウトブリード。

日本では競走馬や肉牛(特に繁殖牛)の生産や選別、血統を語る際において使用されるのが中心で、畜産分野や競馬産業から持ち込まれた用語といえるが、競馬シミュレーションゲーム「ダービースタリオン」シリーズの大ヒットにより、一般にもこの言葉が広く知られる事となった。

他方、純血種の犬や猫などの生産に関わるペット業界では、生産効率の向上や小型化などを意図した一部の生産者により、このインブリードを意図的かつ過剰に発生させるケースが近年相次いでいる。

この結果として奇形や感覚障害といった先天的な問題を抱えるペットが少なからず生産され、テレビ番組でも取り上げられるなど大きな問題に発展している。

しかし、インブリードは品種改良や品種のスタンダード維持の重要な手段でもあるため、これについては血統登録などでの規制等を行う事も極めて困難でもあるという一面も持っている。

インブリード概要

サラブレッドを生産するときには、良質な劣性遺伝子をホモ化して特定の能力を固定する目的で意識的に近親交配を行うことがある。

一方、悪質な劣性遺伝子がホモ化すると気性難を引き起こしたり体質が弱くなるなどの悪影響が発生する可能性がある。

チャールズ・レスターは著書『サラブレッドの生産』において、「近親繁殖の目的は、われわれが近親繁殖を行った、その祖先の影響を強めるためである」、「それは、たとえば両親のいろいろな要素をふくんでいる同じ井戸から、2回くみだす作業だと言える」、「われわれが井戸からくみ出す時には、よい成分も悪い成分もどちらもくみ出すことになる」と述べている。

古来から極端に強いインブリードは避けるべきと考えられているが、マルセル・ブサックのように極端に強いインブリードを好んで行った生産者もいる。また、インブリードを持つ種牡馬は遺伝力が強いと言われる。

血統表においてインブリードとなる馬を表すときには、数字を用いて4×5のような表記を用いる。この数字の意味は共通して現れる祖先の位置を表すもので、配合する種牡馬および繁殖牝馬を1として扱い、その親となる馬に対しては2,3,4…と順番に数が増える。例えば父方の祖父と母方の祖母の父が同じ馬であるときには2×3という表記になる。

また、このときに三代前の祖先と四代前の祖先が同じ馬になる、即ち4×3(もしくは逆に3×4)となる配合は、奇跡の血量18.75%と呼ばれ、過去に数々の名馬を輩出したことで知られている。この奇跡の血量については、元々はアメリカで考案された概念であると言われており、日本国内ではトキノミノル(ザテトラークの3×4)の活躍によって注目されだしたと言われる。

基本的にインブリードが発生する場合、共通となる祖先は種牡馬である場合が多いが、まれに牝馬のインブリードが発生する場合がある。

エルコンドルパサーの場合、スペシャルとリサデルの全姉妹クロス4×4×3のインブリードが発生している(全兄弟・全姉妹は同一の父母を持つため、インブリードを考える上では同一の馬と見做して考える場合がある。

ちなみにこの馬の場合、ノーザンダンサーの4×3の奇跡の血量でもある)。なお、11年連続リーディングサイヤーに輝いたノーザンテーストは、Lady Angela(ニアークティックの母)の3×2という名牝の強いインブリードを持っている事で有名である。

日本の馬産におけるインブリード

日本の馬産におけるインブリードは、血統というものがサラブレッドにとって極めて重要なものであると認識された頃から既に生産者に意識され試みられている。

歴代顕彰馬の中でも最も生まれが早いクモハタもハンプトンの5×5とセントサイモンの5×5を持っている。

生産者以外でも意識され始めたきっかけは、トキノミノルが10戦全勝で日本ダービーを制した事で、その血統にあったザテトラークの「3×4」という配合が、名馬が多く誕生する「奇跡の血量18.75%」としてスポーツ新聞などでもてはやされる様になった事によるとされる。

なお、「3×4」、「18.75%」という血量の根拠については諸説あるものの、現在に至るまで有力な決め手になるものは無い。

ただし、一説ではトキノミノル亡き後、同年の菊花賞を制したトラックオーもブカンの3×4というインブリードを持っていた事により、日本では定説になったという説がある。

また、この「奇跡の血量」を持つ日本の競走馬としては、著名な所ではコダマ(ブランドフォードの4×3)、トウショウボーイ(ハイペリオンの3×4)などがいる(ちなみにこのハイペリオン自身もセントサイモンの3×4を持つ事で知られる)。

現在の状況としては1980年代にノーザンテースト、マルゼンスキーが大成功した事もあり、2頭の共通の祖先であるノーザンダンサーの血を引く繁殖馬が非常に多く、1990年代を中心にノーザンダンサーの「奇跡の血量」を持たせる交配が積極的に試みられた。

その一方で、1990年代後半からは日本馬産史上最大の成功種牡馬とも言われるサンデーサイレンスから広がった血統を持つ種牡馬・繁殖牝馬が、日本の馬産史上かつて無い速度で広まっている。

そのため、近い将来にはサンデーサイレンスの血統とそのインブリードを持つ馬で飽和状態となり、やがて「日本版セントサイモンの悲劇」の様な事態が起きるのではないかという懸念を示している者もいる。

だがセントサイモンの時代と現在の生産・流通事情は大きく異なるため、同様の状況に至る可能性は低い。

その一方でインブリードの効果による強烈な能力を持った馬の誕生を期待して、実績を残した種牡馬の濃いインブリード交配に挑む生産者もいる。また、九州地方など種牡馬と繁殖牝馬の数が限られている地域では、その限られた組み合わせの中での配合という事情から発生してしまう事もある。

実際、サンデーサイレンスの血脈は日本に登場してからまだ15年も経っていないが、サンデーサイレンスの2×3という馬産の常識的な概念からはやや危険と考えられるインブリードを持った馬が九州産馬などで既に何頭か現れている。その中には、サンデーサイレンスの2×3とトウショウボーイの3×3を併せ持つ血統配合の馬もいる。


なお、平成以降の日本のサラブレッド馬産における極限の近親配合は、記録に残る限りでは血統名「リトルジャスミンの1994」のトドロキヒホウの1×2(父と母の父が同じ馬)というものがあるが、これは種付け時の手違いによって起きてしまったもので、生産者の意図によるものではなかったとされている。

インブリードの問題点

上記の様にインブリードは強い馬作りには効果的であるとされる反面、極端な近親交配を避ける観点から、繁殖馬とした時に交配可能な相手が限られるという問題もある。

そのため、特定の血統が繁栄しすぎると、その血筋を濃く受けている繁殖馬、特に種牡馬にとっては、交配可能な相手が限定され、また似た様な血統構成を持つ数多くの種牡馬との競合にもさらされ、かえって活躍の場が狭まるという事態が起きる。

古くは「18世紀の三大名馬」の一頭に数えられるハイフライヤーや、20世紀初頭の「セントサイモン」に知られ、現在ではノーザンダンサー系の種牡馬にもその兆候が懸念されている。

日本国内で供用された近年の種牡馬では、ノーザンダンサーの2×4を持つラムタラがノーザンダンサーの血が欧米以上に溢れ返ると言われる日本では近親交配の問題で相手が限定され、活躍できずに終わっており、その最典型として挙げられる事が多い(他方、この種牡馬については血統面以外でもサンデーサイレンス産駒の活躍による相対的なスピード能力の不足などの指摘もされている)。

他方では、同じくノーザンダンサーの3×3を持ち、自身も競走馬生活では体調難に苦しんだフサイチコンコルドが種牡馬としてGI優勝などの活躍馬を出しているなど、単純に名馬の濃いインブリードがすなわち「悪」というものでもない。

競走馬は自然交配によって生み出され、実際に産駒を走らせてみるまでは親である繁殖馬についても一概な評価はできず、インブリードについてその利点問題点を語る際の難しさもこの点にあると言える。

また、種牡馬として成功したところで、健康な馬を作るために強い近親交配を避ける観点から交配可能な繁殖牝馬が限定される点については変わりが無い。実際、フサイチコンコルドにしても、ノーザンダンサーのインブリードを自身も持っている繁殖牝馬との配合は危険と考えている生産者は多い。

いずれにせよ、突き詰めれば抜きんでて優れているが故にその血統で溢れ過ぎ、極端な近親交配を避ければ交配困難となって血統が衰退するという、サラブレッドという品種の馬産の趣旨からすればおよそ相反した悩ましい事態とも言える。

インブリードの遺伝学上の見地

これらの説に遺伝学的に充分な説得力があるわけではない。

劣性遺伝子は不利なものがほとんどである。

ある一つの生物学的性質に注目した場合(例えば肉体の強靱さ)、それに関わる対立遺伝子のうち競走馬として有利さをもたらす遺伝子が劣性で、不利さをもたらす遺伝子が優性だった場合、その優性な遺伝子を持つ個体は「肉体が強靱でない馬」となるため、厳しい人為淘汰(とそれ以前の生存競争)によって取り除かれ、「劣性で有利な遺伝子」を持った個体ばかりが残る。

これが競走馬(または生物)にとって不利な(あるいはそれほど有利でない)遺伝子が、優性であれば存続することができず、劣性のものが細々と継承されるプロセスである。

もしも全く自然および人為淘汰が働かず、馬の生存が運不運のみで決まる環境であれば、「優性だが不利な遺伝子」が多く残り「劣性だが有利な遺伝子」を包み隠してしまうことがあり得る。

その環境ではインブリードはより大きな効果を発揮するが、しかしサラブレッドの置かれている環境はそれとは正反対である(ただしサラブレッドの歴史の初期には一定の効果をもたらした可能性はある)。

「劣性で有利な遺伝子」のホモ化以外の意義として、集団内で「劣性で不利な遺伝子」の割合を下げる方向に働くことや、インブリードされている数世代前の名馬の遺伝パターンの再現(ホモ化ではなく複数の遺伝子の関連を考える)などと色々理由を考えることは可能であるものの、いずれも説得力は弱い。

奇跡の血量と呼ばれる値については科学的根拠はない。そもそも18.75%というのは、単に「その祖先と、2親等より少なく3親等より多くの遺伝子を共有している」ことしか意味しない(そのうち0.78125%が重複しているので、実際の共有率は18%弱である。

また祖先と同じ遺伝子が発現する率は4.88%強である)。論理的には、有利な劣性遺伝子が不利な劣性遺伝子より多いことはありえず、どの遺伝子を継承するか自然交配では選ぶことができない以上、不利な遺伝子の発現を避けるために遺伝子の重複度は極力低くなる方が望ましい(イヌで純血種より雑種の方が一般に平均寿命が長いのもこのためである)。

特に強いインブリードを持つ活躍馬

サラブレッドは父が同じでも兄弟という扱いはされないが、ここでは説明の便宜上兄弟とする。
コロナティオン(トウルビヨン2×2、テディ4×4半兄弟同士の配合) – 凱旋門賞
ハイタイム(ドミノ3.3×2、半兄弟同士の配合で生まれたアルティマスにさらに父の半妹を交配) – 米リーディングサイアー
オオヒエイ(アングロアラブ。スカレー2×2)- 全日本アラブ大賞典
ニットウチドリ(マーマハル4×5、ブランドフォード5×5、テディ5×5、ファロス(フェアウェイ)5×5、父内にゲインズバラ5.5×5、フライアーズドーター5×5、母内にブレニム5×5、母の父内にウガンダ5×5)- 桜花賞、ビクトリアカップ
ダイシンフブキ(ナスルーラ3×3.4。ナスルーラ3×4に加え、母父母にナスルーラの全妹を持つ。) – 朝日杯3歳ステークス
エルコンドルパサー(ノーザンダンサー3×4。スペシャル(リサデル)4×3.4。ネイティヴダンサー4×5)- ジャパンカップ、サンクルー大賞、NHKマイルカップ
シンコウキング(ノーザンダンサー2×3) – 高松宮杯(GI)
ストーミングホーム(ミスタープロスペクター2×3) – チャンピオンステークス、チャールズウィッティンガム記念ハンデキャップ

インブリードと人間

人間に対しては、特に中世ヨーロッパにおいて、「近親姦によって産まれた者」という意味で差別的、侮蔑的に用いられた。

他方で、洋の東西を問わず、長い歴史を誇る旧家や王侯貴族などには、「自家の血統を濃く残すべし」「他家の血を混ぜない」など血統の純潔性を重んじる考え方を綿々と受け継いできた家も少なくない。また、ハプスブルク家の様に所領分散防止などの一族の戦略的な観点から近親婚を続けていた家系も見られる。

その中には、何世紀にも渡り、また現在も近親婚により血脈を繋いでいる、あるいは近代までその様な習慣を続けてきた家系や、さらにはサラブレッドのインブリードと同様に、「(多大な功績を残した)特定の祖先の血(血量)をより濃く残してゆく事」を目的に一族内で婚姻の相手を決める様な家系も存在する。

関連項目

アウトブリード
ニックス
競走馬の血統

引退

競走馬の場合、日本中央競馬会 (JRA) では競走馬登録を抹消した時点で引退となる。

引退式については、

GIを勝利した馬
牡馬・騸馬で重賞を5勝した馬
牝馬・障害競走で重賞を4勝馬

以上いずれかの条件を満たした馬と合同で引退式を行う場合(モンテプリンスとシービークロスとの引退式が有名)

など、競馬発展に多大な功績を残した馬で希望すれば競馬開催日に行うことができる。ただし、引退式に掛かる経費は馬主の負担となる。また、重賞を1勝でもすればJRA公式サイトなどで競走馬登録を抹消した旨と今後について告知がなされる。

騎手の場合、騎手免許取消願が受理された時点で引退となる。

騎手には定年制は設けられておらず、引退は体力の限界を判断した場合、成績低迷により騎手としての収入が少なく、生活の維持の為には比較的収入が安定する調教助手や調教師への転向が必要と判断した場合など、自らに委ねられる。

中央競馬の調教師には定年制が導入されており、70歳を過ぎた最初の2月末を以て調教師免許が自動的に失効となり、調教師としての資格を返上することになる(そのため内藤繁春元調教師は定年の無い騎手に転向しようと考え、騎手免許試験を受験した)。

また実績に乏しい調教師は定年が間近になってくると、管理する馬が集まらなくなる傾向にあり、また、優勝劣敗の厳しい勝負の世界であるがゆえに、管理馬の成績不振を直接の原因として厩舎経営に行き詰まるなどして、そのため定年前に自ら調教師免許を返上して厩舎を解散、引退する調教師も少なくない。

地方競馬の調教師については、主催者により千差万別である(定年制の有無など、競馬場・競馬組合毎に規定が定められている)。

なお、競馬法に違反する事件・行為などにより、資格を管理する組織(日本中央競馬会・地方競馬全国協会)から騎手・調教師などの免許の取り消し(剥奪)の処分がなされ、資格を喪失する形で強制的に引退(あるいは管理団体からの解雇)となった場合には、引退という言葉が用いられる事は少ない。

特に競馬マスコミなどでは『競馬界追放』などの表現がなされ、これが引退を事実上意味するものとなる(田原成貴の逮捕による調教師免許剥奪時にこの表現が使用されていた)。

アメリカンナンバー

アメリカンナンバー(Amelican Numbers)またはアメリカンファミリー(Amelican Families)はサラブレッドなどの競走馬を分類する牝系のひとつで、ジェネラルスタッドブックに記載された繁殖牝馬に遡れない北アメリカの母系の総称である。

アメリカンナンバー概要


ファミリーナンバーの概念が登場した当時に、血統書の紛失などの理由で血統が不明確になっているものの、サラブレッドの牝系として認知された北アメリカの競走馬の牝系を分類したものである。

アメリカ合衆国で製作された独自の血統書「アメリカンスタッドブック」を元に番号が割り振られ、現在までに公式として認知された牝系が39本存在する。

ジェネラルスタッドブックへと遡れないとされるが、いずれも本来はイギリスのファミリーナンバーへと遡れるものであると考えられており、有名なところではA4号族はファミリーナンバー21号族に遡れることが有力視されている。

現代においては繁殖牝馬の輸出などで、北アメリカ以外にもアメリカンファミリーの競走馬・繁殖牝馬が導入されている。日本で競走・繁殖生活を送ったアメリカンファミリーの競走馬の代表例に、ヤマニンパラダイス(A4)やタカエノカオリ(A31)、タカオー(A39)などがいる。

基礎牝馬

現在までに認知されているアメリカンファミリーはA1からA39までの39本で、それ以外にもa40からa90までの牝系の存在が確認されている。以下はA39までの基礎牝馬を示す。

No. 基礎牝馬名 代表的な馬 備考
A1 Janus mare No. 1(生年不詳) Exterminator、Ben Brush
A2 Janus mare No. 2(生年不詳) Springside
A3 Medley mare No. 1(生年不詳) Spendthrift、Chant
A4 Medley mare No. 2(生年不詳) Swaps、Iron Liege 21号族に遡るとされる
A5 Fearnought Mare(生年不詳) Holiday、Royal Tourist
A6 Fearnought Mare(生年不詳) Tenpenny
A7 Fearnought Mare(生年不詳) Tom Ochiltree、Dan Sparling
A8 [Sampson] Sawyer’s Midge(生年不詳) Dr Rice、Burning Star
A9 Fearnought Mare(生年不詳) Aristides、Brumelli
A10 Harrison of Brandon Mare(生年不詳) Lord Murphy、Crickmore
A11 Brimmer Quarter Mare(生年不詳) Duke of Magenta、Faireno
A12 Tristram Shandy Mare(生年不詳) Paul Kauvar、Selika
A13 Randolph of Chatsworth Mare(1746年) Vagrant、Lookout
A14 [Webb’s] Shepherdess(1781年) Ten Broeck
A15 Miss Bell(1750年?) A9号族に遡るとされる
A16 Bellair Mare(生年不詳) Alan-a-Dale、Nancy Lee
A17 Pegasus Mare(生年不詳) Yo Tambien、Willie W.
A18 Tryal Mare (1754年?) Typhoon、Tecumseh A13号族に遡る
A19 Jenny Dismal (1752年?) 6-aに遡る
A20 Silvertail Mare (生年不詳) Grenada
A21 Quicksilver Mare(生年不詳)
A22 Bowie (Buie) Mare(生年不詳) Donerail、Irish Lad
A23 McKinney’s Roan Mare(生年不詳) Montrose
A24 Vampire Mare(1768年?) Macbeth
A25 Jefferson’s Barb Mare (生年不詳)
A26 Jolly Roger Mare(生年不詳) Tambour、John Bell
A27 Tippoo Saib Mare(1780年) Behave Yourself、Good and Plenty
A28 Grey Diomed Mare(生年不詳) Calvin、Tom Bowling
A29 Diomed Mare(生年不詳) Red Rocks、Lucy May
A30 Citizen Mare (生年不詳) Picknicker、Harry Cooper A25号族に遡る
A31 Monkey Mare(1740年?) タカエノカオリ
A32 Citizen Mare(生年不詳) Carley B.
A33 Brilliant Mare(生年不詳) Tremont
A34 Bolton Mare(生年不詳) Belle of Runnymede、Effendi
A35 [Jackson’s] Pacolet Mare(生年不詳) Sunny Slope
A36 Medley mare No. 3(生年不詳) Judge Himes
A37 Anderson’s Grey Mare(生年不詳) Culpepper
A38 Top Gallant mare(生年不詳)
A39 Fearnought Mare(生年不詳) タカオー、トサオー

アーニングインデックス

アーニングインデックス(Average Earning Index)とは、競馬においては、種牡馬の成績を表す1つの指標で、種牡馬別の産駒収得賞金に関する指標である。略してEI、またはAEIとも記述される。

全競走における競走馬1頭あたりの収得賞金に対する、ある種牡馬の産駒1頭あたりの収得賞金の比率をあらわしたもので、以下の数式で表される。

(産駒の総収得賞金) (全出走馬収得賞金)
────────── ÷ ──────────
(産駒の出走頭数) (総出走頭数)

1が平均値となり1より大きい場合は産駒1頭あたりの獲得賞金が平均より多く、1より小さい場合は産駒1頭あたりの獲得賞金が平均より少ないことを表している。

リーディングサイヤーは、産駒の総獲得賞金で順位を決めるが、アーニングインデックスを併用すると少ない産駒で賞金を稼いでいるかあるいはその逆なのかが分かる。

ただし、出走頭数が少ない種牡馬の産駒が大レースに勝つと、この値は極端に高い値を示すので注意が必要である。

例: 2004年度のPleasant Tap(タップダンスシチーの父)は日本における出走頭数が2頭でAEIが35.53となった。

その他では1992年のMajestic Light(ニシノフラワーの父)や1993~1994年のSharrood(ビワハヤヒデの父)も、当時日本における出走産駒がそれぞれ挙げた産駒各一頭ずつであった事から、この数値を語る上で例としてよく挙げられている。

2004年度の日本(サラブレッド総合、平地 + 障害)のリーディングサイヤーランキングとアーニングインデックスは、下記のとおり。

順位 種牡馬名 出走回数 出走頭数 勝利回数 勝利頭数 AEI 収得賞金(円)
1 サンデーサイレンス 3,074 550 449 266 4.29 9,076,931,000
2 ダンスインザダーク 2,462 343 497 76 2.01 2,649,028,000
3 ブライアンズタイム 1,846 293 218 126 2.15 2,420,894,000
4 フジキセキ 1,775 299 193 121 1.71 1,965,479,500
5 サクラバクシンオー 1,859 274 184 120 1.58 1,668,575,500
6 フォーティナイナー 1,148 178 127 75 2.37 1,621,532,000
7 アフリート 1,743 251 219 111 1.61 1,550,884,500
8 トニービン 913 131 89 55 2.83 1,424,215,000
9 バブルガムフェロー 1,846 276 235 130 1.25 1,331,005,500
10 エンドスウィープ 697 109 115 67 3.08 1,292,751,000
11 ティンバーカントリー 1,614 196 175 95 1.70 1,278,492,000
12 アジュディケーティング 2,211 287 273 151 1.08 1,195,538,500
13 ジェイドロバリー 1,890 286 218 124 1.08 1,185,673,000
14 ウォーニング 1,192 154 124 69 1.94 1,148,319,000
15 メジロライアン 2,054 238 181 102 1.22 1,120,858,100
16 タイキシャトル 1,024 163 125 72 1.66 1,041,361,000
17 タマモクロス 1,649 193 156 80 1.33 985,708,000
18 マーベラスサンデー 1,246 165 142 75 1.55 980,614,000
19 シャンハイ 2,302 298 292 161 0.80 916,227,500
20 コマンダーインチーフ 2,206 292 202 100 0.81 912,701,000

関連項目

コンパラブルインデックス