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ヒートレース

ヒートレース(Heat Race)とは競馬において、同一の組み合わせの競走馬によって複数回の競走を行うことによって優勝馬を決定する方式の競走である。18世紀以前の競馬ではこの形態の競走が主流だったが徐々に廃れていき、19世紀にジョッキークラブが禁止措置をとるとほとんど行われなくなった。現在は、東南アジアの一部の国でこの形態の競馬が行われている。

1回のレースを1ヒートと呼び、ある馬が2回ないし3回優勝するまで続けてヒートが行われた。なお着差が僅差であった場合には同着とされ、当該ヒートは無効とされた。これをデッドヒート(Dead heat)という。デッドヒートは同着、無効試合の意で他の形態の競馬やそのほかの競技でも使われ後に日本では死戦、接戦と訳された。しかし、本来は同着の意でありいずれも誤訳である。

ピッチ走法

ピッチ走法(ピッチそうほう)とは、長距離走で、歩幅をせまくし、脚の回転を速くする走法。 負担が少ないと言われ、日本ではこの走法が主流。厳格にストライド走法と区別の出来ない選手も多い。

なお、競馬の世界においても、歩幅が狭く足の回転の速い走りをする馬についてピッチ走法であると言われる。一般には、ピッチ走法の馬はダートコース・小回りコース・短距離に強いと言われる。

ピッチ走法を使う選手

高橋尚子
瀬古利彦
マイケル・ジョンソン

ピッチ走法の競走馬

アストンマーチャン
ブロードアピール
ドリームジャーニー

関連項目

ストライド走法
フラット走法
ナンバ走り

ハロン (単位)

ハロン(furlong、ファーロングとも)は、ヤード・ポンド法における距離(長さ)の単位である。

定義は時代によって異なるが、現在は1ハロン = 220ヤード = 660フィートとなっている。1ヤードが0.9144メートルと定義されているので、1ハロンは201.168メートルとなる。

また、10チェーン(chain) = 1ハロン、8ハロン = 1マイル(mile)である。

furlongは、古英語のfurh(プラウで犂く)とlang(長い)に由来する。元々は、馬を使ってプラウ耕をする際の一工程の長さであり、馬に適度に休息を取らせながらも効率よく耕起作業が出来る畑のサイズとして定められた。1ハロン×1ロッド(1ロッドは4分の1チェーン)の面積を1ルード、1ハロン×1チェーンの面積を1エーカーという。

イギリス、アイルランド、アメリカ、カナダの競馬では距離をマイルとハロンで表記しているが、ハロンについては一般には使用されないものとなっている。イギリスでは1985年の計量法改正により公式な単位から外されている。
日本の競馬では便宜上、1ハロンを200mとして換算している。

furlong per fortnight

英語圏で冗談で使われる速さの単位にfurlong per fortnight(2週間あたり1ハロン)がある。1 furlong per fortnightはほぼ1センチメートル毎分である。それは、動いていることが肉眼でかろうじてわかる程度の速さである。
1 furlong per fortnightは以下の速度にほぼ等しい。
0.9978571428 センチメートル毎分
0.0001663095 メートル毎秒
0.0005456349 フィート毎秒
よって、時速60kmで走る車の速度は100 214.7 furlongs per fortnightということになる。

関連項目

ハロン棒

馬齢

馬齢(ばれい)とは馬の年齢のことである。

日本では生まれた時が0歳で、以後1月1日が来ると同じ年に生まれた馬は一斉に1歳加齢する。

ただし南半球の南アメリカ諸国では7月1日、オセアニア・南アフリカ共和国では8月1日、さらに香港では各馬の出生国での規則に基づく等、国や地域により加齢時期が異なる。

馬は春に繁殖期を迎え、約11ヶ月の妊娠を経て出産するためにほとんどの馬が春先に誕生することになる。

競馬

競馬においてもし満年齢表記を使用した場合、出産シーズンに開催される年齢条件のあるレースでは実年齢が一歳近く離れた馬でも同条件で走ることになりかねないためこの馬齢表記が使用される。

日本における馬齢表記

日本では、2000年まで馬の年齢を数え年を用いて表記していた。一方国際的には「0yo」(yoはyears oldの略)「1yo」「2yo」と表記するのが通例で、日本国内の表記と国際的な年齢表記と1歳ずれてしまう。このため1990年代から競走馬や種馬の国際的な取引が活発になると国内外での年齢表記の違いによる混乱を避けるため、2001年より国際的な表記に改めることになった[1]。

現在の表記方法(2001年以降)

生まれたばかりの0歳馬は「当歳(とうさい、とうざい)」、1歳以降はそのまま1歳を「1歳」、2歳を「2歳」というように表記。4歳以上の馬を総称して「古馬(こば、ふるうま)」と表現している。

また、生まれたての仔馬を「とねっこ」と呼ぶこともある(旧表記の時代も同じ)。

旧表記方法(2000年以前)

生まれたばかりの現表記の0歳馬を「当歳」と呼ぶことは現在と同じだが現表記の1歳は「2歳」、2歳は「3歳」・・・と表記。「5歳」以上の馬を総称して「古馬」と表現していた。

一般的に2000年以前の競馬に関する情報(ウィキペディア外も含む)における年齢の表現には注意が必要であり、「4歳時に日本ダービーを制した」と書いてあっても現在の3歳のことを示すことに留意されたい。

馬齢が含まれた競走名

2001年の変更

馬齢表記方法の変更に伴って2001年から競走名が改められた。主なものは以下のとおり。
馬齢表記を伴わない名称に変更

朝日杯3歳ステークス → 朝日杯フューチュリティステークス(フューチュリティは2歳馬による競走を表す)
阪神3歳牝馬ステークス → 阪神ジュベナイルフィリーズ(ジュベナイルは仔馬、フィリーは牝馬)
報知杯4歳牝馬特別 → 報知杯フィリーズレビュー
サンケイスポーツ賞4歳牝馬特別 → サンケイスポーツ賞フローラステークス
中日スポーツ賞4歳ステークス → 中日スポーツ賞ファルコンステークス
共同通信杯4歳ステークス → 共同通信杯
ニュージーランドトロフィー4歳ステークス → ニュージーランドトロフィー
馬齢表記を現在の表記に変更した競走
函館3歳ステークス → 函館2歳ステークス
新潟3歳ステークス → 新潟2歳ステークス
小倉3歳ステークス → 小倉2歳ステークス
福島3歳ステークス → 福島2歳ステークス
札幌3歳ステークス → 札幌2歳ステークス
京都3歳ステークス → 京都2歳ステークス
デイリー杯3歳ステークス → デイリー杯2歳ステークス
京王杯3歳ステークス → 京王杯2歳ステークス
東京スポーツ杯3歳ステークス → 東京スポーツ杯2歳ステークス
中京3歳ステークス → 中京2歳ステークス
ラジオたんぱ杯3歳ステークス → ラジオたんぱ杯2歳ステークス(2006年から「ラジオNIKKEI杯2歳ステークス」に変更)
全日本3歳優駿 → 全日本2歳優駿
北海道3歳優駿 → 北海道2歳優駿

2000年以前の変更

馬齢表記を伴っていた競走のうち2000年以前に名称を変更、または廃止された競走のうち主なものを以下に記す。

テレビ東京賞3歳牝馬ステークス → フェアリーステークス(1994年にスポンサーの変動により改称)
京成杯3歳ステークス → 京王杯3歳ステークス(現在は京王杯2歳ステークス。京王線の駅に近い東京競馬場で行われているため、1998年に変更)
京都4歳特別 → 1999年に廃止。2000年からは事実上、京都新聞杯に改称
府中3歳ステークス → 東京スポーツ杯3歳ステークス(現在は東京スポーツ杯2歳ステークス)
中山4歳ステークス(ラジオNIKKEI賞の旧称)
京都4歳ステークス(1回行われたのみで廃止)
3歳牝馬ステークス(同名の競走が東西に1つずつあり関東のものは上述の「フェアリーステークス」、関西のものは「ラジオたんぱ杯3歳ステークス」となった)
このほか、皐月賞や菊花賞の前身となった競走にも馬齢表記が用いられている。

外国語における馬齢の表記

英語圏ではウマの呼称が性別や年齢によって異なり、馬事文化が確立していることをうかがい知ることができる。
0歳馬
フォール(foal) – まだ母馬から離れていない仔馬
ウィリング(weanling) – 離乳後の仔馬
1歳馬
イヤリング(Yearling) – 日本馬(外国産)でもイヤリングセールで購入されることがあるので日本馬の記事でもたまに用いられる
牡馬の場合
コルト(colt) – 2,3歳
ホース(horse) – 4歳以上
スタリオン(stallion) – 種馬となった牡馬
サイアー(sire) – 父馬
牝馬の場合
フィリー(filly) – 2,3歳
メア(mare) – 4歳以上
ブルードメア(bloodmare) – 繁殖馬となった牝馬
ダム(dam) – 母馬
騸馬(去勢馬)の場合
ゲルディング(gelding)
このほか、一般に「子馬」の意味でジュベナイル(juvenile)などの呼称がある。

馬術競技における馬齢制限

競馬と違い、馬術競技においては古馬未満の若駒が国際大会に参加することはない。国際馬術連盟(FEI)の規程[2]によりオリンピック大会およびFEI世界選手権大会における馬場馬術および総合馬術の馬齢制限は8歳以上、障害飛越競技では9歳以上とされる。

その他の競技会についても、FEIの各種馬術競技規程では馬車競技のごく一部を除き[3]5歳以下の馬には参加資格が与えられていない。
また馬齢の基準日は北半球では1月1日、南半球では8月1日としている[4]。
ただし、日本馬術連盟は日本国内における馬場馬術競技会においてはFEIの馬齢制限を適用しない旨を表明している[5]。

馬齢注釈

^ 競馬用語辞典 – 日本中央競馬会公式サイト
^ FEI “General Regulations” 22nd edition, 1 Jun. 2007, article 138 Age of Horses
^ FEI “Rules for Driving Events” 9th edition, 1 Jan. 2005, article 911 Horses 1.Age CAIクラス競技会の2頭、3頭および4頭立て競技のみ5歳馬以上
^ FEI “Rules for Dressage Events” 22nd edition, 1 Jan. 2006, article 422 Conditions of Participation 3.Horses
^ 日本馬術連盟馬場馬術本部「FEI馬場馬術競技会規程第22版の一部除外について」 2006年10月11日[リンク切れ]

馬齢関連項目

テイエムオーシャン – 2001年の馬齢表記変更に伴い、JRA賞の「最優秀3歳牝馬」を2000年と2001年の2度受賞し本来2回受賞することのありえない賞を受賞している様に見える(2000年に受賞したのは現在の「最優秀2歳牝馬」である)。

早替

早替(はやがえ)とは、競馬、競艇、競輪、オートレース等の公営競技場内もしくはその周辺でにおいて、的中した投票券を買い取って手数料を得る行為、もしくはそれを行っている人を指す言葉である。単に早いの(はやいの)と呼ばれることもある。

レース直後には、たいてい払戻し窓口や払戻機が混雑することに目をつけた商売である。 客は、次レースの締め切りまでに時間のない時や、払戻休業日など、手数料を払ってでも的中券を換金したい場合に利用する。

また、的中して気分の良くなった客が「ご祝儀」として利用することも多いようである。

手数料の相場は場所により異なるが、関東のある競馬場を一例に挙げれば、オッズが10.1倍までは10円分に相当する払い戻し金を(例:400円の払戻なら390円で換金)、それ以上の場合は20円相当を取られる(例:2000円の場合は1980円で換金)。競艇でスタート事故発生により返還欠場が生じた場合などは、返還買い戻し分についてはサービス(手数料なし)としているのが通例で、競艇のフライング発生時やオートレースで競走不成立になったりすると、払い戻し窓口同様に多数の利用客が行列をなす場合がある。

なお、他の競技場の券を換金したり、払戻休業日の場合において、上記相場に比べてぼったくりと呼んでもいいほどの高額の手数料を請求する者も存在するので要注意である。

なお、早替行為自体は、ノミ屋などとは異なり法律で規制されておらず合法であり、競技場の公認の早替もいる。

早替関連

予想屋
ノミ屋
コーチ屋

馬場状態

馬場状態(ばばじょうたい)とは、競馬において、競走を行うコースの状態を示す言葉。

日本の競馬(平地・障害)においては、主催者の開催執務委員が実際にレース前(天候が悪化した場合は随時)に馬場を徒歩で調査してコースの含水量を踏まえて決定し、良(りょう)、稍重(ややおも)、重(おも)、不良(ふりょう)の4つで発表される。含水量が多い場合を道悪という。

日本以外でも馬場状態は4段階から9段階で発表される。以下にその一覧を示すが上にあるものから馬場状態が堅いことを表している。馬場状態の基準については、国・競馬場ごとに異なる。

イギリス アメリカ フランス ドイツ 香港・シンガポール 日本
堅↑

↓柔 Hard Fast sec hart Firm 良
Firm Firm tres leger fest Good to firm やや重
Good to firm Wet Fast leger gut Good 重
Good Good assez souple weich Yielding to good 不良
Good to soft Muddy souple schwer Yielding  
Soft Yielding tres souple tief Soft to yielding  
Heavy Sloppy collant Soft  
Soft lound Heavy to Soft  
profond Heavy  

なお、ばんえい競馬については独自の方式が採用されている。詳細はばんえい競走#馬場(公営競技)の項を参照。

良馬場

良馬場は馬場水分が少なく、乾燥した状態のこと。良馬場になると、硬い馬場を嫌って苦手とする馬や、苦にせず得意とする馬がいる。日本以外では、馬場の性質によって異なるが故障率が通常の馬場より高くなる傾向があり、硬い馬場になると直前回避を行うことが増える。

このため、欧州の競馬場では良馬場になると基本的に散水を行う。結果、イギリスの競馬では、平地競走においてはFirm以上、障害競走においてはGood to firm以上の硬い馬場で競走を行うことはほとんどない。

不良馬場

不良馬場の例(2003年6月18日の名古屋競馬場)
雨や雪が降り、芝・ダートが泥まみれになり水たまりなどができている状態のこと。あまりに酷い場合は「田んぼ」などと揶揄されることもある(特にダートでは用いられやすい)。不良馬場になると柔らかい馬場に対して脚を滑らすなどで苦手とする馬や、相対的に苦にせず得意とする馬もいる。

芝コースでは走破タイムが、距離やコース形態によって異なるが、数秒~1分程度遅くなり、ダートコースでもやや遅くなる傾向があるが、日本のダートコースではクッションに使用する砂が締まるため逆に早くなることもある。

天候によって競馬の開催が決まることもある。台風が接近または直撃した場合、激しい雨または雪、積雪がある場合などは競馬を開催しないこともある。積雪の場合は芝コースを閉鎖し、芝で組まれていたレースをダートに変更することもある。

不良馬場を巡る近年の事例

重賞では、1998年の共同通信杯4歳ステークスにおいて、激しい積雪により芝コースが閉鎖され、その当日全ての芝レースはダートに変更された。この共同通信杯の格付けはGIIIであったが格付けが取り消された(重賞としては扱われた)。

距離は芝1800mからダート1600mとなった。このレースの勝ち馬はデビュー3戦目のエルコンドルパサーで、本来であればこのレースが初めての芝でのレースとなる予定であったが、皮肉にも3度目のダート戦となった。これによってデビュー2戦をともにダートで圧勝した実績から、単勝120円という圧倒的支持を得た。この共同通信杯以後、ダートレースへの出走は無く、後に日本、海外含めGIを3勝した。

発馬機

発馬機(はつばき)は、競馬などの競走において使われている、全頭を一斉にスタートさせるための設備である。現在の競馬においてはほとんどの競走でゲート式のものが使われており、スターティングゲート(starting gate)、または略してゲートが発馬機の同義語として使われることも多い。

発馬機種別

競馬、特に平地競走や障害競走における発馬機にはバリヤー式・ゲート式の2種類が存在する。また、繋駕速歩競走ではモービルスターティングゲートという発馬機が多く使われている。

それらが登場する以前は旗を持ったスターターが出走馬と並び、それが振り下ろされたことを合図として発馬していた。この発馬手順は、19世紀中頃にジョッキークラブ会長であったヘンリー・ジョン・ロウスの発案によって確立されたものである[re 1]。
しかしこの方法はスターターの裁量によるところが大きく、不正の温床ともなりうるものであった。また誤発走が起きることも少なくなく、それに備えて100ヤード先の地点に補助役が立ち、誤発走の際には旗を揚げてそれを知らせるという面倒もあった[re 1]。

発馬機バリヤー式

1952年のオーストラリアで行われたバリヤー式による発走
バリヤー式発馬機(starting barrier)はロープを張ることによってスタートラインを仕切り、発走前に馬がラインを越えることを防ぐ目的で用いられる装置である。日本ではオーストラリアから導入したことから、当初濠州式バリヤー(ごうしゅうしきバリヤー)と呼ばれていた。また、イギリスでは導入当初こちらを「スターティングゲート」と呼んでいた[re 2]。

まず、横に佇立させた出走馬の胸の高さに「スターティングバリヤー」と呼ばれる棕櫚縄のロープ(ネット)をフックを利用して張る。発馬担当者のレバー操作でフックを外すとこのロープが上方に跳ね上がり、これをスタートの合図とする。装置は簡便であるが、発走前の位置取りで騎手間の牽制があったり、馬が静止しないため突進や出遅れなどの問題が多く、一部の競走を除いて現在のゲート式に切り換えられた。なお、バリヤー式には軟式バリヤーと硬式バリヤーの2種類がある。

バリヤー式発馬機の初導入は1894年のことで、オーストラリアでの競走に用いられたものであった[re 3]。考案者であるアレクサンダー・グレイがバリヤーを製作するきっかけとなったのは、騎手であった息子のルーベン・アレクサンダーが発走前にチョークで引かれたスタートラインを越えてしまい、罰金5ポンドを払うはめになったことであった。グレイは発馬の際に馬が暴れるのはスターターの旗のはためきが原因だと考え、それに代わる手段として1本のロープを用いたバリヤーを考案した。

グレイの発馬機が初導入されたのは、1894年2月のカンタベリーパーク競馬場(ニューサウスウェールズ州)であった。公正かつ従来より早く発走できる利点が大きく注目され、改良が加えられたのちにオーストラリア全体の競馬場へと導入された。その後1897年にはイギリスのニューマーケット競馬場[re 2]、1926年には日本[re 4]と順次世界中の競馬場へと導入され1932年頃には世界の主流発走方式として使用されるようになった。

グレイの考案したバリヤーは、1本のロープによってスタートラインを仕切るもので、スターターがレバーを引くことによってロープが跳ね上がって発走可能となる仕掛けになっていた。後にさまざまな改良型が登場しており、1920年代にジョンソンとグリーソンという人物らによるロープを5本に増やしたエキスパンダー状の発馬機、またアメリカ合衆国で考案された移動式バリヤー発馬機などがある。移動式発馬機は1946年になってオーストラリアに導入されている[re 1]。
現在においては後述のゲート式の普及により、バリヤーによる平地競走の発走はほとんど見られなくなった。一方、障害競走では日本やオセアニアなどの一部地域を除き、現在でも主流の発走方式となっている。

発馬機ゲート式

2009年の香港ダービーにおけるゲート式発馬機。
ゲート式発馬機(starting gate)はゲートを張ることによってスタートラインを仕切り、発走前に馬が越えることを防ぐことを目的とした装置である。スターティングゲート、または単にゲートとも呼ばれ、現在の平地競走などにおいて主流を占める発馬機である。イギリスではそれ以前のゲート(バリヤー)と区別して、スターティングストール(starting stall)という呼称も使われている[re 2]。

多くは電磁石や金具などで開扉する機構を持つ、可搬式のゲートを使用する。枠で仕切ったゲート内に出走馬を佇立させ、スターターの制御によってそれぞれの枠の扉が一斉に開き、それをもって発走の合図としている。

バリヤー式の欠点を解消した発馬方法であるが、馬には本質的に狭所を嫌う性質があるため、ゲートに入れるための調教が必要となる。また、調教により枠入りできるようになっても、環境が異なる実際の競走の段では難渋し、最悪の場合には発走除外の措置となったケースも存在する。気性の極めて激しい馬の場合にはこのゲート入りがどうしても解決できずに、結果として競走馬失格となる場合も見受けられる。

電動式のスターティングゲートが最初に導入されたのはカナダにあるエキシビジョンパーク競馬場(現・ヘイスティングス競馬場)で、1939年7月1日に初のゲートによる発馬で競走が行われた[re 5][1]。ゲート式発馬機を考案したのはエキシビジョンパークでスターターを務めていたクレイ・ピュエットで、発走に時間と手間がかかるというバリヤー式の欠点を解消するために製作した。

エキシビジョンパーク競馬場で公開されたのち、アメリカ合衆国の西海岸の競馬場を中心に導入するところが拡大していった。1940年代の終わりにはピュエットのゲートはほぼすべてのアメリカの競馬場で導入されるようになり、後に全世界へと波及していった。イギリスにおいての導入は1965年7月8日が最初で、ニューマーケット競馬場のチェスターフィールドステークスで試験的に使用されて以来順次浸透していった[re 6][re 2]。

ピュエットは自身の会社でゲートの製造を行っていたが1958年に事業を拡大して、アリゾナ州フェニックスにトゥルーセンターゲートという会社を興した[re 7]。同社の製造するゲートの世界シェアは現在でも大きく、北アメリカのほとんどの競馬場で導入されているほか南アメリカやカリブ諸国、サウジアラビアの競馬場でも使われている。

ゲートは全馬が横一列に並ぶように設計されており、それぞれの仕切りの前後に扉が付けられている。競走馬はこの後ろの扉からゲート内に入り馬がゲートに収まったのが確認されると扉を手動で閉じ、馬を待機させる仕組みになっている。通常は前の扉は発走まで開くことはないが、ゲート入りを怖がる馬を誘導するために発走前に開く場合もある。

ゲート前方の扉はおもに電動式で開閉される。この扉は頑強に閉じられてはおらず、馬が暴れた場合などには馬の力でも開けられるように設計されており、これによって馬や騎手が怪我をしにくくしている。ゲート内の全馬の準備が整ったとスターターにみなされると、スターターはボタンを押して前方の扉を開き、発馬される。北米で使用されている多くのゲートは発馬時にベルが鳴り、また同時に投票システムに投票締め切りの合図を送る仕組みとなっている。

バリヤー式に比べ、ゲート式には出走頭数の上限が制限されるという欠点がある。北米では主に12頭から14頭用のゲートが主流となっており、それより多頭数の競走では補助用ゲートが用意される。また、調教用などのためにより少頭数向けのゲートもある。

繋駕速歩競走の発馬機

フィンランド・Vermo競馬場のモービルゲート(2010年)
繋駕速歩競走ではモービルスターティングゲート(モータライズドスターティングゲート、motorized starting gate)による発走が行われている。このゲートは自動車の上部に金属製の羽が2枚組み合わされた形状をしている。

繋駕速歩競走ではゲートが走りながら発馬の準備を行う。ゲートは羽を左右に広げてコースの横幅を覆い、出走馬はその羽の後ろに控えるように走りながら発走を待つ形でトラックを周回する。そしてスタートラインに到達したときにゲートは羽を畳み、前方に離れて発馬となる。この発走形式は1920年代のメキシコのティフアナ競馬場のものが史上初とされ[re 8]、20世紀中盤よりアメリカ合衆国などでも導入され、これによって誤発走の大幅な削減に成功したとある。

この形式ではスターターは発馬機の後方に乗り、真正面に出走馬を見ながら発走の合図を行う。スタートライン到達時に出走馬が公正な状態にないと判断した場合、発走準備の再開を行う場合がある。
また繋駕速歩競走においても、距離差によるハンデキャップ競走の場合にはバリヤー式に似たテープによる仕切りを用意し、そこから発走させる方式をとる。

日本における発馬機

日本においても当初はジョッキークラブ由来の旗を振り下ろす方式での発走であったが、1926年にバリヤー式発馬機(濠州式バリヤー)が導入され、以後主流の発走方式となった[re 4]。

地方競馬の発馬機

ゲート式発馬機の初導入は、1953年3月の大井競馬場[re 9]を初めとする地方競馬の南関東地区である。ここで導入されたのは宮道式(みやじしき)と呼ばれる発馬機で、呼称は開発者の宮道信雄(みやじ のぶお)に由来している。宮道は大井競馬場の近くで自動車修理工場を営んでいた人物で、競馬好きが高じて個人でアメリカより特許を購入し自ら図面を引いてそれを競馬場に売り込んでいる[re 10]。

宮道式の特徴は電磁石の力だけで開閉を制御する構造にあり、金具を使わず磁力のみによって閉扉状態を維持しているため、暴れた馬が突破してもゲートが開くだけで破損がおきにくく、メンテナンスが容易という利点がある。一方で、構造上出走頭数が制限されてしまう難点があり、大井競馬場では16頭立てのゲートも使用されている。近年は後述するJRA式(あるいはJRA旧式ゲートの中古再整備品)[2]を導入しているところも存在するが、多くの地方競馬場では現在でもこの宮道式の改良型(日本スターテイングゲート社製)が使用されている。

中央競馬の発馬機

中央競馬では、1960年7月2日の小倉競馬場の3歳戦(旧年齢表記)からゲートが導入された[re 4]。ここで使用されたのはニュージーランドの競馬で使用されていたウッド式と呼ばれるもので、製作者であるエドウィン・ハズウェル・ウッドの指導のもとに日本中央競馬会と野澤組の技術者によって開発されたものが使われた[re 11]。

パイプを組み合わせた形状の扉が開いて発走となるもので、4枠で1単位を構成するゲートを組み合わせて使用するものであった。ゴム動力が使われているのが特徴的で、また全体的に軽いため運搬しやすく、芝を傷めにくい特長があった。しかし当初のものは足元にパイプがあって馬が躓きやすく、また軽いため馬が暴れただけでもゲートが動きやすいなど問題のある構造でもあった。

1965年に中央競馬会の要請を受けて野澤組から日本発馬機株式会社(後の日本スターティング・システム社。以下「JSS」と表記)が分社し、以後中央競馬のゲート管理と保守および発走準備を担当している[re 11]。ゲートもその後改良が加えられ、1975年よりJSG48型という電動式・油圧式の発馬機が使われるようになった[re 11]。

それ以降も幾次にも渡る改良が施されており、1985年以降は日本製鋼所がJSSの注文を受けて製造している[re 12]。2009年現在は2007年6月より導入されたJSS30型が使われている[re 4]。現在のJRA式(JSS製)と呼ばれるゲートは金具と電磁石の併用による電動開扉をするシステムとなっており、開扉タイミングの誤差は小さくなっている。ただし馬のゲート突破などによる金具の破損などの問題により、外枠発走などの競走結果にも関わる問題が生じる欠点が、地方競馬で主流の「宮道式」との比較などで指摘されている。フレームのカラーリングは1990年まで青色のものが使われていたが、同年6月の福島および中京開催から緑色に変更され、現在に至っている。

繋駕速歩競走の発馬機

日本で行われていた繋駕速歩競走では、出走馬に与えられた距離ハンデの場所に停止した上でスターターの振り下ろす赤旗を合図に発走していたが、中央競馬においては海外からトロッター種を輸入した1956年にモービルスターティングゲートも導入され使用されていた。しかしながら日本の速歩馬は能力差が大きく、走りながらの発走では却って発走が整わない事が多かった事から1959年には使用が中止され、元の距離ハンデによる発走方法に戻った。中央競馬では1968年、また地方競馬も1971年を最後に繋駕速歩競走を廃止しており、現在この発走方式は使われていない。

競馬以外の発馬機

競馬以外の競走における発馬機相当のものとして、グレイハウンド競走などではゲート式発馬機を小さくしたようなスターティングボックス(starting box)が使われている。

スターティングボックスはおおむね8頭、または9頭の犬がそれぞれの仕切りに収まるようになっている。各犬はボックスの後方より入れられ、発走時には前方の蓋が上方向に開く。前方に見えるルアーが数メートルまで迫ったところが発走の合図で、それぞれの箱の前方はそれが見える窓となっている。

発馬機脚注

^ 一般的にはエキシビジョンパークが最初に導入した競馬場とされるが、ベイメドウズ競馬場では同競馬場が最初のゲート導入競馬場であると主張していた(参照:Bay Meadows History – ベイメドウズ競馬場公式サイト(Internet Archive))。
^ ゲートの牽引車が宮道式の場合はトレーラーヘッドであるのに対しJRA式のものはトラクターによる牽引であるため、判別は容易である。
発馬機出典

^ a b c Peake, Wayne [2004]. “Chapter 4: Programming and conducting unregistered proprietary horse racing”, Unregistered proprietary horse racing in Sydney 1888-1942 (pdf), Australian Digital Theses Program(University of Western Sydney), p.141-184. 2006-04-17 閲覧。
^ a b c d The Encyclopaedia of Flat Racing [p281-282](1986 著者:Howard Wright 出版:Robert Hale ISBN 0-7090-2639-0)
^ “National Museum of Australia: Annual Report 2003-2004 Part 5 – Appendices; Appendix 3, Acquisitions – National Historical Collection(page 3 of 3)”. National Museum of Australia (2004). 2006年4月17日閲覧。
^ a b c d 競馬用語辞典 – 競馬場などの施設、設備 – JRAホームページ
^ Horse Racing’s Top 100 Moments [p.68](2006 著者:ブラッド・ホース編集部 出版:ブラッド・ホース出版局 ISBN 158150139-0)
^ Wood, Greg (April 3, 2006). “End of an era as Jockey Club falls on own sword”. The Guardian 2009年10月18日閲覧。
^ True Center Gate – about us
^ シービスケット あるアメリカ競走馬の伝説 [p.34](2003 原著: ローラ・ヒレンブランド 翻訳: 奥田祐士 出版: ソニー・マガジンズ ISBN 4-7897-2074-8)
^ TCKヒストリー – 東京シティ競馬
^ 競馬ファンの大発明 – TCKドラママガジン[リンク切れ]
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馬群

馬群(ばぐん)とは競馬の競走において、複数の競走馬が形成する集団のこと。馬ごみともいう。

馬群のただ中に位置すると前方へ進出するための進路を見出せなくなることがある。とくに差し馬や追い込み馬いついては、いかに上手く馬群を裁いて前方へスムーズに進出するかが勝敗を大きく左右する。競走馬の中には馬群の中に入ると精神的に消耗し、能力を十分に発揮できないものもある。

庭先取引

庭先取引(にわさきとりひき)は、競走馬の売買に際し、セリ市などを介さずに、生産者と馬主の間で行われる直接取引のことである。国産の競走馬のうち、おおよそ8割が庭先取引で売買される。

日本では戦後に設けられた農地法により、不在地主の排除が規定され、農地に定住した農家でなければ農地を所有できない。これは、競走を引退した牝馬の馬主が牧場を有していない限り、その牝馬を所有したまま繁殖を行い、生まれた子を当然に所有するということを不可能にしている。

このため優秀な牝馬の馬主は、生まれた仔馬は自分が買い戻すという条件付で牝馬を牧場に譲渡する。これを仔分け生産という。これは事実上の名義貸しである。この方式では、牧場側は自由な配合を試みたり、生まれた仔に自由な価格を設定することが困難であるため、牧場側にとって経営の拡大に不向きである。しかし一方では、この方式を受け入れることで牝馬が手に入らなかったり仔馬が売れないといった経営危機を回避することができる。

馬主の中には、このような制限のない海外で競走馬生産を行うものも現れており、自己名義で海外で生産した競走馬を外国産馬として日本に持ち込む例が増加している。ヒシアマゾンやエルコンドルパサー、シンボリクリスエスがその代表的な例である。

自由市場で競走馬を購入しようと考える者にとっては、この方式は不透明な取引にほかならない。通常、セリ市が開催される前に多数の庭先取引が行われるため、幼駒の段階で目を付けられるような血統・体格ともに優れた馬は、既にあらかた売買が終わってしまい、セリ市に出されることは少ない(JRAは、市場取引(セリ市)を活性化させるために、セリ市で売買された競走馬に対し「市場取引馬奨励賞」という優遇措置を与えていたが、市場取引馬の出走の増加に伴い、2007年をもって終了した)。

取引の実際の形式であるが、馬主が生産者のもとを独りで訪れて馬を物色することは少なく、まず調教師が牧場を訪れて、良さそうな馬に目を付け、なじみの馬主に話を持っていくという形になることが多い。中には、配合が決定しただけで、まだ種付けが終わっていない段階において、既に生産者と調教師のあいだで話が付いており、あとは引き受けてくれる馬主を探すだけになっていることもある。
新規参入馬主や零細馬主が良い馬を手に入れる機会が減少することや、調教師や家畜商などの仲介者が多額のマージンを得ることを問題視する向きもある。また、実質的に庭先で売買が済んでいる馬を、市場取引馬の優遇措置がほしいために、形式的にセリ市に出す場合があるという疑惑も、ある生産者がほぼ事実として認めている。

ニックス

ニックス(nick、ニック)とは競走馬の生産において、優秀な競走馬を輩出する可能性が高い血統の組み合わせのことをいう[1]。

ニックスは「結果として出た成功例から、傾向や特徴を割り出す」概念であって、結果が出ていない状況下で成功例を推測する性質のものではない[2]。ある繁殖馬が優れた産駒を生み出した場合、生産者は二番煎じの形で同じ組み合わせの交配を試みる傾向がある[3]。そうして生産された競走馬がさらに成功を収めた場合、その組み合わせはニックスとしてますます注目され、模倣されていく[4]。

1970年代のアメリカ競馬界では、ボールドルーラー×プリンスキロの組み合わせがニックスとして注目を集め、これを模倣した配合から多くの優れた競走馬が生産された[5]。

多くの生産者が特定のニックスを実践し成功を収めた場合、似通った血統構成をもつ種牡馬や繁殖牝馬が多く生まれ、そのために適切な交配相手を見つけにくくなるという問題が生じることもある[6]。

また、これとは逆に相性の悪い組み合わせをネガティヴニックスと呼ぶ。代表例にネアルコとハイペリオンがある。セントサイモンの更なるラインブリードを目指して多数の交配が試されたが、ニアークティックのような例外はあるものの、成功例があまり出ていない。

ニックス脚注

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^ 吉沢2008、178-179頁。
^ 吉沢2008、187-188頁。
^ マーケットブリーダーの場合、馬主の購買意欲を刺激するための特長を作り出すことが重要となる(吉沢2008、184-188頁。)。
^ 吉沢2008、188頁。
^ 吉沢2008、193頁。
^ 吉沢2008、192頁。

ニックス参考文献

吉沢譲治 『新説母馬血統学 進化の遺伝子の神秘』 講談社〈講談社+α文庫 G168-1〉、2008年。ISBN 4062811685。