見習騎手(みならいきしゅ)とは、騎手免許を取得して間もない騎手のことをいう。
見習騎手概要
騎手免許を取得したばかりの騎手は他の騎手に比べ競走経験が浅く技術が低いものが多く、他の経験豊富な騎手と同一条件で競走で争った場合には不利になる状況が多々発生する。その結果、騎乗機会にも恵まれず経験を蓄積したり技術の向上にも影響を与えるため負担重量における減量措置をとり、騎乗機会を与えることで条件面で優位にし経験を積ませている。これを減量騎手と言う。
減量制度によって、これまであまり良い成績を残せていなかった馬が競走に勝利した事例は少なくない。俗に斤量が1kg軽いと1馬身違うと言われている。
国によっては見習騎手を対象とした免許を発行し、一定期間経過後にその間の騎乗実績などを考慮したうえで本免許に切り替えるといったシステムを採っているところもある。また、フランスなど見習騎手によるランキングで表彰する国・主催者もある。
なお、かつての日本では騎手免許取得を目指し調教師に弟子入り中の者と騎手免許取得から間もない者を併せて「見習騎手」と呼んでいた。
見習騎手は重賞での騎乗が制限される場合がある。ドバイ・マカオでは毎年見習騎手による招待競走が行われているほか、東アジア圏でも『アジアヤングガンズチャレンジ』の名称で2009年より見習騎手による国際招待競走が行われている。
中央競馬の見習騎手
日本の中央競馬においては、騎手免許取得3年未満で通算勝利数100回以下の騎手のことを指す。競馬用語ではアンチャンとも言われる。若手騎手と呼ぶ場合は見習騎手以外の騎手をも含む場合が多い(詳細は後述)。
見習騎手の現在の減量制度と騎乗制限
現在、中央競馬における見習騎手の減量制度はハンデキャップ競走と特別競走(重賞競走も含まれる)を除く一般競走に適用される。減量制度は騎手免許取得3年目までなので、3年を過ぎると勝利度数に関わらず減量の特典は無くなる。
デビューから3年の間はこの減量を活かして成績を残す騎手もいる。そういった騎手は減量が無くなっても将来的には騎乗依頼も多くなる。逆に減量の特典がある間に成績を残せなかった場合は、減量が無くなった場合に騎乗依頼が少なくなる。実際に減量があるので見習騎手を起用するといった関係者は多い。
減量制度を適用している見習騎手についてはJRA発行のレーシングプログラム、競馬新聞、スポーツ新聞等に掲載される出走表に以下のような▲、△、☆の印で減量されていることを表している。特別競走などに騎乗した場合は見習騎手も減量制度が適用されないので、以下の印は記されない。
印 減量 条件
☆ 1kg 51勝以上100勝以下
△ 2kg 31勝以上50勝以下
▲ 3kg 30勝以下
またJRAの内規により平場・障害の各競走問わず通算勝利数が31勝に満たない騎手はGI、JpnI競走に騎乗することができない(J・GI競走は除く)。
中央競馬の見習騎手の歴史
1980年代以前は単に騎手免許取得3年未満の騎手のことを見習騎手と呼んでいた。2kg・3kg減には勝利数の上限が存在したが1kg減に関しては勝利数の上限が存在せず、騎手免許取得3年未満であればどれだけ勝利していても1kg減の恩恵を受けることができた。
また競走面でも1980年代前半まではオープンクラスの一般競走(いわゆる「平場オープン」)もあったため、一線級の馬が出走する際の斤量を減らすために見習騎手で挑むこともよく行われた。
しかし1980年代後半に入り武豊を始めとする当時の若手の騎手がデビュー直後から数多くの勝利を挙げるようになり、特に武は2年目より関西リーディング首位になるなどリーディングジョッキーが重量の恩恵を受ける状態となり「ベテラン騎手以上の勝利数を挙げている騎手に減量の恩恵を与えるのは制度の趣旨に反する」などの意見が高まり、1994年に制度が改正され、現在のように1kg減に関しても勝利数の上限が設けられるに至っている。
2004年には勝利度数の規定が変更され▲が「20勝以下」→「30勝以下」、△が「21~30勝」→「31~50勝」、☆が「31~100勝」→「51~100勝」となっている。
中央競馬の若手騎手
現在、中央競馬においては騎手免許取得7年未満であって通算勝利度数100回以下の騎手のことを若手騎手と呼ぶ。これは2004年より若手騎手限定競走が設けられ、騎乗できる騎手が対象である。若手騎手限定競走は競馬開催日の1競走のみ、午前中の競走に組まれることが多い。見習騎手に対しては上記で述べた減量制度も合わせて適用される。
なお2004年から2008年2月までは免許取得後の期間が「6年未満」であったが、2008年3月から対象となる騎手の免許取得後の期間が「7年未満」へと変更された。
地方競馬の見習騎手 [編集]
地方競馬における見習騎手の取り扱いは中央競馬と異なる。減量の対象となる勝利度数も主催者ごとに開催日数が異なるため差がある。女性騎手に対して常に1kg減量する主催者もあるため平地競走では最大4kg減量となる場合がある。また町田直希のように見習騎手は騎乗できる競走が制限されるために免許期間や勝数が規定に満たない場合でも減量解除申請を行い受理されれば減量は解除され、騎乗できる競走の制限も解除される。
ばんえい競馬 [編集]
印 減量 条件
☆ 10kg 通算勝利度数が50勝未満の騎手、免許取得5年以下で通算勝利度数が50勝以上100勝未満の騎手については当該年度で10勝未満の騎手、あるいは女性騎手
△ 20kg 通算勝利度数が50勝未満の女性騎手、または免許取得5年以下で通算勝利度数が50勝以上100勝未満の女性騎手については当該年度で10勝未満の女性騎手
減量条件の変更は出馬投票ごとに行われる。規定の勝数となっても、出馬投票が完了している競走では減量条件の変更はない。
ホッカイドウ競馬 [編集]
印 減量 条件
☆ 1kg 新規免許取得日から3年未満であって100勝以下
△ 2kg 新規免許取得日から3年未満であって30勝以下
▲ 3kg 新規免許取得日から3年未満であって20勝以下
岩手(盛岡・水沢) [編集]
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南関東4場 [編集]
印 減量 条件
☆ 1kg 新規免許取得日から2年以上、3年未満または50勝未満
△ 2kg 新規免許取得日から1年以上、2年未満または25勝未満
▲ 3kg 新規免許取得日から1年未満または10勝未満
なお、内規で南関東SI競走などには減量騎手は騎乗できない。
名古屋競馬場・笠松競馬場 [編集]
印 減量 条件
☆ 1kg 新規免許取得日から1年以上、3年未満もしくは80勝未満
△ 2kg 新規免許取得日から1年以上、2年未満もしくは50勝未満
▲ 3kg 新規免許取得日から1年未満もしくは25勝未満
女性騎手は上の条件にかかわらず、1kg(☆)減量する。減量条件の変更は開催ごとに行われる。開催の途中で規定の勝数となっても減量条件の変更は次回の開催からとなる。
金沢競馬場 [編集]
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兵庫(園田・姫路) [編集]
印 減量 条件
☆ 1kg 20勝未満
△ 2kg 10勝未満
福山競馬場 [編集]
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高知競馬場 [編集]
印 減量 条件
☆ 1kg 100勝以下または女性騎手
△ 2kg 30勝以下
▲ 3kg 20勝以下
★ 4kg 20勝以下の女性騎手
騎手免許の通算取得期間が3年未満、勝利数が100勝以下の騎手が重賞競走、交流競走及び招待競走のいずれかでもない競走に騎乗する場合に限る。ただし、本人の申出により減量しない場合がある。女性騎手は、負担重量から1kg減ずる。
佐賀競馬場・荒尾競馬場 [編集]
印 減量 条件
☆ 1kg 新規免許取得日から2年以上、3年未満もしくは100勝未満
△ 2kg 新規免許取得日から1年以上、2年未満もしくは60勝未満
▲ 3kg 新規免許取得日から1年未満もしくは40勝未満
★ 4kg 新規免許取得日から1年未満もしくは40勝未満の女性騎手
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マッチレース(Match Race)は、一対一で勝敗を争う形式の競走。
転じて日本では、三者以上で行われる競走の場合でも、先頭の二者が抜け出して、抜きつ抜かれつを繰り返すレース展開になった場合を指していうこともある。「一騎討ち」とも表現される。
競馬におけるマッチレース
競馬の競走におけるマッチレースという言葉は、現在使われている意味合い(抜け出した上位2頭の拮抗)で使われることもあるが、主に原義の一対一形式の競走を意味する。近現代においては主に臨時のイベントとして催されるもので、企画に賛同した馬主同士が協定条件下で2頭の馬を競わせるものである。出走予定馬の除外などによって2頭立てとなる場合もあるが、この場合はマッチレースと呼ばれない。
マッチレース形式の競走は、馬主自身が騎手も兼任していた競馬の黎明期から存在し、純粋にどちらの馬が強いかを競うものであった。古来この形態こそが競馬だという風潮があり、18世紀あたりまではこの形態が競馬の主流であった。その後時代の遷り変わりによって少しずつ衰退し、現代ではほとんど見られなくなったが、一部ではイベントとして開催が行われている。
日本国内の競馬においては、戦前などではマッチレースが行われていた事例もあるものの、現在では原則として2頭立てで競走が成立しないため、よほどの例外を除いて施行されていない。
日本国外の例としては、アメリカ合衆国の各競馬場が20世紀中頃までしばしば開催していた。強豪馬同士の対決を売りとしたマッチレースは集客力があり、なかには2歳馬同士のマッチレースなども開催されていた。しかし1975年のラフィアンが故障・予後不良となったマッチレース以来強豪馬同士のマッチレースは自粛傾向にあり、現代ではほとんど見られなくなっている。
主なマッチレース
それぞれ、上の段から、開催日、開催された国名、競馬場名、賞金。○は優勝した馬、●は敗北した馬。
1799年3月25日 イギリス ニューマーケット競馬場 3,000ギニー
○ハンブルトニアン(18世紀末の最強馬)
●ダイアモンド
1851年5月13日 イギリス ヨーク競馬場 距離2マイル 1,000ポンド
○ザフライングダッチマン(1849年ダービー、セントレジャー優勝馬 6歳)
●ヴォルティジュール(1850年ダービー、セントレジャー優勝馬 5歳)
着差:1馬身
1920年10月12日 アメリカ ケニルワースパーク競馬場 距離10f 85,000ドル
○マンノウォー(「ビッグレッド」、21戦20勝の米国の至宝)
●サーバートン(米国の初代三冠馬)
着差:6馬身
1923年10月20日 アメリカ ベルモントパーク競馬場 距離12f 85,000ドル
○ゼヴ(1923年ケンタッキーダービー優勝馬)
●パパイラス(1923年ダービー優勝馬)
着差:5馬身
1938年11月1日 アメリカ ピムリコ競馬場 距離9.5f 15,000ドル
「世紀の対決」と呼ばれた、西海岸と東海岸それぞれの最強馬による対決。このマッチレースの模様は映画「シービスケット」の中でも描かれている。
○シービスケット(無冠)
●ウォーアドミラル(米国の4頭目の三冠馬)
着差:4馬身
1942年9月19日 アメリカ ナラガンセットパーク競馬場 距離9.5f 25,000ドル
○アルサブ(1942年プリークネスステークス優勝馬 4歳)
●ワーラウェイ(米国の5頭目の三冠馬)
着差:ハナ差
1947年9月27日 アメリカ ベルモントパーク競馬場 距離10f 100,000ドル
○アームド(無冠)
●アソールト(米国の7頭目の三冠馬)
着差:4/5馬身
1956年8月31日 アメリカ ワシントンパーク競馬場 距離10f 100,000ドル
○ナシュア(東海岸の王者)
●スワップス(西海岸の王者)
着差:6馬身1/2
1972年6月17日 アメリカ ハリウッドパーク競馬場 距離9f 250,000ドル
○コンヴィニアンス(5歳牝馬)
●タイプキャスト(7歳牝馬、天皇賞優勝馬プリテイキャストの母)
着差:アタマ差
1974年7月20日 アメリカ ハリウッドパーク競馬場 距離10f 350,000ドル
○クリスエヴァート
●ミスマスケット
着差:50馬身
1975年7月6日 アメリカ ベルモントパーク競馬場 距離10f 225,000ドル
○フーリッシュプレジャー(1975年ケンタッキーダービー優勝馬)
●ラフィアン(1975年ニューヨーク牝馬三冠馬、無敗)
着差:無し(ラフィアンが競走中止したため)
2001年3月18日 アメリカ フリーホールド競馬場 距離4f
89連敗中の人気馬ジッピーチッピー(サラブレッド)とスタンダードブレッドの非公式戦
パディーズレディーは速歩(ペース)のうえ繋駕車を引く、ジッピーチッピーは20馬身後方からのスタート
○ジッピーチッピー(対サラ100戦0勝の人気馬)
●パディーズレディー(繋駕速歩競走用競走馬)
着差:クビ差
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放牧(ほうぼく)とは、家畜を管理下に置きつつ放し飼いにすること。ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、トナカイなどが放牧される。
人類が牧畜を始めてから、家畜の成長を図るために行われてきた古き行為の一つ。無秩序で過剰な放牧が災いし森林破壊や砂漠化の引き金になる場合もある。
牧畜を行っている農家の敷地内ばかりでなく、地域で共同管理している広大な放牧地等に大量の家畜を長期間放牧する形態を採る放牧も多い。
競走馬の放牧
競走馬を牧場に送り込み休養させることをいう。あくまでも、牧場の敷地内で休養させることなので本来の放し飼いという意味とは違う。
多くの場合、放牧は競走馬が故障を発症した際に行われる。また、一流の競走馬については厳寒期・厳冬期においてレース出走を避け、リフレッシュ休養のために放牧されることが多い。
近年ではレースとレースの間に、競走馬を管理する厩舎近辺の牧場に短期間放牧するケース(短期放牧)も多くみられる。
また、放牧への輸送の際の馬運車の費用は馬主の負担となる。
昼夜放牧(ちゅうやほうぼく)
競走馬用に生産された若い馬を夜間屋外で飼育することによって鍛錬することをいう。具体的には午後屋内で餌を与えた後、翌朝まで屋外に放つ。
牛の放牧形態の一つ。文字通り、牛を昼間も夜間も放牧地に出し草を食べさせる(採食)。搾乳牛(乳牛のうち、乳を搾っている牛)は搾乳時は牛舎へ誘導し、必要に応じて補助飼料(穀類や貯蔵粗飼料)を給餌する。近年、放牧地での新たな採食量の推定方法が検討されている。
林間放牧
森林を経営する上で、幼齢木の森林の下草刈りを軽減するために放牧する行為。家畜の排泄物が肥料になるため一石二鳥となる。主に平坦な森林が多い欧州の森林で行われているが、日本でも傾斜地にウシの放牧を試みている農家もいる。
フリーレインジ
フリーレインジ(英語:Free range)とは、養豚や養鶏で家畜を管理下に置きつつ放し飼いにすること。平飼いとも呼ばれ、家畜舎内、又は屋外において、家畜が床面(地面)を自由に運動できるようにして飼育する方法。
法令で定められている国もあり、家畜の発育や健康の度合い、食肉の味が良くなるという利点もあるが、低密度な飼育から、その分生産コストもあがり、市場では高値になるといった欠点もある。
主な放牧場
宇治田原優駿ステーブル
瀬口レーシングステーブル
宮崎ステーブル
関連項目 [編集]
遊牧民
カウボーイ
電気柵(主にウシ)
放牧病
地鶏
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ペーパーオーナーゲーム(Paper Owner Game、POG)はゲームの一種である。
ペーパーオーナーゲーム概要
競走馬を参加者が仮想馬主として選択し、その競走成績によって得られた賞金などをポイントに置き換えて競うゲームである。
実際に競走馬を所有するわけではなく、架空の(仲間内の書類のみの)馬主として参加するのでペーパーオーナーと言われる。参加者が馬主気分を楽しむことができ、職場の同僚や学校の同級生など限られたサークルで行われることが多い。
1960〜1970年代に米国で生まれたファンタジーフットボールやファンタジーベースボール(en:Fantasy sport参照)の競馬版とも言うべきもので、一説によると発祥は関西のトラックマン間で行われた余興にあると言われ、歴史自体はかなり古い。1995年ごろから競馬ライターの須田鷹雄を始めとする愛好家らの手によって基本的なルールが提唱され、一般に普及した。
ペーパーオーナーゲーム一般的なルール
適切な人数の参加者(5〜20人)がそれぞれの所有希望馬を選択(通常は10頭)し、所有馬の成績に応じたポイントによって参加者間の順位を決する。ポイントは、レースの格と着順に対応した独自のものが採用されることも多いが、計算が簡単なのは所有馬の総収得賞金をそのまま利用する方法である。
ポイントの集計期間は、中央競馬を対象とした場合、2歳馬の新馬戦開始時から翌年の東京優駿(日本ダービー)終了までとするものが最も一般的である。
ただこの辺りは参加者の間の取り決めによって流動的であり、菊花賞・秋華賞およびそのトライアルレースを対象に含めるとするものや、3歳の年末までのすべてのレースを対象とするものも少なくないが、古馬は対象に含めないことがほとんどである。
また対象レースを中央競馬のみとするか、地方競馬や海外のレースを含めるかといった点についても、事前に参加者による協議の上で決められる。
競走馬の選択方法についてはドラフト制(プロ野球のドラフト会議に基づく)と呼ばれる形式で行われるケースがほとんどである。ほかの参加者が選択した競走馬を下位の指名順で選択することはできない。また同位の順で指名馬が重複した場合、くじ引きで決定されるか、ウェーバー方式に従うことが多い。
馬の能力に見合った指名順を決定する戦略眼、くじ引きで希望馬を引き寄せる運、下位指名で話題にならなくとも走る馬を見出す相馬眼が要求される。
ゲームの期間が多くの場合日本ダービーまで、最長でも3歳終了時であることから、タマモクロスのように古馬になってから頭角を現すような馬を指名してもほとんど意味がなく、早熟性の高い馬やダービーまでになるべくレースに出走させるタイプの厩舎を優先させた方が好成績を収めやすいなど、馬の能力以外の部分でのドラフト戦略も重要となる。
大規模なペーパーオーナーゲーム
競馬専門誌などの企業が主催する大規模なペーパーオーナーゲームも存在する。一般的なペーパーオーナーゲームと異なり、他の参加者と重複して競走馬の指名を行うことが可能である。
ホッカイドウ競馬では、競馬主催者公認のペーパーオーナーゲームともいえる「サポーターズクラブ」が2001年度から2009年度まで実施されていた。
この制度に登録されたコスモバルクの活躍で会員希望の問い合わせが全国から殺到し、2005年度以降はホッカイドウ競馬所属の2・3歳馬だけでなく、各地の地方競馬所属の競走馬もこの制度に登録された。
2003年から2004年にかけては、中央競馬の主催者である日本中央競馬会 (JRA)も「さんまのマイホースクラブ」と銘打ったペーパーオーナーゲームを開催したことがある。マイホースクラブのルールは一般的なペーパーオーナーゲームとは異なり、古馬、3歳馬、2歳馬を5頭ずつ選択し、計15頭が1年間に獲得した賞金額がポイントに換算され、獲得ポイント数に応じて賞品が授与されるというものであった。
ペーパーオーナーゲーム関連書籍
毎年春から夏にかけて、ペーパーオーナーゲーム愛好家を対象に多くの競馬雑誌において特集記事が組まれるほか、素質馬の情報を掲載した書籍も多数出版される。
POGの達人
最強のPOG青本
丸ごとPOG
競馬王のPOG本
ペーパーオーナーゲーム成績集計ツール
仲間内でペーパーオーナーゲームを実施する場合、通常は中心メンバーが幹事となって集計を実施するが、指名馬の獲得賞金を計算する作業は困難を伴う。インターネット上にはペーパーオーナーゲーム参加者の指名馬を登録すると自動的に獲得賞金を集計し、メンバーの順位付けも行ってくれるツールを提供するサイトが幾つかあり、有料のツールも存在する。
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斃死(へいし)とは、行き倒れて死亡したり、野垂れ死をしたりすること。
人に対しては斃死するという表現はほとんど使用されず、動物が突然死ぬことを指す事が多い。
競馬の世界では、レース中の競走馬が骨折、脱臼などにより予後不良となり安楽死処分となることとは異なり、心臓発作や感染症等により突然死亡することを指す。また、ペットや養殖において魚が感染症などで死亡する場合もよく使用される。
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ブルードメアサイアー(Brood Mare Sire)とは、競走馬の母馬の父馬、人間でいう母方の祖父にあたる馬のこと。
ブルードメアサイアー解説
「ブルードメア」は繁殖牝馬を意味し、「サイアー」は種牡馬を意味する。「母の父」ともいう。また頭文字をとってBMSと略されることも多い。
競走馬生産者の間では、父馬、母馬のほかにブルードメアサイアーの能力も競走馬の能力に影響を及ぼすとされ、ブルードメアサイアーとしての勝利回数、入着賞金額を集計したランキングも存在する。
日本における優秀なブルードメアサイアーとしては古くはトウルヌソル、ヒンドスタン、近年ではノーザンテースト、マルゼンスキー、トウショウボーイ、トニービン、サンデーサイレンスなどが挙げられる。
歴代リーディングブルードメアサイアー
サラブレッド系
年 日本
1990年 ノーザンテースト
1991年 ノーザンテースト
1992年 ノーザンテースト
1993年 ノーザンテースト
1994年 ノーザンテースト
1995年 ノーザンテースト
1996年 ノーザンテースト
1997年 ノーザンテースト
1998年 ノーザンテースト
1999年 ノーザンテースト
2000年 ノーザンテースト
2001年 ノーザンテースト
2002年 ノーザンテースト
2003年 ノーザンテースト
2004年 ノーザンテースト
2005年 ノーザンテースト
2006年 ノーザンテースト
2007年 サンデーサイレンス
2008年 サンデーサイレンス
2009年 サンデーサイレンス
2010年 サンデーサイレンス
※中央競馬のみの集計では1990年はファバージ、2006年はサンデーサイレンス。
ブルードメアサイアー関連項目
種牡馬
繁殖牝馬
リーディングサイアー
隔世遺伝
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ブリティッシュ・ハーフブレッド(British Half-Bred)、イギリス半血馬血統( – はんけつばけっとう)とは初期のジェネラルスタッドブックに載っていないイギリスの牝馬から派生したファミリーラインを持つ馬、またサラブレッド系種とされながらサラブレッドと同等かそれ以上の成績を残し1969年にサラブレッドと認められた牝系のことである。
「B1」、「B2」もしくは「B-1」、「B-2」のように表す。
ブリティッシュ・ハーフブレッド歴史
1914年、F.M.プライアーによってブリティッシュ・ハーフブレッドを含むサラブレッド系種の系図がまとめられた『ハーフブレッドスタッドブック(H.B.Stud Book)』の第1版が出版された。
また1922年にアメリカンブレッド(アメリカンナンバー、A+数字またはa+数字)やコロニアルブレッド(コロニアルナンバー、C+数字またはc+数字)を含む第2版が出版され、ハーフブレッドスタッドブックは第8版まで出版された。
1953年にカジミエシュ・ボビンスキーとステファン・ザモイスキーが編纂した『ファミリーテーブル(Family Tables of Racehorses)』で初めてB+数字の現在の名称が使われた。1969年にジェネラルスタッドブックでのサラブレッドの定義が変わり、それまでサラブレッド系種とされてきたブリティッシュ・ハーフブレッドもサラブレッドとして認められた。
ブリティッシュ・ハーフブレッド傾向
ブリティッシュ・ハーフブレッドは障害競走に強い競走馬が多く、何頭ものグランドナショナルチャンピオンを輩出している。
また特に平地競走で成功した牝系はペリオン・メア(Perion Mare)からなるB3号族であり、2009年の東京優駿を制したロジユニヴァース、ヨーロッパ3歳牝馬マイル三冠馬のAttraction、ジュライカップなどを制し後に種牡馬として日本に輸入されたソーブレスドもこの牝系に含まれる。
ブリティッシュ・ハーフブレッド基礎牝馬
F-No. 基礎牝馬 代表的な馬
B1 Roseden Mare(生年不詳) Shogun、Prospector
B2 Maggie Lauder(生年不詳) Goldseeker、King Crow
B3 Perion Mare(1837年) Attraction、ロジユニヴァース
B4 Piersfield Mare(生年不詳) Soloptic、Solerina
B5 Mayflower’s Dam(生年不詳) Doefoot、Fetlar’s Pride
B6 Modesty(1827年) The Colonel、Royal George
B7 Priam Mare(1836年) Mrs.Taft、New Oswestry
B8 Nike’s Dam(生年不詳) Marlborough Buck、Elcot
B9 My Lady(1820年) Caurouch
B10 Petworth Mare(生年不詳) Mr.Sykes、Petra
B11 Robin Hood Mare(生年不詳) Bohernore、The Kiwi
B12 Polly(生年不詳) Inveresk
B13 Judy Callaghan(1835年) Intrepid、The Monk
B14 Jupiter Mare(生年不詳) Lottery
B15 Maid of All Work(生年不詳) St.Galmier、Zoedone
B16 Lightfoot(1848年) Gamecock
B17 Oak Leaf(1860年) Ilex、Roman Oak
B18 Warlike Mare(生年不詳) Rufus、Wild Man from Borneo
B19 Wings(生年不詳) Grudon、Lucky Dome
B20 Old Malicious Mare(生年不詳) Red Marauder、Tiberetta
B21 Polly Murphy(生年不詳) Kirkland、Kirko
B22 Brown Bess(1872年) Reynoldstown、Tamasha
B23 Extra Number(1860年) Golden Fringe
B24 Certe(生年不詳) Chit Chat、Small Talk
B25 Alfred Mare(生年不詳) Snowstorm、The Lawyer
B26 Lady Lena(1892年) Music Hall
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負担重量(ふたんじゅうりょう)とは、競馬の競走において、競走馬が負担しなければならない重量のことである。
日本においては、昔、斤(きん)という尺貫法の単位で重さを定めていたことから斤量(きんりょう)とも呼ばれる(由来は、かつて負担重量の単位に英斤(ポンド)が用いられていたため)。
また、カンカンともいう。現在日本ではキログラムが単位として用いられる。アメリカなどではヤード・ポンド法のポンドやストーンが単位に用いられる。
負担重量概要
平地競走および障害競走では、騎手自身の体重と騎手が身に着けている勝負服やプロテクター・鞍など所定の馬具をあわせた重量を指す。
この際ヘルメットや鞭、番号ゼッケン、ゴーグルなどは含まない。なお一般に発表される負担重量は実際に計量した重量とは異なる場合があり、中央競馬の場合「保護ベストの標準的な重量に相当する分として0.5キログラムを減じた重量」となっている[1]。
負担重量に満たない場合は鉛などの重りを体に装着するか鞍に入れて調整する。逆に負担重量を所定以上超過した場合(中央競馬の場合は2kg以上[2])は騎乗できず、強制的に乗り替わりとなる。なお中央競馬では、負担重量の超過が所定範囲以内の場合は裁決委員の許可を得ることでそのまま騎乗が可能だが、これを複数回繰り返すと騎乗停止となる場合がある(詳しくは騎乗停止#体重調整を参照)。
ばんえい競走では、騎手の重量が一律に規定(75キログラム、冬季は77キログラム)されており、ソリに積載する重量物の重さ(470-1000kg)が負担重量となる(詳細は当該記事を参照)。
負担重量の遵守
競走中、定められた負担重量となっているかを検査するために、競走前に前検量、競走終了直後に後検量を行う。前検量については競走と競走の間の時間が短いため、競走当日の所定の時刻前に前検量を行うことができる。前検量を済ませた鞍を競走馬につける際には不正がないように係員のいる装鞍所でないとつけることができない。
後検量は上位入線馬(中央競馬の場合7着以内[3]。ただし写真判定で7着になる可能性のある馬が複数ある場合はその可能性のある馬のすべてが対象[4])ならびに上位人気馬に対して行われる。
後検量を受ける騎手は原則としてレースで騎乗した馬に騎乗したまま検量所に向かわなければならない[5]。検量が終了して定められた負担重量となっていることが確認されないと競走は確定されない(ただし騎手が怪我を負った場合など、検量が困難な場合は省略されることもある[6])。負担重量が遵守できなければ騎手は騎乗停止となる。
降雨などにより衣類に雨を吸い込み重くなってしまったなど、裁決委員がやむを得ないと判断した場合を除き、前検量と後検量の差が-1キログラムを超えると失格となる[7]。この場合入線してしばらくしてから審議のランプがつくこととなる。
また-1キログラムに満たない範囲でも、検量結果に不自然な増減が見られた場合には過怠金の対象となることがある[8]。なおJRAでは2011年1月1日以降は、不利な条件下で達成された成績は尊重されるべきという観点から、斤量の増加については失格裁定の対象から外され、1キログラムを超える減少のみが失格となるように改正された。
この規定は同年4月1日以降地方競馬およびばんえい競馬にも適用されるようになった[9]。ただしばんえい競馬の場合は12キログラムを超える減少で失格となる。
負担重量の決め方
負担重量の決め方は大きく分けて二つ存在する。
一つは、全ての出走馬を同一の条件下に置いて、最も強い競走馬を決めようという方法であり、競走馬の年齢、および性別だけで負担重量を決める。馬齢重量戦(馬齢戦と略される)や定量戦がこの方法に含まれる。
一方で、出走メンバーをある程度多様にするために、出走馬全てに勝利できる可能性を均等に与えるべく、強い馬と弱い馬の間にハンデキャップを設ける方法もある。現在の競馬においては負担重量を変更することによってハンデキャップをつける。別定戦もしくはハンデキャップ競走はこの方法に含まれる。
なお、かつては競走馬の体高に基づいて負担重量が定められることもあった。
また、地方競馬では「規定」(ホッカイドウ競馬)、「年定」、「別規」(福山競馬場)などの負担重量の競走がある。
負担重量馬齢重量戦
馬齢重量戦(馬齢戦とも略される)とは、過去に勝ったレースの格などに関わらず、馬齢重量表に従って馬の性別と年齢のみで負担重量が決定される競走のことである。定量戦との違いは、定量戦は競走毎に負担斤量を決定するのに対して、馬齢戦は全ての競走に同一の基準で負担重量を決定することにある。
現在の中央競馬においては馬齢重量表は2歳と3歳の分しか定められておらず、4歳以上の馬を含めた古馬の競走は全て馬齢戦以外(主に定量戦)で行われている。これは3歳以上ならびに4歳以上の競走において、3歳(年明けの4歳)と4歳以上(同、5歳以上)が距離区分に応じて同一時期でも負担重量の差が変更される措置を導入したことによるものである。
中央競馬における負担重量馬齢重量表
年齢 2歳 3歳
1-9月 10-12月 1-9月 10-12月
負担重量 牡・騸 54kg 55kg 56kg 57kg
牝 54kg 54kg 54kg 55kg
負担重量セックスアローワンス
一般的に牡馬と牝馬の間には能力差があるため、それを補うために性別によってつける負担重量差のことをセックスアローワンスという。
19世紀のはじめにイギリスのジョッキークラブの公式ハンデキャッパーであったヘンリー・ラウスが考案した。ただし、セックスアローワンスで認められる重量差は国やレース内容によってさまざまであり、一律の値ではない。日本では中央競馬も地方競馬もほぼ同一で、牝馬は2歳10月~2歳12月までは1キログラム、3歳以降2キログラムの減量が認められる。
負担重量北半球産、南半球産のアローワンス
ウマの発情期が、北半球にいるウマと南半球にいるウマで半年のズレがあるため、出産時期も北半球にいるウマと南半球にいるウマでは半年ズレてくる。
従って、ウマの成長にも半年のズレがあるため、北半球産馬と南半球産馬の間に負担重量の差をつける。日本の中央競馬の平地競走においては、南半球産で7月1日以降に出生した競走馬は北半球産馬よりも減量される。このアローワンスは馬齢戦のほか、定量戦、別定戦でも適用される。障害競走においては産地によるアローワンスは認められない。
定量戦
定量戦とは、馬の性別や年齢のみで負担重量が決まる競走のことである。ただし、馬齢重量表に従って決定される競走は馬齢戦と呼ばれ、定量戦とは呼ばれない。馬齢戦とは異なる重量体系で行われることから、別定重量戦の一種とされる。
競走毎に負担重量を決める事が可能であり、特定の年齢(大体は2歳、3歳)において大きな減量を行うなどの優遇策をとり出走を促すこともできる。優勝劣敗の原則に沿いつつ、(馬齢戦に比べて)競走ごとの個性を出すことが可能なため、日本やヨーロッパのほとんどのグレードワン・グループワン競走が定量戦であるが、アメリカやオーストラリアなどにはハンデキャップのグレードワン競走もある。
別定戦
別定戦(別定重量戦とも言われる)は、馬の性別と年齢で定められる基準重量に、その馬の獲得した賞金(競走によって収得賞金、番組賞金、総獲得賞金など用いられる値が異なる。
収得賞金などの用語は日本の競馬の競走体系を参照)の額、過去に勝利した競走のグレードなどによって重量が加算され、負担重量が決定される競走のことである。加算が全競走馬にも行われないとされる競走は定量戦と呼ばれる。
セックスアローワンス、産地によるアローワンスは馬齢重量戦とほぼ同一で、3歳以上の競走では牝馬は牡馬の基準重量から2kg減で計算される。計算上では著しく重い負担重量も想定されるが(特に獲得賞金によって加算重量が決定される場合)、実際には60kgを越える斤量で出走に踏み切ることは希である。
ハンデキャップ競走との違いは、ハンデキャップ競走が出走メンバーの相対的な能力により主観的に負担重量が決定されるのに対し、賞金や勝ち鞍といった客観的な要素によって負担重量が決定されるところにある。
ハンデキャップ戦
斤量が馬に与える影響
フランスの凱旋門賞では4歳以上牡馬に59.5kgを背負わせて走らせることになっており、前哨戦で好成績をあげたのにもかかわらず、連覇に臨む馬が惨敗することが多い。
ただし、イギリスの短距離GIであるナンソープステークスは4歳以上牡騸馬の斤量が62kgとなっているなど、凱旋門賞が特別な重量であるとはいえない。
斤量が与える影響に関しては、凱旋門賞が行われる高低差の激しいロンシャン競馬場とナンソープステークスが行われる平坦なヨーク競馬場の違いもあり、コース設計やレース距離が影響している可能性もある。
実際、凱旋門賞はフランスで時期、距離区分によって決定された馬齢重量に従い、他のレースと同じく3歳と4歳以上は3.5kgの斤量差があるが、凱旋門賞だけは顕著に3歳が有利になっている。ロンシャン競馬場で凱旋門賞と同日に行われるアベイ・ド・ロンシャン賞は古馬、3歳共に62kgである。
また、斤量差は日本のような走りやすい軽い芝よりも、欧州のように力のいる重い芝の方がより顕著に出るといわれていて、日本の競馬では重馬場の時に斤量の軽い方がより有利になるといわれている。
アメリカのダート競走はハンデキャップ競走を除けば日本同様58kg以上の斤量を背負ってGI競走を走ることはまれであり、こちらは日本の競馬に近いと言える。一方で、欧州は全般的に60kg以上を背負うことも多い。
日本では馬によっては59kgのハンデを苦にせずGI競走の前哨戦で背負いながらも勝つことも多く、実際のところは馬の能力によって左右される。ただし、日本では60kg以上の斤量で出走させることは稀である。
特に、ハンデキャップ競走で66.5kgの斤量を背負ってレース中に故障したテンポイントの事故以降、極端に重い斤量を嫌う傾向が顕著となっている。ただし、科学的に斤量の差がどのくらい馬に負担をかけるのかは解明されていない。
障害競走では道中あまりにスピードを出しすぎると飛越の際に危険を伴うので日本では60kg程度の斤量となることが多い。日本以外では国により異なるがより重い斤量となっており、イギリスのGIのチェルトナムゴールドカップでは6歳以上牡騸馬は74.5kgと定められている。
負担重量脚注
^ 日本中央競馬会競馬施行規程・第99条
^ 日本中央競馬会競馬施行規程・第100条
^ 日本中央競馬会競馬施行規程・第120条
^ 藤田伸二「競馬番長のぶっちゃけ話」(2009年 宝島社)
^ 日本中央競馬会競馬施行規程・第120条2項
^ 日本中央競馬会競馬施行規程・第120条4項
^ 日本中央競馬会競馬施行規程・第123条2項
^ 例として「重量オーバー ペリエに過怠金3万円」(競馬ネットmagazine・1998年12月1日号)を参照。また岡部幸雄も2001年の京王杯スプリングカップでスティンガーに騎乗した際、同理由で過怠金の対象となったことがある。
^ 地方競馬全国協会サイト「競走ルールの変更について」
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無事之名馬(ぶじこれめいば)とは、競走馬を指して「能力が多少劣っていても、怪我なく無事に走り続ける馬こそが名馬である」とする考え方を表した格言である。
馬主でもあった作家・菊池寛による造語と有名だが、実際は時事新報の岡田光一郎によるものである。岡田はまた菊池の『競馬読本』の代筆も行っている。
菊池が競馬関係者から書を求められた際に、『臨済録』にある「無事是貴人(ぶじこれきにん)」に想を得て色紙に書いていたのが言葉の始まりとされた。「無事是貴人」とは、本来「自然体の内に悟りを啓く者が貴人」という意味の禅語で、茶道において一年の無病息災を寿ぐ言葉として転用された。
菊池は馬主としての経験から「樂しみを覚へる割合ひに較べれば、心配や憂鬱を味はふ時の方が多い。馬を持っていることの樂しみが二、三割だとすれば、心配や憂鬱の率はまづ七、八割にも及ぶであらう。それも、大部分は馬の故障から来るものだ」と語り、「馬主にとつては、少しぐらゐ素質の秀でてゐるといふことよりも、常に無事であつてくれることが望ましい。
『無事之名馬』の所以である」としている。この考えは馬主のみならず多くの競馬関係者の共感を呼び、以後「無事之名馬」は頑健に走る馬を賞賛する言葉として使用されている。
参考文献 [編集]
『優駿』1968年12月号(日本中央競馬会)「優駿300号に想う」
『優駿』2002年4月号(日本中央競馬会)「『優駿』に見る日本の競馬60年 – 菊池寛『無事之名馬』」
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ファミリーナンバー(Family Number)とは、サラブレッドの分類方法の1つ。それぞれ属する牝系ごとに1から74号などの番号が付けられており、同じファミリーナンバーに属する馬なら全て同じ基礎牝馬に遡ることができる。
例えばディープインパクト(2号族のf分枝)とノーザンダンサー(2号族のd分枝)はどちらも20-30代遡れば17世紀のバートンバルブメア(Burton Barb Mare)と呼ばれる一頭の牝馬にたどり着く。
ウィキペディアでは今のところファミリーナンバーを競走馬の血統表の右下に記している。例えばナリタブライアンの血統表の右下にF-No.13-aと記されているが、これは13号族のa分枝という意味である。スペースの関係からF.13a等のように表記している箇所もある。
ファミリーナンバー歴史
1895年、オーストラリアのブルース・ロウ(Bruce Lowe)は著書『フィギュアシステムによる競走馬の生産』の中で、当時のサラブレッドをイギリスのジェネラルスタッドブックの1巻に記載されている牝馬(ロイヤルメア)まで母方を遡り、イギリスの根幹競走であるエプソムダービーとセントレジャーステークスとオークスの優勝馬の数が多い系統順に並べ、多いものから1~43号の番号(フィギュア)をつけた。
そして特に優れた競走馬が多く属する系統として1~5号を競走族、優れた種牡馬が多く属する3・8・11・12・14族を種牡馬族と呼び、必ずしも競走能力の優秀さと種牡馬能力の優秀さが相関関係にないことを明らかにした。
1953年に、ポーランド人のカジミエシュ・ボビンスキー(Kaziemierz Bobinski)がこのファミリーナンバーに基づいて過去からそれまでのすべての系統を網羅した『ファミリーテーブル』を著し、世界中の主要競走の優勝馬の血統と主な成績を牝系別に示した。彼とその後の研究により、ファミリーナンバーは2006年3月時点で74号までが確認されているが、公式に認められているのは51号まで。1745年生まれのセリマのように、その後の研究によって別のファミリーに属するとしてファミリーナンバーが変更になったものもある。
ボビンスキーは1~23号の子孫はあまりにも増えたため、アルファベットをつけて細分化し、1号族はaからwまでに分けた。qとvは欠番となっている。これらを通常「1-a」、「1-b」、「1-c」のように表す。現在は、通常これらの系統が分岐する牝馬の名をつけて呼称し、もともとの1号族まで遡って系統をひとくくりにすることは稀である。
たとえば14号族は14-aから14-fまでに分かれ、このうち14-cは1901年生まれのプリティーポリーを祖とすることから「プリティーポリー系」と呼ぶ。またこの子孫も分化が進んでいることから、「ノーザンテーストの母レディヴィクトリアは、プリティーポリー系(14-c族)の分岐の一つで、シスターサラを経てモリーデスモンドに遡る系統」などと表現する。アメリカでは、ボビンスキー以降に繁栄して拡大した牝系にアルファベットを追加して付与することも検討されているが(具体的にはラトロワンヌの系統を1-xとすること)、ファミリーテーブルの第4版ではこの追加はなされていない。
アメリカでは南北戦争の混乱期に血統書が失われたりしてジェネラルスタッドブックに遡ることができない系統もあり、アメリカ独自のアメリカンスタッドブックを元に分類されている。これらの系統はアメリカンナンバーとしてAをつけて表し、A1からA37までが公式に認められている。そのほかA38、A39、a40からa79までが未公認の系統として存在する。なお、A4ファミリーはこれらの牝系の中で最も成功しているが、実は21号族の牝馬に遡るというのが有力な説となっている。
オーストラリアとニュージーランドではアメリカ同様にジェネラルスタッドブックに遡れない系統はコロニアルナンバーとしてCをつけて表し、C1からC35が公式に認められている。そのほかc36からc72までが未公認の系統として存在する。
このほか、イギリスの半血馬の血統書に遡るB1からB26(ブリティッシュ・ハーフブレッド)、アルゼンチンのAr1、Ar2、ポーランドのP1、P2、ウルグアイのUr1の系統が公式に存在する。日本にも濠サラの子孫などの独自の系統が存在するが、国際的に公式な系統として認められていないため、番号による分類はされていない。これらの系統は国際血統書委員会(International Stud Book Committee)が管理をしている。
ファミリーナンバー意味
ブルース・ロウが創出した競走族や種牡馬族といった概念は、現在ではほとんど重要視されない(競走族の2号族からノーザンダンサーなどの大種牡馬が出現したり、2号族(競走族)と8号族(種牡馬族)のミトコンドリアDNA (mtDNA) が同じだったりする)。
また、彼の分類によれば、ファミリーナンバーの少ないほど優れた競走能力を示すサラブレッドが多く、43号族が最も劣ることになるが、理論の発表から100年以上もたった現在ではファミリーナンバーの少なさと競走能力の相関関係はほとんど重要視されない。現在では勢力順位の入れ替わりも見られ、ブルース・ロウ当時の勢力(頭数ベース)は2号族>3号族>1号族(クラシック勝利数ベースだと1号族>2号族>3号族)であったが、1995年現在、1号族>9号族>4号族となっている(1号族はここ250年ほどに渡って常に拡大傾向にあり、全サラブレッドに占める割合は20%に近づきつつある)。
一方で、細胞質は母から子へのみ伝わることが明らかになると、「持久力の原動力はミトコンドリアをはじめとする細胞質である」として、ファミリーを重要視する者もいる。サラブレッドを含むイエウマ (Equus caballus) のゲノムは、31対の常染色体とX染色体、Y染色体、mtDNAの、計約2.7GbpのDNAより構成されるが、この内mtDNA (16.7kbp) が母系に付随して継承されることが分かっている。
mtDNA上には核遺伝子(ゲノムサイズ約2.7Gbp、ORF約2.1万(解析途中の概算))に比べると非常に小さいものの、その環状DNA中にはATP合成に関わる13種のタンパク質、それらタンパク質の合成に関与する24種の非コードRNAが含まれており、実際にこれらのハプロタイプが能力に影響するかもしれないとする研究例もある。ただし20-35%程度の割合で系図に誤りが見つかっていることから、ハプロタイプ=ファミリーナンバーがそのまま適用できるわけではないという問題がある。
いずれにせよ、ファミリーナンバーはサラブレッドを整理分類する上で非常に便利なため、広く普及している。
ファミリーナンバー関連項目
競走馬の血統
参考文献
サラブレッド血統センター(編) 『競走馬ファミリーテーブル第4巻(Family Tables of Racinghorses Vol.Ⅳ)』 日本中央競馬会・社団法人日本軽種馬協会、2003年。
Harrison SP, Turrion-Gomez JL. (2006). “Mitochondrial DNA: an important female contribution to thoroughbred racehorse performance”. Mitochondrion 6: 53–63. PMID 16516561.
Hill EW, Bradley DG, Al-Barody M, Ertugrul O, Splan RK, Zakharov I, Cunningham EP (2002). “History and integrity of thoroughbred dam lines revealed in equine mtDNA variation”. Animal Genetics 33: 287–294. PMID 12139508.
Cunningham EP, Dooley JJ, Splan RK, Bradley DG (2001). “Microsatellite diversity, pedigree relatedness and the contributions of founder lineages to thoroughbred horses”. Animal Genetics 32: 360–364. PMID 11736806.
Xu X, Arnason U (1994). “The complete mitochondrial DNA sequence of the horse, Equus caballus: extensive heteroplasmy of the control region”. Gene 148: 357–62. PMID 7958969.
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