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藤沢和雄調教師、桜花賞でJRA通算重賞100勝の大記録達成!?

ソウルスターリングで藤沢和雄調教師、JRA通算重賞100勝の大記録達成!?

2017年桜花賞に藤沢和雄調教師のJRA通算重賞100勝の大記録達成がかかっています。
藤沢和雄調教師は尾形藤吉元調教師以来となる、史上2人目のJRA通算重賞100勝の大記録を狙っています。

2016年冬の阪神JF、2017年のチューリップ賞も勝ち、今、重賞4連勝中のソウルスターリングでこの大記録が達成されるでしょうか?
予想オッズ1.7倍のソウルスターリングが勝つのか、穴馬が大ドンデン返しをするのか、結末が楽しみです!

藤沢和雄調教師とは?

藤沢和雄調教師は1951年9月22日生まれですから今、65歳です。
1995年から2009年までの間、11度もJRA賞最多勝利調教師賞を獲得しています。

元々は大学で教師になる勉強をしていたのですが、自分の適性に悩んだ末、父の友人の経営する小牧場「青藍牧場」で働くようになります。
しかし、そのころは調教師になろうとは思っていなかったようです。競馬の仕事は今後の将来を決めるための準備期間のつもりだったようです。

しかし、青藍牧場の経営者、田中良熊に強い影響を受け、藤沢師は調教師を目指し始めます。
イギリスへ渡り、名門厩舎のギャビン・プリチャード・ゴードン厩舎で厩務員として4年間働いたのが大きな契機となりました。
競馬哲学や競馬理論、具体的な馬への接し方を学んだのです。

1977年11月に日本に帰国した後は、美浦・菊池一雄厩舎の調教助手として二冠馬カツトップエース(皐月賞、東京優駿(日本ダービー)の調教に関わります。
厩舎が解散したあとは野平厩舎へ入り、藤沢師は名馬シンボリルドルフや岡部幸雄と出会いました。

1987年には、独立して藤沢和雄厩舎を開業します。
開業後5年で関東のリーディングトレーナーとなり、1992年にはシンコウラブリイで初重賞(ニュージーランドトロフィー4歳ステークス)を勝ちます。
藤沢和雄調教師の調教は、馬なり主体で速い時計を出さない点が特徴ですが、馬の運動量の豊富さは厩舎の中でも随一だと評価されています。
追い切りをかけた翌日にキャンターをするなどして馬にきちんと負荷をかけているのです。

1993年にはシンコウラブリイで初めてのGI(マイルチャンピオンシップ)を勝利します。
1997年にはJRAの年間最多重賞勝利の新記録を達成(13勝)し、1998年にはタイキシャトルでフランス・「ジャック・ル・マロワ賞」を勝っています。
騎手は岡部幸雄でした。この後、岡部は藤沢和雄厩舎主戦騎手となります。

2004年にはダンスインザムードで初めてクラシック制覇(桜花賞)をし、ゼンノロブロイで秋古馬GI(天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念)と3連勝しています。
2017年桜花賞でJRA通算重賞100勝の大記録を藤沢和雄調教師が達成するかどうか、大注目ですね!!

桜花賞

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橋田満

橋田満


出身地 兵庫県
生年月日 1952年9月15日(59歳)
所属団体 JRA
初免許年 1983年(1985年開業)
経歴
所属 栗東・橋田俊三(1978)→
栗東・須貝彦三(1978)→
栗東・諏訪佐市(1979 – 開業)→
栗東T.C.(開業 – )

橋田 満(はしだ みつる 1952年9月15日-)は、JRA栗東トレーニングセンターに所属する調教師である。父はタイテエム(1973年天皇賞・春優勝)を管理した橋田俊三元調教師。東海大学海洋学部水産学科卒業。

橋田満 来歴

1983年に調教師免許を取得し、1985年3月16日に管理馬が初出走、同年5月11日に初勝利を挙げる。
有力馬主である近藤利一や永井啓弍との繋がりが非常に強く、代表的な管理馬の名前には大抵「アドマイヤ」や「スズカ」の冠名がつく。逆にこの2人の馬 以外の馬でのGI勝ちはパッシングショットの1回しかない。2010年2月22日現在の管理馬42頭中36頭が両名の所有馬である。

2007年以降は近藤オーナーの意向で、「アドマイヤ」の管理馬に武豊が騎乗することはなくなった。しかし松田博資調教師と違い、スズカフェニックスを初めとする他の管理馬では、武に騎乗依頼を出している。その他、平地競走では川田将雅・芹沢純一・上村洋行など多くの騎手を起用しているが、障害競走では北沢伸也が主戦騎手としてほぼ確立されている。

橋田満 調教師成績

日付 競馬場・開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初出走 1985年3月16日 1回阪神7日1R 4歳未勝利 トーワチャンス – – 7着
初勝利 1985年5月11日 1回福島7日5R 4歳上400万下 アナベイル – – 1着
重賞初出走 1987年2月15日 2回京都6日11R きさらぎ賞 スズノライジン 8頭 8 2着
重賞初勝利 1987年9月6日 3回小倉8日10R 小倉3歳S ポットナポレオン 16頭 3 1着
GI初出走 1987年5月31日 3回東京4日10R 東京優駿 スズノライジン 24頭 23 21着
GI初勝利 1990年11月18日 4回京都6日10R マイルCS パッシングショット 18頭 10 1着
主な管理馬 [編集]
アドマイヤグルーヴ(2003年・2004年エリザベス女王杯)
アドマイヤコジーン(1998年朝日杯3歳ステークス、2002年安田記念)
アドマイヤベガ(1999年東京優駿)
アドマイヤホープ(2003年全日本2歳優駿)
アドマイヤマックス(2005年高松宮記念)
サイレンススズカ(1998年宝塚記念)
スズカマンボ(2005年天皇賞・春)
スズカフェニックス(2007年高松宮記念)
パッシングショット(1990年マイルチャンピオンシップ)

橋田満 主な厩舎所属者

※太字は門下生。括弧内は厩舎所属期間と所属中の職分。
楠孝志(1989年-1993年 騎手、1993年-現在 調教助手)
南井大志(2002年-2005年 騎手)
児玉武大(不明-現在 調教助手)

堀宣行

堀宣行

出身地	千葉県
生年月日	1967年11月9日(44歳)
所属団体	JRA
初免許年	2002年(2003年開業)
経歴
所属	諏訪富三/厩務員(1991.8 - 1991.11)
二ノ宮敬宇/調教助手(1991.11 - 開業)
美浦T.C.(開業 - )

堀 宣行(ほり のりゆき、1967年11月9日 - )はJRA・美浦トレーニングセンターに所属している調教師。千葉県出身。

大学卒業後はサラリーマン生活を送っていた。
1991年5月、JRA競馬学校厩務員課程に入学し、8月より美浦・諏訪富三厩舎所属の厩務員となる。11月より美浦・二ノ宮敬宇厩舎所属の調教助手となる。
2002年2月、調教師免許を取得する。
2003年、厩舎を開業する。初出走は3月15日でエレガントレガーロが12着となり、5月17日にミスタータダヒロが勝利し、延べ23戦目での初勝利となった。
2006年、函館スプリントステークスをビーナスラインが制しJRA重賞初勝利を挙げる。
2010年、高松宮記念をキンシャサノキセキが制しGI初勝利。その後、天皇賞(春)をジャガーメイルが制し、同一年にJRAの最短距離と最長距離のGI勝利を達成した。
堀宣行 特徴
キンシャサノキセキ・ロックドゥカンブなど、南半球産馬を管理することが多い。
主戦騎手は内田博幸・石橋脩。ここ一番ではクリストフ・ルメールやクリストフ・スミヨンなど、外国人騎手への騎乗依頼も目立つ。
追い切りは木曜日に行うことが大半だが、土曜競馬を使う馬や出張競馬に使う馬は水曜日に追うこともある。

堀宣行 調教師成績
          日付	      競馬場・開催	競走名	馬名	     頭数	人気	着順
初出走    2003年3月15日	1回中京3日11R	鈴鹿特別	エレガントレガーロ	16頭	13	12着
初勝利	 2003年5月17日	1回東京7日2R	3歳未勝利	ミスタータダヒロ	16頭	2	1着
重賞初出走 2003年12月6日	6回中山1日11R	ステイヤーズS	マイネルエスケープ	10頭	9	6着
重賞初勝利 2006年7月2日	1回函館6日11R	函館スプリントS	ビーナスライン	13頭	13	1着
GI初出走	 2006年5月17日	2回東京6日11R	NHKマイルC	キンシャサノキセキ	18頭	6	3着
GI初勝利 2010年3月28日	2回中京8日11R	高松宮記念	キンシャサノキセキ	18頭	1	1着

堀宣行 主な管理馬
ビーナスライン(2006年函館スプリントステークス)
ジョリーダンス(2007年、2009年阪神牝馬ステークス)
スプリングドリュー(2007年福島牝馬ステークス)
ロックドゥカンブ(2007年ラジオNIKKEI賞、セントライト記念)
キンシャサノキセキ(2008年函館スプリントステークス、2009年スワンステークス、阪神カップ、2010年オーシャンステークス、高松宮記念、阪神カップ、2011年高松宮記念)
アリゼオ(2010年スプリングステークス、毎日王冠)
ジャガーメイル(2010年天皇賞(春))
クォークスター(2010年セントライト記念)
リアルインパクト(2011年安田記念)

堀宣行 主な厩舎所属者
菅沼輝正(2003年-現在 調教助手)
松田幸吉(2010年-現在 調教助手)
宗像徹(2011年-現在 調教助手)
高橋智大(2011年-現在 調教助手)

平井 雄二 調教師時代

平井 雄二 調教師時代
 1985年調教師免許取得。1986年3月1日、第2回中山競馬3日目第4レースのボルボシローで厩舎所属馬初出走を飾り、同年5月10日の第1回新潟競馬7日目第5レースのシャダイハンターで初勝利を飾った。
厩舎開業当初は後に伝説の名馬となったサクラスターオーを管理していた。1987年、同馬で第47回皐月賞と第48回菊花賞を制して注目を浴びた。しかしそのサクラスターオーは1番人気に推された第32回有馬記念で第3コーナー通過時に脚部を骨折。長期の闘病生活を送ったものの、翌1988年5月に病状が悪化、立ち上がれなくなった為、関係者間の協議の結果、安楽死処分の決断が下された。このサクラスターオーの安楽死は平井も相当な悲しみとショックを受けていた。
尚サクラスターオーの活躍が評価され、1987年に重賞獲得調教師賞を受賞している。
平井は、気性が悪いとの傾向があったサクラショウリの子であるサクラスターオーに対して「サクラショウリの仔は気性が悪いなんて言われるが、サラブレッドについて気性が『悪い』なんてことはない。闘争本能をどう利用して育ててやるかが人間の役割だ」とコメントしていた。

平井 雄二 調教師成績 

日付	競馬場・開催	競走名	馬名	頭数	人気	着順
初出走	1986年3月1日	2回中山3日4R	4歳新馬	ボルボシロー	10頭	10	8着
初勝利	1986年5月10日	1回新潟7日5R	4歳未勝利	シャダイハンター	13頭	2	1着
重賞初出走	1986年8月31日	3回新潟8日8R	新潟3歳S	サクラバリュー	12頭	5	8着
重賞初勝利	1987年3月8日	2回中山4日11R	弥生賞	サクラスターオー	11頭	6	1着
GI初出走・初勝利	1987年4月19日	3回中山8日10R	皐月賞	サクラスターオー	20頭	2	1着
主な管理馬 [編集]
サクラスターオー(1987年弥生賞・皐月賞・菊花賞)
サチノスイーティー(2006年アイビスサマーダッシュ)
平井 雄二 主な厩舎所属者

※太字は門下生。括弧内は厩舎所属期間と所属中の職分。
五十嵐久(1989年-1995年 騎手)
松山将樹(1999年-2007年 調教厩務員、調教助手)
鈴来直人(2000年-2005年 騎手)

平井 雄二

平井 雄二(ひらい ゆうじ、1947年7月31日-)は、日本中央競馬会(JRA)美浦トレーニングセンターに所属する調教師で元騎手。
父は元騎手で中山大障害を制した平井寅雄。
騎手時代は平地競走の他に障害競走にも騎乗しており、障害競走の名馬の1頭であったバローネターフにも2度騎乗している。

平井 雄二 騎手時代 
1963年に馬事公苑長期騎手養成課程14期生として入所。1965年に東京・稲葉幸夫厩舎の騎手候補となり、1969年に騎手デビュー。

同期に同郷の安田富男の他、田島良保、小島太、池上昌弘、目野哲也らがいた。
障害競走の騎乗が中心であった為、安田、田島、小島、池上と違い目立った活躍は無かったが、障害競走に於ける調教師からの信頼は厚く、中山大障害等の障害大レースにも良く騎乗していた。
調教師免許取得により1985年2月に現役を引退。騎手時代の通算成績は重賞競走4勝を含む合計117勝であり、この内概ね9割に当たる106勝が障害競走での勝利であった。

日吉 正和

日吉 正和(ひよし まさかず、1972年1月1日 - )とは、
JRA・栗東トレーニングセンターに所属する調教師で、元騎手。
福岡県出身。身長153cm、体重48kg、血液型A型。騎手時代は平地競走と障害競走の両方に騎乗していた。
1991年、JRA競馬学校を第7期生として卒業して騎手免許を取得し、栗東の湯浅三郎厩舎所属でデビュー。同期には四位洋文、藤田伸二らがいる。
初騎乗は1991年3月2日、中京競馬第1競走のキョウワカガヤキで、13頭立ての10着。初勝利は1991年3月23日の京都競馬第12競走のエイシンテイオーで挙げた。デビュー15戦目だった。
2002年6月9日、中京競馬第5競走のタケカソウルネバーで障害初騎乗初勝利を挙げた。
1992年9月6日、小倉3歳ステークスでデイリープラネットに騎乗し重賞初騎乗(10着)。
2003年7月20日付で騎手を引退し、岡田稲男厩舎の調教助手に転身した。騎手成績は2118戦93勝(うち障害戦7戦1勝)であった。
2010年2月に調教師免許試験に合格[1]。3月1日より技術調教師として活動する。
2011年3月1日付けにて調教師として新規開業(栗東:馬房数14)。

日吉 正和 主な厩舎所属者
※太字は門下生。括弧内は厩舎所属期間と所属中の職分。
山本勝彦(2011年-現在 調教助手)
高野容輔(2011年-現在 調教助手)

羽月 友彦

羽月 友彦(はつき ともひこ 1970年7月29日- )は、
日本中央競馬会栗東トレーニングセンター所属の調教師。

1970年7月29日、鹿児島県出身。
1995年に小林稔厩舎で厩務員となる。その後調教厩務員、石坂正厩舎で調教助手を務める。
2006年2月、調教師試験に合格し、調教師へ転身。1年間は技術調教師として修業。
2007年3月1日、湯浅三郎厩舎を受け継ぐ形で厩舎を開業した。
2007年4月8日、第2回阪神競馬第10レースの梅田ステークスに於いて管理馬のワンダースピードが勝利し、厩舎開業初勝利を挙げた。
2008年4月27日、第3回京都競馬第11レースの第13回アンタレスステークス(GIII)に於いて管理馬のワンダースピードが勝利し、厩舎として初の重賞勝利を挙げた。
主な管理馬
ワンダースピード(2008年アンタレスステークス、名古屋グランプリ、2009年平安ステークス、東海ステークス)

畠山 重則 主な管理馬

畠山 重則 主な管理馬
ハセシノブ(1981年新潟記念、オールカマー、1982年新潟大賞典)
ロシアンブルー(1985年七夕賞、新潟記念)
ハセベルテックス(1987年フラワーカップ)
ヤマタケサリー(1989年テレビ東京賞3歳牝馬ステークス)
アイルトンシンボリ(1992年~1993年ステイヤーズステークス、1994年宝塚記念2着)
マイヨジョンヌ(1996年新潟大賞典、福島記念、1997年新潟大賞典)
アルコセニョーラ(2007年福島記念、2008年新潟記念)
コスモメドウ(2011年ダイヤモンドステークス)



畠山 重則

畠山 重則(はたけやま しげのり、1944年8月2日 - )は日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンター(南)に所属している調教師で、元騎手。実家は有限会社畠山牧場を経営している。
1964年、東京・田中和夫厩舎所属の騎手見習いとなる。
1965年、騎手免許を取得する。
1974年、東京(後に美浦)・勝又忠厩舎所属となる。
1978年、美浦・飯塚好次厩舎所属となる。
1979年、調教師免許を取得し騎手を引退する。騎手成績は通算1787戦143勝。
1980年、厩舎を開業する。10月11日、初出走となった福島競馬場での第5レースは、ミスマッキンレーが2着となる。12月6日に中山競馬場での第12レースで、グリーンエコーが勝利し延べ14頭目で初勝利を挙げる。
1981年、新潟記念をハセシノブが制し、重賞初勝利を挙げる。
1985年、春にシリウスシンボリを厩舎に受け入れる。詳細はシリウスシンボリ移籍事件を参照。優秀調教師賞を初受賞する。
1995年、10月10日に管理馬が地方競馬で初出走する。
1998年、7月15日に浦和競馬場で行われたマルチロマン特別を1番人気だったカゼノオーが制し、地方競馬初勝利を挙げる。
2005年、8月6日にJRA通算300勝を達成する。

橋田 満 調教師成績 管理馬 

橋田 満 調教師成績
 日付	競馬場・開催	競走名	馬名	頭数	人気	着順
初出走	1985年3月16日	1回阪神7日1R	4歳未勝利	トーワチャンス	-	-	7着
初勝利	1985年5月11日	1回福島7日5R	4歳上400万下	アナベイル	-	-	1着
重賞初出走	1987年2月15日	2回京都6日11R	きさらぎ賞	スズノライジン	8頭	8	2着
重賞初勝利	1987年9月6日	3回小倉8日10R	小倉3歳S	ポットナポレオン	16頭	3	1着
GI初出走	1987年5月31日	3回東京4日10R	東京優駿	スズノライジン	24頭	23	21着
GI初勝利	1990年11月18日	4回京都6日10R	マイルCS	パッシングショット	18頭	10	1着
橋田 満 主な管理馬
アドマイヤグルーヴ(2003年・2004年エリザベス女王杯)
アドマイヤコジーン(1998年朝日杯3歳ステークス、2002年安田記念)
アドマイヤベガ(1999年東京優駿)
アドマイヤホープ(2003年全日本2歳優駿)
アドマイヤマックス(2005年高松宮記念)
サイレンススズカ(1998年宝塚記念)
スズカマンボ(2005年天皇賞・春)
スズカフェニックス(2007年高松宮記念)
パッシングショット(1990年マイルチャンピオンシップ)
橋田 満 主な厩舎所属者

※太字は門下生。括弧内は厩舎所属期間と所属中の職分。
楠孝志(1989年-1993年 騎手、1993年-現在 調教助手)
南井大志(2002年-2005年 騎手)

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