優駿牝馬(オークス)ってどんなレース? | 競馬予想メルマガ検証!競馬投資の極意とは?(競馬の錬金術師)

優駿牝馬(オークス)ってどんなレース?

優駿牝馬(オークス)の基本情報

第70回優駿牝馬

主催者 日本中央競馬会

開催地 東京競馬場

施行時期 5月中旬 – 下旬

(原則2回東京10日目)

格付け GI

1着賞金 9700万円

賞金総額 1億8470万円

距離 芝2400m

出走条件 サラブレッド系3歳牝馬(国際)(指定)

負担重量 定量(55kg)

第1回施行日 1938年11月23日

優駿牝馬(ゆうしゅんひんば)とは日本中央競馬会(JRA)が東京競馬場の芝2400メートルで施行する中央競馬の重賞(GI)競走である。

正賞は内閣総理大臣賞・日本馬主協会連合会会長賞。

イギリスのオークスステークスを範としているため、日本国内ではこの競走の副称を「オークス」としている。日本中央競馬会は提供のテレビCMで「オークス」とのみ表記ならび呼称をし、英語表記をするときは「Yushun Himba (Japanese Oaks) 」としている。

優駿牝馬(オークス)概要

1938年にイギリスのクラシック競走であるオークスステークスを範として4歳(現3歳)牝馬限定の定量の重賞競走阪神優駿牝馬として創設、第1回は現在とは違い鳴尾競馬場の土2700mで施行され東京優駿競走・横浜農林省賞典4歳呼馬・中山4歳牝馬特別・京都農林省賞典4歳呼馬と並び国営競馬の五大競走(五大クラシック競走)の1競走とされた。

1940年からは施行距離を芝2450mに変更するが1943年には芝2400mに変更、1944年は太平洋戦争(戦時中)の影響により1945年は太平洋戦争及び終戦におけるアメリカ進駐軍の競馬場の占領により開催中止、1946年は10月17日からの国営競馬再開に伴い施行場を東京競馬場に変更(コース・距離は芝2400m)、それに伴い名称を「優駿牝馬」に変更した。1953年からは10月の秋季開催から現在の5月の春季開催に変更、1965年からはオークスの副称が付き1968年は東京競馬場のスタンド改築工事により1ヶ月遅れの6月30日に施行、また1972年は流行性の馬インフルエンザの影響で7月2日に順延開催された。なお東京優駿の前週に行われる関係上、前述のように施行競馬場が変更されたことはあるがスタンド改修などで他の競馬場で代替開催になったことは一度もない。

1976年からはエリザベス女王杯の新設に伴い桜花賞とエリザベス女王杯と共に牝馬三冠競走を構成する事になる(牝馬三冠という表現が定着したのは1986年にメジロラモーヌが三冠を達成した時から)。

1984年のグレード制施行により最も格の高いGIに格付けられ、1995年からは指定競走となり地方所属の競走馬も出走可能になった。1996年からはエリザベス女王杯が古馬の出走可能な競走になったことにより、同競走に代わって新設された秋華賞を含めて牝馬三冠競走を構成することになった。2003年からは外国産馬の活躍による出走資格の見直しの一環により外国産馬が2頭が出走可能になり、2006年からは5頭に拡大された。

開催時期に関しては原則として東京優駿(日本ダービー)の開催前週の日曜日となっているが1996年に高松宮杯(現・高松宮記念)がGIに昇格したことを受け、開催日を5月に繰り上げてから本競走を5月最終日曜(旧来の東京優駿の開催日)に繰り下げたことがあった。しかし高松宮記念は2000年に3月開催となったため、元の開催日に戻した。

中央競馬が誇る八大競走の1競走で桜花賞・秋華賞とで中央競馬の牝馬三冠競走を構成し、更にはエリザベス女王杯を含め牝馬四冠競走と呼ばれることもある。また桜花賞は「桜の女王決定戦」と呼ばれるが、本競走は副称のオークスの意味から「樫の女王決定戦」と呼ばれているが誤訳が起源である。

牝馬路線の競走形態上、施行距離となる芝2400mが出走馬にとって初めての場合が多く競馬中継では「2400mは未知の世界」と言われる。距離適性などの理由で桜花賞の優勝馬がこの競走で敗れることも少なくなく、一生に一度きりの距離となる出走馬もいる。また一般的に牝馬にとって2400mは過酷ともいえ、このレースの優勝馬が疲労残りでその後惨敗続きになってしまったとされるケースが多い。しかしエアグルーヴやブエナビスタのように優勝後に更なる飛躍をとげた馬も少なからず存在する。

桜花賞・皐月賞・優駿牝馬・東京優駿のいずれかの2つのクラシック競走とNHKマイルカップを含めて変則三冠競走と呼ぶ者もいる。

現在の優勝レイは桃色地に金色文字となっている。

優駿牝馬(オークス)出走資格

サラ系3歳(旧4歳)のJRA所属の牝馬の競走馬(外国産馬含む)及び地方所属の牝馬の競走馬(本競走への優先出走権を獲得した牝馬及びJRAのGI競走1着馬)及び外国調教馬の牝馬(外国産馬と合わせて9頭まで)、出走枠は18頭まで。未出走馬・未勝利馬は出走できない。

以下のトライアル競走に必要な着順に入った場合優先出走できる。(最大8頭)

トライアル競走

競走名 格付 施行競馬場 施行距離 競走条件 優先出走権

桜花賞 GI 阪神競馬場 芝・外1600m 国際競走 4着以内

フローラステークス GII 東京競馬場 芝2000m 国際競走 3着以内

スイートピーステークス OP 東京競馬場 芝1800m 指定競走 2着以内

ただし未勝利馬(収得賞金が0の馬)には出走権はないが、未出走馬および未勝利馬も出走できるフローラステークスで2着になれば未勝利のまま本競走に出走できる。スイートピーステークスは1着馬のみである。

残りの枠(最低10頭)は通常の収得賞金の総計が多い順に出走できる。(残る1枠が複数の同収得金額馬だった場合は抽選で出走馬が決まる。)

地方馬は上記のトライアル競走3競走で優先出走権を得た場合のみ優駿牝馬(オークス)に出走できる。

優駿牝馬(オークス)その他のステップレース

競走名 格付 施行競馬場 施行距離 競走条件

忘れな草賞 OP 阪神競馬場 芝2000m 指定競走

負担重量

定量で55kgである。

第3~6回は57kgだった。

優駿牝馬(オークス)賞金

グレード制が施行された第45回(1984年)以降

回(施行年) 総額賞金    1着     2着     3着     4着 5着

第45回(1984年) 1億600万円 5,600万円 2,200万円 1,400万円 840万円 560万円

第46回(1985年) 1億1,050万円 5,800万円 2,300万円 1,500万円 870万円 580万円

第47回(1986年) 1億1,400万円 6,000万円 2,300万円 900万円 600万円

第48回(1987年) 1億2,330万円 6,500万円 2,600万円 1,600万円 980万円 650万円

第49回(1988年) 1億3,400万円 7,000万円 2,800万円 1,800万円 1,100万円 700万円

第50回(1989年) 1億4,880万円 7,800万円 3,100万円 2,000万円 1,200万円 780万円

第51回(1990年) 1億5,730万円 8,300万円 3,300万円 2,100万円 1,200万円 830万円

第52回(1991年) 1億7,200万円 9,000万円 3,600万円 2,300万円 1,400万円 900万円

第53回(1992年) 1億8,160万円 9,600万円 3,800万円 2,400万円 960万円

第54回(1993年)

第55回(1994年)

第56回(1995年) 1億8,470万円 9,700万円 3,900万円 2,400万円 1,500万円 970万円

第57回(1996年)

第58回(1997年)

第59回(1998年)

第60回(1999年)

第61回(2000年)

第62回(2001年)

第63回(2002年)

第64回(2003年)

第65回(2004年)

第66回(2005年)

第67回(2006年)

第68回(2007年)

第69回(2008年)

第70回(2009年)

第71回(2010年)

第72回(2011年)

第73回(2012年)

優駿牝馬(オークス)歴史

1938年 – 鳴尾競馬場の4歳(現3歳)牝馬限定の定量の土2700mの重賞競走「阪神優駿牝馬」として創設。

1939年 – 1着入線のヒサヨシが薬物使用により失格(ヒサヨシ事件)。

1940年 – 施行距離を芝2450mに変更。

1943年

施行距離を芝2400mに変更。

尾形景造が調教師として史上初の連覇。

1944年 – 太平洋戦争の影響で中止。

1945年 – アメリカ進駐軍の競馬場占領により中止。

1946年

施行場を東京競馬場に変更。

名称を「優駿牝馬」に変更。

1948年 – 大久保房松が調教師として2人目の連覇。

1953年 – それまでの秋季から春季の競走に変更。

1960年 – 前年の9月1日から日本競馬の時計が変更になったのに伴い、時計表示が1/5秒表示から1/10秒表示に変更。

1965年 – 「オークス」の副称が付く。

1968年 – 東京競馬場のスタンド増築工事により、施行期日を6月30日に設定。

1971年 – 東京競馬場のスタンド増築工事により、施行期日を6月6日に設定。

1972年 – 馬インフルエンザ流行による関東地区の競馬開催中止の影響で、施行期日を7月2日に順延。

1973年 – 稲葉幸夫が調教師として3人目の連覇。

1974年 – 嶋田功が騎手として史上初の3連覇。

1983年 – 当競走で史上最多の28頭が出走。なお、1985年も28頭が出走した。

1984年 – グレード制施行によりGIに格付け。

1992年 – 馬番連勝複式勝馬投票券の導入に伴い、出走可能頭数を現在の18頭に削減。

1995年 – 指定交流競走となり、地方所属馬にも門戸が開放される。

1996年 – 5位入線のノースサンデーが進路妨害により12着に降着。

1998年 – 優駿牝馬開催当日の全体の競走数が12に伴い、当競走のレース番号を第10競走から第11競走に変更。

2001年

馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走条件が「4歳牝馬」から「3歳牝馬」に変更。

ケント・デザーモがJRA史上初となる外国人騎手によるクラシック競走制覇。

2003年 – 外国産馬の出走枠が制限付きで最大2頭まで出走可能となる。

2005年 – 外国産馬の出走枠を最大4頭に拡大。

2006年 – 外国産馬の出走枠を最大5頭に拡大。

2007年

国際セリ名簿基準委員会(ICSC)の勧告により、重賞格付け表記をJpnIに変更。

外国産馬の出走枠を最大6頭に拡大。

ローブデコルテがJRA史上初の外国産馬による5大クラシック競走制覇。

2008年 – 外国産馬の出走枠を最大7頭に拡大。

2009年 – 安藤勝己が49歳と51日で優勝し、自らが持つクラシックレースの最年長優勝記録を塗り替える。同時に地方競馬出身の騎手として史上初の優勝。

2010年

国際競走に指定され、外国調教馬は外国産馬と合わせて最大9頭まで出走可能となる。それに伴い、重賞格付け表記をGIに戻す。

アパパネとサンテミリオンが中央競馬GI史上初の同着優勝[1]。

横山典弘が、騎手として初の父子制覇(父:横山富雄は1978年・ファイブホープの勝利騎手)を達成。

2011年 – 吉田照哉が馬主として史上初の連覇。

優駿牝馬(オークス) 歴代優勝馬

国際競走となった2010年以降は優勝馬の国旗を表記する。

回数 施行日         優勝馬 性齢 勝時計 優勝騎手 管理調教師 馬主

第1回 1938年11月23日 アステリモア 牝3 2:57 2/5 保田隆芳 尾形景造 タイヘイ

第2回 1939年10月1日 ホシホマレ[2] 牝3 2:55 3/5

+ 大差 佐々木猛 大久保房松 ハクヨウ

第3回 1940年10月6日 ルーネラ 牝3 2:38 0/5 近藤貞男 青池良佐 天野弥三郎

第4回 1941年10月5日 テツバンザイ 牝3 2:43 1/5 稲葉幸夫 鈴木甚四郎

第5回 1942年10月11日 ロツクステーツ 牝3 2:39 0/5 玉谷敬治 尾形景造 吉田善助

第6回 1943年10月3日 クリフジ 牝3 2:34 0/5 前田長吉 尾形景造 栗林友二

第7回 1946年11月24日 ミツマサ 牝3 2:46 2/5 新屋幸吉 上村大治郎 東浜一行

第8回 1947年10月19日 トキツカゼ 牝3 2:40 2/5 佐藤嘉秋 大久保房松 川口鷲太郎

第9回 1948年11月14日 ヤシマヒメ 牝3 2:32 0/5 佐藤嘉秋 大久保房松 小林庄平

第10回 1949年11月13日 キングナイト 牝3 2:38 0/5 高橋英夫 函館孫作 浜谷年雄

第11回 1950年11月19日 コマミノル 牝3 2:38 0/5 渡辺正人 西塚十勝 山内伝作

第12回 1951年11月18日 キヨフジ 牝3 2:33 4/5 阿部正太郎 田中和一郎 山口茂治

第13回 1952年10月5日 スウヰイスー 牝3 2:31 2/5 八木沢勝美 松山吉三郎 高峰三枝子

第14回 1953年5月17日 ジツホマレ 牝3 2:36 3/5 杉村一馬 杉村政春 中塚志つゑ

第15回 1954年5月22日 ヤマイチ 牝3 2:39 0/5 八木沢勝美 尾形藤吉 永田雅一

第16回 1955年5月28日 ヒロイチ 牝3 2:32 4/5 岩下密政 矢倉玉男 吉田一太郎

第17回 1956年5月27日 フエアマンナ 牝3 2:33 4/5 佐藤嘉秋 大久保房松 小林庄平

第18回 1957年5月19日 ミスオンワード 牝3 2:32 0/5 栗田勝 武田文吾 樫山純三

第19回 1958年5月18日 ミスマルサ 牝3 2:33 0/5 八木沢勝美 古賀嘉蔵 木村健次

第20回 1959年5月17日 オーカン 牝3 2:33 4/5 清田十一 伊藤勝吉 吉田一太郎

第21回 1960年5月22日 スターロツチ 牝3 2:33.4 高松三太 松山吉三郎 藤井金次郎

第22回 1961年5月21日 チトセホープ 牝3 2:32.5 伊藤修司 伊藤勝吉 野間勘一郎

第23回 1962年5月20日 オーハヤブサ 牝3 2:31.9 藤本勝彦 藤本冨良 笠木政彦

第24回 1963年5月19日 アイテイオー 牝3 2:32.4 伊藤竹男 久保田金造 伊藤忠雄

第25回 1964年5月24日 カネケヤキ 牝3 2:31.1 野平祐二 杉浦照 金指吉昭

第26回 1965年5月23日 ベロナ 牝3 2:31.3 加賀武見 田中和夫 田中はな

第27回 1966年5月22日 ヒロヨシ 牝3 2:36.2 古山良司 久保田彦之 勝川玉子

第28回 1967年5月13日 ヤマピツト 牝3 2:29.6 保田隆芳 浅見国一 小林信夫

第29回 1968年6月30日 ルピナス 牝3 2:31.6 中野渡清一 茂木為二郎 藤田正明

第30回 1969年5月18日 シャダイターキン 牝3 2:32.4 森安重勝 尾形藤吉 吉田善哉

第31回 1970年5月17日 ジュピック 牝3 2:40.6 森安重勝 工藤嘉見 松井照夫

第32回 1971年6月6日 カネヒムロ 牝3 2:36.0 岡部幸雄 成宮明光 金指利明

第33回 1972年7月2日 タケフブキ 牝3 2:28.8 嶋田功 稲葉幸夫 近藤たけ

第34回 1973年5月20日 ナスノチグサ 牝3 2:28.9 嶋田功 稲葉幸夫 那須野牧場

第35回 1974年5月19日 トウコウエルザ 牝3 2:29.1 嶋田功 仲住達弥 渡辺喜八郎

第36回 1975年5月18日 テスコガビー 牝3 2:30.6 菅原泰夫 仲住芳雄 長島忠雄

第37回 1976年5月23日 テイタニヤ 牝3 2:34.4 嶋田功 稲葉幸夫 原八衛

第38回 1977年5月22日 リニアクイン 牝3 2:28.1 松田幸春 松田由太郎 桶谷辰造

第39回 1978年5月21日 ファイブホープ 牝3 2:30.2 横山富雄 山岡寿恵次 榊原富夫

第40回 1979年5月20日 アグネスレディー 牝3 2:29.6 河内洋 長浜彦三郎 渡辺孝男

第41回 1980年5月18日 ケイキロク 牝3 2:32.3 岡部幸雄 浅見国一 内田敦子

第42回 1981年5月24日 テンモン 牝3 2:29.5 嶋田功 稲葉幸夫 原八衛

第43回 1982年5月23日 シャダイアイバー 牝3 2:28.6 加藤和宏 二本柳俊夫 吉田善哉

第44回 1983年5月22日 ダイナカール 牝3 2:30.9 岡部幸雄 高橋英夫 (有)社台レースホース

第45回 1984年5月20日 トウカイローマン 牝3 2:31.9 岡冨俊一 中村均 内村正則

第46回 1985年5月19日 ノアノハコブネ 牝3 2:30.7 音無秀孝 田中良平 小田切有一

第47回 1986年5月18日 メジロラモーヌ 牝3 2:29.6 河内洋 奥平真治 (有)メジロ牧場

第48回 1987年5月24日 マックスビューティ 牝3 2:30.9 田原成貴 伊藤雄二 田所祐

第49回 1988年5月22日 コスモドリーム 牝3 2:28.3 熊沢重文 松田博資 田邉廣己

第50回 1989年5月21日 ライトカラー 牝3 2:29.0 田島良保 清田十一 伊藤照三

第51回 1990年5月20日 エイシンサニー 牝3 2:26.1 岸滋彦 坂口正則 平井豊光

第52回 1991年5月19日 イソノルーブル 牝3 2:27.8 松永幹夫 清水久雄 磯野俊雄

第53回 1992年5月24日 アドラーブル 牝3 2:28.9 村本善之 小林稔 根岸治男

第54回 1993年5月23日 ベガ 牝3 2:27.3 武豊 松田博資 吉田和子

第55回 1994年5月22日 チョウカイキャロル 牝3 2:27.5 小島貞博 鶴留明雄 新田嘉一

第56回 1995年5月21日 ダンスパートナー 牝3 2:26.7 武豊 白井寿昭 吉田勝己

第57回 1996年5月26日 エアグルーヴ 牝3 2:29.1 武豊 伊藤雄二 吉原毎文

第58回 1997年5月25日 メジロドーベル 牝3 2:27.7 吉田豊 大久保洋吉 メジロ商事(株)

第59回 1998年5月31日 エリモエクセル 牝3 2:28.1 的場均 加藤敬二 山本慎一

第60回 1999年5月30日 ウメノファイバー 牝3 2:26.9 蛯名正義 相沢郁 梅崎敏則

第61回 2000年5月21日 シルクプリマドンナ 牝3 2:30.2 藤田伸二 山内研二 (有)シルク

第62回 2001年5月20日 レディパステル 牝3 2:26.3 K.デザーモ 田中清隆 (株)ロードホースクラブ

第63回 2002年5月19日 スマイルトゥモロー 牝3 2:27.7 吉田豊 勢司和浩 飯田正剛

第64回 2003年5月25日 スティルインラブ 牝3 2:27.5 幸英明 松元省一 (有)ノースヒルズマネジメント

第65回 2004年5月23日 ダイワエルシエーロ 牝3 2:27.2 福永祐一 松田国英 大和商事(株)

第66回 2005年5月22日 シーザリオ 牝3 2:28.8 福永祐一 角居勝彦 (有)キャロットファーム

第67回 2006年5月21日 カワカミプリンセス 牝3 2:26.2 本田優 西浦勝一 三石川上牧場

第68回 2007年5月20日 ローブデコルテ 牝3 2:25.3 福永祐一 松元茂樹 前田幸治

第69回 2008年5月25日 トールポピー 牝3 2:28.8 池添謙一 角居勝彦 (有)キャロットファーム

第70回 2009年5月24日 ブエナビスタ 牝3 2:26.1 安藤勝己 松田博資 (有)サンデーレーシング

第71回 2010年5月23日 アパパネ 牝3 2:29.9

(同着) 蛯名正義 国枝栄 (株)金子真人ホールディングス

サンテミリオン 横山典弘 古賀慎明 吉田照哉

第72回 2011年5月22日 エリンコート 牝3 2:25.7 後藤浩輝 笹田和秀 吉田照哉

優駿牝馬(オークス)優駿牝馬の記録

レースレコード – 2:25.3(第68回優勝馬ローブデコルテ)

2着との最大着差 – 大差(第8回優勝馬トキツカゼ)

勝馬投票券最高売上げ – 361億8934万5100円(第55回、優勝馬チョウカイキャロル)

当日の最高入場者数 – 174,446人(第55回)

最多優勝騎手 – 嶋田功 5勝(第33 – 35、37、42回)

最多連続優勝騎手 – 嶋田功 3連覇(第33 – 35回)

最多勝調教師 – 5勝 尾形藤吉(第1、5、6、15、30回) 稲葉幸夫(第4、33、34、37、42回)



優駿牝馬(オークス)母仔制覇

過去に2組の優駿牝馬母仔制覇の例がある。

組 母馬名 優勝回 子馬名 優勝回

1組目 クリフジ 第6回 ヤマイチ 第15回

2組目 ダイナカール 第44回 エアグルーヴ 第57回

優駿牝馬(オークス)デビューから無敗制覇

過去に4頭がデビューから無敗で優駿牝馬を制覇している。

優勝回 馬名 無敗成績 備考

1 第6回 クリフジ 5戦5勝 第12回東京優駿競走優勝

第6回京都農商省賞典4歳呼馬優勝

2 第7回 ミツマサ 4戦4勝

3 第18回 ミスオンワード 8戦8勝

4 第67回 カワカミプリンセス 4戦4勝 第11回秋華賞優勝

優駿牝馬(オークス)外国産馬による制覇

優勝回 馬名

1 第68回 ローブデコルテ

優駿牝馬(オークス)騎手の父子制覇

父 優勝回           子 優勝回

横山富雄 第39回(ファイブホープ) 横山典弘 第71回(サンテミリオン)

優駿牝馬(オークス)からの秋華賞・エリザベス女王杯の制覇

地方競馬の「オークス」

地方競馬でもオークスを範した競走がある。地区内での中央競馬の優駿牝馬と同等の機能を持った競走に設定されている。以下は2006年現在施行されている競走のみ。

ばんえいオークス(ばんえい競馬)

ひまわり賞(岩手県競馬組合)

関東オークス(川崎競馬場)

もっと詳しく知りたい事や
理解できなかった事などございましたらお気軽にご連絡下さい。

お問い合わせはこちらからどうぞ

  • Yahoo!ブックマークに登録する
  • はてなブックマークに登録する
  • livedoorクリップに登録する
  • newsingブックマークに登録する
  • del.icio.usブックマークに登録する
  • ニフティクリップに登録する
  • RSSを購読する

次の記事 »
前の記事 »
トップページへ » 競馬予想メルマガ検証!競馬投資の極意とは?(競馬の錬金術師)