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平安S、冬に好成績を挙げていて、斤量は2.5キロ軽くなる中山得意なこの穴馬は・・・

ゲートさえ、まともに出れば、3着以内は、あるでしょうね。
平安ステークスは、中山競馬場に多い、典型的なリピーターレースのひとつです。

インバルコは昨年の2着馬です。
ただ、ゲートの出が悪い。

「あの時は内にヨレて、その分の2着でしたね。真っすぐ走っていれば、おそらく1着…という内容」

「ゲートの出がどんどん悪くなっている。問題はそこでしょうね。それで前走のようなスローで前残りの競馬になると厳しい」と池江師は言っています。

ただ、斤量が2.5kg軽くなりますし、体調も良さそうです。
スタートでの出遅れが影響する内枠ではなく、不利な外枠でもなく
真ん中の枠が引ければ、3着以内はありそうですね!

インバルコの基本情報

所属 中央

登録 中央現役  性別 牡 6歳
馬主 藤田孟司 毛色 鹿毛
調教師 池江 泰寿(栗 東) 生産牧場 Takeshi Fujita
産地 米国産 戦績
国内:27戦8勝 出馬表
総賞金 20785.4万円
血統
Fusaichi Pegasus(USA)
鹿 1997 Mr. Prospector(USA)
Angel Fever(USA)
Personal Delight(USA)
鹿 1997 Personal Flag(USA)
Knight Prospector(USA)
年度別累計成績
年 レース回数 1着 2着 3着 着外 賞金(万円) 開催場所
中央 2009 8 4 2 1 1 4874.1 東京、中山、中京、京都、阪神、小倉
2010 9 3 1 1 4 8062.2 東京、中山、京都、阪神、小倉
2011 9 1 3 2 3 7049.1 新潟、東京、中山、京都、阪神、小倉
合計 26 8 6 4 8 19985.4 SSI = 4.94
地方 2011 1 0 0 1 0 800.0 船橋
合計 1 0 0 1 0 800.0 SSI = 50.17

インバルコ 主な成績

着順 日付 レース名 競馬場 芝ダ 距離 1着馬(2着馬)
3 2011/05/02 ダイオライト記念(中央交流) 船橋 ダ 2400 スマートファルコン
2 2011/01/23 平安S 京都 ダ 1800 ダイシンオレンジ
3 2011/04/10 マーチS 阪神 ダ 1800 テスタマッタ(USA)
1 2011/10/23 ブラジルC オープン 東京 ダ 2100 (フリソ)
1 2010/10/24 ブラジルC オープン 東京 ダ 2100 (エアマックール(USA))
1 2010/12/25 師走S オープン 中山 ダ 1800 (ユノゾフィー)
2 2010/03/06 仁川S オープン 阪神 ダ 2000 モンテクリスエス
2 2011/12/10 ベテルギウスS オープン 阪神 ダ 2000 キングスエンブレム
2 2011/07/17 祇園S オープン 京都 ダ 1800 ニホンピロアワーズ
3 2011/08/28 阿蘇S オープン 小倉 ダ 1700 フサイチセブン
3 2010/08/29 阿蘇S オープン 小倉 ダ 1700 クリーン
1 2009/12/27 フェアウェルS 1600万下 中山 ダ 1800 (フリソ)
1 2010/08/08 宮崎S 1600万下 小倉 ダ 1700 (ゴールデンチケット)

平安ステークス

平安ステークスの基本情報

開催地 京都競馬場
施行日 2012年1月22日
施行時期 1月中旬 – 下旬
(原則1回京都8日目)
格付け GIII
1着賞金 3500万円
賞金総額 6660万円
距離 ダート1800m
出走条件 サラブレッド系4歳以上(国際)(指定)
出走資格も参照
負担重量 グレード別定(本文に記載)
第1回施行日 1994年1月15日(重賞格上)

平安ステークス(へいあんステークス)は、京都競馬場のダート1800mで行われる重賞(GIII・統一GIII)競走。競走名はかつて京都に置かれていた日本の首都の平安京に由来。正賞は全国公営競馬馬主連合会会長賞、地方競馬全国協会理事長賞。

平安ステークス 概要

1984年に京都競馬場の芝2200mの5歳(現4歳)以上の混合のオープン特別競走、平安ステークスとして施行されたのが始まり。
1985年は施行距離を芝1400mに変更、1986年からは施行距離をダート1400mに変更するとともに施行時期が現在の1月開催となり、1993年までオープン特別競走として施行された。

1994年にダート重賞路線の整備により、阪神競馬場のダート1800mの重賞競走として創設された。同年は京都競馬場の改修工事のため阪神競馬場で施行されたが、翌1995年から京都競馬場に戻っている。同時に指定競走となり、地方競馬所属馬が出走可能な初のダート重賞でもあった。同年は地方競馬所属馬が2・3着に入賞している。

フェブラリーステークスの関西圏における前哨戦に位置付けられており、第2回優勝馬ライブリマウントと第4回優勝のシンコウウインディが同年のフェブラリーステークスを制している。

出走資格は、サラ系4歳(旧5歳)以上のJRA所属の競走馬、地方所属の競走馬(4頭まで)及び外国調教馬(8頭まで)。
負担重量は4歳は55kg、5歳以上は56kg、牝馬は2kg減を基本とし、
施行日当日から1年前の開催週以降のGI競走(牝馬限定競走を除く)1着馬は3kg増
施行日当日から1年前の開催週以降の牝馬限定GI競走またはGII競走(牝馬限定競走を除く)1着馬は2kg増
施行日当日から1年前の開催週より過去のGI競走(牝馬限定競走を除く)1着馬は2kg増

施行日当日から1年前の開催週以降の牝馬限定GII競走またはGIII競走(牝馬限定競走を除く)1着馬は1kg増
施行日当日から1年前の開催週より過去の牝馬限定GI競走またはGII競走(牝馬限定競走を除く)1着馬は1kg増
以上のように斤量が課せられる。ただし2歳時の成績を除く。

平安ステークス 歴史

1984年 – 京都競馬場の5歳(現4歳)以上の混合競走の別定重量の芝2200mのオープン特別競走、平安ステークスとして施行。
1985年 – 施行距離を芝1400mに変更。

1986年
施行時期を現在の1月に変更。
施行距離をダート1400mに変更。

1994年 – 阪神競馬場[1]の5歳(現4歳)以上の混合競走・指定交流競走の馬齢重量のダート1800mの重賞(GIII)競走、平安ステークスとして新設(創設当初の地方所属馬の出走枠は5頭まで)。
1995年
施行場を京都競馬場のダート1800mに変更。
負担重量を別定重量に変更。

1997年
ダートグレード格付け委員会にGIII(統一GIII)に格付け。
負担重量をグレード別定重量に変更。
トーヨーシアトルとシンコウウインディが同着優勝。
2000年
オースミジェットが2頭目の連覇。
白井寿昭が調教師として2人目の連覇。

2001年
馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走条件が「5歳以上」から「4歳以上」に変更。
四位洋文が騎手として史上初の3連覇。

2003年
スマートボーイが3頭目の連覇。
伊藤直人が騎手として2人目の連覇。
伊藤圭三が調教師として3人目の連覇。
2006年
混合競走から国際競走に変更され、外国調教馬は4頭まで出走可能となる。
地方所属馬の出走枠が5頭から4頭に削減。

2007年
日本のパートI国昇格により、外国調教馬の出走枠が8頭に拡大。
施行日当日から過去1年以上前の重賞競走および牝馬限定重賞競走優勝馬の負担重量を軽減。


平安ステークス 歴代優勝馬

平安ステークスがオープン特別時

施行日       優勝馬   性齢 勝時計 優勝騎手 管理調教師 馬主
1984年4月22日 リウジンフジ 牡5 2:17.9 伊藤稔 須貝彦三 龍進撃(有)
1985年4月21日 ロングハヤブサ 牡4 1:22.9 村本善之 小林稔 中井長一
1986年1月15日 マルブツサーペン 牡5 1:24.6 加用正 瀬戸口勉 大澤毅
1987年1月18日 フェートノーザン 牡4 1:23.4 中竹和也 吉田三郎 高橋義和
1988年1月17日 ドウカンジョー 牝4 1:24.1 田島信行 池江泰郎 新井興業(株)
1989年1月16日 ドウカンジョー 牝5 1:23.2 松永幹夫 池江泰郎 新井興業(株)
1990年1月15日 ダンシングサム 牡5 1:24.3 松永幹夫 高橋直 福山商事(株)
1991年1月15日 パッシングルート 牡4 1:23.1 西浦勝一 山内研二 山本菊一
1992年1月19日 キョウエイスワット 牡6 1:23.7 南井克巳 清水久雄 松岡正雄
1993年1月17日 ミスタートウジン 牡7 1:23.2 村本善之 福島信晴 藤立啓一

平安ステークスが重賞格付け以後

回数 施行日       優勝馬     性齢 勝時計 優勝騎手 管理調教師 馬主
第1回 1994年1月15日 トーヨーリファール 牡4 1:52.8 松永昌博 松永善晴 (有)トーヨークラブ
第2回 1995年1月16日 ライブリマウント 牡4 1:52.9 石橋守 柴田不二男 加藤哲郎
第3回 1996年1月15日 アドマイヤボサツ 牡6 1:50.5 芹沢純一 橋田満 近藤利一
第4回 1997年1月6日 トーヨーシアトル 牡4 1:49.9 松永昌博 松永善晴 (有)トーヨークラブ
シンコウウインディ 牡4 四位洋文 田中清隆 安田修
第5回 1998年1月6日 エムアイブラン 牡6 1:48.5 武豊 伊藤修司 稲見豊
第6回 1999年1月10日 オースミジェット 牡5 1:49.9 四位洋文 白井寿昭 山路秀則
第7回 2000年1月23日 オースミジェット 牡6 1:49.8 四位洋文 白井寿昭 山路秀則
第8回 2001年1月21日 マンボツイスト 牡6 1:48.7 四位洋文 古川平 田原源一郎
第9回 2002年1月20日 スマートボーイ 牡7 1:50.9 伊藤直人 伊藤圭三 (有)グランド牧場
第10回 2003年1月26日 スマートボーイ 牡8 1:49.7 伊藤直人 伊藤圭三 (有)グランド牧場
第11回 2004年1月25日 タイムパラドックス 牡6 1:51.3 安藤光彰 松田博資 (有)社台レースホース
第12回 2005年1月23日 ヒシアトラス 牡5 1:50.3 福永祐一 中野隆良 阿部雅一郎
第13回 2006年1月22日 タガノゲルニカ 牡4 1:50.2 池添謙一 池添兼雄 八木良司
第14回 2007年1月21日 メイショウトウコン 牡5 1:51.0 石橋守 安田伊佐夫 松本好雄
第15回 2008年1月27日 クワイエットデイ 牡8 1:51.0 角田晃一 松元省一 (有)サンデーレーシング
第16回 2009年1月25日 ワンダースピード 牡7 1:50.4 小牧太 羽月友彦 山本信行
第17回 2010年1月24日 ロールオブザダイス 牡5 1:51.1 岩田康誠 角居勝彦 (株)東京ホースレーシング
第18回 2011年1月23日 ダイシンオレンジ 牡6 1:51.5 川田将雅 庄野靖志 大八木信行


平安ステークスからのフェブラリーステークス優勝馬

重賞格付け時からフェブラリーステークスの前哨戦として施行されるようになったが、4頭が同年のフェブラリーステークスを制覇している。
回数 馬名     性齢 着順
第2回 ライブリマウント 牡4 1着
第4回 シンコウウインディ 牡4 1着
第7回 ウイングアロー 牡5 5着
第14回 サンライズバッカス 牡5 2着

第19回 平安ステークスの過去10年のデータから見ると、大穴が馬券になる!?

平安ステークスは、フェブラリーSのステップレースですが、なかなか、その年のフェブラリーSでは、馬券になってはいませんね。
馬券になったのは、2005年のヒシアトラスの3着だけです。ただ、2007年の平安ステークスで2着だったサンライズバッカスは、
次の年、フェブラリーSを勝っています。

平安ステークスの過去10年のデータを分析すると、

・6番人気以下の馬が馬券になっている!

なんと!ここ10年間、単勝1番人気の馬は、勝っていません!
勝ち馬は、2~9番人気の馬なんですね。
特に5番人気の馬が3割も勝っています。5番人気の馬は、3着以内率が5割もありますから、ここは狙い目ですね。

6~9番人気の馬も、4頭が勝っていますし、6番人気以下の馬が10頭も3着内になっています。
平安ステークスは、大穴狙いの方には、ぴったりのレースですね。

・単勝人気別成績(過去10年)

単勝人気      成績 勝率  連対率 3着内率
1番人気     0-3-2-5  0% 30.0% 50.0%
2番人気     1-1-1-7  10.0% 20.0% 30.0%
3番人気     1-3-1-5  10.0% 40.0% 50.0%
4番人気     1-0-1-8  10.0% 10.0% 20.0%
5番人気     3-0-2-5  30.0% 30.0% 50.0%
6~9番人気   4-2-2-32  10.0% 15.0% 20.0%
10番人気以下   0-1-1-62  0% 1.6% 3.1%

・内枠に穴馬が入ったら、狙い目!

馬番別の成績を見ると、内枠の馬の成績が良いですね。

馬番が1~3番と4~6番は、勝率10%以上です。
7番より外の馬番では勝率4%未満ですから、これは、歴然としています。

なにしろ2桁馬番で勝ったのは、2002年、2003年に連覇した、あのスマートボーイ(2002年15番、2003年12番)だけ
なんですよね。あ~懐かしい!!!!

馬番7~9番で勝ったのも2004年のタイムパラドックス(7番)だけです。

・馬番別成績(過去10年)

馬番   成績      勝率  連対率 3着内率
1~3番 4-2-1-22 13.8% 20.7% 24.1%
4~6番 3-2-3-21 10.3% 17.2% 27.6%
7~9番 1-2-2-25 3.3% 10.0% 16.7%
10~12番 1-3-1-25 3.3% 13.3% 16.7%
13~16番 1-1-3-31 2.8% 5.6% 13.9%


・最近の2走の着順が良い馬が、馬券になる!

最近の2走ともに1着の馬と前々走より前走の着順が上の馬が、勝率、連対率が、飛びぬけています。

最近の2走ともに1着で平安ステークスを勝った2頭(2006年タガノゲルニカ、2007年メイショウトウコン)は、
条件クラスを連勝してきた馬ですね。


・ここ最近2走の着順比較別成績(過去10年)

近2走の着順比較      成績      勝率  連対率 3着内率
前々走より前走の着順が上 7-5-2-57 9.9% 16.9% 19.7%
前々走と前走の着順が同じ 0-0-1-5 0% 0% 16.7%
前々走より前走の着順が下 1-3-6-54 1.6% 6.3% 15.6%
近2走ともに1着      2-2-1-8 15.4% 30.8% 38.5%



日経新春杯の注目穴馬は・・・

日経新春杯の注目穴馬は・・・、ビートブラックです。

馬場がわるかった前走は参考外でしょう。

ビートブラックの3歳秋以降の3勝はすべて2400のハンデ戦です。

去年秋初戦の京都大賞典で2着した時も2400が得意のG1馬2頭を抑え込んでいます。

ビートブラックは2400の距離にむいているのは、間違いありませんね。

ロングスパートでの上がり33秒台の脚が生きそうです!

ビートブラックの基本情報

牡5 青毛 現役
調教師 [栗東]中村 均
馬主 前田 幸治
生産者 ノースヒルズマネジメント
獲得賞金 15120万円
出走予定レース 1月15日京都11R
日経新春杯(G2)

ビートブラックの血統表
ミスキャスト サンデーサイレンス Halo
Wishing Well
ノースフライト トニービン
シヤダイフライト
アラームコール ブライアンズタイム Roberto
Kelley’s Day
インワンズジョイ Rainbow Quest
Kaweah Maid

ビートブラックの競走成績

1着 2着 3着 着外 出走 勝率 連対率 複勝率
芝 4 2 2 8 16 25.0% 37.5% 50.0%
ダート 1 2 1 4 8 12.5% 37.5% 50.0%
障害 0 0 0 0 0 0.0% 0.0% 0.0%
全成績 5 4 3 12 24 20.8% 37.5% 50.0%
日付 場 天気 R レース名 頭数 枠番 馬番 人気 着順 騎手 遮眼 斤量 距離 馬場 タイム 着差 通過順 上り 馬体重 勝馬(2着馬)
2011/12/3 中山 晴 11 ステイヤーズS(GⅡ) 16 1 2 1 11 安藤 勝己 57.0 芝3600 不 3:53.7 2.9 09-10-08-11 40.0 510(+2) マイネルキッツ
2011/11/6 東京 曇 11 アルゼンチン共和国杯(GⅡ) 18 8 18 2 5 松岡 正海 57.0 芝2500 良 2:32.5 1.0 12-12-11-08 36.1 508(+2) トレイルブレイザー
2011/10/9 京都 晴 11 京都大賞典(GⅡ) 8 8 8 4 2 安藤 勝己 57.0 芝2400 良 2:24.3 0.2 03-04-04-04 33.2 506(-10) ローズキングダム
2011/6/26 阪神 晴 11 宝塚記念(GⅠ) 16 8 16 12 11 武 豊 58.0 芝2200 良 2:11.6 1.5 08-08-10-11 35.9 516(+8) アーネストリー
2011/5/1 京都 曇 11 天皇賞(春)(GⅠ) 18 1 1 9 7 岩田 康誠 58.0 芝3200 稍 3:21.3 0.7 06-05-10-08 35.8 508(-2) ヒルノダムール
2011/4/9 阪神 曇 10 大阪―ハンブルクC(OP) 18 1 2 1 1 岩田 康誠 56.0 芝2400 良 2:26.4 -0.0 05-05-05-06 35.3 510(-4) (キングトップガン)
2011/2/19 東京 晴 11 ダイヤモンドS(GⅢ) 16 8 16 1 4 M.デムーロ 55.0 芝3400 良 3:32.5 0.6 16-16-13-13 34.9 514(-8) コスモメドウ
2011/1/16 京都 曇 11 日経新春杯(GⅡ) 13 8 13 4 10 幸 英明 55.0 芝2400 良 2:26.3 1.7 01-01-01-01 36.2 522(+8) ルーラーシップ
2010/12/12 阪神 晴 10 オリオンステークス(1600万) 17 5 9 1 1 M.デムーロ 56.0 芝2400 良 2:27.0 -0.0 06-06-06-05 34.9 514(+4) (キクカタキシード)
2010/10/24 京都 小雨 11 菊花賞(GⅠ) 18 6 12 13 3 幸 英明 57.0 芝3000 良 3:06.3 0.2 04-04-03-03 34.4 510(0) ビッグウィーク
2010/10/3 阪神 雨 11 兵庫特別(1000万) 9 3 3 5 1 浜中 俊 54.0 芝2400 稍 2:28.6 -0.1 03-04-04-04 36.3 510(-2) (ブレイクアセオリー)
2010/9/4 新潟 晴 10 弥彦特別(1000万) 10 8 9 6 7 松岡 正海 54.0 芝2000 良 2:00.5 0.9 02-02 34.3 512(+8) マッハヴェロシティ
2010/5/29 京都 晴 9 白百合ステークス(OP) 10 7 7 3 5 幸 英明 56.0 芝1800 良 1:46.3 1.0 04-03 36.1 504(0) ワイルドラズベリー
2010/5/15 東京 晴 9 夏木立賞(500万) 12 1 1 1 1 内田 博幸 56.0 芝2000 良 2:02.5 -0.1 02-03-04 33.7 504(+10) (マイネルレイン)
2010/4/24 東京 晴 9 新緑賞(500万) 12 7 10 4 2 吉田 豊 56.0 芝2300 稍 2:21.7 0.1 02-02-02-02 34.8 494(-4) ブレイクアセオリー
2010/4/4 阪神 晴 7 3歳500万 8 2 2 4 3 鮫島 良太 56.0 芝2200 良 2:15.1 0.2 02-02-02-02 35.3 498(0) トゥザグローリー
2010/3/14 阪神 晴 6 3歳500万 16 7 14 3 11 横山 典弘 56.0 ダ1400 良 1:27.6 1.4 15-16 37.9 498(-2) ケイアイブリザード
2010/2/27 阪神 曇 3 3歳未勝利 16 2 4 2 1 鮫島 良太 56.0 ダ1400 重 1:25.5 -0.0 09-08 37.2 500(-10) (サクラシリアス)
2010/1/24 中京 晴 1 3歳未勝利 16 5 9 2 3 鮫島 良太 56.0 ダ1700 良 1:49.8 0.7 07-07-08-07 39.5 510(+4) ウインブシドウ
2010/1/9 京都 晴 3 3歳未勝利 16 1 1 2 5 岩田 康誠 56.0 ダ1400 良 1:26.4 1.0 03-04 38.2 506(0) エリモエポナ
2009/12/19 阪神 晴 3 2歳未勝利 14 3 4 2 2 岩田 康誠 55.0 ダ1400 良 1:27.3 0.0 04-04 38.4 506(+4) シゲルケンシン
2009/12/5 阪神 曇 2 2歳未勝利 15 6 11 10 2 鮫島 良太 55.0 ダ1400 稍 1:26.1 0.1 11-08 37.9 502(-2) ドビュッシー
2009/11/22 京都 晴 2 2歳未勝利 16 4 7 5 11 浜中 俊 55.0 ダ1800 良 1:57.7 3.4 03-03-04-10 42.3 504(-4) ブルーライトニング
2009/10/18 京都 晴 3 2歳新馬 9 1 1 5 4 鮫島 良太 55.0 ダ1800 良 1:57.6 0.6 03-03-03-03 39.3 508(0) ピサロナイト

 

過去10年データから見る、中山・芝1600mの傾向と「第28回 フェアリーステークス」

牝馬クラシックを目指す、乙女たちの闘いが始まります。

2009年から年明けの中山・芝1600mで争われているフェアリーステークス。

過去3年の優勝馬の中には、2009年に桜花賞、オークスでともに3着に入ったジェルミナルがいますね。

過去のデータを見ると、

・内から中寄りの枠が好成績

2002年から2011年までの12月~2月に中山・芝1600mで行われた2・3歳馬限定のオープンクラスの馬番別成績は、

1~3番の馬の好走率が高い。

7~9番の中寄りの馬もいい。

勝率、複勝率とも1~3番、7~9番がとびぬけている。

馬番別成績(2002年~2011年2月)

馬番 成績      勝率  連対率 3着内率
1~3番 8-6-9-48 11.3% 19.7% 32.4%
4~6番 3-6-5-58 4.2% 12.5% 19.4%
7~9番 8-4-5-53 11.4% 17.1% 24.3%
10~16番 5-8-5-106 4.0% 10.5% 14.5%

・逃げ・先行馬の成績が良い

4コーナーの位置別成績では、

先頭だった馬が3着内率で50.0%。

2~5番手の馬が3着内率で31.4%。

最後の直線が310mと短いため、逃げ・先行タイプの馬に有利だ。
過去3年のこのレースでも、2009年ジェルミナルが4コーナー4番手。
2011年のダンスファンタジアが5番手で勝っている。

・4コーナーの位置別成績(2002年~2011年2月)

4コーナーの位置 成績 勝率  連対率 3着内率
先頭        4-6-2-12 16.7% 41.7% 50.0%
2~5番手   13-12-13-83 10.7% 20.7% 31.4%
6~9番手   5-5-6-78 5.3% 10.6% 17.0%
10番手以下   2-1-3-91 2.1% 3.1% 6.2%


・直近で勝ったレースの距離が芝1500m以上の馬が馬券に絡む!

過去3年のフェアリーステークスで、直近で勝利したレースの距離別成績を見ると、
3着以内馬9頭すべてが、芝1500m以上のレースで勝っている。

直近で優勝したレースの距離別成績(過去3年)

直近で優勝したレースの距離 成績 勝率  連対率 3着内率
芝1400m以下     0-0-0-17 0% 0% 0%
芝1500~1700m     1-2-3-13 5.3% 15.8% 31.6%
芝1800m以上     2-1-0-4 28.6% 42.9% 42.9%
ダートのレース     0-0-0-5 0% 0% 0%

※地方競馬のレースを含む

・前走の単勝人気3番人気以内の馬9頭中8頭が、馬券に絡む!

前走の単勝人気別成績(過去3年)

前走の単勝人気 成績  勝率  連対率 3着内率
1番人気   1-2-1-8  8.3% 25.0% 33.3%
2番人気  2-0-1-2 40.0% 40.0% 60.0%
3番人気     0-1-0-5 0% 16.7% 16.7%
4番人気以下  0-0-1-24 0% 0% 4.0%

「消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡」で島田明宏氏がJRA賞馬事文化賞を受賞!

JRAは、馬事文化賞に島田明宏氏著「消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡」を選出しました。


消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡」の概略

 史上最年少の20歳3か月で日本ダービーを制した前田長吉騎手の伝記。

1942年(昭和17年)春季にデビュー、その2年後の秋に徴兵され、満州に出征、戦後はシベリアに抑留、強制労働により1946年(昭和21年)2月、23歳で夭逝した。

これまで彼の人生、特に競馬界での活躍は、戦争の混乱期の短期間であったため、資料が散逸し、聞き取り調査の対象者が鬼籍に入られ、その多くが謎に包まれていた。

著者が「私のライフワークというべき作品をお届けできることを嬉しく思う」と巻頭に記しているとおり、まさに足かけ5年の歳月をかけて長吉の人生を明らかにした労作。

・受賞の理由
 受賞作の「消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡」は、1943年にクリフジに騎乗しダービージョッキーとなった前田長吉の人生を丹念に調べ上げ、今まで謎に包まれていた同騎手の人生を世に知らしめた点が評価されました。

また、近代競馬150周年を迎えた今年、その150年の中で日本がもっとも苦難に直面した第二次世界大戦中の競馬の模様、またその戦争に翻弄された騎手・前田長吉の悲運を興味深く描いた点も併せて評価されました。


・島田明宏氏のコメント
「競馬の文章を書き始めて20年以上となりますが、ずっと意識していた賞でした。自分としては遠いものと思っていたので、今回の受賞は非常に嬉しいの一言です。競馬に関する物語をこれからもずっと書き続けていきたいと思います。」


島田 明宏(しまだ あきひろ、1964年11月2日 – )は日本のライター。北海道札幌市生まれ。専門・得意分野は競馬、インタビュー、書評、紀行文など。作家・伊集院静を私淑している。

島田 明宏プロフィール

北海道札幌西高等学校卒業。早稲田大学政治経済学部政治学科中退。 高校在学時サッカー札幌選抜メンバーとして国体予選に出場するも、右膝前十字じん帯断裂のため選手生活を断念。 早大在学中より執筆活動開始。テレビ朝日『プレステージ』、フジテレビ『FNN DATE LINE』、ニッポン放送の早朝番組などの構成を担当。ほぼ同時期に雑誌「GORO」「ホットドッグ・プレス」などでライター業を始める。

島田 明宏 執筆活動

島田 明宏 ノンフィクション

1987年秋から1年ほど東京中日スポーツのレース課で仕事をする。

1990年夏から武豊騎手のアメリカ遠征に同行するようになり、「Number」「別冊宝島」「競馬の達人」「おもしろ競馬塾」「ヤングマガジン」「週刊文春」「週刊アサヒ芸能」などで競馬関連の原稿を書くようになる。

並行して男性誌や自動車専門誌でF1やWRC (世界ラリー選手権)などモータースポーツ関係の取材記事、「週刊朝日」「DIME」「プレジデント」「週刊ポスト」などでノンフィクション、書評などを書く。「大人の休日倶楽部ジパング」で「益子焼紀行」「早春の鎌倉紀行」など紀行文を執筆。

島田 明宏 小説、漫画原作

集英社「青春と読書」1998年10月号に「鞍上のバレット」、1999年5月号に「ラストステッキ」、同年9月号に「ジイさんの半マイル」、日本中央競馬会「優駿」2006年6月号に「青い鞭」などの短編小説を寄稿。

学研「4年の学習」で子ども向けの物語「竹のムチがくれた夢」「まぼろしの鬼」「ナイス・ストレート」などを執筆。
講談社「BE・LOVEパフェ」に「たった一度の駒くらべ」、集英社「週刊ヤングジャンプ増刊『漫革』」に「のりこののりは法律の法」など漫画の原作を書く。

島田 明宏 連載エッセイ

「週刊競馬ブック」で「競馬は本音で」、その後「競馬ことのは」を隔週連載。「一筆啓上」も年数回。
「スポーツ報知」でGI予想コラムを連載中。
「UMAJIN」で「UMAJIN eye」、その後「島田明宏のフォーカス」を連載中。

島田 明宏 文庫解説

むかい風(伊集院静、集英社文庫、1998)
眺めのいい人(伊集院静、ゴマ文庫、2007)

島田 明宏 著書

わたしの馬が、ターフを走る(オーエス出版社、1994)
「武豊」の瞬間(集英社、1997 のち文庫、1999)
凶走(講談社、1999)
ありゃ馬こりゃ馬で勝ち馬を探せ!(講談社、1999)
蛯名正義フォトエッセイ 冷めて、静かに、熱くなれ(講談社、2000)
武豊対談集 頂上を駆ける(ザ・マサダ、2000 のち廣済堂文庫、2002)
武豊インタビュー集 戴冠(廣済堂出版、2002)
武豊インタビュー集 美技(廣済堂出版、2003)
武豊インタビュー集 躍動(廣済堂出版、2004)
ディープインパクト 無敗の三冠馬の真実(廣済堂出版、2005)
ありがとう、ディープインパクト 最強馬伝説完結(廣済堂出版、2007)
武豊インタビュー集スペシャル 勝負篇(廣済堂文庫、2007)
武豊インタビュー集スペシャル 名馬篇(廣済堂文庫、2007)
伝説の名ジョッキー 歴史をつくった天才たちの光と影(ゴマブックス、2008)
ウオッカ物語 競馬史に残る美しき名牝(廣済堂出版、2010)
消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡(白夜書房、2011)

島田 明宏 訳書

きらめく瞳に会った(ボブ・コンスタンデュロス著、山海堂、1993)

島田 明宏 賞歴

2009年 – 「下総御料牧場の春」で第26回さきがけ文学賞選奨[1]
2012年  「消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡」で馬事文化賞
島田 明宏 脚注

^ 第26回さきがけ文学賞(秋田魁新報社)

ブエナビスタ  ~最高の絶景~

ブエナビスタ!本当に引退して北海道に帰ってしまいました。

2011年もたくさん名馬が引退してしまいましたが、2012年にブエナビスタがいないのはさびしいですね。
それだけ偉大な馬でした。

ただ母のビワハイジの隣の馬房にいるとの事で少し安心しました。
今まで頑張ってきた分、疲れも溜まっていることでしょう。
ゆっくり休んで、ブエナビスタに似た強くて美しい仔を沢山産んでくださいね。
楽しみにしています。

ブエナビスタ

英字表記 Buena Vista
香港表記 迷人景致
品種 サラブレッド
性別 牝
毛色 黒鹿毛
生誕 2006年3月14日(6歳)
登録日 2008年5月7日
父 スペシャルウィーク
母 ビワハイジ
母の父 Caerleon
生国 日本(北海道早来町)
生産 ノーザンファーム
馬主 サンデーレーシング
調教師 松田博資(栗東)
調教助手 松田剛
厩務員 山口慶次
競走成績
生涯成績 23戦9勝
(中央)21戦9勝
(海外)2戦0勝
獲得賞金 14億7886万9700円
(中央)13億8643万3000円
(ドバイ)100万USドル=9243万6700円
JPN L121 / 2010年
勝ち鞍 GI:ヴィクトリアマイル、天皇賞(秋)(2010年)
ジャパンカップ(2011年)
JpnI:阪神ジュベナイルフィリーズ(2008年)
桜花賞、優駿牝馬(2009年)
GII:京都記念(2010年)
JpnIII:チューリップ賞(2009年)
第70回優駿牝馬

ブエナビスタ(スペイン語: Buena Vista、香:迷人景致)は日本の競走馬。馬名の由来は、スペイン語で「素晴らしい景色、絶景」。ウオッカやダイワスカーレットに続く、牝馬世代を支える名牝である。草野仁が一口馬主として出資していることでも知られる[1]。

ブエナビスタ 経歴

ブエナビスタ 2歳(2008年)

京都競馬場の芝1800mの新馬戦に安藤勝己とのコンビでデビューした。このレースには後の皐月賞馬アンライバルド、東京優駿2着馬リーチザクラウン、菊花賞馬スリーロールスが出走していた。

1番人気に支持され最後の直線で上がり3Fメンバー中最速の脚を使うものの、3着に敗れた。しかし続く未勝利戦では最後の直線でやや斜行しながらも抜け出し、圧倒的1番人気に応えて勝利した。

その後、阪神ジュベナイルフィリーズに登録。抽選を通過し、JpnIの舞台に駒を進めた。未勝利戦を勝ち上がったばかりの1勝馬ながら1番人気に支持されるとスタートこそ良くなかったが道中は最後方で脚を溜め、最後の直線で大外から他馬を抜き去り最後はダノンベルベールに2馬身半差をつけて勝利した。なお母のビワハイジも1995年に前身の阪神3歳牝馬ステークスで優勝しているため、母娘2代の制覇となった。レース後、手綱を取った安藤は「直線で先頭に立つと、馬が遊んでいた」と語った。

ブエナビスタ 3歳(2009年)

ブエナビスタ 春
チューリップ賞から始動した。単勝1.1倍の圧倒的人気に支持されるなか道中最後方に位置し3角からマクリ気味に進出すると直線で逃げるサクラミモザを残り200mから差し切り、1馬身差以上をつけて勝利した。

迎えた4月12日、クラシック1冠目の桜花賞に出走。単勝支持率が67.5%(オッズは1.2倍)と18頭立てとなった1987年以降では最高記録となる、圧倒的1番人気に支持される。レースはスタートから後方を進み第4コーナーを回った後直線入り口で前にいたジェルミナルとレッドディザイアを不利を避けるために先に行かせ、そこから大外に持ち出し先に抜け出したレッドディザイアを交わして優勝した。

続いて牝馬二冠を達成すべく5月24日、東京競馬場の優駿牝馬(オークス)に出走した。初の2400mや長距離輸送などが懸念されたが、ここでも1.4倍の圧倒的支持を得る。レースでは桜花賞と同じく後方から進み最後の直線で抜け出しあぐねたがそこからは末脚を繰り出し、先に内から抜け出したレッドディザイアをハナ差差しきって優勝、史上11頭目、スティルインラブ以来の牝馬二冠を達成した。


ブエナビスタ 秋

その後、凱旋門賞までのプランが明かされ札幌記念から凱旋門賞に行くことが決まった。そして札幌記念では圧倒的1番人気に推されたが先行したヤマニンキングリーを捉えきれず、クビ差の2着に終わった。この直後、調教師の松田博資は凱旋門賞への出走を断念し秋華賞を秋の目標とすることを明らかにした[2][3]。

その秋華賞は単勝1番人気に推されスティルインラブ以来の牝馬三冠を期待されたがゴール直前で先行するレッドディザイアを猛追するもハナ差の2位入線、しかし審議により3位入線のブロードストリートの進路を妨害したとして3着に降着処分となった。

次走はエリザベス女王杯に出走。レッドディザイアがジャパンカップに向かったこともあり古牝馬のリトルアマポーラやカワカミプリンセス、前走で進路を妨害されたブロードストリートを抑えて圧倒的1番人気に支持される。しかし3番手争いがお互い牽制しあったこともあり、逃げるクィーンスプマンテとテイエムプリキュアと3番手との差が最大20馬身近くまで広がる展開となった。上がり3ハロンを32.9秒というタイムで追い詰めるも、逃げた2頭に届かず、3着に敗れた。

第54回有馬記念では、デビューから手綱を取ってきた安藤から横山典弘へ乗り替わりになった。このレースでも単勝1番人気に支持され、レースではこれまでと変わり先行策を採る。直線では一旦先頭に立つが、外から伸びたドリームジャーニーの2着に終わった。このレースは最初の900mが52.2秒とハイペースであり、先行勢で5着以内に入ったのはブエナビスタだけであった。

ブエナビスタ 4歳(2010年)

4歳緒戦はドバイへの壮行レースとして京都記念を選んだ。このレースには有馬記念で敗れたドリームジャーニーも出走していたが単勝1.5倍の支持を受ける。前走同様先行し、ゴール前ジャガーメイルに迫られたがそこから脚を伸ばし半馬身差をつけ勝利。優駿牝馬以来の勝ち星を挙げた。兄のアドマイヤオーラも2年前の京都記念を制しており兄妹制覇となった。迎えたドバイシーマクラシックは直線追い上げるも、同じく牝馬のダーレミを交わしきれず2着に敗れた。

ドバイ遠征帰国後のレースとなったヴィクトリアマイルでは1番人気に支持された。レースは中団のやや後ろの位置を進み、最後の直線で追い上げるとゴール板手前でわずかにクビの差でヒカルアマランサスを差し切り、前年の優駿牝馬以来のGI勝利となった。

この後はファン投票で1位となった宝塚記念へ出走。ドリームジャーニーやジャガーメイルといった有力馬が出そろったが、1番人気に支持された。レースでは同期の日本ダービー優勝馬ロジユニヴァースを見る形でレースを進めた。直線に入ると内からアーネストリーを交わして一旦先頭に立ったが、外から追い込んできたナカヤマフェスタに交わされ2着に敗れた。

秋はステップレースを使わずに天皇賞(秋)を目指すが、これまで主戦を務めていた横山が落馬負傷したため、クリストフ・スミヨンに乗り替わり[注 1]となった。レースでは中団から差し切り、2馬身差をつけての完勝。父・スペシャルウィークとの父仔制覇を達成した。

このレースでのパフォーマンスに対し、IFHAはワールド・サラブレッド・ランキングにおいて、日本で調教された牝馬としては最高の121ポンドのレーティングを与えている[注 2]。

続いて出走した11月28日のジャパンカップでは、最後の直線で先頭に立ち1位入線を果たすが、最後の直線で急に内側に斜行し、2位入線のローズキングダムの進路を妨害していたため、24分間にも及ぶ審議の結果2着に降着となった[注 3]。雪辱を期して陣営は第55回有馬記念に出走。中団から差しを試み、ヴィクトワールピサと並んでゴール。

写真判定の結果2着に敗れたものの、同年にGI競走に勝利していたことから、報奨金2000万円を獲得した。この年のG1競走を2勝、2着4回の活躍が認められ、JRA賞年度代表馬および最優秀4歳以上牝馬に選出される。牝馬の年度代表馬は史上4頭目である[注 4]。また、中央競馬での獲得賞金が10億円を突破。牝馬ではウオッカ以来、史上2頭目かつ最速の10億円突破である[注 5]。


ブエナビスタ 5歳(2011年)

2月4日(日本時間)、ヴィクトワールピサ、後にトランセンドとともにドバイワールドカップに選出され、招待を受諾したと発表した[4]。前年とは異なりステップレースを使わず直接ドバイワールドカップを目指した。スミヨンが同競走に出走するボールドシルヴァノに騎乗することが既に決まっていたため、ここではライアン・ムーアが騎乗した。レースでは、スローペースの道中を後方待機し、最後の直線では進路確保に手間取ったことが響いて8着となり、初の着外負けを喫した。

帰国後は6人目の騎手となる岩田康誠を背にヴィクトリアマイルに出走した。前年の三冠牝馬アパパネとの対戦に注目が集まったこのレースでも1番人気に支持された。しかしレースでは、後方でアパパネをマークする形で進み、最後の直線でアパパネとともに追い込んで叩き合いとなったが、クビ差で2着。続く宝塚記念では、道中は中団待機し、直線では大外に持ち出して追い込んだが届かず、アーネストリーに次ぐ2着。国内GIでは4戦連続の2着となった。

秋はステップレースを使わず天皇賞(秋)に1番人気で出走、牝馬初の連覇を目指した。レースでは中団の内々を追走し、直線で内を突いたものの4着に敗れた。芝2000mのそれまでの日本レコード1分56秒4と並ぶタイムだったが、国内で3着以内を初めて外した。

1年以上勝ちから遠ざかり、全盛期は過ぎたとの見方も出て、次走のジャパンカップでの人気は、ドイツ産の凱旋門賞牝馬デインドリームに僅差の2番人気となり、自身の持つJRAレースの1番人気最多連続記録は19回で途切れた。前年降着の雪辱を期して臨んだレースでは、最後の直線で先頭に立ったトーセンジョーダンと競り合い、ゴール前でクビ差かわして1着。

連敗を6で止める復活のGI6勝目を挙げた。総獲得賞金14億7886万9700円は、GI7勝馬のウオッカ(13億3356万5800円)とディープインパクト(14億5455万1000円)を抜いて、テイエムオペラオーに次ぐJRA歴代2位、牝馬ではトップとなった。このレース後、次走の有馬記念が引退レースとなることが馬主のサンデーレーシングから発表され[5]、有馬記念当日の最終レース終了後に引退式を行うこととなった[6]。

ファン投票1位で選出された有馬記念ではオルフェーヴルに次ぐ単勝2番人気で出走。超スローペースを好位で追走するも直線で伸びを欠き、日本では初めて掲示板を外す7着に敗れた。全レース終了後に引退式が行われた。今後は北海道安平町のノーザンファームにて繁殖牝馬となる予定。初年度はキングカメハメハとの交配が予定されている。


ブエナビスタ 競走成績

競走日 競馬場 競走名 格 距離(馬場) 頭数 枠番 馬番 オッズ(人気) 着順 タイム
(上り3F) 着差 騎手 斤量 1着馬(2着馬)
2008.10.26 京都 2歳新馬 芝1800m(良) 11 4 4 2.3(1人) 3着 1:52.0(33.5) 0.3 安藤勝己 54kg アンライバルド
11.15 京都 2歳未勝利 芝1600m(良) 14 3 4 1.2(1人) 1着 1:34.9(34.5) -0.5 安藤勝己 54kg (ハッピーパレード)
12.14 阪神 阪神JF JpnI 芝1600m(良) 18 7 13 2.2(1人) 1着 1:35.2(34.8) -0.4 安藤勝己 54kg (ダノンベルベール)
2009.3.7 阪神 チューリップ賞 JpnIII 芝1600m(良) 13 4 5 1.1(1人) 1着 1:36.5(34.7) -0.2 安藤勝己 54kg (サクラミモザ)
4.12 阪神 桜花賞 JpnI 芝1600m(良) 18 5 9 1.2(1人) 1着 1:34.0(33.3) -0.1 安藤勝己 55kg (レッドディザイア)
5.24 東京 優駿牝馬 JpnI 芝2400m(良) 17 4 7 1.4(1人) 1着 2:26.1(33.6) -0.0 安藤勝己 55kg (レッドディザイア)
8.23 札幌 札幌記念 GII 芝2000m(良) 16 6 11 1.5(1人) 2着 2:00.7(35.1) 0.0 安藤勝己 52kg ヤマニンキングリー
10.18 京都 秋華賞 GI 芝2000m(良) 18 2 3 1.8(1人) 3着[† 1] 1:58.2(34.3) 0.0 安藤勝己 55kg レッドディザイア
11.15 京都 エリザベス女王杯 GI 芝2200m(良) 18 8 16 1.6(1人) 3着 2:13.9(32.9) 0.3 安藤勝己 54kg クィーンスプマンテ
12.27 中山 有馬記念 GI 芝2500m(良) 16 1 2 3.4(1人) 2着 2:30.1(35.8) 0.1 横山典弘 53kg ドリームジャーニー
2010.2.20 京都 京都記念 GII 芝2200m(良) 13 8 13 1.5(1人) 1着 2:14.4(33.4) -0.1 横山典弘 55kg (ジャガーメイル)
3.27 メイダン ドバイSC GI 芝2410m(良) 16 – 10 発売なし 2着 計測不能 3/4馬身 O.ペリエ 55kg[† 2] Dar Re Mi
5.16 東京 ヴィクトリアマイル GI 芝1600m(良) 18 6 11 1.5(1人) 1着 1:32.4(33.5) -0.0 横山典弘 55kg (ヒカルアマランサス)
6.27 阪神 宝塚記念 GI 芝2200m(稍) 17 4 8 2.4(1人) 2着 2:13.1(36.3) 0.1 横山典弘 56kg ナカヤマフェスタ
10.31 東京 天皇賞(秋) GI 芝2000m(稍) 18 1 2 2.2(1人) 1着 1:58.2(34.1) -0.3 C.スミヨン 56kg (ペルーサ)
11.28 東京 ジャパンC GI 芝2400m(良) 18 8 16 1.9(1人) 2着[† 3] 2:24.9(33.5) -0.3 C.スミヨン 55kg ローズキングダム
12.26 中山 有馬記念 GI 芝2500m(良) 15 4 7 1.7(1人) 2着 2:32.6(33.8) 0.0 C.スミヨン 55kg ヴィクトワールピサ
2011.3.26 メイダン ドバイWC GI 全2000m(良) 14 – 13 発売なし 8着 計測不能 3 3/4馬身 R.ムーア 55kg Victoire Pisa
5.15 東京 ヴィクトリアマイル GI 芝1600m(良) 17 7 13 1.5(1人) 2着 1:31.9(34.0) 0.0 岩田康誠 55kg アパパネ
6.26 阪神 宝塚記念 GI 芝2200m(良) 16 4 8 2.8(1人) 2着 2:10.3(34.5) 0.2 岩田康誠 56kg アーネストリー
10.30 東京 天皇賞(秋) GI 芝2000m(良) 18 3 5 2.8(1人) 4着 1:56.4(34.7) 0.3 岩田康誠 56kg トーセンジョーダン
11.27 東京 ジャパンC GI 芝2400m(良) 16 1 2 3.4(2人) 1着 2:24.2(33.9) -0.0 岩田康誠 55kg (トーセンジョーダン)
12.25 中山 有馬記念 GI 芝2500m(良) 13 1 1 3.2(2人) 7着 2:36.5(34.1) 0.5 岩田康誠 55kg オルフェーヴル
^ 2位入線3着降着
^ 負担重量54.5kgの予定が0.5kg超過で出走
^ 1位入線2着降着

ブエナビスタ 血統表

ブエナビスタの血統 (サンデーサイレンス系/Nijinsky II 4×3=18.75%、Turn-to 5×5=6.25%)


スペシャルウィーク
1995 黒鹿毛 * サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986 青鹿毛 Halo Hail to Reason
Cosmah
Wishing Well Understanding
Mountain Flower
キャンペンガール
1986 鹿毛 マルゼンスキー Nijinsky II
* シル
レディーシラオキ * セントクレスピン
ミスアシヤガワ


ビワハイジ
1993 青鹿毛 Caerleon
1980 鹿毛 Nijinsky II Northern Dancer
Flaming Page
Foreseer Round Table
Regal Gleam
*アグサン
Aghsan
1985 青毛 Lord Gayle Sir Gaylord
Sticky Case
Santa Luciana Luciano
Suleika F-No.16-c
母・ビワハイジは阪神3歳牝馬ステークス優勝など重賞3勝。半兄にアドマイヤジャパン、アドマイヤオーラ、半妹にジョワドヴィーヴルがいる。
3代母Santa Lucianaの孫にマンハッタンカフェ、エアスマップ、曾孫にアプリコットフィズ、クレスコグランドがいる。

ブエナビスタ 脚注

^ スミヨンはこの騎乗のために10月30日・31日の2日間の短期免許を取得している。
^ これまでの最高はファビラスラフイン(1996年)、シーザリオ(2005年)、ウオッカ(2008、2009年)に与えられた120ポンド。
^ G1競走で1位入線馬が降着となったのは2006年エリザベス女王杯のカワカミプリンセス以来、史上3頭目。G1競走で2回目の降着処分を受けたのは史上初のワースト記録。(翌年にダッシャーゴーゴーも記録)
^ 過去の3頭は1971年のトウメイ、1997年のエアグルーヴ、2008年および2009年のウオッカ。
^ ウオッカは5歳時の毎日王冠で獲得賞金10億円を突破した。

ブエナビスタ 出典

^ 競馬場の達人 2009年2月15日放送
^ “【札幌記念(GII)】(札幌)~ヤマニンキングリー 重賞2勝目、ブエナビスタは2着に敗れる”. ラジオNIKKEI (2009年8月23日). 2009年8月23日閲覧。
^ “ブエナビスタ凱旋門賞断念!札幌記念2位に終わり”. スポニチ (2009年8月23日). 2009年8月23日閲覧。
^ 「ドバイワールドカップデー」~日本馬の招待受諾~ – JRA公式サイト 2011年2月4日閲覧。
^ ブエナは「有馬で引退」正式発表 – デイリースポーツ電子版 2011年12月7日閲覧。及び週間競馬ブック2011年12月11日号、表2
^ ブエナビスタ号の引退式を有馬記念当日に中山競馬場で開催 – JRA公式サイト 2011年12月15日閲覧

ばんえい競走

ばんえい競走は、競走馬がそりを曳きながら力と速さを争う競馬の競走。

現在、公営競技(地方競馬)としては北海道帯広市が主催する「ばんえい競馬」のみが行われており、本項目では主に地方競馬としての「ばんえい競馬」について記述する。

ばんえい競走 概要


ばんえい競走 ナイターレースの模様

世界で唯一、北海道でのみ行われている形態の競馬である。一般の平地競走で使われているサラブレッド系種などの「軽種馬」は使わず、古くから主に農耕馬として利用されてきた体重約800-1200kg前後の「ばんえい馬」(重種馬)が、騎手と重量物を積んだ鉄製のそりを曳き、2箇所の障害が設置された直線200mのセパレートコースで走力と持久力を競う。

帯広市が主催する地方競馬としての「ばんえい競馬」のほか、一部地域では「草ばんば」(後述)も行われるなど北海道が生み出した独自の馬文化として定着しており、それらを含めた「北海道の馬文化」が北海道遺産に選定されたほか、映画「雪に願うこと」やドラマ「大地のファンファーレ」(NHK札幌放送局制作、2012年放送予定[1])など、映画やドラマの題材にも幾度か取り上げられている。岩見沢市のカントリーサインにも、ばんえい競馬をモチーフとしたデザインが採用されている。

公営競技としてのばんえい競走

ばんえい競馬も地方競馬の一つであるが、使用する競走馬の品種や競走の性質が全く異なるため、平地競走と障害競走で行われている中央競馬や他の地方競馬、また外国競馬との人馬交流競走は行われていない。また、地方競馬全国協会(NAR)による競走馬の表彰などについても、平地とは別枠で『ばんえい最優秀馬』の部門が設けられている。ただし、NARが集計する地方競馬の全国リーディングジョッキーランキングでは、平地の騎手と混合して勝利数や賞金が集計されているほか、年度代表馬については平地の馬と同様に選出される可能性がある。

競走での人馬交流はないものの、ばんえい競馬の所属騎手がばんえい競馬のPR活動を行う為、業務として平地競走の競馬場に赴き、現役のばんえい競走馬と競走で使用されるそりを運び込み、ダートコースなどを使用してデモンストレーションの競走を行う場合がある。このような模擬競走は1973年に大井競馬場で初開催され、その後も1978年に宇都宮競馬場(現在は廃止)で、1983年には水沢競馬場で開催。近年では1991年に船橋競馬場で開催されたほか、2001年にはフランスで、2008年には川崎競馬場で実施された。また2006年5月20日・21日には、高島屋新宿店前と大井競馬場に現役のばんえい競走馬を登場させて大規模なPR活動を行った。

また、2007年からJRA所属騎手との交流イベントとして「JRAジョッキーDay」を開催している。JRAの現役騎手が帯広競馬場に来場しトークショーなどのイベントを行うほか、ばんえい所属騎手とペアを組んでのエキシビションレースも行っている。詳細は当該記事を参照。

2007年度からは「馬の一発逆転ライブショー・ばんえい十勝」をキャッチフレーズとして、全日程を帯広競馬場で開催している。あわせて、夏季としては初めての本格的なナイター競走「ばんえい十勝ナイトレース」も開始した。ナイトレース期間中は各競走の発走時刻を3時間程度繰り下げ[2]、日没前後からは走路沿いに新設したイルミネーションも点灯させてナイター気分を盛り上げている。なお、クリスマスから年末にかけての一部開催日は「プチナイター」として、最終競走の発走時刻を1時間程度繰り下げた薄暮開催とする場合もある[3]。

2011年度は4月16日に開幕し、2012年3月26日まで26回・153日間の開催を予定している。「ばんえい十勝ナイトレース」は6月18日から10月10日まで51日間開催[4]。

帯広競馬場には馬場にヒーティング設備が施され、冬季でも馬場が凍結することなく競走が行えるようになった。これにより、従来は11月で終了していた開催期間を徐々に延長してきたが、2005年度からは長期の休催期間を設けない事実上の通年開催[5]を、北海道の公営競技では唯一実施している。

通常、ばんえい競馬は昼間開催・ナイター開催ともに土曜から月曜、ホッカイドウ競馬は昼間開催・ナイター開催ともに火曜から木曜に開催するローテーションが組まれており、一部を除いて両者の開催日程が重なることがないため、道内では多くの場外発売所で両者の相互場外発売が行われている。

ばんえい競走 新馬券の導入

2010年1月8日:重勝式投票券「OddsPark LOTO」を発売開始。
2011年8月5日:3連単・3連複を発売開始(他地区場外発売。ばんえい帯広競馬での発売は8月6日より)[6]。

ばんえい競走 存廃についての動き

2006年度までは帯広競馬場のほか、北見競馬場・岩見沢競馬場・旭川競馬場の4箇所を巡回して開催していた。1997年までは北見を除く3場で平地競走(ホッカイドウ競馬)が併催されていたが、1998年以降は旭川のみがばんえい・平地の併催となっていた。

2006年度は史上初めて帯広で開幕し、上記4場で順次開催されたが、売上の減少による累積赤字の増大から旭川市・北見市・岩見沢市が2006年度限りでの撤退を表明、残る帯広市も負担が大きすぎるとして単独での開催継続に難色を示したことから、ばんえい競馬の廃止が濃厚と見られていたが、ファンらの嘆願や寄付の申し出に加え、2006年12月13日にはソフトバンク子会社のソフトバンク・プレイヤーズが帯広市の単独開催に対する支援を申し出たことから、2007年度より帯広市が単独で開催を継続することが決定した[7]。

これに伴い、2007年2月1日に一部業務を受託する運営会社「オッズパーク・ばんえい・マネジメント株式会社」が設立された。また、帯広市はファンなど個人・法人からの寄付もあわせて受け付けることとした。

2007年度は黒字を計上したが、2008年度の総売上は約115.5億円で前年より約10%余り減少し、当初予算比も97.2%となったほか、入場者数も前年より約6万人減少した(出典)。運営安定化の基金も使い果たし、存続は正念場を迎えていく。

2009年度の総売上は約107.3億円で前年比約7%減となった。総入場者も約20万人で、前年割れが続いている(出典)。
2010年度も開催を継続しているが、支援しているオッズパークでは年度途中の撤退もありえるとしていた。しかし、2011年度の開催について12月15日に帯広市と大筋で合意し、今後5年間程度の中間戦略についても両者が協議することで一致し[8]、2011年1月28日には開催日程を発表している[9]。2010年度の売上は約105.8億円で[10]売上の下げ止まり傾向は見えている。しかし情勢は引き続き予断を許さない。

総売上は前年割れである一方で勝馬投票券の方は電話投票やインターネット投票が大きく伸びており、前述の重勝式馬券導入や道外での場外発売の拡充、2011年8月より三連勝単式・三連勝複式馬券を導入[11]したほか、2010年に完成した競馬場内の商業施設「とかちむら」の運営により入場者数は上向きに転じており、存続に向けた努力が続いている。
苦しい経営状況を反映して賞金は減額され、全国でも最低の水準になっている[12]。

草競馬・祭典競馬としてのばんえい競走
北海道や東北地方の一部地域では、主に地域の祭典などで「輓馬競技(ばんばきょうぎ)」が開催されている(「輓馬大会」「馬力大会」とも呼ばれる)。これらは「輓曳(ばんえい)[13]」「輓馬(ばんば)」と略されることも多い。重量物を積載したそりを曳く競走形態は、公営競技とほぼ同様である。

輓馬(ひきうま、ばんば)と呼ばれる競走馬の操縦方式には、そりに乗った騎手1人で操る方式と、そりに乗った騎手と競走馬の口を引く伴走者(助手)の2人で操る方式がある。
また、複数の人間がチームを組んで自らそりを曳く「人間ばん馬」も存在し、特に置戸町の大会は北海道名物としてメディア等で紹介されている。

ばんえい競走 公営競技を開催する競馬場

帯広競馬場:1949年より開催している。1997年まではホッカイドウ競馬を併催していた。2007年よりナイター競走を開始。
過去に公営競技を開催していた競馬場 [編集]
岩見沢競馬場:1947年-2006年まで開催。2006年休止。
旭川競馬場:1947年-2006年まで開催。2008年休止。
北見競馬場:1953年-2006年まで開催。2006年開催休止、2009年6月で場外発売も終了。

ばんえい競走 歴史

ばんえい競馬の由来は、北海道開拓期に余興や催事として行われた、木材を運び出していた馬の力比べに起源を持つ。当初は2頭の馬に丸太を結びつけ、互いに引っ張りあっていたという。

明治時代末期頃から荷物を載せたソリを引かせる現行の競走方式が登場したとされ、確認できる最古の競走は、1915年(大正4年)9月16日の函館区外で行われた十郡畜産共進会の余興として「挽馬実力競争」が、競馬場内の広場に長さ40間(約73m)の平坦コースを用いて、雪ゾリに一俵16貫(60kg)の土俵(つちだわら)を3-14俵集め、重しとして競走を行っている[14]。その後も大正時代末期に亀田八幡宮(渡島国亀田郡亀田村)の境内や五稜郭公園の敷地内で行われたのをはじめ、全道各地で行われている。

ばんえい競走 公営競技としての歴史

太平洋戦争後の1946年、地方競馬法施行規則第9条により、競走の種類は駈歩(平地競走)、速歩(速歩競走)、障害(障害競走)、輓曳(ばんえい競走)の4種類と定められたこと[15]を受け、ばんえい競走が公式競技となった。ばんえい競走の採用には、徴用された軍馬が戦争で戻ってこなかったこと、また当時の食料不足もあり、馬の増産が急務であった理由が挙げられる[14]。

翌1947年10月16日には北海道馬匹組合連合会(馬連)によるばんえい競走が旭川競馬場において実施された。公式競技として初のばんえい競走であった[14]。

1948年の新競馬法により、地方競馬は都道府県もしくは競馬場の存在する市区町村が運営する公営に限られることとなり、同年は前年の興行不振もあって休催したが、1949年から道営競馬(現・ホッカイドウ競馬)により旭川と帯広で再開された。道営は当初、ばんえい競走の他に平地競走、速歩競走も行っていたが道営でのばんえい競走は1966年に廃止された。

平行して、競馬場を設置していた旭川市・岩見沢市・帯広市・北見市による市営競馬が1953年に発足。市営も当初は平地とばんえいを行っていたが、1962年にばんえい競走のみに一本化した。こうして1966年以降は道営競馬が平地競走、市営競馬がばんえい競走のみを開催する現在の開催形態となっている。

市営競馬は当初、4市が所在する各競馬場において個別に開催していたが、1968年に「北海道市営競馬協議会」が発足、1989年には一部事務組合として改組された「北海道市営競馬組合」が開催を引き継いだが、2007年に帯広を除く3市が撤退したため組合は解散し、現在は前述の通り帯広市による単独開催となっている。

かつては青森競馬場でもばんえい競走が平地競走と並行して行われていたが、1951年に青森競馬場が廃止されたため、北海道外での公営競技によるばんえい競走はわずか4年と短命に終わった。
かつてのばんえい走路はU字型(馬蹄型)のオープンコースで行われ、最大出走可能頭数(フルゲート)も現在に比べ多かった。1963年に旭川が現在の直線セパレートコースを導入すると、5年後に岩見沢・帯広・北見も追従している。また障害もかつては3つあったが、1974年より現在の2つになった。

ばんえい競走馬の歴史

当初は軍馬として取引され馬産の中心であった中間種のアングロノルマン(アノ)や、産業馬としての需要が強かった重種馬のペルシュロン(ペル)が多く用いられた。戦後の馬産復興期にフランスからブルトン(ブル)が導入され、その中でも種牡馬グウラントンとペルシュロン繁殖牝馬の産駒が非常に優秀であったことから、戦後のアングロノルマンの衰退とともに、ペルシュロンとブルトンの混血が進んだ。

戦後、復興から高度成長期にかけてモータリゼーションの進展とともに産業馬としての需要がなくなり、生産頭数は激減した。1974年、橋本善吉[16]によってアメリカ合衆国から初めてベルジャン(ベルジ)のマルゼンストロングホースが日本に輸入される。同年に輸入され、やはりばんえいの大種牡馬となったベルジャン種牡馬ジアンデュマレイと共に、産駒は従来のペルシュロン種・ブルトン種よりもはるかに大型でかつ軽快な脚捌きをみせ、さらに産駒の仕上がりが早く大活躍したことからさらに混血が進む。
現在は「半血」と称される前記3種の異種混血馬やそれらと在来種の混血馬が大半を占めており、純血種の馬はごくわずかになっている。[17]また、便宜上ばんえい競走に使用する馬を総称して「ばんえい種」と呼称することがある。

ばんえい競走 ばんえい種
ペルシュロン
ブルトン
ベルジャン
半血種(上記3品種の純血種同士の混血)
日本輓系種(半血・あるいはそれ以外の種との混血。かつては半血と表記していたが、2003年以降の生産馬はこう呼ぶことになった)

ばんえい競走 農用(輓系)馬の生産

農用(輓系)馬の生産は1955年以後、トラックや耕耘機などの普及に伴い飼育頭数が激減したが、食用(いわゆる桜肉)の需要が堅調に推移したことにより、生産頭数は1983年(7399頭)・1994年(8097頭)にピークとなったが、近年は生産頭数が大幅に減少し、2004年は3163頭まで落ち込んでいる。

地域別の分布をみると、2005年度の生産頭数2655頭のうち、十勝管内で761頭(28%)、釧路管内で652頭(25%)、根室管内で300頭(11%)と、酪農の盛んな道東の太平洋側で6割半ばが生産されている。次いで網走管内184頭、上川管内139頭、檜山管内111頭などの順になっている。北海道以外では岩手県の81頭、熊本県の70頭などが多く、桜肉の飼養・生産が盛んな九州での生産頭数は、すべてを合わせても104頭にとどまる。

生産農家の形態は、おおまかに分類すると以下の3通りに分けられる。

ばんえい競走 1頭飼養農家

酪農専業農家が1頭だけ農用馬を飼養する形態である。機械化以前はどの農家でも運搬と農耕の手段として馬を飼養していたため、その名残から1頭飼養する農家は非常に多い。これは、乳牛に比べて農用馬に掛かる手間が非常に少なく、かつ乳牛に与えるに耐えない品質となって収穫できない繊維質の多い2番草を与えても問題ないことから牧草地を有効に活用でき、さらに乳牛に比べて取引価格が非常に高く現金化の道が早い、などの利点があるためである。これらの馬はばんえい競馬の競走馬を目指して生産されることはなく、1歳市場での売却を目的に生産されており、馬産農家からよほどの評価を受けない限り、当歳秋市場または1歳市場に出される。

ばんえい競走 第2種兼業的飼養農家

酪農を中心としながら数頭の繁殖牝馬を飼養し、ばんえい競馬の競走馬生産を目論みながら生産しているが、競走馬生産のための大きなリスクを取ることはほとんどない。

ばんえい競走 専業または第1種兼業的飼養農家

ばんえい競馬の競走馬生産を主目的に農用馬を生産しており、手間の掛かる酪農を兼業する農家はほとんどない。
社団法人日本馬事協会の資料によると、2004年の生産馬3163頭のうち、戦前の日本三大市場(釧路大楽毛・根室厚床・十勝帯広)の流れをくむ十勝・釧路・根室管内で、当歳市場662頭、1歳市場990頭の取引が成立した。2006年に馬名登録された2歳馬は430頭である。なお、この統計上に現れない馬の多くは、十勝・釧路・根室管内以外の生産馬か、あるいは自家生産した牝馬をそのまま繁殖牝馬として飼養しているケースのいずれかと考えられる。

農用(輓系)馬生産農家のお祭りとして行われる「草ばんば」には、繁殖に入った自家飼養馬のほか、現役の競走馬や、競走馬を目指す1歳馬も多数集まる。1歳馬が草ばんばに大挙出走するのは競走能力を見極めるシステムが少ないためで、軽種馬ではみられない特徴でもある。

草ばんばでの負担重量はおおむね330-350キロ。各地の草ばんばで優秀な成績を収めた1歳馬は、毎年10月中旬にばんえい競馬の競馬場で行われる「祭典ばんば1歳馬決勝大会」に出走し、ここでの成績が大きな参考資料となることから、競走馬としてデビューする前に大がかりに能力を判定できるシステムとして機能している。

ばんえい競走 デビューから引退まで(公営競技)

ばんえい競馬の競走馬は2歳からデビューする[18]。
デビュー前の2歳新馬や、デビュー後も成績が不振な馬には「能力検査(能検・専門紙では能試とも呼ばれる)」が義務付けられ、これに合格しなければレースに出走できない。とくに新馬の能検は約1/6の馬しか合格できない狭き門で、見守る生産者や馬主の視線も熱を帯びたものとなる。なお、不合格馬は各地で観光馬車を曳いたり農耕馬として転出する場合もあるが、多くは食肉用に転用される。
現役の競走馬であっても草競馬などのイベントでレースに出走する場合がある[19][20]。
競走成績が優秀だった馬には、引退後も種雄馬(平地競馬での種牡馬にあたる)への道が開かれる。

ばんえい競走 公営競技の馬名登録

ばんえい馬の馬名には、現役の平地競走馬や過去に平地で登録されていた馬名と同名の馬が時折みられる。これは平地と全く形態が異なる競馬であり、馬の種類も異なるため血統上の混乱を招きにくいことから認められている。

ばんえい競走 公営競技のレースと勝敗

ばんえい競馬は、途中に2つの障害を設けた直線200mのセパレートコースを使用し、フルゲート10頭で争われる。各馬が最初に越える低い山を「第1障害(または1障害)」、次に越える高い山を「第2障害(または2障害)」と呼んでいる。障害の大きさなど詳細は帯広競馬場の記事を参照。

平地競走などにみられるハロン棒は設置されていないが、ゴール前30m地点から10m地点まで10m間隔で標識を設置している。
セパレートコースで争われるため、他馬への進路妨害などで審議となるケースも少ないが、レースに不慣れな2歳馬の競走では極めて稀に発生することがある。

ゴールインはそりの最後端が決勝線を通過した時点で認められる。これはばんえい競馬が元来「荷物を運びきる荷役作業」に由来していることと、決勝線上で馬が止まってしまうことがあり、鼻先では決勝判定が難しい場合があるためである。

上記のとおり、鼻先(先端)で勝敗を決める平地競走や障害競走、及び他種公営競技(競輪・競艇・オートレース)とは異なり審判の決勝判定も難しく、かつては肉眼のみで決勝判定を行っていたことから審判に関するトラブルが絶えなかったが、その後写真判定やVTRを導入したことで判定の正確さは飛躍的に向上した。決勝判定写真は平地競走などと同様にスリットカメラ方式を採用しているが、決勝線上で馬が立ち止まったりすると、馬の胴が異様に長く伸びて写る場合がある。

運びきったそりはレース後、コース脇のトロッコに載せられてスタート位置まで戻される。
成績は1着から最下位まですべて走破タイムのみで発表され、平地競走のような着差は表示されない[21]ほか、レコードタイム制度も設けられていない。

ばんえい競走 タイムオーバー

以下の条件に該当する馬は基準タイム超過(タイムオーバー)となり、当該レースは失格となる。
重賞・特別競走
スタートから10分(3位入線馬が7分以内に入線した場合は3位入線から3分)を超えて入線した場合

ばんえい競走 一般競走
スタートから8分(3位入線馬が6分以内に入線した場合は3位入線から2分)を超えて入線した場合

ばんえい競走見どころ(公営競技)

ばんえい競馬の一番の見せ場はレース中盤から後半にかかる第2障害である。この第2障害の越え方がレース戦略上最も重要となる。
各馬ともスタート直後はそりを曳いたままキャンターで飛び出し、第1障害-第2障害間と第2障害の手前では一旦脚を止める。多くは馬の息を整えて第2障害を一気に越えるが、馬場が極端に軽い場合はスタートから止まらず一気に第2障害まで越える作戦を狙う場合もある。また、人馬の呼吸を合わせるのと同時に、仕掛けるタイミングを巡って騎手間でも駆け引きが繰り広げられる[22]事から、騎手にとっては最大の腕の見せ所になる。

馬にとっても第2障害は一番の正念場で、障害を越えられずにひざをついてしまう馬や力尽きて倒れこんでしまう馬もいる。
第2障害を越えた後も、最後の直線やゴール前で止まってしまう馬もいるため、ゴール直前の逆転劇もあり、勝負の行方は最後まで予断を許さない。

その特殊な競走形態から人間が歩いても追いつく程度の速度で展開するため、ファンも馬と一緒にスタンドを移動しながら声援を送る光景がみられる。これは高速で展開する平地競走や他種公営競技には見られない、ばんえい競馬ならではの特徴である。

ばんえい競走 実況での表現

実況を担当している井馬博の名調子や独特の表現がレースをさらに盛り上げ、こちらもばんえい競馬の名物となっている。
きらう、刻む – 第1障害-第2障害間で馬が止まる、馬を止めて息を入れること
ばんえいポイント、勝負どころ – 第2障害のこと
つまる – 最後の直線やゴール前で馬が止まること

ばんえい競走 馬場(公営競技)

ばんえい競馬では、開門前から最終競走の概ね1時間前の間に数回馬場水分を計測し、測定時刻と馬場水分値を0.1%単位で発表している[23]。水分値は通常0.1%から9.9%までの範囲で発表されるが、積雪した場合などには10%を超える数値が発表される場合もある。日本国内ではばんえい競馬のみで行われている独特の方式である[24]が、これは馬場の水分状態が馬券検討の際に重要なファクターとなるためである。

ばんえい競走は平地競走と異なり、晴天で馬場が乾いているとそりの滑りが悪くなり、タイムは遅くなる(重馬場)。逆に雨や雪が降って馬場が水分を含むとそりの滑りが良くなり、タイムは速くなる(軽馬場)。平均タイムは概ね2分前後(競走により4分-5分以上かかる場合もある)であるが、冬季に馬場が積雪した場合はさらに速くなる場合があり、1分を切るタイムが出ることもある。馬場状態によって得意・不得意がある馬もいる。一般に軽馬場では逃げ馬が、重馬場では差し馬が有利とされる。

また、夏季等で馬場があまりに乾燥した場合は、大量の砂塵が舞い上がって人馬の視界を遮りレースに支障をきたす恐れがあるため、散水を行う場合がある。散水する場所はスタート-第1障害、第1障害-第2障害、ゴール前の3箇所のうちいずれかが必要に応じて選択される(複数選択される場合もある)。なお、散水を行った場合は場内・各場外などに事後告知される。
結果を伝える翌日の新聞等では「(計測した馬場水分の)最高値-最低値」で掲載しているほか、代表値のみを掲載する新聞もある。公式の競走成績などでは、発走時刻に最も近い測定時刻の馬場水分値を各競走ごとに掲載している。

ばんえい競走 公営競技のクラス編成(2011年度)

ばんえい競馬のクラスは馬齢(原則として「2歳」「3・4歳」「5歳以上」。競走条件により一部例外あり)と番組賞金によって分けられる。

3・4歳をひとつのクラスとして編成しているのは、3歳馬や4歳馬が5歳以上の馬に比べ能力的に劣るとされているためである。

ばんえい競走 収得賞金の算定方法(2011年度) [

以下は帯広市ばんえい競馬番組編成要領に沿って記述する。
収得賞金(「本年賞金」とも呼ぶ場合がある) : 競馬番組で示した賞金額から1000円未満を切り捨て。ただし、2010年度は競馬番組で示した賞金額の70%とする。
通算収得賞金(「番組賞金」とも呼ぶ場合がある) : 2008年度以降の収得賞金を合計。

ばんえい競走 2歳

ばんえい競馬が運営する場外発売所」と大井競馬場内「ふるさとコーナー」ではばんえい競馬の勝馬投票券が相互に払戻可能となった。

ばんえい競馬が運営する場外発売所

ばんえい競馬の全競走とホッカイドウ競馬の場外発売を行っているほか、南関東公営競馬や岩手競馬の広域場外発売も行っている。
ばんえい競馬がナイター開催日に南関東が昼間(薄暮含む)開催している場合は、後半競走のみ場外発売する。
ホッカイドウ競馬や他地区の場外発売時は枠複を発売するほか、他地区の場外発売時は発売主体の主催者に準じて枠複・枠単・ワイドを含むすべての賭式を発売する。2011年8月5日より改められた投票用マークカードでは、ホッカイドウ競馬や他地区場外発売にあわせ枠複・枠単・ワイド購入用の記入欄が用意されている[29]。

ばんえい競馬・ホッカイドウ競馬ともに発売

ハロンズ岩見沢 – 岩見沢市6条西2丁目
ハロンズ苫小牧 – 苫小牧市木場町1丁目 トマモール地下[30]
ハロンズ名寄 – 名寄市西1条南8丁目
ミントスポット北見 – 北見市小泉408-1
アプスポット網走 – 網走市南4条東1丁目1-3 APTマツブンビル1階
ばんえい競馬のみ発売 [編集]
レラ・スポット北彩都 – 旭川市南6条通20丁目1978-17
ハロンズ釧路 – 釧路市若松町2番13号

ばんえい競走 発売所の閉鎖・新設

ばんえい競走 2009年度

旭川市に専用場外発売所「レラ・スポット北彩都」を新設し、4月25日より場外発売を開始した。これに伴い、従来場外発売を行っていた旭川レーシングセンターではばんえい競馬の場外発売を終了した(ホッカイドウ競馬は引き続き場外発売を行う)。
北見市小泉に場外発売所「ミントスポット北見」を新設し、2009年7月4日より発売を開始した。これに伴い、北見競馬場での場外発売は6月29日をもって終了した(出典)。

ばんえい競走 2010年度

網走市に「網走場外発売所」を新設し、9月25日より場外発売を開始した。愛称名は一般公募により「アプスポット網走」に決定。

ばんえい競走 その他

ばんえい競走 道内

以下のホッカイドウ競馬が運営する場外発売所では、ばんえい競馬の場外発売も行っている。
ただし、場外発売を行わない日もある。
Aiba石狩 – 石狩市新港南2丁目729-3 サテライト石狩1F
Aiba江別 – 江別市野幌町68番地
Aiba小樽 – 小樽市築港11-1 ウイングベイ小樽(旧マイカル小樽)1階
Aiba札幌駅前 – 札幌市中央区北4条西2丁目 ひまわりタワー5階・6階
Aiba滝川 – 滝川市栄町3丁目 高林デパート地下
Aiba千歳 – 千歳市幸町3丁目3-2
Aiba中標津 – 標津郡中標津町東31条南1丁目5番地
Aiba函館港町 – 函館市港町3丁目17
Aiba札幌中央 – 札幌市中央区南6条西1丁目1-1 サテライト札幌2F
Aiba登別室蘭 – 登別市若草町4丁目23
Aiba琴似 – 札幌市西区琴似2条1丁目3 三光ビル2F・3F

ばんえい競走 道外

以下の発売所で、定期的にばんえい競馬の場外発売を行っている。発売日程は主催者発表などで確認のこと。
大井競馬場内「ふるさとコーナー」
南関東競馬開催日のみ発売。
通常は当日の全レースを発売するが、南関東とばんえい競馬の開催時間が異なる場合、発売は以下の通りとなる。
南関東が昼間開催、ばんえい競馬がナイター開催:南関東では開門予定時刻より発売開始。ただし、開門予定時刻の20分後より前に発走する競走は発売しない。また南関東の最終競走発走時点で発売中の競走がある場合は、その競走の発売締切時にすべての発売を終了するため、南関東の発売終了時刻以降に発走するばんえい競馬の競走は前売発売のみとなる。
南関東がナイター開催、ばんえい競馬が昼間開催:南関東では12:00より発売開始。ただし、12:20より前に発走するばんえい競馬の競走は発売しない。
BAOO高崎(旧高崎競馬場)
上記のほか、一部の重賞競走は他地区の競馬場・場外発売所でも広域場外発売を実施する場合がある。

ばんえい競走 払戻について

競馬場や各場外発売所での払戻業務は原則として開催日のみとなっているが、郵送での払戻も受け付けている。これは遠隔地や閉幕後など、次開催までに払戻有効期間を過ぎてしまう場合があるための措置。ただし、振込みなどに伴う手数料は差し引かれる。

ばんえい競走 レース実況放送

スカパー!を除き、全レースを完全生中継している。なお、2008年度まではNTTドコモの携帯電話(FOMAのみ)でもレース実況を配信していた。

ばんえい競走 スカパー!

スカパー!での放送体制はたびたび変更され、2つのチャンネルを併用していた時期もある[31]。
2011年度は以下の通り放送する予定で、一部の時間帯は有料放送となる。
「懐かし音楽★グラフィティTV/keiba」(795ch)
昼間開催時:10:00(10:30)-18:00
4月16日-4月30日:10:00-12:00は有料
5月1日-6月13日、10月15日-2012年3月26日:10:30-13:00は有料(2012年1月2日・3日、3月25日は完全無料放送)
ナイター開催時:13:30-20:55(13:30-16:00は有料)
ケーブルテレビ [編集]
旭川ケーブルテレビ(ポテト)アナログ16ch・デジタル016ch
帯広シティーケーブル(OCTV)3ch

ばんえい競走 その他

公式サイト内「インターネットライブ」

ばんえい競走 内容(共通)
レース実況・オッズ放映のほか、専門紙記者などを解説に招いて、パドック解説や展開予想、買い目を紹介している。解説者は前半と後半で担当を分担している。
帯広本場や各場外でも同時放映している。
司会
小枝佳代
太田裕士
水島洋子
※いずれか1名で担当し、馬場入場時の場内アナウンスも行う。1日を前半と後半で分担する場合もある。
実況
井馬博
※井馬が体調不良の場合は、司会のいずれか1名が代わって担当する。
解説
木本利元(競馬ブック)※元ホースニュース・馬
定政紀宏(競馬ブック)

ばんえい競走 その他のばんえい競馬を扱った番組


この節は予定される事象を扱っています。内容は最新の情報を反映していない可能性があります。このタグは2011年9月に貼り付けられました。
北海道放送(HBC)制作・日曜劇場「ばんえい」(1973年9月放送)
北海道テレビ放送(HTB)「ばんドルBAN2!」(放送終了)
Gyao(スポーツチャンネル)「BANBA王」・無料(放送終了)
TBS「オールスター感謝祭」(2007年3月放送)
TBS「どうぶつ奇想天外!春の2時間スペシャル」(2007年4月放送)
NHK「にっぽん紀行『もう一度歩き出せ〜帯広・ばんえい競馬〜』」(2007年3月放送、4月再放送)
NHK 「大地のファンファーレ」[32](ドラマ。全道放送は2012年2月、全国放送は同年3月放送予定)

ばんえい競走 参考文献・脚注

寺島敏治『馬産王国・釧路』-釧路馬の時代-〈釧路新書〉釧路市史編纂事務局編、釧路市、1991年、167-172頁
内田靖夫 『ばんえいまんがどくほん』 北海道市営競馬協議会 1983年
^ 日刊スポーツ(2011年9月5日)
^ 第1競走の発走時刻は概ね14時頃、最終競走は20時30分頃。発走時刻は1日の競走数により異なる場合がある。2010年度は最終競走の発走時刻が20時40分とされた(12競走の場合)。
^ 通常、ばんえい競馬の最終競走発走時刻は17時前後が多いものの、冬季は日没が早まり16時を過ぎると照明が必要になるため、以前より後半2競走が事実上「ナイトレース状態」であった。2007年度からはこの場合でもイルミネーションを点灯させている。
^ 公式サイト(2011年2月28日)
^ 現在は3月下旬に閉幕後、次年度の開幕(4月中旬-下旬)まで3週間-1ヶ月程度休催している。
^ ばんえい競馬公式サイト(2011年8月3日)
^ これについて農林水産大臣・松岡利勝(当時)は「喜ばしいことだ。正式に要請があれば、スムーズに処理できるようにするし、できる限り支援したい」と述べていた。
^ 帯広市とOPBMがばんえい競馬の来年度開催で大筋合意 – 十勝毎日新聞電子版「ばんえい十勝劇場」 2010年12月18日閲覧
^ ばんえい競馬 来年度は4月16日開幕 – 十勝毎日新聞電子版「ばんえい十勝劇場」 2011年2月7日閲覧
^ ネット販売増で馬券105億円超 – 十勝毎日新聞電子版「ばんえい十勝劇場」 2011年3月29日閲覧
^ ばんえい競馬、3連単・3連複の馬券導入へ – 十勝毎日新聞電子版「ばんえい十勝劇場」 2011年1月5日閲覧
^ 一般競走の1着賞金は6万円。1着-4着までの賞金総額は7.8万円。
^ 公営競技としての「ばんえい競馬」でも、一部の専門紙でこの表記が使われている。
^ a b c 『ホースメイト』 2007年7月号 日本馬事協会
^ 『地方競馬史』第二巻 地方競馬全国協会 1974年
^ 橋本聖子の父、マルゼンスキー(サラ)の生産者・馬主としても知られる。
^ 2003年度以降の生産馬については純系種同士の配合によって生まれた雑種を一代に限り「半血種」とし、このほかは「日本輓系種」と呼称している。
^ 2007年度からは定年制が撤廃された。2007年度番組編成要領
^ ゴールデンバージ、四位とコンビも中団伸びず7着…ばんえい競馬(スポーツ報知、2010年8月24日)
^ 田中哲実 生産地だより「JRAジョッキーDAY〜帯広」(netkeiba.com、2010年8月25日)
^ ただし、一部では2着以下を1着馬とのタイム差で表示することがある。
^ 規則上、第2障害通過後は騎手が意図的に馬を止めることが認められていない。
^ 1日の競走数が12の場合、開門45分前と第1競走発走時刻の45分前に計測。以後は第2・第4・第6・第8・第10競走の各発走時刻から5分後に計測している。
^ 日本以外の国では馬場状態を馬場水分値で発表している競馬場がある。
^ 1980年から1988年までは重賞競走として施行されていた。
^ 2007年度からは減量特典の年齢制限がなくなり、牝馬限定戦など一部を除いて一律に20kg減量される。
^ 【お知らせ】三連単・三連複発売開始! – ばんえい競馬公式サイト 2011年8月5日閲覧
^ 東京スポーツは道内でも発売しているが、翌朝の朝刊扱いとなるため、掲載しているレースが既に終了している場合もある。
^ ばんえい十勝 3連単、3連複導入でマークカード一新 – 十勝毎日新聞電子版『ばんえい十勝劇場』 2011年8月5日閲覧
^ ホッカイドウ競馬の場外発売時は「Aiba苫小牧」となる。
^ 以前は241ch「ハッピー241」で放送していた。2008年12月6日より2009年3月まで709ch「エキサイティング・グランプリ」(ばんえい競馬を含む公営競技中継のみ無料)と795chの併用だった。
^ 【お知らせ】NHKドラマ『大地のファンファーレ』制作決定! – ばんえい十勝オフィシャルサイト 2011年9月6日閲覧



ファーストスター、天馬賞楽勝!

2012年1月3日、帯広競馬場で行われた第5回天馬賞(5歳上、ダート200m、1着賞金90万円)は、藤本匠騎手騎乗の6番人気ファーストスターが、優勝しましたね。おめでとうございます!


ファーストスター(牡5)
父:ニュートリノ
母:ナナエコトブキ
母父:ヤマサリュウ
厩舎:ばんえい・長部幸光
通算成績:98戦20勝(重賞1勝)

スターシップ、南関重賞の報知オールスターCを勝ちましたあ!!

2012年1月3日、川崎競馬場で行われた第48回報知オールスターカップ(4歳上・ダ2100m、1着賞金1500万円)は、
石崎駿騎手騎乗のスターシップが優勝しましたね。

強かったです。
今日はまだ馬体が重かったので、まだまだ本調子でなかったと思います。
川崎記念が目標でしょう。やれると思います!

スターシップ(牡8)
父:クロフネ
母:フラワーフェア
母父:ジャッジアンジェルーチ
厩舎:船橋・出川克己
成績:38戦7勝(重賞1勝)

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