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小島太一

小島太一プロフィール

同期には大野拓弥、鮫島良太、塚田祥雄らがいる。初騎乗は2005年3月5日、中山競馬第2競走のメイショウジャンヌで15頭中14着だった。

同年3月12日、中京競馬第8競走でホットカフェに騎乗し初勝利を挙げる。
2007年、3月22日から5月5日まで修業のためニュージーランドへ遠征した。

2007年5月にはロッカーの中に涼宮ハルヒなどのフィギュアを入れていることが明らかになった。
藤田伸二からはゲーマーとしても評価されている。
中央競馬の騎手で初めて公式にTwitterをはじめた(その後後藤浩輝や高田潤らも始めている)。

小島太一 騎乗成績

年度1着2着3着騎乗数勝率連対率複勝率
2005年9119168.054.119.173
2006年121211227.053.106.154
2007年842122.066.098.115
2008年353111.027.072.099
2009年597108.046.130.194
2010年265117.017.068.111
中央394737853.046.101.144
地方0009.000.000.000
日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順
初騎乗2005年3月5日2回中山3日2R3歳未勝利メイショウジャンヌ15頭814着
初勝利2005年3月12日1回中山3日8R4歳上500万下ホットカフェ16頭51着
重賞初騎乗2005年6月12日3回東京8日11Rエプソムカップブラックカフェ17頭1516着

小坂忠士

小坂忠士 プロフィール

2001年、JRA競馬学校騎手課程を卒業し騎手免許を取得する。デビュー時の所属は境直行厩舎だった(兄弟子は石橋守、藤田伸二、荻野要。

ただし小坂と同時に所属したことはない)。3月3日、初騎乗となった阪神4レースでは、1番人気だったキクノプロスパに騎乗して2着となったが、同日第7レースで騎乗した2番人気のブリッジシャトーで勝利しわずか2戦目でJRA初勝利を挙げる。

3月6日には地方競馬に初騎乗。6月23日に障害レース初騎乗、7月21日に障害レース初勝利を挙げ、8月18日に新潟ジャンプステークスで重賞初騎乗。

6着となった。
2002年、愛知杯にナムラサンクスで平地重賞初騎乗(4着)。
2003年、阪神スプリングジャンプをカネトシガバナーで制し重賞初勝利、同馬にて障害GI中山グランドジャンプにも初騎乗を果たす。
2005年、2月23日に地方競馬で初勝利を挙げる。

小坂忠士 エピソード

地元に愛知県競馬組合の井上哲調教師の実家(たつの市新宮町)が近くにある.

小坂忠士 主な騎乗馬

カネトシガバナー(2003年阪神スプリングジャンプ)
スプリングゲント(2006年京都ジャンプステークス、京都ハイジャンプ)
コウエイトライ(2006年小倉サマージャンプ、阪神ジャンプステークス、東京オータムジャンプ、2007年小倉サマージャンプ、阪神ジャンプステークス、2008年阪神ジャンプステークス、2010年阪神ジャンプステークス)
トーワヒヨシマル(2009年阪神スプリングジャンプ)

小坂忠士 騎乗成績

日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順

地初騎乗2001年3月3日1回阪神3日4R3歳未勝利キクノプロスパ13頭12着
初勝利2001年3月3日1回阪神3日7R4歳上900万円下ブリッジシャトー10頭21着
重賞初騎乗2002年6月2日2回中京6日11R愛知杯ナムラサンクス12頭64着
GI初騎乗2008年12月14日5回阪神4日11R阪神ジュベナイルフィリーズフキラウソング18頭1415着

害初騎乗2001年6月23日3回阪神3日5R障害未勝利シンボリアカデミー12頭33着
初勝利2001年7月21日2回小倉3日5R障害未勝利シンボリアカデミー12頭11着
重賞初騎乗2001年8月18日2回新潟3日10R新潟ジャンプステークスシンボリアカデミー12頭65着
重賞初勝利2003年3月15日1回阪神5日10R阪神スプリングジャンプカネトシガバナー14頭51着
JGI初騎乗2003年4月19日4回中山7日11R中山グランドジャンプカネトシガバナー16頭34着
年度平地競走障害競走
1着2着3着騎乗数勝率連対率複勝率1着2着3着騎乗数勝率連対率複勝率
2001年528133.038.053.11311416.063.125.375
2002年192218381.050.108.15553542.119.190.310
2003年4816217.018.055.12916136.028.194.222
2004年659126.048.087.15911028.036.071.071
2005年4910136.029.096.16926348.042.167.229
2006年33381.037.074.11195648.188.292.417
2007年246108.019.056.111127351.235.373.431
2008年22281.025.049.074410957.070.246.404
2009年236102.020.049.10893466.136.182.242
2010年387115.026.096.15749455.073.236.309
中央5066851480.034.078.136485139447.107.221.309
地方35561.049.131.213

大井競馬の場外馬券発売所

大井競馬の場外馬券発売所

全国各地で場外発売を行っており、地方競馬としては幅広く展開。

特に記述のない発売所では、大井競馬場の他、浦和競馬場・川崎競馬場・船橋競馬場の場外発売も行っている。

大井競馬の場外馬券発売所 東京地区

offt後楽園(東京都文京区)
帝王賞・ジャパンダートダービー・年末の東京大賞典・東京シンデレラマイルおよび東京2歳優駿牝馬の施行日当日は、隣接するJRAウインズ後楽園C館(38窓)でも発売する。払戻についてはウインズ後楽園(施行日当日のみ)南関東4競馬場と南関東場外(各offt・新潟地区・益田場外も含む)で可能。
offt汐留(東京都港区)
ウインズ汐留の7階に併設。JRAが管理する8階有料フロアも開放される場合がある。
大井競馬のみ発売し、浦和・川崎・船橋の場外発売は行わない。
関東地区 [編集]
浦和競馬場(非開催日に場外発売)
川崎競馬場(非開催日に場外発売)
船橋競馬場(非開催日に場外発売)
offtひたちなか(茨城県ひたちなか市)
BAOO高崎(群馬県高崎市、旧高崎競馬場)

大井競馬の場外馬券発売所 北海道・東北地区

ホッカイドウ競馬(発売箇所などの詳細は当該記事を参照)
ばんえい競馬(発売箇所などの詳細は当該記事を参照)
ニュートラックかみのやま(山形県上山市、旧上山競馬場)
ニュートラック松山(旧上山競馬の場外発売所)
ニュートラックいいたて(旧上山競馬の場外発売所)
offt大郷(宮城県黒川郡大郷町)

大井競馬の場外馬券発売所 新潟地区

いずれも廃止された旧新潟県競馬から引き継いだ施設。
offt新潟(新潟県新潟市北区)
新潟県競馬の「新潟場外発売所」として使用していた施設を東京都競馬が買収。その後、全面リニューアルを行った。
三条場外発売所(新潟県三条市、旧三条競馬場)
オープス中郷(新潟県上越市中郷区)
オープス磐梯(福島県耶麻郡磐梯町)
中国・四国地区 [編集]
益田場外発売所(島根県益田市、旧益田競馬場)
パルス藍住(徳島県板野郡藍住町)
高知競馬場との共同施設。浦和・川崎・船橋は発売しない日もある。

地方競馬へのIT企業ライブドアや楽天の参入

地方競馬へのIT企業ライブドアや楽天の参入

こうした厳しい状況の中、IT企業のライブドアが地方競馬経営に参入するという動きを見せた。

2005年1月より競馬法が改正され馬券発売などの民間委託が可能になること、経営難の地方競馬を立て直す事ができれば格好のビジネスになるという狙い、更に当時の社長の堀江貴文が自ら競走馬を持つほどの競馬ファンでもあることがその要因であった。

高崎・笠松・高知などいくつかの主催者がライブドアと交渉を行い、一時は高知がライブドアとの提携を正式に発表した他、岩手など複数の主催者がこのプランに関心を示していた。

ライブドアは馬券のネットによる全国販売、レース中継のストリーミング配信、競馬場や地方競馬自体のイメージ改善といった収益改善策を大々的に打ち出し、今後この成否が地方競馬の将来の鍵を握るとして期待されていた。

だが後に改善策はライブドアの一方的な主張・パフォーマンス行為に過ぎず実現性に乏しいプランばかりであったこと、また交渉は手数料の歩合ばかりが最優先され具体的な販売振興策や収益改善策などの提案が全くなされていなかったことなど、ライブドアの掲げた競馬参入計画はそれ自体がパフォーマンスに過ぎない画餅であったことが露呈し、主催者側に時間とコストを徒に空費させるだけの結果になった。

さらにライブドアに証券取引法違反容疑など一連のライブドア事件が発覚し堀江が逮捕され、これと前後して高知も提携を解除している。
一方、ソフトバンクも子会社のソフトバンク・プレイヤーズを通じてこれまで地方競馬の場外馬券販売を担当してきた日本レーシングサービス(NRS、NARの子会社)からD-netを買い取り、レース中継のネット配信やネットでの馬券販売を両者の共同出資によるオッズパーク株式会社で進めていくこととなった。

しかしNARの解散問題も絡んだためかNRSの「まず売却ありき」の姿勢が目立ち、D-net参画主催者(12主催者)への説明・承認が後手後手に回ってしまっていた。2006年4月より4競馬場で、7月には11競馬場に拡大してオッズパークが馬券の販売を始めた。

この様な状況下でやはりIT企業である楽天が2006年3月に南関東4競馬場と2006年5月には残りの地方競馬全場の馬券販売業務を受託し、他のIT企業に先駆け2007年2月27日に初めて地方競馬全場の馬券の取り扱いを始めた。発売状況がどのようになるのかが今後注目されてくる。

大井競馬のトピック

大井競馬場では、認定競走や条件級の中央との交流戦が行われていないなど独自の施策を貫いていたが、2004年6月より条件級の中央との交流戦が行われるようになった。また、JRAと共同のプロモーションイベントも定期的に開催されるようになった。

馬券の「ワイド」(拡大馬番号二連勝複式)という名称は、大井競馬場とJRAとの共同で公募され、決定したものである。

サンタアニタパーク競馬場と友好交流提携を結んでおり、大井競馬場では「サンタアニタトロフィー(G3、1996年に「関東盃」を改称)」、サンタアニタパーク競馬場では「東京シティカップ」が交換競走として行われている。

トゥインクル期間中の後半3競走と昼開催のダートグレード競走では、ファンファーレ隊による生ファンファーレが演奏される。[5]他の競馬場(中央競馬・地方競馬)では重賞競走で行われる場合があるが、重賞ではない競走で生ファンファーレを演奏するのは大井競馬場と川崎競馬場とJRA中京競馬場(名鉄杯)のみ。

2010年度からは開催日の金曜日を中心に「東京ブラススタイル」のメンバーのうち5名ほどが生ファンファーレを担当している。牝馬重賞当日の水曜日にも登場。

そのため、イナリワンの里帰りイベントの開催も中止され12月28日に延期となった。
2007年からはM-1グランプリ敗者復活戦が行われていた。

2007年12月23日に行われた第7回では、敗者復活戦から勝ち上がったサンドウィッチマンが見事本戦で優勝を果たし、2008年12月21日に行われた第8回では、同じく敗者復活戦から勝ち上がったオードリーが準優勝となっている。2009年12月20日に行われた第9回では、同じく敗者復活戦から勝ち上がったNON STYLEが第3位となり、M-1グランプリ史上初の敗者復活戦生放送を行った(ただしダイジェスト版)。

大井競馬場

大井競馬場(おおいけいばじょう)は、東京都品川区勝島二丁目にある地方競馬のための競馬場である。

愛称は「東京シティ競馬(TCK)」。SPAT4加盟。

大井競馬場の管理者は東京都競馬株式会社。競馬の主催者は特別区競馬組合。

大井競馬開催

大井競馬場では、3月下旬から11月上旬の間トゥインクルレースとしてナイター競馬が施行されている。2010年は上記の期間に加え12月24日・25日の2日間もナイター競馬が施行される。

大井競馬トゥインクルレース開催期間中の開催概要

勝馬投票券発売開始時刻 12:00
大井競馬場・各場外・在宅投票共通。なお重賞競走前日[開催日に限る]において、当該競走の前日発売を実施する発売場では、同時刻に前日発売を開始する。

但しSPAT4等の在宅投票システムでは前日発売は行わない。
大井競馬場開門予定時刻 14:40
但し12レース制がとられる日など、第1競走の発走予定時刻が15:20より前になる場合は開門時刻はその40分前となる。

大井競馬年間スローガン

NO GUTS, NO GLORY.(2005年)
NO GUTS, NO GLORY. 100円の心意気(2006年)
今年は×(カケル)TCK(2007年)
知るほど!行くほど!

TCK(2009年-2010年)
Come On! TWINKLE RACE 25th ~もっと輝け!

東京の夜~(2011年)

大井競馬発売する馬券の種類

大井競馬場では馬券を9種類発売しており、これは中央・地方通じて最も多い。 ○…発売×…発売なし
単勝複勝枠番連複枠番連単馬番連複馬番連単ワイド3連複3連単

大井競馬主な競走

以下は2011年度施行予定の重賞。
統一グレード競走 [編集]
東京大賞典(GI)
帝王賞(統一JpnI)
ジャパンダートダービー(統一JpnI)
JBCスプリント(統一JpnI)
JBCクラシック(統一JpnI)
東京盃(統一JpnII)
TCK女王盃(統一JpnIII)
東京スプリント(統一JpnIII)
重賞競走 [編集]
羽田盃 (SI)
東京プリンセス賞 (SI)
東京ダービー (SI)
JBCレディスクラシック(SI、中央・地方交流重賞競走)
東京2歳優駿牝馬 (SI)
金盃 (SII)
マイルグランプリ (SII)
大井記念 (SII)
黒潮盃 (SII)
東京記念 (SII)
ハイセイコー記念 (SII)
京浜盃 (SII)
レディスプレリュード(SII、TCKディスタフからの名称変更。中央・地方交流重賞競走)
東京スプリング盃 (SIII)
優駿スプリント (SIII、2011年度から新設)
サンタアニタトロフィー (SIII)
アフター5スター賞 (SIII)
東京シンデレラマイル (SIII)
勝島王冠 (SIII)
準重賞 [編集]
桃花賞(3歳牝馬限定オープン)
ウインタースプリント(古馬オープン)
雲取賞(3歳限定オープン)
ブリリアントカップ
メトロポリタンジューンカップ(中央交流)
スターライトカップ
シーサイドカップ
アデレードシティカップ(牝馬限定)
ゴールドジュニアー(2歳限定オープン)
ムーンライトカップ(オープン)
メトロポリタンノベンバーカップ(中央交流)

大井競馬所属騎手

赤嶺亮
有年淳
安藤洋一
石川駿介
上田健人
遠藤健太
柏木健宏
川本裕達
小林拓未
坂井英光
高野誠毅
高野毅
達城龍次
千田洋
戸崎圭太
中村尚平
早田功駿
早田秀治
早見多加志
東原悠善
本村直樹
真島大輔
松崎正泰
的場直之
的場文男
御神本訓史
矢野貴之
矢吹誠
山崎良
横川怜央
吉井竜一
脇本一幸
和田譲治

大井競馬にかつて所属していた騎手&馬

内田博幸2008年3月に中央競馬移籍

1970年代のアイドルホースハイセイコーのデビュー地であり、大井競馬では6戦6勝(重賞・青雲賞も含む)。

地方競馬

地方競馬

地方競馬規則(1927年8月27日 農林・内務省令)が制定されたことにより始められた競馬。主催者は畜産組合、畜産組合連合会、または(投票権付入場券を発行しない場合は)馬匹改良を目的とする団体。

1939年4月7日に軍馬資源保護法が公布されたことにより「軍用保護馬鍛錬競走」へと移行した。
現行の競馬法に基づき都道府県・競馬場が所在する市町村あるいは左記の地方公共団体で構成される一部事務組合が施行する競馬である。

地方公共団体等が施行することから「公営競馬」(こうえいけいば)という俗称で呼ばれることもあるが正式な呼称は「地方競馬」であり、日本中央競馬会(JRA)の施行する「中央競馬」と対をなす法令用語となっている(競馬法第1条第5項)。以下に詳述。

地方競馬の定義

現在の日本における地方競馬は、都道府県または総務大臣により指定を受けた市町村により施行される競馬であると競馬法に定義されている。過去には競馬場が所在しない市町村も競馬を開催していたが昭和40年代の法改正により著しく災害を受けた市町村と競馬場が所在する市町村に限定されている。

地方競馬など公営競技は長年にわたり地方自治体の貴重な収入源となってきたが、近年パチンコ産業との競合や一般大衆の「ギャンブル離れ」の影響を強く受けて不採算化が著しく競馬などの公営競技事業そのものを廃止する事例が出てきた。

地方競馬の歴史

地方競馬とは?

前述のように戦前の地方競馬は畜産組合連合会や畜産組合などが主催して行われ太平洋戦争中は軍用保護馬鍛錬競走として行われた。

戦後は一時根拠法が存在しない状態が生じたが、1946年11月20日に地方競馬法が制定され再び馬匹組合・馬匹組合連合会の主催で行われることとなった。その後それらを主催者とすることが独占禁止法に抵触するという指摘がGHQによってなされ、1948年7月13日以降は競馬法に基いて地方自治体の主催で行われるようになった。

終戦直後の地方競馬は戦災復興の名目の下、地方自治体の財源を確保するために行われた。そのため売上が好調であったにもかかわらず終戦後一定期間が経過したことにより競馬開催を廃止した競馬場も存在する。

開催を続行した競馬場は1990年代以降総じて売り上げの低下が問題化し、財政の悪化を理由として開催を廃止するものが相次いでいる。
アングロアラブ競走
かつての地方競馬ではアングロアラブによる競走が盛んにおこなわれていた。

中央競馬所属のアングロアラブはすべて抽せん馬であったのに対し地方競馬所属のアングロアラブにはそのような制約がなかったため、一般に中央競馬よりも質の高い競走馬が確保された。しかし1995年以降中央競馬と地方競馬の交流が進む中、サラブレッドの導入を積極的に行う競馬場が相次いで現れ、その影響を受けてアングロアラブによる競走は全国的に縮小されていき2009年にアングロアラブの単独での競走に終止符が打たれた。

地方競馬が抱える問題

地方競馬の廃止・存続問題
概要
地方競馬を含む公営競技は長年にわたり地方自治体の貴重な収入源となってきた。しかし近年、バブル崩壊以後の不況の長期化、一般大衆のギャンブル離れ、公営競技施設・レース数の過剰、レジャーの多様化、射幸性が高まり事実上ギャンブル同然の存在であるパチンコ・パチスロや、一応ギャンブルではないもののハイリスク・ハイリターンな株式相場・商品先物・外国為替証拠金取引などの投機との競合など様々な要素が原因となって収益が悪化していった。

池江泰寿

池江泰寿プロフィール

父は元調教師の池江泰郎、従兄弟に池江敏行調教助手、伯父に池江敏郎元厩務員がいる。同級生に武豊がおり、幼馴染みである。

2004年3月20日、ソニックサーパス号で初出走を飾り、このレースで初勝利を挙げた。

以降は順調に勝ち星を重ね、2006年にドリームジャーニーが初重賞制覇にして初のGI勝利、2008年1月20日に若駒ステークスでアインラクスが勝ち、中央競馬通算100勝を達成。

2010年7月3日には3歳未勝利戦でサンデーミューズが優勝し、中央競馬通算200勝を挙げた。また、2008年は51勝を挙げ、最多勝利調教師賞のタイトルを受賞している。

また42歳4カ月17日でのダービー勝利は、グレード制導入後では、最年少ダービー優勝調教師となった。

池江泰寿調教師成績

地方交流競走での成績は除く
年区分1着2着3着出走数勝率連対率
2004年平地37460.050.167
障害1023.333.333
計47663.063.175
2005年平地201814149.134.255
2006年平地362316194.186.304
2007年平地362125220.164.259
2008年平地513220291.175.285
2009年平地403027257.156.272
2010年平地422826266.158.263
計平地2281591321,374.166.282
障害1023.333.333
総計2291591341,377.166.282

日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順
初出走・初勝利2004年3月20日1回阪神7日5R障害4歳上未勝利マイネルアパッシュ14頭41着
重賞初出走2005年4月9日3回中山5日11Rニュージーランドトロフィーピカレスクコート16頭54着
GI初出走2005年10月23日4回京都6日11R菊花賞フサイチアウステル16頭55着
重賞初勝利2006年12月10日5回中山4日11R朝日杯FSドリームジャーニー15頭21着

池江泰寿 受賞

2006年 – 最高勝率調教師賞
2006年 – 優秀調教師賞(関西)
2006年 – 2006JRA賞(最高勝率調教師)
2008年 – 最多勝利調教師賞
2008年 – 優秀技術調教師賞

池江泰寿主な管理馬

括弧内は当該馬の優勝重賞競走
GI競走優勝馬
ドリームジャーニー(2006年朝日杯フューチュリティステークス、 2009年宝塚記念、有馬記念)
オルフェーヴル(2011年東京優駿、皐月賞、スプリングステークス)
その他重賞競走優勝馬
トーセンジョーダン(2010年アルゼンチン共和国杯、2011年アメリカジョッキークラブカップ、札幌記念)
メテオロロジスト(2011年佐賀記念)
ウォータクティクス(2009年アンタレスステークス)
ランザローテ(2009年プロキオンステークス)
エアパスカル(2008年チューリップ賞)
ピカレスクコート(2007年ダービー卿チャレンジトロフィー)

池江泰寿主な厩舎所属者

括弧内は厩舎所属期間と所属中の職分。
吉村圭司(2004年-2011年 調教助手)

池江泰寿主な騎乗依頼騎手

内田博幸 – トーセンジョーダンなど
池添謙一 – ドリームジャーニーなど
武豊 – メテオロロジストなど

五十嵐忠男

五十嵐 忠男(いがらし ただお 1952年11月9日 – )は、日本中央競馬会栗東トレーニングセンターに所属する調教師で、元騎手である。

五十嵐忠男プロフィール

1973年に田所秀雄厩舎より騎手デビュー。初騎乗は同年3月4日阪神競馬第7競走のミスクロンサンで3着。初勝利は同年3月24日の阪神競馬第9競走のセンタービバーであった。

1977年に清水久雄厩舎に移籍し、騎手引退まで所属する。1984年の中日新聞杯をアスコットエイトで制して重賞初勝利。1990年のラジオたんぱ杯3歳牝馬ステークスをイソノルーブルに騎乗して優勝。その後はクラシックでの勝利が期待されたが、翌1991年のエルフィンステークスを勝った後、松永幹夫に乗り替わりとなり、クラシックで騎乗することはなかった。

1993年に調教師免許を取得、騎手を引退して調教師へと転身した。翌1994年に厩舎を開業。初出走は同年3月12日中京競馬第8競走のタイウンザーで14着、初勝利は同年7月2日札幌競馬第1競走のニッポーダイヤで、延べ16頭目であった。
2005年の阪神ジュベナイルフィリーズをテイエムプリキュアで制し、調教師としての重賞初勝利がG1(JpnI)競走でとなった。

五十嵐忠男 騎手成績

1着 2着 3着 騎乗数 勝率 連対率
平地 176 213 204 2584 .068 .151
日付 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初騎乗 1973年3月4日 – ミスクロンサン – – 3着
初勝利 1973年3月24日 – センタービバー – – 1着
重賞初騎乗 1973年8月19日 北海道3歳S ベルトップ 12頭 12 10着
重賞初勝利 1984年1月22日 中日新聞杯 アスコットエイト 8頭 1 1着
GI級初騎乗 1983年11月13日 菊花賞 アスコットエイト 21頭 11 21着

五十嵐忠男 主な騎乗馬

アスコットエイト(1984年中日新聞杯)
イソノルーブル(1990年ラジオたんぱ杯3歳牝馬ステークス)

五十嵐忠男 調教師成績

日付  競馬場・開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初出走 1994年3月12日 1回中京5日8R 4歳500万下 タイウインザー 16頭 5 14着
初勝利 1994年7月2日 1回札幌7日1R 4歳未勝利 ニッポーダイヤ 8頭 3 1着
重賞初出走 1996年7月28日 2回札幌8日11R 札幌3歳S ママノパンチ 13頭 12 9着
GI初出走 1998年10月25日 5回京都6日11R 秋華賞 スピーディローザー 18頭 15 17着
GI初勝利 2005年12月4日 5回阪神2日11R 阪神JF テイエムプリキュア 18頭 8 1着

五十嵐忠男 主な管理馬

テイエムプリキュア(2005年阪神ジュベナイルフィリーズ、2009年日経新春杯)
マイネレーツェル(2008年フィリーズレビュー、ローズステークス)
テイエムオーロラ(2010年府中牝馬ステークス)

飯田明弘

飯田 明弘(いいだ あきひろ、1946年12月9日 – )は中央競馬・栗東トレーニングセンターに所属している元騎手の調教師である。東邦高等学校卒。息子は飯田祐史騎手である。

飯田明弘プロフィール

1965年、中京・小林稔厩舎所属の騎手候補生となる。
1969年、同厩舎より騎手デビュー。初騎乗は3月1日で、タカレットに騎乗し2着、3月16日に再び同馬に騎乗して勝利し初勝利を挙げる。
1970年、中京記念をゼットアローで制し重賞初勝利を挙げる。

1982年、フリーとなる。同年9月5日のレース中に村本善之騎手(当時)の頭を2度打ち、開催4日間の騎乗停止となる。
1988年、調教師免許を取得し騎手を引退する。騎手成績は、JRA通算5305戦632勝(重賞24勝)。
1989年、厩舎を開業する。3月4日、初出走となった阪神競馬場での第11レースは、7番人気だったタカシャネルが9着となる。3月26日に阪神競馬場での第3レースで、1番人気だったリュウシャムソンが勝利し延べ9頭目で初勝利を挙げる。
1993年、息子・祐史が騎手となり厩舎に所属する。
1995年、東京障害特別(春)をリターンエースが制し重賞初勝利を挙げる。
1997年、5月29日に管理馬が地方競馬に初出走。
2002年、4月4日に名古屋競馬場で行われた名古屋優駿を10番人気だったホーマンキュートが制し、地方競馬初勝利及び交流重賞初勝利を挙げる。

飯田明弘 騎手成績

通算成績 1着 2着 3着 騎乗数 勝率 連対率
平地 632 600 557 5303 .119 232
障害 0 0 0 2 .000 .000
計 632 600 557 5305 .119 .232
日付 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初騎乗 1969年3月1日 – タカレット – – 2着
初勝利 1969年3月16日 – タカレット – – 1着
重賞初騎乗 1969年7月27日 函館記念 ミッキーゴイチ 7頭 7 7着
重賞初勝利 1970年11月8日 中京記念 ゼットアロー 10頭 10 1着
GI級初騎乗 1971年11月28日 天皇賞(秋) シュンサクリュウ 12頭 7 5着

飯田明弘 主な騎乗馬

ゼットアロー(1970年中京記念)
シュンサクオー(1971年高松宮杯)
シュンサクリュウ(1972年京都記念(春))
シングン(1972年金鯱賞)
フジノタカワシ(1974年スワンステークス)
スズカハード(1975年金鯱賞)
パッシングベンチャ(1976年京都大賞典)
スリークルト(1977年京都4歳特別)
リネンジョオー(1977年京都牝馬特別)
リキタイコー(1977年CBC賞、1978年中日新聞杯)
キャプテンナムラ(1978年阪神大賞典)
テルノエイト(1979年シンザン記念、札幌記念、1980年阪急杯)
シルクスキー(1979年阪神牝馬特別)
タニノテスコ(1980年京阪杯)
バンブトンハーレー(1982年阪急杯)
ロングワーズ(1982年小倉記念、京都記念(秋))
シンウルフ(1983年スプリンターズステークス)
ハッピープログレス(1984年スプリンターズステークス)
ピーターホーラー(1986年愛知杯、1987年愛知杯)

飯田明弘 調教師成績

日付 競馬場・開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初出走 1989年3月4日 1回阪神3日11R うずしおS タカシャネル 9頭 7 9着
初勝利 1989年3月26日 2回阪神2日3R 3歳未勝利 リュウシャムソン 10頭 1 1着
重賞初出走 1989年12月17日 5回阪神6日11R 阪神3歳S ツールドフランス 12頭 11 10着
重賞初勝利 1995年2月11日 1回東京5日9R 東京障害特別(春) リターンエース 13頭 1 1着

飯田明弘 主な管理馬

リターンエース(1995年東京障害特別(春)、阪神障害ステークス(春)、京都大障害(春))
テスコガリバー(1997年阪神障害ステークス(春))
ラヴラヴラヴ(1998年アネモネステークス)
メイショウアヤメ(1998年葵ステークス)
メイショウオウドウ(2000年産経大阪杯、マイルチャンピオンシップ3着、2001年安田記念3着、鳴尾記念など)
ホーマンキュート(2002年名古屋優駿)
キョウワロアリング(2007年北九州記念)

飯田明弘 主な厩舎所属者

※太字は門下生。括弧内は厩舎所属期間と所属中の職分。
小崎憲(1992年-1997年 厩務員、調教厩務員、調教助手)
飯田祐史(1993年-現在 騎手)
荒川義之(1995年-2007年 厩務員、調教厩務員、調教助手)
吉村圭司(1996年-2004年 厩務員、調教助手)
嘉堂信雄(1999年-2006年 騎手)
今村康成(2008年-現在 騎手)