競馬用語&競走馬 や行 | 競馬商材検証!競馬投資の極意とは?(競馬の錬金術師)

優駿牝馬(オークス)ってどんなレース?

優駿牝馬(オークス)の基本情報

第70回優駿牝馬
主催者 日本中央競馬会
開催地 東京競馬場
施行時期 5月中旬 – 下旬
(原則2回東京10日目)
格付け GI
1着賞金 9700万円
賞金総額 1億8470万円
距離 芝2400m
出走条件 サラブレッド系3歳牝馬(国際)(指定)

負担重量 定量(55kg)
第1回施行日 1938年11月23日

優駿牝馬(ゆうしゅんひんば)とは日本中央競馬会(JRA)が東京競馬場の芝2400メートルで施行する中央競馬の重賞(GI)競走である。
正賞は内閣総理大臣賞・日本馬主協会連合会会長賞。
イギリスのオークスステークスを範としているため、日本国内ではこの競走の副称を「オークス」としている。日本中央競馬会は提供のテレビCMで「オークス」とのみ表記ならび呼称をし、英語表記をするときは「Yushun Himba (Japanese Oaks) 」としている。

優駿牝馬(オークス)概要

1938年にイギリスのクラシック競走であるオークスステークスを範として4歳(現3歳)牝馬限定の定量の重賞競走阪神優駿牝馬として創設、第1回は現在とは違い鳴尾競馬場の土2700mで施行され東京優駿競走・横浜農林省賞典4歳呼馬・中山4歳牝馬特別・京都農林省賞典4歳呼馬と並び国営競馬の五大競走(五大クラシック競走)の1競走とされた。

1940年からは施行距離を芝2450mに変更するが1943年には芝2400mに変更、1944年は太平洋戦争(戦時中)の影響により1945年は太平洋戦争及び終戦におけるアメリカ進駐軍の競馬場の占領により開催中止、1946年は10月17日からの国営競馬再開に伴い施行場を東京競馬場に変更(コース・距離は芝2400m)、それに伴い名称を「優駿牝馬」に変更した。1953年からは10月の秋季開催から現在の5月の春季開催に変更、1965年からはオークスの副称が付き1968年は東京競馬場のスタンド改築工事により1ヶ月遅れの6月30日に施行、また1972年は流行性の馬インフルエンザの影響で7月2日に順延開催された。なお東京優駿の前週に行われる関係上、前述のように施行競馬場が変更されたことはあるがスタンド改修などで他の競馬場で代替開催になったことは一度もない。

1976年からはエリザベス女王杯の新設に伴い桜花賞とエリザベス女王杯と共に牝馬三冠競走を構成する事になる(牝馬三冠という表現が定着したのは1986年にメジロラモーヌが三冠を達成した時から)。
1984年のグレード制施行により最も格の高いGIに格付けられ、1995年からは指定競走となり地方所属の競走馬も出走可能になった。1996年からはエリザベス女王杯が古馬の出走可能な競走になったことにより、同競走に代わって新設された秋華賞を含めて牝馬三冠競走を構成することになった。2003年からは外国産馬の活躍による出走資格の見直しの一環により外国産馬が2頭が出走可能になり、2006年からは5頭に拡大された。

開催時期に関しては原則として東京優駿(日本ダービー)の開催前週の日曜日となっているが1996年に高松宮杯(現・高松宮記念)がGIに昇格したことを受け、開催日を5月に繰り上げてから本競走を5月最終日曜(旧来の東京優駿の開催日)に繰り下げたことがあった。しかし高松宮記念は2000年に3月開催となったため、元の開催日に戻した。

中央競馬が誇る八大競走の1競走で桜花賞・秋華賞とで中央競馬の牝馬三冠競走を構成し、更にはエリザベス女王杯を含め牝馬四冠競走と呼ばれることもある。また桜花賞は「桜の女王決定戦」と呼ばれるが、本競走は副称のオークスの意味から「樫の女王決定戦」と呼ばれているが誤訳が起源である。

牝馬路線の競走形態上、施行距離となる芝2400mが出走馬にとって初めての場合が多く競馬中継では「2400mは未知の世界」と言われる。距離適性などの理由で桜花賞の優勝馬がこの競走で敗れることも少なくなく、一生に一度きりの距離となる出走馬もいる。また一般的に牝馬にとって2400mは過酷ともいえ、このレースの優勝馬が疲労残りでその後惨敗続きになってしまったとされるケースが多い。しかしエアグルーヴやブエナビスタのように優勝後に更なる飛躍をとげた馬も少なからず存在する。
桜花賞・皐月賞・優駿牝馬・東京優駿のいずれかの2つのクラシック競走とNHKマイルカップを含めて変則三冠競走と呼ぶ者もいる。
現在の優勝レイは桃色地に金色文字となっている。

優駿牝馬(オークス)出走資格

サラ系3歳(旧4歳)のJRA所属の牝馬の競走馬(外国産馬含む)及び地方所属の牝馬の競走馬(本競走への優先出走権を獲得した牝馬及びJRAのGI競走1着馬)及び外国調教馬の牝馬(外国産馬と合わせて9頭まで)、出走枠は18頭まで。未出走馬・未勝利馬は出走できない。

以下のトライアル競走に必要な着順に入った場合優先出走できる。(最大8頭)
トライアル競走
競走名 格付 施行競馬場 施行距離 競走条件 優先出走権
桜花賞 GI 阪神競馬場 芝・外1600m 国際競走 4着以内
フローラステークス GII 東京競馬場 芝2000m 国際競走 3着以内
スイートピーステークス OP 東京競馬場 芝1800m 指定競走 2着以内

ただし未勝利馬(収得賞金が0の馬)には出走権はないが、未出走馬および未勝利馬も出走できるフローラステークスで2着になれば未勝利のまま本競走に出走できる。スイートピーステークスは1着馬のみである。
残りの枠(最低10頭)は通常の収得賞金の総計が多い順に出走できる。(残る1枠が複数の同収得金額馬だった場合は抽選で出走馬が決まる。)
地方馬は上記のトライアル競走3競走で優先出走権を得た場合のみ優駿牝馬(オークス)に出走できる。

優駿牝馬(オークス)その他のステップレース

競走名 格付 施行競馬場 施行距離 競走条件
忘れな草賞 OP 阪神競馬場 芝2000m 指定競走
負担重量
定量で55kgである。
第3~6回は57kgだった。

優駿牝馬(オークス)賞金
グレード制が施行された第45回(1984年)以降
回(施行年) 総額賞金    1着     2着     3着     4着 5着
第45回(1984年) 1億600万円 5,600万円 2,200万円 1,400万円 840万円 560万円
第46回(1985年) 1億1,050万円 5,800万円 2,300万円 1,500万円 870万円 580万円
第47回(1986年) 1億1,400万円 6,000万円 2,300万円 900万円 600万円
第48回(1987年) 1億2,330万円 6,500万円 2,600万円 1,600万円 980万円 650万円
第49回(1988年) 1億3,400万円 7,000万円 2,800万円 1,800万円 1,100万円 700万円
第50回(1989年) 1億4,880万円 7,800万円 3,100万円 2,000万円 1,200万円 780万円
第51回(1990年) 1億5,730万円 8,300万円 3,300万円 2,100万円 1,200万円 830万円
第52回(1991年) 1億7,200万円 9,000万円 3,600万円 2,300万円 1,400万円 900万円
第53回(1992年) 1億8,160万円 9,600万円 3,800万円 2,400万円 960万円
第54回(1993年)
第55回(1994年)
第56回(1995年) 1億8,470万円 9,700万円 3,900万円 2,400万円 1,500万円 970万円
第57回(1996年)
第58回(1997年)
第59回(1998年)
第60回(1999年)
第61回(2000年)
第62回(2001年)
第63回(2002年)
第64回(2003年)
第65回(2004年)
第66回(2005年)
第67回(2006年)
第68回(2007年)
第69回(2008年)
第70回(2009年)
第71回(2010年)
第72回(2011年)
第73回(2012年)

優駿牝馬(オークス)歴史

1938年 – 鳴尾競馬場の4歳(現3歳)牝馬限定の定量の土2700mの重賞競走「阪神優駿牝馬」として創設。
1939年 – 1着入線のヒサヨシが薬物使用により失格(ヒサヨシ事件)。
1940年 – 施行距離を芝2450mに変更。
1943年
施行距離を芝2400mに変更。
尾形景造が調教師として史上初の連覇。
1944年 – 太平洋戦争の影響で中止。
1945年 – アメリカ進駐軍の競馬場占領により中止。
1946年
施行場を東京競馬場に変更。
名称を「優駿牝馬」に変更。
1948年 – 大久保房松が調教師として2人目の連覇。
1953年 – それまでの秋季から春季の競走に変更。
1960年 – 前年の9月1日から日本競馬の時計が変更になったのに伴い、時計表示が1/5秒表示から1/10秒表示に変更。
1965年 – 「オークス」の副称が付く。
1968年 – 東京競馬場のスタンド増築工事により、施行期日を6月30日に設定。
1971年 – 東京競馬場のスタンド増築工事により、施行期日を6月6日に設定。
1972年 – 馬インフルエンザ流行による関東地区の競馬開催中止の影響で、施行期日を7月2日に順延。
1973年 – 稲葉幸夫が調教師として3人目の連覇。
1974年 – 嶋田功が騎手として史上初の3連覇。
1983年 – 当競走で史上最多の28頭が出走。なお、1985年も28頭が出走した。
1984年 – グレード制施行によりGIに格付け。
1992年 – 馬番連勝複式勝馬投票券の導入に伴い、出走可能頭数を現在の18頭に削減。
1995年 – 指定交流競走となり、地方所属馬にも門戸が開放される。
1996年 – 5位入線のノースサンデーが進路妨害により12着に降着。
1998年 – 優駿牝馬開催当日の全体の競走数が12に伴い、当競走のレース番号を第10競走から第11競走に変更。
2001年
馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走条件が「4歳牝馬」から「3歳牝馬」に変更。
ケント・デザーモがJRA史上初となる外国人騎手によるクラシック競走制覇。
2003年 – 外国産馬の出走枠が制限付きで最大2頭まで出走可能となる。
2005年 – 外国産馬の出走枠を最大4頭に拡大。
2006年 – 外国産馬の出走枠を最大5頭に拡大。
2007年
国際セリ名簿基準委員会(ICSC)の勧告により、重賞格付け表記をJpnIに変更。
外国産馬の出走枠を最大6頭に拡大。
ローブデコルテがJRA史上初の外国産馬による5大クラシック競走制覇。
2008年 – 外国産馬の出走枠を最大7頭に拡大。
2009年 – 安藤勝己が49歳と51日で優勝し、自らが持つクラシックレースの最年長優勝記録を塗り替える。同時に地方競馬出身の騎手として史上初の優勝。
2010年
国際競走に指定され、外国調教馬は外国産馬と合わせて最大9頭まで出走可能となる。それに伴い、重賞格付け表記をGIに戻す。
アパパネとサンテミリオンが中央競馬GI史上初の同着優勝[1]。
横山典弘が、騎手として初の父子制覇(父:横山富雄は1978年・ファイブホープの勝利騎手)を達成。
2011年 – 吉田照哉が馬主として史上初の連覇。

優駿牝馬(オークス) 歴代優勝馬

国際競走となった2010年以降は優勝馬の国旗を表記する。
回数 施行日         優勝馬 性齢 勝時計 優勝騎手 管理調教師 馬主
第1回 1938年11月23日 アステリモア 牝3 2:57 2/5 保田隆芳 尾形景造 タイヘイ
第2回 1939年10月1日 ホシホマレ[2] 牝3 2:55 3/5
+ 大差 佐々木猛 大久保房松 ハクヨウ
第3回 1940年10月6日 ルーネラ 牝3 2:38 0/5 近藤貞男 青池良佐 天野弥三郎
第4回 1941年10月5日 テツバンザイ 牝3 2:43 1/5 稲葉幸夫 鈴木甚四郎
第5回 1942年10月11日 ロツクステーツ 牝3 2:39 0/5 玉谷敬治 尾形景造 吉田善助
第6回 1943年10月3日 クリフジ 牝3 2:34 0/5 前田長吉 尾形景造 栗林友二
第7回 1946年11月24日 ミツマサ 牝3 2:46 2/5 新屋幸吉 上村大治郎 東浜一行
第8回 1947年10月19日 トキツカゼ 牝3 2:40 2/5 佐藤嘉秋 大久保房松 川口鷲太郎
第9回 1948年11月14日 ヤシマヒメ 牝3 2:32 0/5 佐藤嘉秋 大久保房松 小林庄平
第10回 1949年11月13日 キングナイト 牝3 2:38 0/5 高橋英夫 函館孫作 浜谷年雄
第11回 1950年11月19日 コマミノル 牝3 2:38 0/5 渡辺正人 西塚十勝 山内伝作
第12回 1951年11月18日 キヨフジ 牝3 2:33 4/5 阿部正太郎 田中和一郎 山口茂治
第13回 1952年10月5日 スウヰイスー 牝3 2:31 2/5 八木沢勝美 松山吉三郎 高峰三枝子
第14回 1953年5月17日 ジツホマレ 牝3 2:36 3/5 杉村一馬 杉村政春 中塚志つゑ
第15回 1954年5月22日 ヤマイチ 牝3 2:39 0/5 八木沢勝美 尾形藤吉 永田雅一
第16回 1955年5月28日 ヒロイチ 牝3 2:32 4/5 岩下密政 矢倉玉男 吉田一太郎
第17回 1956年5月27日 フエアマンナ 牝3 2:33 4/5 佐藤嘉秋 大久保房松 小林庄平
第18回 1957年5月19日 ミスオンワード 牝3 2:32 0/5 栗田勝 武田文吾 樫山純三
第19回 1958年5月18日 ミスマルサ 牝3 2:33 0/5 八木沢勝美 古賀嘉蔵 木村健次
第20回 1959年5月17日 オーカン 牝3 2:33 4/5 清田十一 伊藤勝吉 吉田一太郎
第21回 1960年5月22日 スターロツチ 牝3 2:33.4 高松三太 松山吉三郎 藤井金次郎
第22回 1961年5月21日 チトセホープ 牝3 2:32.5 伊藤修司 伊藤勝吉 野間勘一郎
第23回 1962年5月20日 オーハヤブサ 牝3 2:31.9 藤本勝彦 藤本冨良 笠木政彦
第24回 1963年5月19日 アイテイオー 牝3 2:32.4 伊藤竹男 久保田金造 伊藤忠雄
第25回 1964年5月24日 カネケヤキ 牝3 2:31.1 野平祐二 杉浦照 金指吉昭
第26回 1965年5月23日 ベロナ 牝3 2:31.3 加賀武見 田中和夫 田中はな
第27回 1966年5月22日 ヒロヨシ 牝3 2:36.2 古山良司 久保田彦之 勝川玉子
第28回 1967年5月13日 ヤマピツト 牝3 2:29.6 保田隆芳 浅見国一 小林信夫
第29回 1968年6月30日 ルピナス 牝3 2:31.6 中野渡清一 茂木為二郎 藤田正明
第30回 1969年5月18日 シャダイターキン 牝3 2:32.4 森安重勝 尾形藤吉 吉田善哉
第31回 1970年5月17日 ジュピック 牝3 2:40.6 森安重勝 工藤嘉見 松井照夫
第32回 1971年6月6日 カネヒムロ 牝3 2:36.0 岡部幸雄 成宮明光 金指利明
第33回 1972年7月2日 タケフブキ 牝3 2:28.8 嶋田功 稲葉幸夫 近藤たけ
第34回 1973年5月20日 ナスノチグサ 牝3 2:28.9 嶋田功 稲葉幸夫 那須野牧場
第35回 1974年5月19日 トウコウエルザ 牝3 2:29.1 嶋田功 仲住達弥 渡辺喜八郎
第36回 1975年5月18日 テスコガビー 牝3 2:30.6 菅原泰夫 仲住芳雄 長島忠雄
第37回 1976年5月23日 テイタニヤ 牝3 2:34.4 嶋田功 稲葉幸夫 原八衛
第38回 1977年5月22日 リニアクイン 牝3 2:28.1 松田幸春 松田由太郎 桶谷辰造
第39回 1978年5月21日 ファイブホープ 牝3 2:30.2 横山富雄 山岡寿恵次 榊原富夫
第40回 1979年5月20日 アグネスレディー 牝3 2:29.6 河内洋 長浜彦三郎 渡辺孝男
第41回 1980年5月18日 ケイキロク 牝3 2:32.3 岡部幸雄 浅見国一 内田敦子
第42回 1981年5月24日 テンモン 牝3 2:29.5 嶋田功 稲葉幸夫 原八衛
第43回 1982年5月23日 シャダイアイバー 牝3 2:28.6 加藤和宏 二本柳俊夫 吉田善哉
第44回 1983年5月22日 ダイナカール 牝3 2:30.9 岡部幸雄 高橋英夫 (有)社台レースホース
第45回 1984年5月20日 トウカイローマン 牝3 2:31.9 岡冨俊一 中村均 内村正則
第46回 1985年5月19日 ノアノハコブネ 牝3 2:30.7 音無秀孝 田中良平 小田切有一
第47回 1986年5月18日 メジロラモーヌ 牝3 2:29.6 河内洋 奥平真治 (有)メジロ牧場
第48回 1987年5月24日 マックスビューティ 牝3 2:30.9 田原成貴 伊藤雄二 田所祐
第49回 1988年5月22日 コスモドリーム 牝3 2:28.3 熊沢重文 松田博資 田邉廣己
第50回 1989年5月21日 ライトカラー 牝3 2:29.0 田島良保 清田十一 伊藤照三
第51回 1990年5月20日 エイシンサニー 牝3 2:26.1 岸滋彦 坂口正則 平井豊光
第52回 1991年5月19日 イソノルーブル 牝3 2:27.8 松永幹夫 清水久雄 磯野俊雄
第53回 1992年5月24日 アドラーブル 牝3 2:28.9 村本善之 小林稔 根岸治男
第54回 1993年5月23日 ベガ 牝3 2:27.3 武豊 松田博資 吉田和子
第55回 1994年5月22日 チョウカイキャロル 牝3 2:27.5 小島貞博 鶴留明雄 新田嘉一
第56回 1995年5月21日 ダンスパートナー 牝3 2:26.7 武豊 白井寿昭 吉田勝己
第57回 1996年5月26日 エアグルーヴ 牝3 2:29.1 武豊 伊藤雄二 吉原毎文
第58回 1997年5月25日 メジロドーベル 牝3 2:27.7 吉田豊 大久保洋吉 メジロ商事(株)
第59回 1998年5月31日 エリモエクセル 牝3 2:28.1 的場均 加藤敬二 山本慎一
第60回 1999年5月30日 ウメノファイバー 牝3 2:26.9 蛯名正義 相沢郁 梅崎敏則
第61回 2000年5月21日 シルクプリマドンナ 牝3 2:30.2 藤田伸二 山内研二 (有)シルク
第62回 2001年5月20日 レディパステル 牝3 2:26.3 K.デザーモ 田中清隆 (株)ロードホースクラブ
第63回 2002年5月19日 スマイルトゥモロー 牝3 2:27.7 吉田豊 勢司和浩 飯田正剛
第64回 2003年5月25日 スティルインラブ 牝3 2:27.5 幸英明 松元省一 (有)ノースヒルズマネジメント
第65回 2004年5月23日 ダイワエルシエーロ 牝3 2:27.2 福永祐一 松田国英 大和商事(株)
第66回 2005年5月22日 シーザリオ 牝3 2:28.8 福永祐一 角居勝彦 (有)キャロットファーム
第67回 2006年5月21日 カワカミプリンセス 牝3 2:26.2 本田優 西浦勝一 三石川上牧場
第68回 2007年5月20日 ローブデコルテ 牝3 2:25.3 福永祐一 松元茂樹 前田幸治
第69回 2008年5月25日 トールポピー 牝3 2:28.8 池添謙一 角居勝彦 (有)キャロットファーム
第70回 2009年5月24日 ブエナビスタ 牝3 2:26.1 安藤勝己 松田博資 (有)サンデーレーシング
第71回 2010年5月23日 アパパネ 牝3 2:29.9
(同着) 蛯名正義 国枝栄 (株)金子真人ホールディングス
サンテミリオン 横山典弘 古賀慎明 吉田照哉
第72回 2011年5月22日 エリンコート 牝3 2:25.7 後藤浩輝 笹田和秀 吉田照哉

優駿牝馬(オークス)優駿牝馬の記録

レースレコード – 2:25.3(第68回優勝馬ローブデコルテ)
2着との最大着差 – 大差(第8回優勝馬トキツカゼ)
勝馬投票券最高売上げ – 361億8934万5100円(第55回、優勝馬チョウカイキャロル)
当日の最高入場者数 – 174,446人(第55回)
最多優勝騎手 – 嶋田功 5勝(第33 – 35、37、42回)
最多連続優勝騎手 – 嶋田功 3連覇(第33 – 35回)
最多勝調教師 – 5勝 尾形藤吉(第1、5、6、15、30回) 稲葉幸夫(第4、33、34、37、42回)

優駿牝馬(オークス)母仔制覇

過去に2組の優駿牝馬母仔制覇の例がある。
組 母馬名 優勝回 子馬名 優勝回
1組目 クリフジ 第6回 ヤマイチ 第15回
2組目 ダイナカール 第44回 エアグルーヴ 第57回

優駿牝馬(オークス)デビューから無敗制覇

過去に4頭がデビューから無敗で優駿牝馬を制覇している。
優勝回 馬名 無敗成績 備考
1 第6回 クリフジ 5戦5勝 第12回東京優駿競走優勝
第6回京都農商省賞典4歳呼馬優勝
2 第7回 ミツマサ 4戦4勝
3 第18回 ミスオンワード 8戦8勝
4 第67回 カワカミプリンセス 4戦4勝 第11回秋華賞優勝

優駿牝馬(オークス)外国産馬による制覇

優勝回 馬名
1 第68回 ローブデコルテ

優駿牝馬(オークス)騎手の父子制覇
父 優勝回           子 優勝回
横山富雄 第39回(ファイブホープ) 横山典弘 第71回(サンテミリオン)

優駿牝馬(オークス)からの秋華賞・エリザベス女王杯の制覇

地方競馬の「オークス」

地方競馬でもオークスを範した競走がある。地区内での中央競馬の優駿牝馬と同等の機能を持った競走に設定されている。以下は2006年現在施行されている競走のみ。
ばんえいオークス(ばんえい競馬)
ひまわり賞(岩手県競馬組合)
関東オークス(川崎競馬場)

弥生賞(皐月賞トライアル)ってどんなレース?

弥生賞(皐月賞トライアル)の基本情報

主催者 日本中央競馬会
開催地 中山競馬場
施行時期 3月上旬
(原則2回中山4日目)
格付け GII
1着賞金 5200万円
賞金総額 9900万円
距離 芝2000m
出走条件 サラブレッド系3歳(国際)(指定)
出走資格も参照
負担重量 馬齢(56kg、牝馬2kg減)
第1回施行日 1964年3月1日
特記 上位3着まで(収得賞金0の馬は2着まで)に皐月賞への優先出走権

弥生賞(やよいしょう)は、中山競馬場の芝2000メートルで行われる中央競馬の重賞 (GII) 競走。競走名は陰暦の3月である弥生から由来。報知新聞社が優勝杯を提供しているため、正式名称は報知杯弥生賞と表記される。

皐月賞と同じ距離・コースで行われる本競走には毎年3歳牡馬の有力馬が多く参戦し、皐月賞のみならずその年の牡馬クラシック三冠(皐月賞・東京優駿(日本ダービー)・菊花賞)を占ううえで最も重要な競走のひとつとして位置付けられている。

弥生賞(皐月賞トライアル) 概要

本競走は1960年から1963年に施行されていた東京記念を前身とし、1964年にクラシック競走である皐月賞の前哨戦として4歳(現3歳)の別定の重賞競走、弥生賞として創設、第1回は現在とは違い中山競馬場の芝1600メートルで施行された。

しかし翌1965年には施行場を東京競馬場に移し、同競馬場の改修工事の影響により1968年のみふたたび中山競馬場で施行し、1971年から負担重量は馬齢重量に変更された。

1969年から1970年の2年間は、積雪の影響で1969年ダート1400メートル、1970年ダート1600メートルで施行、1971年からはふたたび施行場を中山競馬場に移し、施行距離を芝1800メートルに変更した。

1982年から正式に皐月賞指定オープン競走となり、上位5着までに入賞した競走馬には皐月賞の優先出走権が与えられるようになり、更に皐月賞の前哨戦の意味合いを高めることになる。

1984年からはグレード制施行によりGIIIに格付け、施行距離が現在の芝2000メートルとなり、さらに混合競走に指定、外国産馬の出走が可能になった。1987年にはGIIに格上げされ、1991年に優先出走権の見直しにより、上位3着までに入賞した競走馬に皐月賞の優先出走権が与えられるように変更された。

1995年には指定交流競走に指定、地方競馬所属の競走馬も出走可能になり、かつ皐月賞トライアルに指定されたが、1997年に混合競走から除外、しかし外国産馬の活躍による出走資格の見直しの一環により2002年に外国産馬が皐月賞に出走可能になったことに伴い、ふたたび混合競走に指定され、同年のみ負担重量が定量で施行された。

出走資格は、サラ系3歳(旧4歳)のJRA所属の競走馬(外国産馬含む)および地方所属の競走馬(2頭まで)。上位3着まで入賞した競走馬には皐月賞の優先出走権が与えられる。負担重量は馬齢重量で56キログラム、牝馬は54キログラムである。

弥生賞(皐月賞トライアル) 歴史

1964年 – 中山競馬場の芝外回り1600メートルの4歳(現3歳)の別定重量の重賞競走、弥生賞として創設(創設当初の基本負担斤量は牡馬・騸馬・牝馬共に52キログラム)。
1965年 – 施行場を東京競馬場の芝1600メートルに変更。
1968年 – 東京競馬場の改修工事により中山競馬場の芝外回り1600メートルで施行。
1969年 – 積雪の影響によりダート1400メートルで施行。

1970年
報知新聞社より優勝杯の提供を受ける。
積雪の影響によりダート1600メートルで施行。
1971年
施行場を中山競馬場の芝1800メートルに変更。
負担重量を「別定重量」から「馬齢重量」に変更。
負担斤量を牡馬・騸馬55キログラム、牝馬53キログラムに変更。
1972年 – 前年末に発生した馬インフルエンザの影響で5月に順延開催。
1973年 – 元地方大井所属のハイセイコーがJRA転厩馬として史上初の優勝。

1982年 – 皐月賞指定オープン競走に指定され、上位5着までの入賞馬に皐月賞の優先出走権が付与されるようになる。
1984年
グレード制施行によりGIIIに格付け。
混合競走に指定。
施行距離を現在の芝2000メートルに変更。
1987年 – GIIに格上げ。
1988年 – 中山競馬場の改修工事により東京競馬場の芝2000メートルで施行。
1991年 – 優先出走権取得条件が上位5頭から上位3頭の入賞馬に変更。

1995年
皐月賞トライアルに指定。
指定交流競走に指定され、地方馬は2頭まで出走可能となる。
1997年 – 混合競走から除外。
1998年 – 武豊が騎手として史上初の3連覇。
2001年 – 馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走条件が「4歳」から「3歳」に変更。

2002年
負担重量を「馬齢重量」から「定重量」に変更。
負担斤量を牡馬・騸馬56キログラム、牝馬54キログラムに変更。
混合競走に再び指定。
2003年 – 負担重量を「定重量」から「馬齢重量」に戻す。
2004年 – ホッカイドウ所属のコスモバルクが地方所属馬として史上初の優勝。

2007年
国際セリ名簿基準委員会(ICSC)の勧告により、重賞格付け表記をJpnIIに変更。
武豊が騎手として2度目の3連覇。
2010年 – 国際競走に指定され、重賞格付け表記をGIIに戻す。

弥生賞(皐月賞トライアル) 歴代優勝馬

回数 施行日        優勝馬 性齢 勝時計 優勝騎手 管理調教師
第1回 1964年3月1日 トキノパレード 牡3 1:38.5 野平好男 田中和夫
第2回 1965年2月28日 キーストン 牡3 1:36.9 山本正司 松田由太郎
第3回 1966年2月27日 タマシユウホウ 牡3 1:39.9 郷原洋行 稗田敏男
第4回 1967年3月5日 アサデンコウ 牡3 1:38.7 森安重勝 藤本冨良
第5回 1968年3月17日 アサカオー 牡3 1:37.4 加賀武見 中村広
第6回 1969年3月2日 ワイルドモア 牡3 1:25.1 森安重勝 尾形藤吉
第7回 1970年3月1日 タニノムーティエ 牡3 1:38.9 安田伊佐夫 島崎宏
第8回 1971年3月14日 メジロゲッコウ 牡3 1:50.7 郷原洋行 大久保末吉
第9回 1972年5月14日 ロングエース 牡3 1:50.3 武邦彦 松田由太郎
第10回 1973年3月4日 ハイセイコー 牡3 1:50.9 増沢末夫 鈴木勝太郎
第11回 1974年3月3日 カーネルシンボリ 牡3 1:51.2 野平祐二 野平省三
第12回 1975年3月1日 カブラヤオー 牡3 1:51.2 菅原泰夫 茂木為二郎
第13回 1976年3月7日 クライムカイザー 牡3 1:51.2 加賀武見 佐藤嘉秋
第14回 1977年3月6日 ラッキールーラ 牡3 1:49.8 伊藤正徳 尾形藤吉
第15回 1978年3月5日 ファンタスト 牡3 1:51.7 柴田政人 高松三太
第16回 1979年3月4日 リキアイオー 牡3 1:51.1 星野信幸 伊藤竹男
第17回 1980年3月2日 トウショウゴッド 牡3 1:52.0 中島啓之 奥平真治
第18回 1981年3月1日 トドロキヒホウ 牡3 1:51.1 郷原洋行 元石孝昭
第19回 1982年3月7日 サルノキング 牡3 1:51.4 田原成貴 中村好夫
第20回 1983年3月6日 ミスターシービー 牡3 1:50.2 吉永正人 松山康久
第21回 1984年3月4日 シンボリルドルフ 牡3 2:01.7 岡部幸雄 野平祐二
第22回 1985年3月3日 スダホーク 牡3 2:03.0 田村正光 古山良司
第23回 1986年3月2日 ダイシンフブキ 牡3 2:02.4 菅原泰夫 柴田寛
第24回 1987年3月8日 サクラスターオー 牡3 2:02.1 東信二 平井雄二
第25回 1988年3月6日 サクラチヨノオー 牡3 2:01.1 小島太 境勝太郎
第26回 1989年3月5日 レインボーアンバー 牡3 2:07.7 増沢末夫 鈴木勝太郎
第27回 1990年3月4日 メジロライアン 牡3 2:05.4 横山典弘 奥平真治
第28回 1991年3月3日 イブキマイカグラ 牡3 2:01.7 南井克巳 中尾正
第29回 1992年3月8日 アサカリジェント 牡3 2:01.5 柴田政人 河野通文
第30回 1993年3月7日 ウイニングチケット 牡3 2:00.1 柴田政人 伊藤雄二
第31回 1994年3月6日 サクラエイコウオー 牡3 2:01.3 小島太 境勝太郎
第32回 1995年3月5日 フジキセキ 牡3 2:03.7 角田晃一 渡辺栄
第33回 1996年3月3日 ダンスインザダーク 牡3 2:02.7 武豊 橋口弘次郎
第34回 1997年3月2日 ランニングゲイル 牡3 2:02.2 武豊 加用正
第35回 1998年3月8日 スペシャルウィーク 牡3 2:01.8 武豊 白井寿昭
第36回 1999年3月7日 ナリタトップロード 牡3 2:03.5 渡辺薫彦 沖芳夫
第37回 2000年3月5日 フサイチゼノン 牡3 2:02.3 藤田伸二 田原成貴
第38回 2001年3月4日 アグネスタキオン 牡3 2:05.7 河内洋 長浜博之
第39回 2002年3月3日 バランスオブゲーム 牡3 2:02.0 田中勝春 宗像義忠
第40回 2003年3月9日 エイシンチャンプ 牡3 2:02.3 福永祐一 瀬戸口勉
第41回 2004年3月7日 コスモバルク 牡3 2:00.5 五十嵐冬樹 田部和則
第42回 2005年3月6日 ディープインパクト 牡3 2:02.2 武豊 池江泰郎
第43回 2006年3月5日 アドマイヤムーン 牡3 2:01.5 武豊 松田博資
第44回 2007年3月4日 アドマイヤオーラ 牡3 2:00:5 武豊 松田博資
第45回 2008年3月9日 マイネルチャールズ 牡3 2:01.8 松岡正海 稲葉隆一
第46回 2009年3月8日 ロジユニヴァース 牡3 2:03.5 横山典弘 萩原清
第47回 2010年3月7日 ヴィクトワールピサ 牡3 2:06.1 武豊 角居勝彦
第48回 2011年3月6日 サダムパテック 牡3 2:01.0 岩田康誠 西園正都

弥生賞(皐月賞トライアル)からの春のクラシック競走優勝馬

創設年から春のクラシック戦線を占う競走として施行されているが36頭が皐月賞・東京優駿(日本ダービー)・桜花賞・優駿牝馬(オークス)のいずれかを制覇し、第20回優勝馬ミスターシービー、第21回優勝馬シンボリルドルフ、第42回優勝馬ディープインパクトはクラシック牡馬三冠を成し遂げた。

回数 馬名     性齢 着順 優勝競走
第1回 カネケヤキ 牝3 4着 第24回桜花賞・第25回優駿牝馬
第2回 キーストン 牡3 1着 第32回東京優駿
第3回 ニホンピロエース 牡3 2着 第26回皐月賞
第4回 アサデンコウ 牡3 1着 第34回東京優駿
第5回 マーチス 牡3 3着 第28回皐月賞
第6回 ワイルドモア 牡3 1着 第29回皐月賞
第7回 タニノムーティエ 牡3 1着 第30回皐月賞・第37回東京優駿
第9回 ロングエース 牡3 1着 第39回東京優駿
ランドプリンス 2着 第32回皐月賞
第10回 ハイセイコー 牡3 1着 第33回皐月賞
タケホープ 7着 第40回東京優駿
第11回 コーネルランサー 牡3 3着 第41回東京優駿
第12回 カブラヤオー 牡3 1着 第35回皐月賞・第42回東京優駿
第13回 クライムカイザー 牡3 1着 第43回東京優駿
第14回 ラッキールーラ 牡3 1着 第44回東京優駿
第15回 ファンタスト 牡3 1着 第38回皐月賞
サクラショウリ 2着 第45回東京優駿
第17回 ハワイアンイメージ 牡3 3着 第40回皐月賞
第20回 ミスターシービー 牡3 1着 第43回皐月賞・第50回東京優駿
第21回 シンボリルドルフ 牡3 1着 第44回皐月賞・第51回東京優駿
第23回 ダイナコスモス 牡3 2着 第46回皐月賞
第24回 サクラスターオー 牡3 1着 第47回皐月賞
第25回 サクラチヨノオー 牡3 1着 第55回東京優駿
第27回 アイネスフウジン 牡3 4着 第57回東京優駿
第30回 ウイニングチケット 牡3 1着 第60回東京優駿
ナリタタイシン 2着 第53回皐月賞
第33回 イシノサンデー 牡3 3着 第56回皐月賞
第34回 サニーブライアン 牡3 3着 第57回皐月賞・第64回東京優駿
第35回 スペシャルウィーク 牡3 1着 第65回東京優駿
セイウンスカイ 2着 第58回皐月賞
第36回 アドマイヤベガ 牡3 2着 第66回東京優駿
第37回 エアシャカール 牡3 2着 第60回皐月賞
第38回 アグネスタキオン 牡3 1着 第61回皐月賞
第42回 ディープインパクト 牡3 1着 第65回皐月賞・第72回東京優駿
第45回 キャプテントゥーレ 牡3 4着 第68回皐月賞
第46回 ロジユニヴァース 牡3 1着 第76回東京優駿
第47回 ヴィクトワールピサ 牡3 1着 第70回皐月賞

フェブラリーステークスで気になる穴馬は・・・

ヤマニンキングリーなんですね。データから見ると、東京大賞典からフェブラリーステークスに出走してきた馬の

3着以内率は50%もあるんです。3走前からダートに転戦してきたんですよね。JCD・シリウスSではいい上がりタイムでした。

今回は人気もなさそうですしね。ただ、もう7歳なんですよね。調教次第かなあ。

ヤマニンキングリーの基本情報

性別 牡
毛色 栗毛
生誕 2005年5月16日(7歳)
登録日 2007年7月11日
父 アグネスデジタル
母 ヤマニンアリーナ
母の父 サンデーサイレンス
生国 日本(北海道新冠町)
生産 錦岡牧場
馬主 土井肇
調教師 河内洋(栗東)
競走成績
生涯成績 31戦7勝
獲得賞金 2億9634万4000円

ヤマニンキングリーの主な勝ち鞍は2008年中日新聞杯、2009年札幌記念、2011年シリウスステークス。

馬名の意味は冠名の「ヤマニン」と英語で「王位を持つ」を意味する「キングリー」である。半姉に重賞2勝を挙げたヤマニンメルベイユ(父メジロマックイーン)がいる。

ヤマニンキングリー 経歴 

ヤマニンキングリー2007年
競走馬としてのデビューは2007年9月2日札幌競馬場の新馬戦、ウインギガシャトルを抑えて初勝利を挙げた。続く二走を着外(5着以下)と大敗したものの、11月の黄菊賞でトールポピーを退け、2勝目を挙げる。次走の朝日杯フューチュリティステークスGI級(JpnI)競走に初出走、武豊が騎乗し5番人気に支持されたが、7着に終わった。
ヤマニンキングリー2008年
3歳シーズンは、始動戦のきさらぎ賞3着、毎日杯4着と勝ち切れないレースが続いた。東京優駿出走(日本ダービー)権確保のために臨んだプリンシパルステークスも3着に終わり、春のクラシック競走には出走できなかった。しかし代わりに臨んだ白百合ステークスを制し、オープンクラスに定着する。
夏の休養を経て、秋は菊花賞を目標に神戸新聞杯から始動するも8着。本番の菊花賞も9着と大敗した。しかし古牡馬との初対戦となった次走アンドロメダステークスに勝利すると、当年最後のレースとなった中日新聞杯では、中団待機策からゴール前でフサイチアソートをクビ差捉え、重賞初勝利を挙げた。
ヤマニンキングリー2009年
2009年は、緒戦の中山金杯から小倉大賞典、中京記念と重賞で3戦連続の2着となる。その後休養に入り、8月に札幌記念で復帰。当日は当年の牝馬クラシック二冠を制した3歳馬ブエナビスタに人気が集中していたが、先行策から最後の直線でサクラオリオンを交わして先頭に立つと、ゴール前追い込んだブエナビスタをクビ差抑えて優勝。重賞2勝目となった。続く毎日王冠では2番人気に推されたが9着と惨敗した。本番の天皇賞(秋)では好位追走も伸びを欠き7着に終わった。続くジャパンカップではレース中に鼻出血を発症し18着と殿負けを喫した。
ヤマニンキングリー2010年
2010年の緒戦となった大阪杯ではドリームジャーニーに次ぐ2番人気で出走。中団追走も伸び切れず7着に敗れた。その後、シンガポールに遠征し5月16日のシンガポール航空インターナショナルカップに出走したが、11着と殿負けに終わった。帰国後、連覇がかかった札幌記念では中団を追走するが直線で失速し14着と大敗を喫した。その後10月31日の天皇賞(秋)では見せ場なく10着、12月11日の中日新聞杯では11着に終わった。
ヤマニンキングリー2011年
7月の小倉記念で復帰、好位でレースを進めたがイタリアンレッドの4着。続く新潟記念では好位追走も伸びを欠きブービーの10着に終わった。朝日チャレンジカップでは好位追走から直線でミッキードリーム、エーシンジーライン、レディアルバローザとの激しい追い比べとなったが4着。

初のダート戦となったシリウスステークスでは道中2番手追走から直線で早々と先頭に立つと後続を寄せ付けず快勝、2009年の札幌記念以来2年ぶりの重賞制覇となった。12月4日のジャパンカップダートでは後方から追い上げてくるものの7着だった。12月29日の東京大賞典では中団5番手あたりでレースを進めたが直線で伸びを欠き6着に終わった。
ヤマニンキングリー競走成績

年月日  競馬場 競走名 格 頭数 オッズ(人気) 着順 騎手 斤量 距離(馬場) タイム(上り3F) タイム差 勝ち馬/(2着馬)
2007 9. 2 札幌 2歳新馬 14 10.0 (5人) 1着 藤田伸二 54 芝1800m(良) 1:55.8(34.5) -0.2 (ウインギガシャトル)
9. 29 札幌 札幌2歳S JpnIII 14 12.2 (5人) 9着 津村明秀 54 芝1800m(良) 1:52.7(38.4) 0.8 オリエンタルロック
10. 27 京都 萩S OP 12 11.6 (5人) 8着 O.ペリエ 55 芝1800m(稍) 1:48.6(35.8) 0.7 フローテーション
11. 11 京都 黄菊賞 13 21.8 (5人) 1着 藤田伸二 55 芝1800m(良) 1:47.5(34.9) 0.0 (トールポピー)
12. 9 中山 朝日杯FS JpnI 16 10.7 (5人) 7着 武豊 55 芝1600m(良) 1:34.8(36.0) 1.3 ゴスホークケン
2008 2. 17 京都 きさらぎ賞 JpnIII 15 17.1 (7人) 3着 藤田伸二 56 芝1800m(良) 1:48.9(34.6) 0.1 レインボーペガサス
3. 29 阪神 毎日杯 JpnIII 14 7.2 (3人) 4着 渡辺薫彦 56 芝1800m(良) 1:46.6(35.4) 0.6 ディープスカイ
5. 10 東京 プリンシパルS OP 18 5.8 (3人) 3着 福永祐一 56 芝2000m(稍) 2:02.0(36.3) 0.5 ベンチャーナイン
5. 31 中京 白百合S OP 10 4.9 (2人) 1着 福永祐一 56 芝1800m(稍) 1:48.2(34.8) -0.1 (ナリタダイコク)
9. 28 阪神 神戸新聞杯 JpnII 18 21.0 (5人) 8着 柴山雄一 56 芝2400m(良) 2:26.0(35.6) 0.7 ディープスカイ
10. 26 京都 菊花賞 JpnI 18 39.0 (16人) 9着 柴山雄一 57 芝3000m(良) 3:06.8(35.9) 1.1 オウケンブルースリ
11. 15 京都 アンドロメダS OP 13 2.7 (1人) 1着 武豊 54 芝2000m(良) 1:59.4(33.9) 0.0 (ダブルティンパニー)
12. 13 中京 中日新聞杯 JpnIII 17 5.6 (2人) 1着 M.デムーロ 55 芝2000m(良) 1:59.5(34.0) 0.0 (フサイチアソート)
2009 1. 4 中山 中山金杯 GIII 16 5.9 (2人) 2着 藤田伸二 56 芝2000m(良) 1:58.5(35.0) 0.0 アドマイヤフジ
2. 7 小倉 小倉大賞典 GIII 16 2.8 (1人) 2着 武豊 57 芝1800m(良) 1:45.0(33.9) 0.1 サンライズマックス
3. 14 中京 中京記念 GIII 18 2.0 (1人) 2着 武豊 57 芝2000m(重) 2:00.5(36.7) 0.1 サクラオリオン
8. 23 札幌 札幌記念 GII 16 28.2 (7人) 1着 柴山雄一 57 芝2000m(良) 2:00.7(35.8) 0.0 (ブエナビスタ)
10. 11 東京 毎日王冠 GII 11 10.0 (2人) 9着 柴山雄一 58 芝1800m(良) 1:46.4(34.3) 1.1 カンパニー
11. 1 東京 天皇賞(秋) GI 18 46.4 (10人) 7着 柴山雄一 58 芝2000m(良) 1:58.2(34.2) 1.0 カンパニー
11. 29 東京 ジャパンC GI 18 71.2 (13人) 18着 柴山雄一 57 芝2400m(良) 2:26.6(39.1) 4.2 ウオッカ
2010 4. 4 阪神 大阪杯 GII 12 11.7 (2人) 7着 藤田伸二 58 芝2000m(良) 1:59.8(35.0) 0.3 テイエムアンコール
5. 16 クランジ シンガポール国際C G1 11 (6人) 11着 柴山雄一 57 芝2000m(稍) 2:05.8 3.7 Lizard’s Desire
8. 22 札幌 札幌記念 GII 16 23.3 (9人) 14着 武豊 57 芝2000m(良) 2:00.6(36.4) 1.2 アーネストリー
10. 31 東京 天皇賞(秋) GI 18 108.2 (15人) 10着 吉田隼人 58 芝2000m(稍) 1:59.4(35.3) 1.2 ブエナビスタ
12. 11 小倉 中日新聞杯 GIII 18 44.1 (11人) 11着 吉田隼人 57 芝2000m(良) 2:00.1(34.5) 1.4 トゥザグローリー
2011 7. 31 小倉 小倉記念 GIII 18 8.8 (5人) 4着 石橋守 56 芝2000m(良) 1:57.7(36.4) 0.4 イタリアンレッド
8. 28 新潟 新潟記念 GIII 11 6.5 (4人) 10着 田中勝春 56 芝2000m(良) 2:00.3(34.4) 1.2 ナリタクリスタル
9. 10 阪神 朝日CC GIII 9 10.7 (5人) 4着 武豊 58 芝2000m(良) 1:59.6(34.5) 0.0 ミッキードリーム
10. 1 阪神 シリウスS GIII 12 10.6 (5人) 1着 武豊 56 ダ2000m(良) 2:04.3(36.5) -0.4 (キングスエンブレム)
12. 4 阪神 ジャパンカップダート GI 16 13.8 (3人) 7着 M.デムーロ 57 ダ1800m(良) 1:51.1(37.0) 0.5 トランセンド
12. 29 大井 東京大賞典 GI 12 10.2 (2人) 6着 M.デムーロ 57 ダ2000m(良) 2:03.9(39.6) 2.1 スマートファルコン
ヤマニンキングリー血統表 

ヤマニンキングリーの血統 (ミスタープロスペクター系/Turn-to 母内5×5=6.25%)


アグネスデジタル
1997 栗毛 アメリカ Crafty Prospector
1979 栗毛 アメリカ Mr. Prospector Raise a Native
Gold Digger
Real Crafty Lady In Reality
Princess Roycraft
Chancey Squaw
1991 鹿毛 アメリカ Chief’s Crown Danzig
Six Crowns
Allicance Alleged
Runaway Bride


ヤマニンアリーナ
1992 鹿毛 日本 *サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986 青鹿毛 アメリカ Halo Hail To Reason
Cosmah
Wishing Well Understanding
Mountain Flower
*ティファニーラス
Tiffany Lass
1983 黒鹿毛 アメリカ Bold Forbes Irish Castle
Comely Nell
Sally Stark Graustark
Sally Ship F-No.3-c
祖母ティファニーラスは1986年のエクリプス賞最優秀3歳牝馬。従姉に2003年度JRA賞最優秀2歳牝馬ヤマニンシュクルがいる。

ヤマニンセラフィム産駒(ナムラクレセント)は京都芝2400m外(第59回日経新春杯)で馬券になる?

ヤマニンセラフィム産駒の京都芝2400m外の成績は、0勝、2着0回、3着0回、着外2回です。
ヤマニンセラフィム産駒は、走っている頭数自体がすくないので産駒適性は、よくわかりませんね。

ただ、データの京都芝2400m外の4着以下2回の成績は、ナムラクレセントの成績なんですね。

う~ん、消しでしょうかね。

ナムラクレセントの基本情報

牡7 鹿毛 現役
調教師 [栗東]福島 信晴
馬主 奈村 信重
生産者 八田ファーム
獲得賞金 30050万円
出走予定レース 1月15日京都11R
日経新春杯(G2)

ナムラクレセントの血統表

ヤマニンセラフィム サンデーサイレンス Halo
Wishing Well
ヤマニンパラダイス Danzig
Althea
サクラコミナ サクラシヨウリ パーソロン
シリネラ
サクラユウホー ダンデイルート
サクラグローブ

ナムラクレセントの競走成績
1着 2着 3着 着外 出走 勝率 連対率 複勝率
芝 7 2 4 17 30 23.3% 30.0% 43.3%
ダート 0 0 0 0 0 0.0% 0.0% 0.0%
障害 0 0 0 0 0 0.0% 0.0% 0.0%
全成績 7 2 4 17 30 23.3% 30.0% 43.3%
日付 場 天気 R レース名 頭数 枠番 馬番 人気 着順 騎手 遮眼 斤量 距離 馬場 タイム 着差 通過順 上
り 馬体重 勝馬(2着馬)
2011/12/3 中山 晴 11 ステイヤーズS(GⅡ) 16 3 5 2 5 和田 竜二 58.0 芝3600 不 3:51.9 1.1 09-09-04-02 38.3 498(-2) マイネルキッツ
2011/11/6 東京 曇 11 アルゼンチン共和国杯(GⅡ) 18 2 4 5 13 後藤 浩輝 58.0 芝2500 良 2:33.3 1.8 04-04-03-05 37.2 500(0) トレイルブレイザー
2011/6/26 阪神 晴 11 宝塚記念(GⅠ) 16 1 1 8 14 和田 竜二 58.0 芝2200 良 2:12.7 2.6 01-01-01-01 37.8 500(-2) アーネストリー
2011/5/1 京都 曇 11 天皇賞(春)(GⅠ) 18 2 3 5 3 和田 竜二 58.0 芝3200 稍 3:20.9 0.3 11-10-01-01 36.3 502(+2) ヒルノダムール
2011/3/20 阪神 曇 11 阪神大賞典(GⅡ) 14 3 3 3 1 和田 竜二 57.0 芝3000 良 3:04.4 -0.6 02-02-02-02 35.3 500(-6) (コスモメドウ)
2011/1/16 京都 曇 11 日経新春杯(GⅡ) 13 2 2 7 4 和田 竜二 57.0 芝2400 良 2:25.1 0.5 04-04-03-03 34.8 506(+4) ルーラーシップ
2010/12/11 小倉 曇 11 中日新聞杯(GⅢ) 18 5 9 2 6 小牧 太 57.0 芝2000 良 1:59.7 1.0 08-10-08-07 34.3 502(+4) トゥザグローリー
2010/11/20 福島 晴 11 福島記念(GⅢ) 16 1 1 2 7 小牧 太 57.0 芝2000 良 1:59.3 0.4 12-10-12-12 35.3 498(-2) ダンスインザモア
2010/10/31 京都 雨 11 カシオペアステークス(OP) 11 7 9 2 2 和田 竜二 57.0 芝1800 稍 1:48.1 0.3 06-05 36.3 500(+4) トゥザグローリー
2010/6/27 阪神 晴 10 宝塚記念(GⅠ) 18 3 5 9 9 小牧 太 58.0 芝2200 稍 2:13.8 0.8 01-01-01-01 37.3 496(-6) ナカヤマフェスタ
2010/5/29 京都 晴 10 金鯱賞(GⅡ) 14 3 4 2 8 岩田 康誠 57.0 芝2000 良 2:00.3 0.8 02-02-03-03 34.6 502(+6) アーネストリー
2010/5/2 京都 晴 10 天皇賞(春)(GⅠ) 18 4 7 7 4 小牧 太 58.0 芝3200 良 3:16.8 1.1 08-09-10-07 34.6 496(+10) ジャガーメイル
2010/3/27 中山 晴 11 日経賞(GⅡ) 15 6 10 3 8 小牧 太 57.0 芝2500 稍 2:34.5 0.4 04-04-03-03 35.5 486(-14) マイネルキッツ
2009/12/5 阪神 晴 11 鳴尾記念(GⅢ) 14 7 11 2 3 小牧 太 56.0 芝1800 良 1:46.7 0.2 06-06 33.4 500(+2) アクシオン
2009/11/14 京都 晴 11 アンドロメダS(OP) 17 2 4 1 1 小牧 太 57.0 芝2000 重 2:00.5 -0.2 12-12-10-10 34.6 498(0) (トーセンジョーダン)
2009/10/11 東京 晴 11 毎日王冠(GⅡ) 11 8 11 5 4 小牧 太 57.0 芝1800 良 1:45.8 0.5 02-02-02 33.8 498(+4) カンパニー
2009/9/21 阪神 晴 9 西宮ステークス(1600万) 18 6 11 2 1 小牧 太 58.0 芝1800 良 1:44.8 -0.0 10-10 34.4 494(+6) (スマートギア)
2009/8/23 新潟 晴 10 阿賀野川特別(1000万) 14 7 11 2 1 小牧 太 58.5 芝2200 良 2:13.3 -0.8 01-01-01-01 35.1 488(-12) (フォゲッタブル)
2009/5/17 京都 雨 8 烏丸ステークス(1600万) 18 6 12 1 7 安部 幸夫 57.5 芝2400 稍 2:27.7 1.3 08-08-08-08 37.1 500(+8) ワンダームシャ
2009/4/25 京都 小雨 9 メルボルントロフィー(1600万) 16 8 16 1 4 小牧 太 57.0 芝2000 不 2:04.4 0.4 07-08-10-10 36.2 492(+4) ホワイトピルグリム
2009/3/22 阪神 雨 11 阪神大賞典(GⅡ) 12 8 11 4 3 小牧 太 56.0 芝3000 重 3:13.5 0.3 08-08-08-07 38.3 488(+4) アサクサキングス
2009/2/28 阪神 晴 10 御堂筋ステークス(1600万) 13 7 10 3 2 和田 竜二 56.0 芝2400 良 2:28.6 0.4 05-04-04-04 35.4 484(-2) アーネストリー
2008/10/26 京都 曇 11 菊花賞(GⅠ) 18 3 5 9 3 和田 竜二 57.0 芝3000 良 3:06.1 0.4 04-04-03-02 35.4 486(-2) オウケンブルースリ
2008/9/28 阪神 曇 10 神戸新聞杯(GⅡ) 18 5 9 7 6 和田 竜二 56.0 芝2400 良 2:25.8 0.5 12-13-13-10 35.1 488(-4) ディープスカイ
2008/8/30 小倉 曇 9 玄海特別(1000万) 10 8 9 2 1 小牧 太 53.0 芝2000 良 2:00.6 -0.0 09-09-09-10 34.3 492(+4) (スマートギア)
2008/8/10 小倉 晴 12 3歳上500万 15 7 12 1 1 小牧 太 54.0 芝2000 良 2:00.5 -0.3 09-09-07-06 35.5 488(+4) (スカイリュウホー)
2008/7/12 阪神 晴 12 3歳上500万 18 7 14 4 4 小牧 太 54.0 芝1800 良 1:46.3 0.5 17-16 34.1 484(+16) タガノエルシコ
2008/2/17 京都 晴 11 きさらぎ賞(GⅢ) 15 5 8 9 8 川田 将雅 56.0 芝1800 良 1:49.2 0.4 07-07 35.0 468(-10) レインボーペガサス
2008/1/26 小倉 曇 3 3歳未勝利 15 8 15 2 1 鮫島 克也 56.0 芝1800 稍 1:49.5 -0.6 11-11-11-07 35.3 478(-4) (ディアプリンシパル)
2007/12/23 阪神 晴 5 2歳新馬 18 3 6 3 5 石橋 守 55.0 芝1400 重 1:25.0 1.1 07-07 37.1 482(0) ルールプロスパー

 

ヤマニンセラフィムの基本情報

性別 牡
毛色 栗毛
生誕 1999年4月13日
父 サンデーサイレンス
母 ヤマニンパラダイス
母の父 Danzig
生国 日本(北海道新冠町)
生産 錦岡牧場
馬主 土井肇
調教師 浅見秀一(栗東)
競走成績
生涯成績 6戦3勝
獲得賞金 4730万円

ヤマニンセラフィム(1999年 – )は、半妹にヤマニンアルシオンがいる。第42回京成杯でローマンエンパイアとの同着優勝が有名。

ヤマニンセラフィム 競走馬時代

2001年11月11日、デビュー戦となった京都競馬場での2歳新馬戦(芝1800m)では、武豊が騎乗し1番人気の支持に応え、見事デビュー戦で初勝利を挙げた。ちなみに2着はゴールドアリュール、3着はレニングラードだった。次走のエリカ賞(500万下)では蛯名正義に乗り替わり2番人気に支持されレースを制した。
2002年、初の重賞となった第42回京成杯では2番人気に支持され、1番人気だったローマンエンパイアと同着で重賞初制覇となった。

これは1997年の第4回平安ステークス以来の重賞同着1位となった。続く第39回弥生賞では3番人気に支持されるも6着という結果に終わり、その翌々日にレントゲン検査を行った結果、両トウ骨遠位端骨折が判明し、後日骨片摘出手術を受けた。
2003年、復帰戦となったカシオペアステークスではデビュー戦以来となる武豊が騎乗し3番人気に支持されるも9着、次の古都ステークス(1600万下)ではオリビエ・ペリエに乗り替わり2番人気に支持されるも4着という結果だった。その後オリオンステークス(1600万下)に出走予定だったが屈腱炎を発症し引退となった。
2004年、競走馬登録を1月7日付けで抹消され、春よりレックススタッドで種牡馬となった。

ヤマニンセラフィム 種牡馬時代

初年度の2004年シーズンは22頭に種付けを行い、2005年にファーストクロップとなる産駒が11頭誕生した。少ない初年度産駒の中から2007年12月24日に、サントサンデーが公営福山競馬場で中央地方通じて初勝利を挙げた。

また、2008年1月16日に、JRA小倉競馬場でもナムラクレセントが中央初勝利を挙げた。同年10月28日にナムラクレセントが菊花賞に出走し3着と結果を残している。2009年は同馬の活躍もあり、前年の16頭から55頭と種付け数を増やした。ナムラクレセントは後に2011年の阪神大賞典を制し、産駒の重賞初制覇を果たした。
ヤマニンセラフィム 代表産駒
2005年産
ナムラクレセント(阪神大賞典)

ヤマニンセラフィム 血統表

ヤマニンセラフィムの血統 (サンデーサイレンス系(ヘイルトゥリーズン系)/Almahmoud4×5=9.38%、Native Dancer5×5=6.25%)


*サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986 青鹿毛 Halo
1969 黒鹿毛 Hail to Reason Turn-to
Nothirdchance
Cosmah Cosmic Bomb
Almahmoud
Wishing Well
1975 鹿毛 Understanding Promised Land
Pretty Ways
Mountain Flower Montparnasse
Edelweiss


ヤマニンパラダイス
1992 鹿毛 Danzig
1977 鹿毛 Northern Dancer Nearctic
Natalma
Pas de Nom Admiral’s Voyage
Petitioner
Althea
1981 栗毛 Alydar Raise a Native
Sweet Tooth
Courtly Dee Never Bend
Tulle F-No.A4

 

 

 

 

 

 

ヤマカツハクリュウ

ヤマカツハクリュウ
牡4歳  芦毛
父:クロフネ 母:ヤマカツリリー 母父:ティンバーカントリー 血統
2007年2月19日生  浦河産  
厩舎:(栗東)小島 貞博  生産者:鮫川 啓一  馬主:山田 博康
本賞金:24,500,000円  総賞金:77,900,000円  障害本賞金:0円  障害総賞金:0円  附加賞:1,980,000円
平地重巧拙:–  平地ダ巧拙:○  障害重巧拙:–  障害ダ巧拙:–
【トータル戦績】
1着 2着 3着 着外 勝率 連対率
5 4 1 9 0.263 0.474

__ 【連対時脚質】
逃 先 差 追
1 1 7 0

【戦歴(全19走)】
年月日 開催 R レース名 頭 枠 馬 人 着 騎手 斤量 距離 コース タイム 2 M 3 4 前3F 後3F 差 馬体重 増減 備考
2011/12/17 6阪神5 11 阪神カップ(G2) 18 5 10 8 8 後藤浩 57.0 1400m (芝)右内B H 1.21.2 — 14 14 13 35.5 34.8 0.7 480 0  
2011/11/20 5東京6 10 奥多摩ステークス (1600万下) 18 5 9 1 1 後藤浩 55.0 1400m (芝)左C H 1.21.6 — 14 12 13 35.5 35.0 0.3 480 0  
2011/10/29 4東京8 10 神奈川新聞杯 (1000万下) 18 4 7 3 1 田中勝 55.0 1400m (芝)左B H 1.20.7 — 08 09 09 35.9 33.2 0.1 480 -4  
2011/10/16 5新潟2 12 竹尾特別 (500万下) 13 4 4 1 1 木幡 57.0 1600m (芝)左外A M 1.34.8 — 11 09 08 36.9 34.3 0.0 484 -4  
2011/08/27 4新潟5 9 古町特別 (500万下) 18 5 10 1 2 木幡 57.0 1600m (芝)左外A S 1.33.7 — 12 12 13 36.7 33.2 0.2 488 0  
2011/08/14 4新潟2 9 佐渡金銀山特別 (500万下) 13 2 2 1 2 木幡 57.0 1600m (芝)左外A S 1.33.6 — 08 09 10 36.5 33.3 0.1 488 -4  
2011/07/24 3新潟4 9 村上特別 (500万下) 16 5 9 3 4 田嶋翔 57.0 1600m (芝)左外A S 1.34.1 — 13 14 14 37.1 33.1 0.4 492 +2  
2011/06/26 4阪神4 8 南港特別 (500万下) 12 7 10 1 4 田嶋翔 57.0 1600m (芝)右外B M 1.33.6 — 10 08 07 36.3 34.1 0.2 490 +8  
2011/06/12 3阪神4 9 小豆島特別 (1000万下) 13 4 5 5 3 田嶋翔 57.0 1600m (芝)右外A S 1.34.9 — 13 13 13 37.7 33.1 0.0 482 0  
2011/05/14 1新潟7 12 石打特別 (500万下) 12 7 9 4 1 木幡 57.0 1600m (芝)左外B M 1.35.0 — 08 09 09 36.9 34.2 0.2 482 +2  
2011/05/01 3京都4 7 サラ4歳以上500万以下 18 5 9 12 2 小林徹 57.0 1400m (芝)右外B M 1.22.6 — 08 07 07 36.5 34.5 0.0 480 -8  
2011/03/27 2小倉6 9 サラ4歳以上500万以下 16 5 9 10 9 川須 55.0 1700m (ダ)右 M 1.46.6 06 05 07 10 36.8 38.4 0.9 488 +10  
2011/02/13 2京都6 8 サラ4歳以上500万以下 14 2 2 6 13 福永 56.0 1800m (ダ)右 H 1.57.9 05 04 07 11 36.2 42.3 3.7 478 -4  
2011/01/29 2京都1 8 サラ4歳以上500万以下 16 7 13 5 7 Mデムー 56.0 1400m (ダ)右 H 1.26.3 — 07 07 06 36.0 37.7 1.3 482 +14  
2010/05/09 3京都6 6 サラ3歳500万以下 14 6 9 5 7 和田竜 56.0 1200m (ダ)右 M 1.13.0 — 08 08 07 36.3 36.7 1.6 468 -2  
2010/05/01 3京都3 11 あやめ賞 (500万下) 9 8 9 6 9 岩田 56.0 1800m (芝)右外B M 1.48.2 — 05 05 04 36.2 35.7 1.2 470 0  
2010/01/30 2京都1 9 つばき賞 (500万下) 10 6 6 5 8 池添 56.0 1800m (芝)右外B S 1.49.7 — 02 02 02 36.3 35.6 0.8 470 +2  
2009/12/26 5阪神7 1 サラ2歳,未勝利 16 8 16 1 1 池添 55.0 1800m (ダ)右 M 1.57.1 01 01 01 01 38.9 39.1 0.0 468 -8  
2009/12/12 5阪神3 5 サラ2歳,新馬 14 6 10 1 2 池添 55.0 1600m (芝)右外A S 1.37.4 — 03 03 03 37.6 34.0 0.0 476 0  
「R」の背景色: _ 良馬場 _ 稍重馬場 _ 重馬場 _ 不良馬場
「着」の背景色: _ 1着 _ 2着 _ 3着 _ 着外

【レース条件別成績】
コース 1着 2着 3着 着外 勝率 連対率
平地

芝 右 0 2 1 4 0.000 0.286
左 4 2 0 1 0.571 0.857
ダ 右 1 0 0 4 0.200 0.200
左 0 0 0 0 0.000 0.000
直線トータル 0 0 0 0 0.000 0.000
障害トータル 0 0 0 0 0.000 0.000

【馬場状態別成績】
コース 1着 2着 3着 着外 勝率 連対率
平地 芝 良 3 3 1 5 0.250 0.500
稍重 1 1 0 0 0.500 1.000
重 0 0 0 0 0.000 0.000
不良 0 0 0 0 0.000 0.000
ダ 良 1 0 0 3 0.250 0.250
稍重 0 0 0 1 0.000 0.000
重 0 0 0 0 0.000 0.000
不良 0 0 0 0 0.000 0.000
障害 良 0 0 0 0 0.000 0.000
稍重 0 0 0 0 0.000 0.000
重 0 0 0 0 0.000 0.000
不良 0 0 0 0 0.000 0.000

【距離別成績】
コース 1着 2着 3着 着外 勝率 連対率
芝   ~1000m 0 0 0 0 0.000 0.000
1001~1200m 0 0 0 0 0.000 0.000
1201~1400m 2 1 0 1 0.500 0.750
1401~1600m 2 3 1 2 0.250 0.625
1601~1800m 0 0 0 2 0.000 0.000
1801~2000m 0 0 0 0 0.000 0.000
2001~2200m 0 0 0 0 0.000 0.000
2201~   0 0 0 0 0.000 0.000
ダ   ~1000m 0 0 0 0 0.000 0.000
1001~1200m 0 0 0 1 0.000 0.000
1201~1400m 0 0 0 1 0.000 0.000
1401~1600m 0 0 0 0 0.000 0.000
1601~1800m 1 0 0 2 0.333 0.333
1801~2000m 0 0 0 0 0.000 0.000
2001~2200m 0 0 0 0 0.000 0.000
2201~   0 0 0 0 0.000 0.000

ヤマニンキングリー

ヤマニンキングリー


品種 サラブレッド
性別 牡
毛色 栗毛
生誕 2005年5月16日(6歳)
登録日 2007年7月11日
父 アグネスデジタル
母 ヤマニンアリーナ
母の父 サンデーサイレンス
生国 日本(北海道新冠町)
生産 錦岡牧場
馬主 土井肇
調教師 河内洋(栗東)
競走成績
生涯成績 31戦7勝
獲得賞金 2億4521万7000円

ヤマニンキングリーの主な勝ち鞍は2008年中日新聞杯、2009年札幌記念、2011年シリウスステークス。馬名の意味は冠名の「ヤマニン」と英語で「王位を持つ」を意味する「キングリー」である。半姉に重賞2勝を挙げたヤマニンメルベイユ(父メジロマックイーン)がいる。

ヤマニンキングリー 経歴

ヤマニンキングリー 2007年

競走馬としてのデビューは2007年9月2日札幌競馬場の新馬戦、ウインギガシャトルを抑えて初勝利を挙げた。続く二走を着外(5着以下)と大敗したものの、11月の黄菊賞でトールポピーを退け、2勝目を挙げる。次走の朝日杯フューチュリティステークスGI級(JpnI)競走に初出走、武豊が騎乗し5番人気に支持されたが、7着に終わった。

ヤマニンキングリー 2008年

3歳シーズンは、始動戦のきさらぎ賞3着、毎日杯4着と勝ち切れないレースが続いた。東京優駿出走(日本ダービー)権確保のために臨んだプリンシパルステークスも3着に終わり、春のクラシック競走には出走できなかった。しかし代わりに臨んだ白百合ステークスを制し、オープンクラスに定着する。
夏の休養を経て、秋は菊花賞を目標に神戸新聞杯から始動するも8着。本番の菊花賞も9着と大敗した。しかし古牡馬との初対戦となった次走アンドロメダステークスに勝利すると、当年最後のレースとなった中日新聞杯では、中団待機策からゴール前でフサイチアソートをクビ差捉え、重賞初勝利を挙げた。

ヤマニンキングリー 2009年

2009年は、緒戦の中山金杯から小倉大賞典、中京記念と重賞で3戦連続の2着となる。その後休養に入り、8月に札幌記念で復帰。当日は当年の牝馬クラシック二冠を制した3歳馬ブエナビスタに人気が集中していたが、先行策から最後の直線でサクラオリオンを交わして先頭に立つと、ゴール前追い込んだブエナビスタをクビ差抑えて優勝。重賞2勝目となった。続く毎日王冠では2番人気に推されたが9着と惨敗した。本番の天皇賞(秋)では好位追走も伸びを欠き7着に終わった。続くジャパンカップではレース中に鼻出血を発症し18着と殿負けを喫した。

ヤマニンキングリー 2010年

2010年の緒戦となった大阪杯ではドリームジャーニーに次ぐ2番人気で出走。中団追走も伸び切れず7着に敗れた。その後、シンガポールに遠征し5月16日のシンガポール航空インターナショナルカップに出走したが、11着と殿負けに終わった。帰国後、連覇がかかった札幌記念では中団を追走するが直線で失速し14着と大敗を喫した。その後10月31日の天皇賞(秋)では見せ場なく10着、12月11日の中日新聞杯では11着に終わった。

ヤマニンキングリー 2011年

7月の小倉記念で復帰、好位でレースを進めたがイタリアンレッドの4着。続く新潟記念では好位追走も伸びを欠きブービーの10着に終わった。朝日チャレンジカップでは好位追走から直線でミッキードリーム、エーシンジーライン、レディアルバローザとの激しい追い比べとなったが4着。初のダート戦となったシリウスステークスでは道中2番手追走から直線で早々と先頭に立つと後続を寄せ付けず快勝、2009年の札幌記念以来2年ぶりの重賞制覇となった。12月4日のジャパンカップダートでは後方から追い上げてくるものの7着だった。12月29日の東京大賞典では中団5番手あたりでレースを進めたが直線で伸びを欠き6着に終わった。

ヤマニンキングリー 競走成績

年月日 競馬場 競走名 格 頭数 オッズ
(人気) 着順 騎手 斤量 距離(馬場) タイム
(上り3F) タイム
差 勝ち馬/(2着馬)
2007 9. 2 札幌 2歳新馬 14 10.0 (5人) 1着 藤田伸二 54 芝1800m(良) 1:55.8(34.5) -0.2 (ウインギガシャトル)
9. 29 札幌 札幌2歳S JpnIII 14 12.2 (5人) 9着 津村明秀 54 芝1800m(良) 1:52.7(38.4) 0.8 オリエンタルロック
10. 27 京都 萩S OP 12 11.6 (5人) 8着 O.ペリエ 55 芝1800m(稍) 1:48.6(35.8) 0.7 フローテーション
11. 11 京都 黄菊賞 13 21.8 (5人) 1着 藤田伸二 55 芝1800m(良) 1:47.5(34.9) 0.0 (トールポピー)
12. 9 中山 朝日杯FS JpnI 16 10.7 (5人) 7着 武豊 55 芝1600m(良) 1:34.8(36.0) 1.3 ゴスホークケン
2008 2. 17 京都 きさらぎ賞 JpnIII 15 17.1 (7人) 3着 藤田伸二 56 芝1800m(良) 1:48.9(34.6) 0.1 レインボーペガサス
3. 29 阪神 毎日杯 JpnIII 14 7.2 (3人) 4着 渡辺薫彦 56 芝1800m(良) 1:46.6(35.4) 0.6 ディープスカイ
5. 10 東京 プリンシパルS OP 18 5.8 (3人) 3着 福永祐一 56 芝2000m(稍) 2:02.0(36.3) 0.5 ベンチャーナイン
5. 31 中京 白百合S OP 10 4.9 (2人) 1着 福永祐一 56 芝1800m(稍) 1:48.2(34.8) -0.1 (ナリタダイコク)
9. 28 阪神 神戸新聞杯 JpnII 18 21.0 (5人) 8着 柴山雄一 56 芝2400m(良) 2:26.0(35.6) 0.7 ディープスカイ
10. 26 京都 菊花賞 JpnI 18 39.0 (16人) 9着 柴山雄一 57 芝3000m(良) 3:06.8(35.9) 1.1 オウケンブルースリ
11. 15 京都 アンドロメダS OP 13 2.7 (1人) 1着 武豊 54 芝2000m(良) 1:59.4(33.9) 0.0 (ダブルティンパニー)
12. 13 中京 中日新聞杯 JpnIII 17 5.6 (2人) 1着 M.デムーロ 55 芝2000m(良) 1:59.5(34.0) 0.0 (フサイチアソート)
2009 1. 4 中山 中山金杯 GIII 16 5.9 (2人) 2着 藤田伸二 56 芝2000m(良) 1:58.5(35.0) 0.0 アドマイヤフジ
2. 7 小倉 小倉大賞典 GIII 16 2.8 (1人) 2着 武豊 57 芝1800m(良) 1:45.0(33.9) 0.1 サンライズマックス
3. 14 中京 中京記念 GIII 18 2.0 (1人) 2着 武豊 57 芝2000m(重) 2:00.5(36.7) 0.1 サクラオリオン
8. 23 札幌 札幌記念 GII 16 28.2 (7人) 1着 柴山雄一 57 芝2000m(良) 2:00.7(35.8) 0.0 (ブエナビスタ)
10. 11 東京 毎日王冠 GII 11 10.0 (2人) 9着 柴山雄一 58 芝1800m(良) 1:46.4(34.3) 1.1 カンパニー
11. 1 東京 天皇賞(秋) GI 18 46.4 (10人) 7着 柴山雄一 58 芝2000m(良) 1:58.2(34.2) 1.0 カンパニー
11. 29 東京 ジャパンC GI 18 71.2 (13人) 18着 柴山雄一 57 芝2400m(良) 2:26.6(39.1) 4.2 ウオッカ
2010 4. 4 阪神 大阪杯 GII 12 11.7 (2人) 7着 藤田伸二 58 芝2000m(良) 1:59.8(35.0) 0.3 テイエムアンコール
5. 16 クランジ シンガポール国際C G1 11 (6人) 11着 柴山雄一 57 芝2000m(稍) 2:05.8 3.7 Lizard’s Desire
8. 22 札幌 札幌記念 GII 16 23.3 (9人) 14着 武豊 57 芝2000m(良) 2:00.6(36.4) 1.2 アーネストリー
10. 31 東京 天皇賞(秋) GI 18 108.2 (15人) 10着 吉田隼人 58 芝2000m(稍) 1:59.4(35.3) 1.2 ブエナビスタ
12. 11 小倉 中日新聞杯 GIII 18 44.1 (11人) 11着 吉田隼人 57 芝2000m(良) 2:00.1(34.5) 1.4 トゥザグローリー
2011 7. 31 小倉 小倉記念 GIII 18 8.8 (5人) 4着 石橋守 56 芝2000m(良) 1:57.7(36.4) 0.4 イタリアンレッド
8. 28 新潟 新潟記念 GIII 11 6.5 (4人) 10着 田中勝春 56 芝2000m(良) 2:00.3(34.4) 1.2 ナリタクリスタル
9. 10 阪神 朝日CC GIII 9 10.7 (5人) 4着 武豊 58 芝2000m(良) 1:59.6(34.5) 0.0 ミッキードリーム
10. 1 阪神 シリウスS GIII 12 10.6 (5人) 1着 武豊 56 ダ2000m(良) 2:04.3(36.5) -0.4 (キングスエンブレム)

ヤマニンキングリー 血統表

ヤマニンキングリーの血統 (ミスタープロスペクター系/Turn-to 母内5×5=6.25%)


アグネスデジタル
1997 栗毛 アメリカ Crafty Prospector
1979 栗毛 アメリカ Mr. Prospector Raise a Native
Gold Digger
Real Crafty Lady In Reality
Princess Roycraft
Chancey Squaw
1991 鹿毛 アメリカ Chief’s Crown Danzig
Six Crowns
Allicance Alleged
Runaway Bride


ヤマニンアリーナ
1992 鹿毛 日本 *サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986 青鹿毛 アメリカ Halo Hail To Reason
Cosmah
Wishing Well Understanding
Mountain Flower
*ティファニーラス
Tiffany Lass
1983 黒鹿毛 アメリカ Bold Forbes Irish Castle
Comely Nell
Sally Stark Graustark
Sally Ship F-No.3-c
父については同馬の項を参照のこと。祖母ティファニーラスは1986年のエクリプス賞最優秀3歳牝馬。従姉に2003年度JRA賞最優秀2歳牝馬ヤマニンシュクルがいる。

ユキチャン

ユキチャン

英字表記	Yukichan
性別	牝
毛色	白毛
生誕	2005年3月28日
抹消日	2010年12月28日(地方)
父	クロフネ
母	シラユキヒメ
母の父	サンデーサイレンス
生国	 日本(北海道早来町)
生産	ノーザンファーム
馬主	金子真人ホールディングス(株)
調教師	後藤由之(美浦)
→山崎尋美(川崎)
競走成績
生涯成績	17戦5勝
中央 7戦2勝
地方 10戦3勝
獲得賞金	1億2128万7000円

ユキチャンは日本の元競走馬。
日本競馬史上初の白毛馬による重賞勝利を達成した。サラブレッドでは極めて稀な毛色である白毛の活躍馬として注目を集めていた。
2010年NARグランプリ最優秀牝馬。
母であるシラユキヒメは、かつて中央競馬に所属していた白毛馬。本馬の毛色は母馬からの遺伝によるものと考えられている[1]。なお、全兄にあたるホワイトベッセルは白毛馬では中央競馬史上初の勝利の記録を持つ。

ユキチャン 主な戦績

ユキチャン 2歳時(2007年)
2007年7月8日・福島競馬場の2歳新馬戦(芝1200メートル)でデビュー。全兄であるホワイトベッセルが同年4月に中央競馬で初勝利を挙げていたこともあって注目が集まり、2番人気での出走となったが、スタート直後に他馬に進路を妨害され大きな不利を受けたため、本来の実力を発揮できず16頭中14着に敗れた。
次走の2歳未勝利戦(12月8日中山競馬場、ダート1200メートル)で大外から差し切りを決め、2着に2馬身差をつけて初勝利を収めた。

ユキチャン 3歳時(2008年)
2008年3月29日・中山競馬場の3歳500万下ミモザ賞(芝2000メートル)に出走。よいスタートを切り、道中3〜4番手の好位追走から最後の直線では先行馬たちをすべて差し切り、クビ差で勝利。初経験となる2000メートルの距離も難なく克服した。なお、これは白毛馬による芝レースおよび中央競馬開催の特別競走の初勝利である。その後はオークスを目指して、トライアルレースのフローラステークスに出走。好位追走を見せるものの直線で伸びを欠き、18頭中7着に敗れた。

その後、オークスへの出走登録を行ったものの、収得賞金不足で除外された。そこで陣営は父・クロフネも得意としていたダート路線に矛先を切り替え、関東オークスに出走。スタート直後から2番手につけると、1周目のゴール板あたりで先頭に立ち、そのまま最後まで独走。最終的には2着に8馬身差(1.7秒差)をつけ、2分14秒7のレースレコードタイム(当時)で圧勝し、日本競馬史上初の白毛馬による重賞制覇を成し遂げた(レコードタイムは2010年にシンメイフジが2分13秒1で更新)。
その後、ジャパンダートダービーへの出走を予定していたが、競走当日に蕁麻疹のため競走除外となった。さらに出走登録を行っていたスパーキングレディーカップも、直前の除外のため南関東公営競馬の規則により出走できなかった。

回復後はブリーダーズゴールドカップ を予定していたが、またもや賞金不足で除外。そのため日程の近いクイーンステークスに矛先を転じたが、出遅れて見せ場のないまま13頭中9着に敗れた。
その後、ノーザンファームへ放牧に出され、10月4日のシリウスステークスで復帰。希望していた10月7日・金沢競馬場の白山大賞典が賞金不足で除外されたため、日程の近いこのレースが選ばれた。ダートレースとしてはまれに見るほどの超ハイペース(前半3ハロン34秒1)にもかかわらず、先行集団につけ3番手からの競馬となったが、最後の直線で伸びを欠き16頭中8着に敗れた。ただ、先行した他馬が総崩れしてすべて2桁着順に大敗したにもかかわらず、8着に残った本馬のスタミナが再評価される結果にもなった。
牝馬三冠最終戦の秋華賞にて、ポルトフィーノの除外により手が空いた武豊と再度コンビを組んだが、18頭中17着に敗れた。
この年最後のレースとなったクイーン賞では1番人気に支持され、終始先行集団をキープしていたが、最後の直線でヤマトマリオンとの叩き合いになった結果、アタマ差で敗れ、14頭中2着となった。

ユキチャン 4歳時(2009年)
TCK女王盃から始動し、いったんは先頭に立つが最後の直線でまたしてもヤマトマリオンに交わされ1馬身差で敗れ、16頭中2着。その後はエンプレス杯、マリーンカップと2戦連続の6着に敗れた。
その後、9月3日付でJRA競走馬登録を抹消され、川崎競馬の山崎尋美厩舎に転厩することになった。現状では中央競馬で出走可能な競走に限りがあり、収得賞金の面からも地方競馬の交流競走に出走するのが困難になったため、馬主の意向で移籍することになった[3]。
10月21日のTCKディスタフに地方競馬移籍後初出走。ダートグレード競走優勝馬は負担重量3キログラム増という規定のため58キログラムを背負うという厳しい条件となった。レースでは最終コーナーで先頭に並びかけるシーンもあったが、直線で伸び切れず結果は16頭中3着となった。しかし次走のクイーン賞では巻き返し、好位追走から直線の叩き合いを制する走りで、1年6か月ぶりの勝利をダートグレード競走2勝目で飾った。この結果、翌年開催のエンプレス杯への優先出走権を得た。
5歳時(2010年) [編集]
前年同様、TCK女王盃から始動。ハナとはならなかったが、スタートから前方につけてレースを進めた。4コーナーからはじりじりと先頭に上り詰め、先頭になった後は最後の直線でウェディングフジコやコスモプリズムに詰め寄られながらもゴールまで譲ることなくクビ差で2010年初戦を重賞勝ちで収め、前走のクイーン賞に続いてダートグレード競走を2連勝としたと同時に、6年ぶりにTCK女王盃の勝利を地方勢にもたらした。その後、出走予定だったエンプレス杯は感冒のため回避した。
回復後はマリーンカップ3着、川崎マイラーズ9着に終わった後、夏の暑さに弱いこともあり、北海道で長期休養に入った。しかし、前脚の具合が良くならないため、引退およびノーザンファームでの繁殖入りが決まった。
2011年1月11日に発表されたNARグランプリでTCK女王盃の優勝が評価されNARグランプリ最優秀牝馬を獲得した。JRA賞(啓衆賞、優駿賞時代も含む)など日本国内の主要な競馬の表彰において白毛馬が受賞するのは史上初となる。

ユキチャン 競走成績
年月日	競馬場	競走名	格	頭
数	枠
番	馬
番	オッズ
(人気)	着順	騎手	斤量
[kg]	距離(馬場)	タイム
(上り3F)	タイム
差	勝ち馬/(2着馬)
2007	7.	8	福島	2歳新馬		16	8	16	4.5	(2人)	14着	吉田隼人	54	芝1200m(良)	1:13.1 (36.2)	1.3	レオマイスター
12.	8	中山	2歳未勝利		16	6	11	15.5	(5人)	1着	吉田隼人	54	ダ1200m(良)	1:13.0 (37.5)	-0.3	(ソシアルグレイシー)
2008	3.	29	中山	ミモザ賞		12	7	9	14.1	(8人)	1着	吉田隼人	54	芝2000m(良)	2:02.2 (35.8)	0.0	(ハイカックウ)
4.	27	東京	フローラS	JpnII	18	7	13	7.7	(4人)	7着	吉田隼人	54	芝2000m(良)	2:01.1 (35.2)	0.6	レッドアゲート
6.	18	川崎	関東オークス	JpnII	14	8	13	2.8	(2人)	1着	武豊	54	ダ2100m(良)	2:14.7 (39.2)	-1.7	(プロヴィナージュ)
7.	9	大井	ジャパンDダービー	JpnI	15	1	2			除外	武豊	54	ダ2000m(不)			サクセスブロッケン
8.	17	札幌	クイーンS	JpnIII	13	6	9	8.9	(4人)	9着	藤田伸二	52	芝1800m(良)	1:49.4 (36.3)	1.3	ヤマニンメルベイユ
10.	4	阪神	シリウスS	GIII	16	2	4	8.1	(3人)	8着	四位洋文	52	ダ2000m(良)	2:05.3 (38.7)	1.5	マイネルアワグラス
10.	19	京都	秋華賞	JpnI	18	4	8	21.4	(9人)	17着	武豊	55	芝2000m(良)	1:59.8 (36.4)	1.4	ブラックエンブレム
12.	10	船橋	クイーン賞	JpnIII	14	5	7	2.4	(1人)	2着	安藤勝己	54	ダ1800m(不)	1:49.5 (37.1)	0.0	ヤマトマリオン
2009	1.	21	大井	TCK女王盃	JpnIII	16	3	6	1.7	(1人)	2着	武豊	54	ダ1800m(良)	1:53.5 (38.6)	0.2	ヤマトマリオン
2.	25	川崎	エンプレス杯	JpnII	14	5	7	2.1	(2人)	6着	武豊	55	ダ2100m(不)	2:17.0 (40.0)	1.7	ニシノナースコール
6.	10	船橋	マリーンC	JpnIII	14	3	3	2.8	(2人)	6着	武豊	56	ダ1600m(良)	1:42.4 (38.7)	1.4	メイショウバトラー
10.	21	大井	TCKディスタフ	南関SIII	16	6	12	2.6	(1人)	3着	今野忠成	58	ダ1800m(良)	1:54.1 (39.5)	0.4	ツクシヒメ
12.	9	船橋	クイーン賞	JpnIII	14	6	10	2.5	(1人)	1着	今野忠成	55	ダ1800m(稍)	1:54.5 (39.3)	0.0	(テイエムヨカドー)
2010	1.	20	大井	TCK女王盃	JpnIII	14	7	11	2.7	(1人)	1着	今野忠成	54	ダ1800m(良)	1:52.9 (38.5)	0.0	(ウェディングフジコ)
4.	14	船橋	マリーンC	JpnIII	13	4	4	6.5	(3人)	3着	今野忠成	56	ダ1600m(重)	1:39.5 (37.7)	0.3	トーホウドルチェ
5.	12	川崎	川崎マイラーズ	南関SIII	14	2	2	3.1	(1人)	9着	今野忠成	57	ダ1600m(重)	1:41.0 (41.0)	2.5	イーグルショウ

ユキチャン 血統
ユキチャンの血統 (デピュティミニスター系(ヴァイスリージェント系)/Northern Dancer 5×4=9.38%)
父

*クロフネ
Kurofune 1998
芦毛 アメリカ	*フレンチデピュティ
French Deputy 1992
栗毛 アメリカ	Deputy Minister 1979	Vice Regent
Mint Copy
Mitterand 1981	Hold Your Peace
Laredo Lass
*ブルーアヴェニュー
Blue Avenue 1990
芦毛 アメリカ	Classic Go Go 1978	Pago Pago
Classic Perfection
Eliza Blue 1983	Icecapade
*コレラ Corella
母

シラユキヒメ 1996
白毛 北海道早来町	*サンデーサイレンス
Sunday Silence 1986
青鹿毛 アメリカ	Halo 1969	Hail to Reason
Cosmah
Wishing Well 1975	Understanding
Mountain Flower
*ウェイブウインド
Wave Wind 1991
鹿毛 アメリカ	Topsider 1974	Northern Dancer
Drumtop
Storm and Sunshine 1983	Star de Naskra
Sea Drone F-No.2-w


 母シラユキヒメからは、当馬以外にも2007年産の仔(芦毛の父クロフネ:産駒も芦毛)をのぞくとすべて白毛が生まれている。2010年まで、7頭のうちその1頭以外の6頭が白毛である(繁殖年数と産駒数に違いがあるのは、不受胎および流産は数えないため)

安田隆行

安田隆行

出身地	京都府京都市
生年月日	1953年3月5日(58歳)
所属厩舎	梶与三男(1971年4月 - 1975年5月)
田中康三(1975年5月 - 1975年7月)
梶与三男(1975年7月 - 1986年2月)
フリー(1986年3月 - 引退)
初免許年	1972年
騎手引退日	1994年2月28日
重賞勝利	13勝
G1級勝利	2勝
通算勝利	6401戦680勝
調教師情報
初免許年	1994年
重賞勝利	20勝(うち地方交流4勝)
G1級勝利	5勝(うち地方交流2勝)

安田 隆行(やすだ たかゆき、1953年3月5日-)は日本中央競馬会(JRA)の元騎手、現在は同会の調教師。
栗東トレーニングセンター所属。京都府京都市出身。自厩舎所属の調教助手である安田景一朗(長男)と安田翔伍(次男)は実子。
1972年に騎手デビュー、1980年代から小倉競馬場・中京競馬場といったローカル開催を得意とする騎手として知られたが、1991年にトウカイテイオーとのコンビでクラシック二冠を制した。1994年に調教師へ転身。主な管理馬に、それぞれGI級競走に優勝しているトランセンド、グレープブランデー、カレンチャンなどがいる。

安田隆行 経歴
1953年、京都市五条に生まれる。実家は特に競馬との関わりがない家庭であったが、中学生の時に父と京都競馬場を訪れたことをきっかけに競馬にのめりこみ、騎手を志す[2]。中学校卒業後、京都競馬場の梶与三男厩舎に騎手候補生として入門。1972年に騎手免許を取得し、梶厩舎から正騎手としてデビューした。

安田隆行 騎手時代
同年3月4日に初騎乗、18日にニホンピロエイジーで初勝利を挙げる。初年度は12勝を挙げ、関西放送記者クラブ賞(関西新人賞)を受賞した。しかし翌年3月には阪神競馬の障害競走騎乗中に落馬、脳挫傷を負って意識不明の重体になり、半年の休養を経験した[3]。快復後は徐々に勝利数を伸ばし、デビュー4年目の1975年、コウケンジでシュンエイ記念を制し、重賞初勝利を挙げた。1980年、京都競馬場の改装をきっかけに小倉競馬場での騎乗が増え、当年44勝を挙げる。以後小倉開催での活躍が目立ち始め、「小倉男」「小倉の安田」とも称された。
安田自身もこの異名に誇りを抱き、「GIがあっても小倉へ行くようなスタンス」で小倉を中心に活躍を続け、小倉開催45週連続勝利などの記録も樹立[4]。しかしこうした信条から、八大競走、GI競走の勝利は長らくなかった。

安田隆行 トウカイテイオーに騎乗
1990年12月1日、懇意としていた松元省一厩舎の所属馬トウカイテイオーの新馬戦に騎乗して勝利。当日、この勝利を含めて6勝を挙げ、中央競馬の1日勝利数の新記録(当時)を樹立した[5]。当年、自己最高の83勝を挙げてリーディング6位を記録し、自身初のベスト10入りを果たす。翌1991年はトウカイテイオーとのコンビで皐月賞に優勝し、デビュー20年目にしてGI競走を初制覇。次走には東京優駿(日本ダービー)も制してダービージョッキーとなり、競走後には観客から祝福の「安田コール」が起こった[6]。この競走を最後にトウカイテイオーからは降板となった[7]が、全国区の知名度を獲得し、JRA発行の「ジョッキー列伝」ポスターも制作された。
後年安田は「テイオーは僕の人生のすべて。表舞台に引き連れていってくれたから」と語っている。
1994年、6度目の受験で調教師試験に合格し、騎手を引退した。通算6401戦680勝(うち障害4勝)、重賞13勝。小倉開催重賞のうち、北九州記念のみ勝てなかったことから、引退前に小倉で行われたセレモニーにおいて「ぼくが取れなかった北九州記念を、管理馬で取りに来ます」と語った。

安田隆行 調教師時代
1995年3月1日付けで滋賀県栗東トレーニングセンターに安田隆行厩舎を開業。11日に管理馬初出走、25日にアカツキホーオーで初勝利を挙げる。2000年にシルヴァコクピットできさらぎ賞を制し、重賞を初勝利を挙げた。
年間勝利数の面では、1999年以降安定して年間20~30勝前後の成績を保っている。2004年には当時のJRA記録に並ぶ10週連続出走馬勝利を達成。2009年には年間39勝を挙げて全国7位(関西6位)に入り、自身初のベスト10入りを記録した。
2007年4月には、管理馬ホワイトベッセルが希少な白毛馬として中央競馬史上初の勝利を挙げた。
また、同月には安田自身が第1回ジョッキーマスターズの出場騎手に名を連ね、トウカイテイオーの服色で参戦、3着という成績を残している。
2010年12月には、トランセンドでジャパンカップダートを制し、開業16年目で調教師としてのGI競走初制覇を果たした。同馬は翌2011年3月28日に世界最高賞金競走・ドバイワールドカップに出走、日本馬初優勝となったヴィクトワールピサから僅差の2着となった。
日本が同月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う混乱下(東日本大震災)にあり、日本馬による1・2着独占は日本のみならず現地においても「感動的」と報じられた[12]。また同年8月には管理馬トウカイミステリーが北九州記念を制し、前記騎手引退セレモニーでの予告を実現している。

安田隆行 騎手成績
通算成績	1着	2着	3着	4着以下	騎乗回数	勝率	連対率
平地	676	627	604	4,461	6,368	.106	.205
障害	4	2	7	20	33	.121	.182
計	680	629	611	4,481	6,401	.106	.204
日付	競走名	競馬場	馬名	頭数	人気	着順
初騎乗	1972年3月4日	4歳未勝利	阪神	ニシツオーネ	13	-	12着
初勝利	1972年3月18日	-	阪神	ニホンピロエイジー	-	-	1着
重賞初騎乗	1972年10月1日	阪神障害S(秋)	阪神	オーシャンライン	7頭	7	5着
重賞初勝利	1975年9月20日	シュンエイ記念	阪神	コウケンジ	9頭	1	1着
GI級初騎乗	1981年5月31日	東京優駿	東京	シェラトンシチー	27頭	27	23着
GI初勝利	1991年4月14日	皐月賞	中山	トウカイテイオー	20頭	1	1着

安田隆行 受賞
関西放送記者クラブ賞(1972年)
中京競馬記者クラブ賞2回(1989年、1990年)
関西競馬記者クラブ賞特別賞(1990年)
主な騎乗馬 [編集]
※括弧内は安田騎乗時の優勝重賞競走。太字はGI級競走。
コウケンジ(1975年シュンエイ記念)
リョクシュ(1978年タマツバキ記念・春)
ローベルギフト(1981年小倉大賞典)
ダンディアポロ(1988年小倉3歳ステークス)
ハギノハイタッチ(1989年小倉3歳ステークス)
リリーズブーケ(1989年サファイヤステークス)
スノージェット(1990年小倉記念)
ナルシスノワール(1990年スワンステークス)
トウカイテイオー(1991年皐月賞、東京優駿)
フェイムオブラス(1991年CBC賞)
ナガラフラッシュ(1993年小倉3歳ステークス、テレビ東京賞3歳牝馬ステークス)

安田隆行 調教師成績
日付	競馬場・開催	競走名	馬名	頭数	人気	着順
初出走	1995年3月11日	1回中京3日12R	5歳上500万下	キョウエイミラー	16頭	4	5着
初勝利	1995年3月25日	1回中京7日6R	5歳上500万下	アカツキホーオー	16頭	1	1着
重賞初出走	1995年5月7日	5回京都6日11R	京都4歳特別	プログラム	16頭	1	7着
重賞初勝利	2000年2月13日	2回京都6日11R	きさらぎ賞	シルヴァコクピット	12頭	2	1着
GI初出走	1997年5月18日	2回中京2日11R	高松宮杯	シネマスコープ	18頭	14	16着
GI初勝利	2010年12月5日	5回阪神2日11R	ジャパンカップダート	トランセンド	16頭	1	1着

安田隆行 受賞
優秀調教師賞(関西)(2010年)

安田隆行 主な管理馬
※括弧内は安田管理時の優勝重賞競走。
GI級競走優勝馬
トランセンド(2010年ジャパンカップダート 2011年フェブラリーステークス、マイルチャンピオンシップ南部杯など重賞5勝)
グレープブランデー(2011年ジャパンダートダービー)
カレンチャン(2011年スプリンターズステークスなど重賞4勝)
その他重賞競走優勝馬
シルヴァコクピット(2000年きさらぎ賞、毎日杯)
フィフティーワナー(2006年アンタレスステークス)
メトロノース(2008年北海道2歳優駿)
シンメイフジ(2009年新潟2歳ステークス 2010年関東オークス)
ダッシャーゴーゴー(2010年セントウルステークス 2011年オーシャンステークス、CBC賞)
トウカイミステリー(2011年北九州記念)

有名馬と主戦騎手

有名馬と主戦騎手

クリフジ:前田長吉
タマツバキ:土門健司
トキノミノル:岩下密政
ダイナナホウシユウ:上田三千夫
ハクチカラ、ハクシヨウ:保田隆芳
ヒカルメイジ:蛯名武五郎
コダマ、シンザン:栗田勝
ヒカルポーラ、リキエイカン:高橋成忠
キタノダイオー、ニッポーテイオー、レジェンドテイオー:郷原洋行
キーストン:山本正司
カネケヤキ、スピードシンボリ:野平祐二
ダイシンボルガード:大崎昭一
タニノムーティエ:安田伊佐夫
ヒカルイマイ:田島良保
タニノチカラ:田島日出雄
ハイセイコー、ダイナガリバー:増沢末夫
イシノヒカル、クライムカイザー:加賀武見
ナスノチグサ、タカツバキ、タケフブキ、タケホープ:嶋田功
ナオキ:佐々木昭次
ロングエース、キタノカチドキ:武邦彦
テスコガビー、カブラヤオー:菅原泰夫
エリモジョージ、インターグロリア:福永洋一
リニアクイン、ミヤマポピー:松田幸春
ホクトボーイ、ヒメカップ、マーチス:久保敏文
テンポイント:鹿戸明
トウショウボーイ:池上昌弘(初代)、福永洋一(2代)、武邦彦(3代)
マルゼンスキー:中野渡清一
サクラショウリ、サクラチヨノオー:小島太
シービークロス、ミスターシービー、モンテプリンス:吉永正人
シンボリルドルフ、ビワハヤヒデ、タイキシャトル:岡部幸雄
ミホシンザン、ウイニングチケット:柴田政人
メジロラモーヌ、アグネスタキオン:河内洋
サッカーボーイ:内山正博(初代)、河内洋(2代)
タマモクロス、ナリタブライアン:南井克巳
アイネスフウジン:中野栄治
ポットテスコレディ、ナイスネイチャ:松永昌博
キングスポイント、ミホノブルボン、チョウカイキャロル、タヤスツヨシ:小島貞博
ライスシャワー、グラスワンダー:的場均
マックスビューティ、マヤノトップガン、フラワーパーク:田原成貴
タレンティドガール、スズパレード:蛯沢誠治
サニーブライアン:大西直宏
テイエムオペラオー:和田竜二
スティルインラブ、ブルーコンコルド:幸英明
ナリタトップロード:渡辺薫彦
ラインクラフト、シーザリオ、エイシンプレストン:福永祐一
スーパークリーク、ディープインパクト、スペシャルウィーク:武豊
ゴールドシチー、テイエムオーシャン、カワカミプリンセス:本田優
メイショウサムソン:石橋守
ヒシアマゾン:中館英二
メジロドーベル:吉田豊
セイウンスカイ:横山典弘
ダイワメジャー、ダイワスカーレット:安藤勝己
ヒシミラクル:角田晃一
ウオッカ:四位洋文(初代)、武豊(2代)

予後不良

予後不良(よご ふりょう)とは、治療後の経過あるいはその見通し、すなわち「予後」が良くないこと。 人間と動物の別なく用いられる言葉であるが、本項では競馬の専門用語の一つとしての「予後不良」について解説する。

主に競走馬が競走中や調教中などに何らかの原因で主に脚部等に故障を発生させた際など、回復が極めて困難で、薬物を用いた殺処分の処置が適当であると診断された状態を言う。

転じて、競走馬への安楽死処置そのものに対する婉曲的表現として用いられる場合も多い。特に、競走中の骨折等を原因として予後不良に到る場合は「パンク(する)」と表現されてきた。

予後不良前提

競走馬の多くを占めるサラブレッドの足首(一般に「踝[くるぶし]」と呼ばれている)は骨折、ヒビなどの故障が発生しやすく、「ガラスの脚」と形容されるほどである。品種によって馬の体重は異なるが、軽種馬であるサラブレッドの場合でも 400-600kg程度となり、静止して立っている状態でも足1本あたり100kg以上の負荷が掛かることになる。

予後不良 下肢部の病気

下肢部に骨折やヒビなどの故障が発生した馬は、その自重を他の健全肢で支えなければならないため、過大な負荷から健全肢にも負重性蹄葉炎(ていよう えん)や蹄叉腐爛(ていしゃふらん、ていさ ふらん)といった病気を発症する。そのため、病状が悪化すると自力で立つことが不可能となり、最終的には衰弱死、もしくは、痛みによるショック死へと到る。

予後不良対策

下肢部の負荷を和らげるため、胴体をベルトで吊り上げたり、水中による浮力を利用するためプール等を用いて治療する。
しかし、必要な治療費や治療期間中の飼育費など金銭面での負担が莫大になり、また、上述した負重性蹄葉炎などの問題からこのコストに対して生存率が高くないなどリスクも大きく、大多数の競走馬は予後不良と診断された直後に安楽死の処置が取られ処分される。

予後不良殺処分の方法

安楽死の手段としては薬殺が一般的である。麻酔薬、筋弛緩剤や心停止薬の投与により殺処分が行われる。かつては国により銃による射殺も行われた。

予後不良その後

仏教文化圏に属する日本の場合は、荼毘(だび)に付されたのち、馬頭観音に供養される。かつては殺処分された馬を馬肉に転用(代表例:ハマノパレード)することもあったが、現在では予後不良の場合はほぼ全て薬殺処分を行っているため、市場に流通することはない。

予後不良個別の事例

1978年(昭和53年)1月、当時のスターホースであったテンポイントが競走中に骨折し、予後不良と診断された際、ファンや馬主の助命の嘆願、テレビや新聞報道による世間からの大きな反響もあり、安楽死の処分を採らずに当時前代未聞の大手術を施したのち1か月半あまりの闘病生活を送った。

しかし、最終的には致命的な蹄葉炎を発症、全盛には500kg近かった馬体も200kg台まで落ち、最後には衰弱死した。

このテンポイントの一件は競走馬の治療の是非に対する議論を巻き起こした。他方、これによって得られたデータはその後の競走馬のみならず、動物園などでも飼育されるウマ目全般に関する動物医療の技術向上に大いに寄与している。

また、サクラスターオーも左前脚に重度の骨折を発症し、同様に闘病生活を送ったが、立ち上がろうとして右前脚を脱臼してしまい立てなくなってしまった為、関係者がやむなく安楽死処分の判断を下した。

これらの例とは逆に、重度の故障から回復した馬にはビンゴガルー、ヤマニングローバル、サクラローレル、ミルリーフ、ヌレイエフ、トウカイテイオーなどがいる。

2006年(平成18年)にはこの年のケンタッキーダービー馬バーバロがプリークネスステークスで重度の粉砕骨折を発症、かつて行われたことが無いと言われる大がかりな手術を行い、その時点では一命を取り留めたものの、闘病生活の中でテンポイントと同様に蹄葉炎を発症、最終的には翌2007年(平成19年)1月に安楽死の措置が執られた。

他方、骨折による闘病生活を送ったものの、ストレスなどから下肢部以外に疾病を併発して予後不良となるケースも存在する。

著名なのはサクラスターオーの同期・マティリアルで、1989年(平成元年)の京王杯オータムハンデキャップにおいて右前第一指節種子骨を複雑骨折、症状は重かったがオーナーの意向で手術が行われた。その手術自体は成功したものの、それから3日後、マティリアルは術後の痛みに耐えかねて馬房内で暴れ、今度はストレス性の潰瘍性大腸炎を発症、これも馬にとっては致命的な疾病であり、回復の見込みが立たなくなり、やむを得ず安楽死の措置となった。

このように、馬の治療にとっては術後のストレスとそれによって発生する二次的な疾病が大きな壁となる場合がある。

2008年(平成20年)の京都牝馬ステークスで骨折したアドマイヤキッスは、やはり当初の手術こそ成功したものの、その後、馬房内で暴れて骨折した箇所をさらに開放骨折し、安楽死処分が執られた。

暴れた原因について新聞などは疝痛を発症した可能性を報じている。
日本国外でのレースへの出走や、輸出入などで競走馬を空輸する場合、輸送中に暴れることは少ないが、万一空輸中に暴れ、馬および航空機にとって危険な状態と判断された場合は予後不良と同じ措置が採られる。

航空機を用いた競走馬の長距離国際航空輸送のノウハウがまだ確立されていなかった時代のエピソードではあるが、1958年(昭和33年)にダービー馬ハクチカラが米国遠征を敢行した際、輸送に使用されたチャーター機の機長には拳銃の所持が許可され、万一馬が暴れて手に負えなくなった場合には、機長の権限として馬を射殺してもよいとされ、関係者もこれに同意して航空機に搭乗させたことは有名である。

予後不良の診断が、のちに変更されるケースも稀にある。2006年(平成18年)第2回中山競馬7日目(3月18日)9レース隅田川特別で右前浅屈腱断裂を発症して競走を中止したロードスフィーダは、最初予後不良と診断されたが、後日診断内容が競走能力喪失に変更になった。

競走中の事故が原因で予後不良となった競走馬

「:Category:現役中に死亡した競走馬」も参照

日本
ここでは日本のGI(級)競走優勝馬について述べる。 なお、括弧内はその競走馬の主な勝鞍[1]である。
ナスノコトブキ(1966年菊花賞) – 1967年天皇賞(春)で故障(左第三中足骨骨折等)。
キーストン(1965年東京優駿) – 1967年阪神大賞典で故障(左第一指関節完全脱臼)、安楽死。
ハマノパレード(1973年宝塚記念) – 1973年高松宮杯で故障(左前種子骨粉砕骨折等)。その末路が大問題になった事でも有名。
キシュウローレル(1972年阪神3歳ステークス) – 1974年京都牝馬特別で故障(左第一指関節イ開脱臼)、安楽死。
テンポイント(1975年阪神3歳ステークス、1977年天皇賞(春)、有馬記念) – 1978年日経新春杯で故障。
キングスポイント(1982年中山大障害(春)、中山大障害(秋)) – 1984年中山大障害(春)で故障(右足根骨粉砕骨折)、安楽死。
シャダイソフィア(1983年桜花賞) – 1985年スワンステークスで故障(左第一指関節開放脱臼)、安楽死。
ノアノハコブネ(1985年優駿牝馬) – 1985年阪神大賞典で故障(寛骨骨折)、安楽死。
サクラスターオー(1987年皐月賞、菊花賞) – 1987年有馬記念で故障・約5ヶ月の闘病の末安楽死。
ライスシャワー(1992年菊花賞、1993年、1995年天皇賞(春)) – 1995年宝塚記念で故障(左第一指関節開放脱臼)、安楽死。
ワンダーパヒューム(1995年桜花賞) – 1996年京都牝馬特別で故障(左第一指関節脱臼等)、安楽死。
ホクトベガ(1993年エリザベス女王杯ほか) – 1997年ドバイワールドカップで故障(左前脚骨折)、安楽死。
サイレンススズカ(1998年宝塚記念) – 1998年天皇賞(秋)で故障(左手根骨骨折)、安楽死。
シンボリインディ(1999年NHKマイルカップ) – 2001年ダービー卿チャレンジトロフィーで発走前に故障(右下腿骨開放骨折)、安楽死。
コスモサンビーム(2003年朝日杯フューチュリティステークス) – 2006年阪急杯で故障(急性心不全)、斃死。
ナスノコトブキ、テンポイント、サクラスターオーの3頭は予後不良の診断が下ったが、馬主サイドの意向により懸命な治療が行われた。しかし、ナスノコトブキとテンポイントは療養中に衰弱死、サクラスターオーは別の箇所を骨折し、安楽死の措置が執られている。また、コスモサンビームはレース中に心臓麻痺を起こして斃死(同例として、1961年天皇賞(秋)で同様の症状で急死したサチカゼがいる)したため、厳密に言えば予後不良ではない。シンボリインディの場合はゲート入り後にゲートの下を潜り抜けてしまって故障を発生したという稀なケースである。
GI(級)馬のレース中での予後不良で、その場で安楽死させる措置はハマノパレードでの一件(詳細については同馬の項を参照)から原則として行われるようになった。

予後不良脚注

[ヘルプ]
^ 勝鞍(かちくら、勝ち鞍): 勝利したレースのことを、馬の鞍に譬えて言う。

予後不良参考文献

大川慶次郎、他 『サラブレッド 101頭の死に方』(復刊) 徳間書店、1999年。ISBN 4198911851。
大川慶次郎、他 『サラブレッド 101頭の死に方(2)』 アスペクト、1997年。ISBN 4893668757。