騎手 や行 | 競馬商材検証!競馬投資の極意とは?(競馬の錬金術師)

吉田 豊

吉田 豊(よしだ ゆたか、1975年4月19日 - )は日本中央競馬会(JRA)の騎手。
騎手の吉田隼人は実弟。
1994年3月6日、中山競馬第2競走でチャーリーブラボーに騎乗してデビュー(14頭立ての12着)。

同日の第5競走でエリモハヤブサに騎乗して初勝利を挙げる。
1996年、阪神3歳牝馬ステークスをメジロドーベルで制し、初の重賞勝利をGI勝利で挙げる。

以後、メジロドーベルとのコンビでは、1997年の優駿牝馬(オークス)、秋華賞を制するほか、1998年、1999年とエリザベス女王杯を連覇した。勝ち星を順調に積み重ね、関西所属の武豊に対比して「東のユタカ」「東の豊」と呼ばれ、関東のトップ騎手、日本を代表する騎手になることを期待する声もあった。
1999年に後藤浩輝騎手から木刀で殴打・暴行される事件が起きた。その後の2003年の天皇賞(秋)では、後藤騎乗のローエングリンが内から好スタートを切ったが、ゴーステディに騎乗した吉田もハナを主張(調教師から「何が何でもハナに行け」と指示があったため)。

2004年にはドバイワールドカップでリージェントブラフに騎乗、9着となる。
2004年には弟の隼人がJRAの騎手デビューしている。

関西への遠征時、自らの騎乗馬に藤田の伸二と書かれた腹帯を借りて着用していることがある。メジロドーベルのエリザベス女王杯時など(藤田の著書「競馬番長のぶっちゃけ話」より)。

吉田 隼人

吉田 隼人(よしだ はやと、1983年12月20日 - )は日本中央競馬会(JRA)の美浦所属の騎手である。
兄の吉田豊もJRA美浦所属の騎手である。
競馬学校第20期生として卒業し、2004年に騎手免許を取得(同期には藤岡佑介、津村明秀らがいる)。

また朝日杯フューチュリティステークスに出走したアポロノサトリはそれまで吉田が騎乗し2戦2勝の好相性であったが、その時点での通算勝利数は26勝であり、GI騎乗可能となる通算勝利数(31勝)を満たせていなかったため、蛯名正義に乗り替わりとなる試練もあった(結果は8着)。
翌2006年4月9日の中山競馬で中央競馬通算31勝目をあげ、晴れてGIへの騎乗が可能となった。
さらに、4月22日の福島競馬第11競走福島牝馬ステークスをロフティーエイムで優勝し重賞初制覇。この勝利で史上初の兄弟の初重賞制覇が共に牝馬限定の重賞となった。

兄・豊の重賞初制覇は、1996年に行われたメジロドーベルでの阪神3歳牝馬ステークスである。また同年は60勝を挙げ、年間勝ち数で兄・豊(57勝)を上回った。
2009年11月21日の福島記念でサニーサンデーで重賞制覇したが2着に兄・豊のトウショウシロッコが入り吉田兄弟で初の重賞ワン・ツー・フィニッシュを達成した。

吉田 隼人 人物
仲の良い騎手は後藤浩輝など。

後藤とは一緒にイベントに出演するぐらいの仲である。
吉田 隼人 主な騎乗馬
ロフティーエイム(2006年 福島牝馬ステークス)
ルルパンブルー(2007年 フェアリーステークス)
アグネスアーク(2007年 天皇賞(秋)2着)
プレミアムボックス(2008年 オーシャンステークス)
マイネカンナ(2008年 福島牝馬ステークス)
フォゲッタブル(2009年 菊花賞2着)
ミヤビランベリ(2009年 アルゼンチン共和国杯)
サニーサンデー(2009年 福島記念)
このほか、白毛馬で初の重賞勝利馬となったユキチャンにも、デビューから4戦騎乗していた。

横山 義行

横山 義行(よこやま よしゆき、1974年3月19日 - )は日本中央競馬会(JRA)所属の騎手。
競馬学校8期生。同期には上村洋行、後藤浩輝らがいる美浦トレーニングセンターの加賀武見厩舎所属で1992年にデビュー。

同馬の故障引退後、ゴーカイ号にめぐり会い、「東京オータムジャンプ」を勝利。翌春、国際競走化された障害競走「中山グランドジャンプ(J・GI)」にて、一番人気に応え優勝。

平地競走でも既に100勝を達成しており、史上5人目の平地・障害100勝を達成した。

横山 義行 主な騎乗馬
ビクトリーアップ(1998年中山大障害(秋))
ゴーカイ(1999年東京オータムジャンプ、2000年東京ハイジャンプ、2000年・2001年中山グランドジャンプ)
オンワードメテオ(2002年新潟ジャンプステークス)
テンビーエース(東京オータムジャンプ)
メルシーエイタイム(2007年中山大障害)
タイキレーザー(2008年東京オータムジャンプ)
エーシンディーエス(2009年京都ジャンプステークス)
横山 義行 騎乗成績
日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順
平
地初騎乗1992年3月1日2回中山2日1R4歳未勝利サンリバカメハメハ15頭715着
初勝利1992年3月7日2回中山3日2R4歳未勝利センターグリーン16頭91着
重賞初騎乗1992年8月2日2回札幌8日11R札幌3歳ステークステキサスローズ14頭107着
GI初騎乗2000年2月20日1回東京8日11Rフェブラリーステークステセウスフリーゼ16頭1612着
障
害初騎乗1992年4月4日3回中山3日5R障害未勝利センターコスモ8頭45着
初勝利1995年12月9日5回中山3日6R障害未勝利エステージュピター10頭61着
重賞初騎乗1996年4月6日2回中山5日9R中山大障害(春)エステージュピター9頭9中止
重賞初勝利1998年12月19日5回中山5日10R中山大障害(秋)ビクトリーアップ8頭31着
JGI初騎乗1999年4月11日3回中山6日10R中山グランドジャンプビクトリーアップ10頭24着
JGI初勝利2000年4月15日3回中山7日10R中山グランドジャンプゴーカイ16頭11着

横山 典弘

横山 典弘(よこやま のりひろ、1968年2月23日 - )は日本中央競馬会(JRA)の騎手である。

美浦トレーニングセンター所属で現在はフリー。
父は元JRA騎手の横山富雄、兄も元JRA騎手の横山賀一(ただしJRAの騎手免許は典弘の方が先に取得している)。

さらに叔父に元JRA調教師の奥平真治がおり、身内に競馬関係者が多数存在する中で育つ。その他、妹の夫に元JRA騎手・JRA調教師の菊沢隆徳が、長男にJRA騎手の横山和生がいる。
初めての関東リーディングジョッキーとなる。この年のマイルチャンピオンシップではトロットサンダーに騎乗し3つ目のGIタイトルを獲得。
1996年は同年に引退した小島太に代わりサクラローレルの主戦騎手となる。また、トロットサンダーで安田記念を制したほか、砂の女王と呼ばれたホクトベガにも騎乗。

2005年11月5日には東京競馬の第2競走で通算1600勝を達成すると、第7競走まで6連勝し、JRAの連続施行競走連続勝利の新記録を達成した。なお、この日の騎乗馬は全て3着以内で馬券に絡んでいる。
2007年、10月26日に発表されたJRA競馬学校騎手課程27期生の合格者(入学内定者)の中に長男が合格していたことが明らかになった。11月17日には東京スポーツ杯2歳ステークスをフサイチアソートに騎乗して制し、この勝利と同時に4年連続、自身8度目となるJRA年間100勝を達成した。
2008年は、6月15日の第25回エプソムカップ(サンライズマックス)で、この年の重賞6勝目を記録。これがJRA重賞競走通算100勝目となるメモリアル勝利ともなった。
(後は新潟重賞のみ)
同年の3月1日の中山記念をカンパニーで連覇を飾ると翌週の3月7日にはアーバニティでオーシャンステークスを制覇。さらにその翌日もロジユニヴァースで弥生賞を制覇。

第76回東京優駿の表彰式にて。左から、内閣総理大臣(当時)麻生太郎、勝利騎手の横山典弘、JRAイメージキャラクターの俳優・佐藤浩市
同年5月31日の日本ダービーをロジユニヴァースで優勝、デビュー24年目、15回目のダービー挑戦にして悲願のダービー制覇を達成し、ついにダービージョッキーの称号を手にした。

史上5人目となる2000勝を達成した。
同年の11月1日の天皇賞(秋)ではカンパニーと共に前走の毎日王冠でウオッカを破った勢いそのまま見事G1制覇を果たし、カンパニーにとっては重賞8勝目にして初のGI競走制覇、横山自身も秋の盾20度目の挑戦にして初の勝利を果たした。
8歳馬による平地GI競走制覇はJRAでは史上初となり、2008年の中山記念からコンビを組んでいた横山自身も「人間の想像を超えた馬。」とカンパニーを称えた。
その後、カンパニーの引退レースとなったマイルチャンピオンシップでも堂々の1番人気に応え勝利。秋3戦3勝と衰えを見せぬままカンパニーは種牡馬入りとなった。
横山は12月にはワールドスーパージョッキーズシリーズでも、1995年以来自身2度目の優勝を果たし、その年のすさまじい活躍により秋戦線は運に見放されていた2冠牝馬ブエナビスタの有馬記念の騎乗を任され、テン乗りで今までと違う騎乗を求められていた横山は今まで見せた事のない先行策に出るが惜しくも2着となった。
2009年の横山は2年連続となる重賞二桁勝利、悲願のダービーを含めた3つのG1制覇、2000勝達成、ワールドスーパージョッキーズシリーズ優勝など非常に顕著な活躍が認められ、2009年度の東京競馬記者クラブ賞の特別賞を受賞。

この特別賞は過去に野平祐二、サンデーサイレンス、岡部幸雄が選出されていて、いずれも引退時に又、サンデーサイレンスは死亡した年の選出で現役での特別賞への選出は横山典弘が初の事となる。
2010年には、4週連続重賞勝ち(京成杯・エイシンフラッシュ、アメリカジョッキークラブカップ・ネヴァブション、東京新聞杯・レッドスパーダ、シルクロードステークス・アルティマトゥーレ)を記録した。

山本康志

山本 康志(やまもと こうし、1977年2月28日 - )は、JRA・美浦トレーニングセンターに所属する騎手である。近年は障害競走の騎乗が中心だが平地競走の騎手免許も所持している。
1995年、第11期生としてJRA競馬学校を卒業し騎手免許を取得する。
同期には石山繁、西谷誠、青木芳之、西田雄一郎らがいる。
デビュー時の所属は佐々木亜良厩舎だった。

3月5日、JRA初騎乗となる中山競馬場での第2レースでは、11番人気だったバックファイアーに騎乗し13着だった。8月19日、新潟競馬場での第3レースで4番人気だったアイランドロッコーで勝利しJRA初勝利を挙げる。

9月3日、新潟競馬場での障害レースに出走した4番人気のブローフォンテンに騎乗し障害初騎乗を果たすも5着だった。デビュー年は126戦1勝という成績だった。
1997年、2月23日に中山競馬場で行われた障害競走に3番人気で出走したストレートアンサーで勝利し障害レース初勝利を挙げる。同馬とは初の重賞となる阪神障害ステークス(春)にも出走したが競走中止となった。
2005年、新潟ジャンプステークスを6番人気だったメジロベイシンガーで制し重賞初勝利を挙げる。

山本 康志 主な騎乗馬
バローネフォンテン(2005年ペガサスジャンプステークス、東京オータムジャンプ)
メジロベイシンガー(2005年新潟ジャンプステークス、東京ハイジャンプ2着、2007年イルミネーションジャンプステークス)
ギルティストライク(2010年東京ジャンプステークス)
クリーバレン(2011年新潟ジャンプステークス)
山本 康志 騎乗成績
日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順
平
地初騎乗1995年3月5日2回中山4日2R4歳未勝利バックファイアー15頭1113着
初勝利1995年8月19日1回新潟3日3R4歳未勝利アイランドロッコー13頭41着
重賞初騎乗1998年4月18日2回中京7日11R小倉大賞典テイエムトッキュー16頭1213着
障
害初騎乗1995年9月3日1回新潟8日5R障害未勝利ブローフォンテン7頭45着
初勝利1997年2月23日2回中山2日5R障害400万下ストレートアンサー10頭31着
重賞初騎乗1997年3月8日1回阪神5日9R阪神障害S(春)ストレートアンサー10頭7中止
重賞初勝利2005年8月20日3回新潟3日10R新潟JSメジロベイシンガー14頭61着
JGI初騎乗1999年12月18日5回中山5日10R中山大障害ヨイドレテンシ15頭145着

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