admin | 競馬予想メルマガ検証!競馬投資の極意とは?(競馬の錬金術師)

鈴木 孝志(すずき たかし、1971年4月20日 - )は、日本中央競馬会・栗東トレーニングセンターに所属している調教師。
1994年、7月よりJRA競馬学校厩務員課程に入学する。
1995年、競馬学校卒業後の4月から栗東・岩元市三厩舎所属の厩務員となるが、同月すぐに調教厩務員に転向した。
1996年、6月より調教助手に転向する。
2009年、2月12日にJRA調教師免許試験に合格したことが発表され、3月1日付で調教師免許免許を取得した。

杉浦 宏昭

杉浦 宏昭(すぎうら ひろあき、1960年8月3日 - )はJRA・美浦トレーニングセンター北に所属している調教師である。

初騎乗は3月6日で、トロワフルールに騎乗し2着、3月27日にミョウジンホマレに騎乗して勝利し初勝利を挙げる。
1983年、京成杯をブルーダーバンで制し重賞初勝利を挙げる。
1984年、2月5日のレース中に、当時騎手であった岡部幸雄から小突きされ、左手で顔面を叩かれた。なお、岡部は開催日2日間の騎乗停止処分となった。
1995年、調教師免許を取得し騎手を引退する。騎手成績は、JRA通算1997戦209勝(平地競走1969戦205勝、障害競走28戦4勝、重賞6勝)。
1996年、厩舎を開業する。3月2日、初出走となった中山競馬場での第5レースは、4番人気だったフジノミドリが3着となる。

4月20日に新潟競馬場での第7レースで、2番人気だったワンノブトウショウが勝利し、延べ19頭目で初勝利を挙げる。
1997年、2月13日に管理馬が地方競馬に初出走する。

8月24日に行われた新潟記念をパルブライトが制し、重賞初勝利を挙げる。
1998年、5月4日に管理馬が地方競馬で初勝利を挙げる。
2002年、NHKマイルカップを4番人気だったテレグノシスが制し、GI(当時)初勝利を挙げる。
2003年、ジャック・ル・マロワ賞にテレグノシスが出走し、海外レース及び海外GI初出走。

菅原 泰夫

菅原 泰夫(すがわら やすお、1946年4月1日 - )は日本中央競馬会の元騎手。同会調教師。
いわゆる中央場所では余り日の当たることはなく地味な存在であったが、 1975年春の4歳(現3歳)クラシックにてカブラヤオー、テスコガビーに騎乗して4鞍すべてを独占、「空前絶後」と評される。

このときカブラヤオーの強引な逃げで「無謀」と非難されたが、他馬を怖がる弱点については同馬が引退するまで口にしなかった。
その後1981年、1982年での菊花賞連覇等、思い切りの良い騎乗で「勝負師」と呼ばれた。

現在は美浦所属の調教師である。
菅原 泰夫 来歴
1946年 宮城県のアラブ馬などを生産している牧場の五男として生まれる。
1960年 東京へ単身引越し、茂木為二郎のもとで生活を送る。
1961年 馬事公苑の騎手養成所に長期講習生として入る。
1964年 茂木為二郎厩舎所属騎手としてデビュー。同期に嶋田功など。
1976年 調教師の茂木の死去により森末之助に転厩。その後、年末に本郷一彦厩舎に転厩。
1981年 14番人気のミナガワマンナで菊花賞を4馬身差で勝利し、三冠ジョッキーとなる。
1982年 ホリスキーで菊花賞をレコードタイムで制し同レース連覇。

なお、菊花賞を連覇した騎手は菅原を最後に現在まで現れていない。
1985年 ダイシンフブキで朝日杯3歳ステークスに勝利。

1992年 騎手を引退。騎手としての最後の重賞勝利は同年の東京新聞杯でのナルシスノワール。

須貝 尚介

須貝 尚介(すがい なおすけ、1966年6月3日 - )は、JRA・栗東トレーニングセンター所属の調教師で、元騎手である。

父は須貝彦三元調教師。彦三の弟の須貝四郎は縁戚。
1985年、JRA競馬学校を第1期生として卒業して騎手免許を取得、父の須貝彦三厩舎からデビュー。同期には石橋守、柴田善臣らがいる。

1990年の第30回きさらぎ賞をハクタイセイで制しJRA重賞初勝利を挙げる。しかし、次の皐月賞では南井克巳に乗り替わり、以後ハクタイセイに騎乗することはなかった。
1987年に須貝厩舎所属からフリーと所属変更となったが、1994年7月に再度須貝厩舎所属に戻り、8月には再びフリーとなり、その後も2回ほど須貝厩舎に所属したり離れたりを繰り返していた。
2008年に調教師免許を取得し、騎手を引退。

調教師へ転身した。騎手成績は4,163戦302勝で、そのうち重賞は4勝だった。

新川 恵

新川 恵(しんかわ めぐむ、1943年11月24日 - )は、日本中央競馬会栗東トレーニングセンターに所属している調教師で、元騎手である。

義理の父(妻の父)に元調教師の布施正、義理の妹たち(妻の妹たち)の配偶者に調教師の岩元市三、柴田光陽らがいる。新川は結婚前の姓で、結婚後は布施姓となっていたが、現在は再び新川姓に戻っている。
1961年に阪神の佐藤勇厩舎所属の騎手見習いとなる。翌1962年に騎手免許を取得し、同厩舎所属でデビュー。

1968年に同じく阪神の澁川久作厩舎所属、1969年に関東・中山の稗田敏男厩舎所属、1970年には中山の中野吉太郎厩舎所属、1972年に中山の松永光雄厩舎所属、1973年に再び関西の栗東の布施正厩舎所属と、いくつもの厩舎を渡り歩いた。 1978年に調教師免許を取得し、騎手を引退した。

G1競走の勝利はまだない。
騎手は小牧太、芹沢純一、弟子である高井彰大の起用が特に多く、この3人が主戦騎手と言える存在である。

白井寿昭

白井寿昭(しらい としあき、1945年1月13日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) の調教師である。

大阪府出身で、所属は栗東トレーニングセンター。JRAにおける表記では「寿」が使用されているが、正しくは白井壽昭である。
初出走は1979年10月6日の中京競馬第9競走のハルカボシで14着、初勝利は1980年3月23日の阪神競馬第8競走のスズカセイコーで、延べ46頭目であった。
馬の血統論には特にこだわりを持っており、また、管理にあっては馬体重を重要視している。
白井寿昭 主な管理馬
ダンスパートナー(1995年優駿牝馬、1996年エリザベス女王杯)
スペシャルウィーク(1998年東京優駿、1999年天皇賞(春)、天皇賞(秋)、ジャパンカップ)
アグネスデジタル(2000年マイルチャンピオンシップ、2001年マイルチャンピオンシップ南部杯・天皇賞(秋)・香港カップ、2002年フェブラリーステークス、2003年安田記念)
メイショウボーラー(2005年フェブラリーステークス)
フサイチパンドラ(2006年エリザベス女王杯)

トランセンド競走成績

トランセンド競走成績
競走日競馬場競走名格距離(馬場)頭数枠番馬番オッズ(人気)着順タイム(上り3F)着差騎手斤量(kg)1着馬(2着馬)
2009.2.14京都3歳新馬芝1800m(重)166113.9(1人)2着1:51.1(36.0)0.1川田将雅56アドマイヤアゲイン
3.1阪神3歳未勝利芝1600m(良)1411-出走取消-安藤勝己56トライアンフマーチ
4.11阪神3歳未勝利ダ1800m(良)12112.9(2人)1着1:53.7(37.9)-0.3安藤勝己56(レッドサーパス)
4.25京都3歳500万下ダ1800m(不)14221.9(1人)1着1:49.7(36.2)-1.2安藤勝己56(スマートパルス)
5.9京都京都新聞杯GII芝2200m(良)1661210.9(5人)9着2:14.4(36.0)1.4安藤勝己56ベストメンバー
7.26新潟麒麟山特別ダ1800m(稍)156112.0(1人)1着R1:49.5(37.2)-1.3内田博幸54(クリストフォルス)
8.23新潟レパードS重賞ダ1800m(良)146101.7(1人)1着1:49.5(37.2)-0.5松岡正海56(スーニ)
9.21新潟エルムSGIIIダ1800m(良)148151.6(1人)4着1:51.4(36.3)0.3内田博幸53マチカネニホンバレ
11.7東京武蔵野SGIIIダ1600m(良)168154.1(3人)6着1:35.9(36.5)0.4松岡正海55ワンダーアキュート
2010.2.13京都アルデバランSOPダ1900m(重)16483.5(2人)1着R1:55.4(36.6)-0.2安藤勝己56(フサイチセブン)
4.25京都アンタレスSGIIIダ1800m(良)157121.6(1人)8着1:50.5(37.5)0.8安藤勝己56ダイシンオレンジ
5.23京都東海SGIIダ1900m(不)15363.3(1人)2着1:55.4(36.0)0.0藤田伸二57シルクメビウス
9.23船橋日本テレビ盃JpnIIダ1800m(稍)14573.0(2人)2着1:49.3(36.8)0.5藤田伸二56フリオーソ
11.7京都みやこSGIIIダ1800m(良)16123.1(2人)1着1:49.8(36.8)-0.2藤田伸二56(キングスエンブレム)
12.5阪神ジャパンCダートGIダ1800m(稍)16233.5(1人)1着1:48.9(36.6)-0.0藤田伸二57(グロリアスノア)
2011.2.20東京フェブラリーSGIダ1600m(良)166123.5(1人)1着1:36.4(36.3)-0.2藤田伸二57(フリオーソ)
3.26メイダンドバイワールドCG1全2000m(良)1499-2着計測不能1/2馬身藤田伸二57Victoire Pisa[† 1]

エスポワールシチー

エスポワールシチー(Espoir City)
主な勝ち鞍は2009年のかしわ記念、マイルチャンピオンシップ南部杯、ジャパンカップダート、2010年のフェブラリーステークス、かしわ記念。
馬名は、フランス語の「希望」に冠名。
佐藤哲は主戦としてレースにまたがる一方、小倉への遠征時も含め付きっ切りで調教を行うことになった。その後、芝の未勝利戦を4戦使われるが、2着を2回記録するものの勝ちきれずにいた。

6戦目となった7月の小倉の未勝利戦を勝ち上がって未勝利を脱出したものの、昇級戦となった500万下では7着に敗れた。
これを機に陣営はダート路線を歩ませる。

ダート初戦となった500万下を7馬身差で勝利。この時の勝ち時計1分42秒4は、オープン戦の阿蘇ステークスを勝ったダイナミックグロウの1分42秒2に次ぐ、この開催2番目の走破時計だった[4]。

続く1000万下を1馬身3/4、準オープンを5馬身差で快勝すると、初のオープン戦となったトパーズステークスは1番人気となり、レースではダイナミックグロウを1コーナーまでに制して先頭に立つとそのまま逃げ切って勝利した。その後ジャパンカップダートへ登録したが、賞金で除外となったため3歳時はダート戦無傷の4連勝でシーズンを終えた。
2009年 [編集]
短期放牧を挟んで4歳時の緒戦として初重賞となる平安ステークスへ出走。体つきに余裕を持たせ、多少太め残りで気持ちと体のマッチングが物足りない中、1番人気に支持された。

レース前にはスピード一辺倒の馬にはしたくないと公言していたもののここでも逃げるレースをし、ハミが抜け切らなかったこともあってワンダースピードにクビ差交わされ2着に敗れ、ダート戦での連勝が4で止まった。
次走は初のGI挑戦となるフェブラリーステークスへ出走。

休み明けを1回使われ、また右回りに微妙に乗りづらい部分があるとして、左回りの東京ということも好材料と陣営は判断していた。
レースでは「せっかくのGIだし、力試しのつもりで行った」という佐藤哲三の判断でここも先手を奪うと、前半1000mを58秒8で逃げる。

最後の直線で他馬に交わされたものの、粘ってサクセスブロッケンの4着に食い込んだ。
続くマーチステークスでは松岡正海が2008年11月の錦秋ステークス以来の騎乗となったが、他馬が逃げる中で3番手に控え、直線で抜け出し勝利。

1番人気で初重賞制覇となった。鞍上の松岡も「乗っているだけだった」と馬をたたえた。

第21回かしわ記念
その後、アンタレスステークスに登録したものの、回避して初の地方遠征となるかしわ記念へ出走。
ここではカネヒキリに次ぐ2番人気だったが、中団やや後方に控えてレースを進めると4角で3番手に進出して直線半ばでフェラーリピサを交わし、最後に追い詰めてきたカネヒキリを3/4馬身抑えて初のJpnI勝利となった。
帝王賞への出走プランもあったが、かしわ記念後は休養して秋緒戦はマイルチャンピオンシップ南部杯へ。ここでもサクセスブロッケンに次ぐ2番人気だったが、鞍上は無理にハナに行こうとしなかったもののスタート直後から先頭に立つと、直線でもそのまま押し切りサクセスブロッケンに4馬身差をつけて重賞3連勝を飾った。

第10回ジャパンカップダート
南部杯をいい内容で勝ったことから、陣営は12月6日に行われる第10回ジャパンカップダートへ直行を決断。体が増えて丈夫になり心配事は全くなくなったと話す陣営だったが[24][23]、希望していた大外枠ではなく最内1番枠となったことに、鞍上の佐藤哲三は最後の試練だと感じた。

トランセンド

トランセンド(英:Transcend、香:創昇)、主な勝ち鞍は2010年のジャパンカップダート、2011年のフェブラリーステークス。

馬名の意味は英語で「超越する」。
トランセンド 2009年
デビュー戦は2月14日の芝1800メートルの新馬戦で、デビュー前から調教で古馬並みの時計をだし、注目を集めていたこともあり、1番人気に推されていたが2着に敗れた。

2戦目も芝で登録していたが、フレグモーネのため出走を取り消した。3戦目のダートの未勝利戦で初勝利をあげると、不良馬場で行われた500万下戦では道中先頭を進み、上がり3ハロンも最速となる37.9秒で後続に7馬身差をつけ勝利した。

ここで陣営は東京優駿に出走することを考え、再び芝の京都新聞杯に出走した。芝で行われる競走は新馬戦で2着に入っていたが、ここまでの勝ち鞍は全てダートでのものだったため5番人気であった。

レースでは普段どおり先行するものの直線でついていけず、勝ったベストメンバーから離された9着に敗れた。7月26日の1000万下クラスの麒麟山特別では古馬初対戦となったが、後続に8馬身差をつけレコードタイムで勝利した。
2009年から新設された重賞競走の(格付けなし)のレパードステークスでは、内田博幸がイギリスで騎乗停止となっていたため、松岡正海に乗り替わりとなった。2歳ダートチャンピオンのスーニ、ユニコーンステークス勝ちのあるシルクメビウスなどダートで実績のある馬が出走していたが、麒麟山特別のパフォーマンスから1番人気に支持された。

レースでは2番手追走から直線で抜け出しスーニに3馬身差をつけて勝利した。早い時計が出にくい良馬場だったが、勝ち時計は前走と同じタイム(レコードタイ)だった。

同じ舞台で行われるエルムステークスでも1番人気に推されたが、4ハロン目でペースが落ちる緩急のついたペースに戸惑ったのか、伸びきれず4着に敗れた。続く武蔵野ステークスでは初めて後方に控え、直線でじりじりと伸びてきたが、6着に敗れた。

安田師は「芝とダートの切れ目を気にした」とコメント。レース後はジャパンカップダートには進まず、休養に入った。

トランセンド 2010年
第11回ジャパンカップダート
復帰初戦のアルデバランステークスでは久々に安藤勝己が騎乗、4連勝中のフサイチセブンに次ぐ2番人気に支持され、直線でフサイチセブンを捉えて勝利した。レースはハイペースで進んだこともあり、1983年にリュウボーイがマークした1:56.6を1.2秒更新するレコードタイムでの決着となった。

その後、4月25日のアンタレスステークスに1番人気で出走。先行集団でレースを進めたが、直線で伸びを欠いてしまい8着に敗れた。

続く5月23日の東海ステークスでも1番人気で出走、逃げて他馬を引っ張る展開となったが、ゴール手前で中団から追い込んできたシルクメビウスにかわされ2着に敗れた。
秋は9月23日の日本テレビ盃から始動。

レースでは軽快に逃げ、直線でフリオーソにかわされるも2着と逃げ粘った。11月7日の第1回みやこステークスではスタートからハナを切り、脚色は衰えることなくそのまま1着でゴールイン、前年のレパードステークス以来の重賞勝利を挙げた。
その後に挑んだ12月5日のジャパンカップダートでは、エスポワールシチー、スマートファルコンが回避し不在の中、1番人気に支持される。レースがスタートするとハナに立ち、第4コーナーを回って一度はバーディバーディに迫られたものの、そこから突き放し、グロリアスノアの追い込みをクビ差抑えて初のGI競走優勝を果たした。

トランセンド 2011年
初戦は2月20日のフェブラリーステークス。前走と同じく、エスポワールシチー、スマートファルコンが不在の中、再び1番人気に支持される。

ロックハンドスター岩手復興への明かりをともすか!?南部杯

ロックハンドスターは、東日本大震災からの復興を目指す岩手の星だ。

「あの日から“時”が止まっている感じでね」
とロックハンドスターを管理する瀬戸幸師。
家族や管理馬に大きな被害はなかったが、まれにみる震災は師ばかりでなく、多くの人の心を揺らした。

初めての重賞タイトルをもたらしたのがロックハンドスターだ。3歳になり、岩手ダービー・ダイヤモンドCを圧勝して頂点へ。

大井へ遠征したジャパンダートダービー、黒潮盃では跳ね返されたが、地元に戻って不来方賞、ダービーグランプリを連勝し3冠を達成。さらに年末の桐花賞では古馬も圧倒した。

さらなる飛躍が期待された今年だが、勝ち星には恵まれていない。「震災の影響もあったし、昨年からの疲れもあったかな」。

今年のなかではベストの状態に持ってこられている」と再び上昇曲線を描き出したことを強調した。

挑戦することは、いいことですね。ロックハンドスター先々につながる何かを掴んで欲しい。

ロックハンドスターの競走成績
日付開催天気Rレース名映像頭数枠番馬番オッズ人気着順騎手斤量距離馬場馬場指数タイム着差タイム指数通過ペース上り馬体重厩舎コメント備考勝ち馬(2着馬)賞金
2011/09/12盛岡曇10青藍賞(OP)10782.216菅原勲57ダ1600稍1:40.31.34-4 39.9458(-2)ゴールドマイン 
2011/06/19盛岡晴10一條記念みちのく大賞(OP)11791.115菅原勲57ダ2000良2:09.22.97-5-4-4 39.5460(-8)コアレスレーサー25.0
2011/05/05門別晴11コスモバルク記念〔H(OP)14113.115菅原勲58ダ1800重1:56.70.78-10-7-7 38.8468(-10)クラキンコ15.0
2010/12/31水沢雪9桐花賞(OP)12791.511菅原勲56ダ2000不2:11.8-0.55-4-1-1 39.7478(+1)(マヨノエンゼル)500.0
2010/11/22水沢曇10ダービーグランプリ128122.621菅原勲56ダ2000良2:12.8-0.44-4-2-2 42.0477(+7)(ナムラアンカー)800.0
2010/10/24盛岡曇10不来方賞12221.211菅原勲56ダ2000良2:08.8-1.04-4-4-4 37.4470(+10)(マイネルリファイン)300.0
2010/09/27盛岡曇11南部杯カウントダウン7771.312菅原勲55ダ1800良1:55.30.22-2-2-2 36.6460(+3)サクラマジェスティ10.4
2010/08/17大井晴10黒潮盃競走16486.255菅原勲57ダ1800良
**
1:53.50.8
**
8-8-8-637.0-38.638.1457(0)ツルオカオウジ100.0
2010/07/14大井晴11ジャパンダートダービ(G1)125720.979菅原勲56ダ2000重
**
2:07.22.0
**
11-11-10-1036.1-37.838.3457(-1)マグニフィカ 
2010/05/31盛岡晴10岩手ダービーダイヤモ12551.011菅原勲56ダ2000良2:11.3-1.22-2-2-1 38.7458(-2)(モエレフットライト)450.0
2010/05/02水沢曇10阿久利黒賞108101.111菅原勲55ダ1600良1:43.1-1.03-3-1-1 39.6460(-8)(イシノウォーニング)250.0
2010/04/04水沢晴10スプリングC12441.111菅原勲55ダ1600良1:44.9-0.92-2-2-1 40.0468(-2)(ダークライ)150.0
2010/01/02水沢小雪9金杯9551.312菅原勲55ダ1600不1:44.40.02-2-1-1 470(+8)モエレデフィニット57.5
2009/11/15水沢曇10南部駒賞12332.521菅原勲54ダ1600不1:39.8-0.22-2-2-2 462(+2)(モエレクリューガー)500.0
2009/10/19盛岡小雨10若駒賞12681.311阿部英俊54ダ1600良1:41.2-0.63-1 460(0)(リュウノボーイ)250.0
2009/09/20盛岡晴10ジュニアグランプリ12441.712菅原勲54芝1600良1:39.40.03-1 460(-3)ボヘミアン92.0
2009/08/23水沢晴6JRA認定ホープフル9881.311菅原勲54ダ1300良1:23.90.06-7-6-6 463(0)(ゴールデンライフ)120.0
2009/08/10盛岡小雨9若鮎賞11443.411菅原勲54芝1600不1:42.7-1.52-1 463(-5)(リュウノヒーロー)150.0
2009/06/20水沢曇22歳8111.211板垣吉則54ダ1300良1:26.0-0.64-4-4-3 468(-4)(ベルコットスター)35.0
2009/06/07盛岡曇3JRA認定フューチャ6771.513板垣吉則54芝1000重1:01.00.43-1 472(0)リュウノボーイ22.1

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