元東証1部上場のシルバー精工が経営破綻をしましたね。
負債総額は12億7226万円。ミシン需要の低迷やプリンター機器の販売競争の激化で売り上げが激減したんですね。
社員は、これからどうするのでしょう?今の日本は、大学生すら就職できない状況です。
30過ぎて、特別な資格や技術が無い事務系サラリーマンが、会社から、厳しい生存競争が待っている世間に放り出されたら・・・。
これって人ごとではありません。
家族や自分を守るためにも、生活費を会社に頼らず自分で稼ぐ能力を身につけておくことだなあ、と
しみじみ思いました。
競馬投資で安定して稼げるようになれば、こんな時も、大丈夫なんですね。
他人には、他人の生活がありますから、結局は、頼れるのは、自分だけですね。
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日本の有名アスリートたちは、CM契約でいい稼ぎをしていますね。
高橋尚子(陸上) 1億5000万円 ファイテン(スポンサー)
イチロー(野球) 1億5000万円 日興コーディアル証券(CM)
1億円 アサヒ飲料(CM)
松井秀喜(野球) 1億円 JAL(CM)
北島康介(水泳) 1億円 日本コカ・コーラ(スポンサー)
石川遼(ゴルフ) 1億円 ハウス食品(CM)
1億円 パナソニック(スポンサー)
中田英寿(サッカー) 1億円 富士重工(CM)
澤穂希(サッカー) 1億円 日本コカ・コーラ(CM)
宮里藍(ゴルフ) 8000万円 JAL(CM)
5000万円 サントリー(スポンサー)
自分の才能、努力でお金を稼げるのって、最高ですね。
正直、うらやましいです。
でも、競馬投資なら、凡才の私でも、年間数百万円位なら、自分の力(馬券を当てる力)で稼げてます。
うまくすれば、年をとって体力が落ちて、歩けなくなっても、頭脳が元気なら、競馬投資は継続できます。
死ぬまで、馬券を買い続けたい!と思ってます。
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競馬は、いや馬券は単勝に尽きる!気もします。
レースは、結局のところ、どの馬が一番強いのか競うゲームといえなくもありませんしね。
それに単勝を当てることができれば馬単や3連単も当たるようになります。
軸馬がはっきりするわけですからね。
特に面白いのが、馬券を買いたいレースに単勝オッズ1倍台の馬がいるときです。
まあ、6割~7割位は、圧倒的な強さで、単勝オッズ1倍台の馬が勝っちゃうんですけれど。
でも、その単勝オッズ1倍台の馬も3割位は負けるわけです。
その馬以外で、単勝オッズがつく馬を5~6頭(オッズが10倍から30倍位の馬)買っても、もしそのうちのどれかが
勝ちきってくれたら、大儲けの可能性がありますね。
穴馬が大好きな私としては、どうしても手を出したくなる馬券です。
昔は、よく買ってました。こういう馬券。なにしろ、スリリングなんですよ。
今は買いません。的中率が安定していませんからね。
競馬投資に安定して勝つためには、的中率、回収率とも安定したノウハウでなくてはならない!
そう、やっと納得できたのは、5年前でした。
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・カレンチャン
馬なりで坂路52秒8-37秒9-11秒9という最終追い切りは、可能性を感じさせますね。
スプリンターズSでは直線に急坂がありノーザンダンサー系の活躍が目立ちます。
前が圧倒的に有利ですしね。ダート血統、長距離血統も有利です。
カレンチャンは父クロフネ、母父トニービン、母母父マルゼンスキーという、
まさにスプリンターズSにぴったりな血統です。
前に行けますし、ギリギリで勝つ勝負根性が素晴らしい!
それに、夏場は2戦しか使ってないということからは、日本勢の中では、最先着するかもですね。
・エーシンヴァーゴウ
中山適性が微妙ですね。
前走はスローでしたしね。
それに夏に使いすぎています。
人気はどんなもんでしょうか?
あとは、オッズがどうかですね。サマーチャンピオンでしかも、福永騎手騎乗で
人気になるなら、ここは切る手かな。
・サンカルロ
直線が短く坂のある中山・阪神が得意ですね。
GⅠレベルになると、直線で内を突いてくれば勝ちもあるかも知れません。
内枠を引ければ、穴馬として大注目です。
・フィフスペトル
今開催の中山は馬場の高速化もあってか、キンカメ産駒が来まくっていますね。
1200ではいまだに無敗で中山適性も高いとなれば・・・。
マイラーかも知れませんが、未知の魅力は、鞍上の横山騎手含めて、ありますね。
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スプリンターズSで馬券になるのは、過去のデータから考えると、
①サンデーサイレンス以外の血統の馬
②サクラバクシンオー産駒以外の馬
③夏競馬は十分休養した馬
⑤外国から賞金を稼ぎに来た馬
ですね。
サンデーサイレンス系の馬は、ほとんど馬券になっていません。
サクラバクシンオー産駒も同様です。
そんな中、外国から賞金稼ぎに来た馬は、ここ5年間で7頭出走して2勝もしています。
特に今回は、総大将格のロケットマンが出走してきます。
ここは、勝ちまであるでしょう。
中山1200Mは、外枠有利とはいいますが、実際のところは、穴馬は、インから
差して来る内枠馬でしょうね。ここにダッシャーゴーゴーが入れば、面白い!
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スプリンターズSの追い切りが行われています。
芝1200メートルG1スプリンターステークスの最終追い切りが28日、東西トレセンで行われました。
ダッシャーゴーゴー(牡4、安田)は栗東坂路で追われ抜群の動きを見せましたね。
4ハロン51秒8-11秒7の好タイムで上がりました。これは、安田景助手が乗ってのものですから、本番ではさらに期待です。
ロケットマンが、シンガポールからきてくれたので、ダッシャーの差しが決まりそうです。
安田厩舎の仕上げは、最高でしょうから、あとは枠順の問題ですね。
ダッシャーゴーゴーは内目の枠で、ロケットマンが外枠を期待したいですね。
川田騎手リーディングに向かって、ここで勝って勢いをつけてもらいたいですね!
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競馬必勝法とは?
競馬必勝法とは、馬券を買って年間トータルでプラスにするノウハウですね。
馬券で儲けている人には、人それぞれの競馬必勝法があります。
実際に、年間を通じてかなりの金額(500万円以上)を馬券で稼いでいる人を5人知っていますが、
その5人の買う馬券の種類も必勝法のノウハウも、全然違います。
ただ、競馬必勝法を作り上げるために、皆、大変な時間をその理論の検証作業に費やしています。
競馬で勝てない時、いままでと同じノウハウを続けていても、結局、競馬に勝てません!
今使っているノウハウのどこがいけないのか、どこをどう変えれば勝てるようになるのか?
ここを考えることが重要です。
そして仮説をたてて、過去のデータから検証してみる。
膨大で、ほとんど徒労に終わるかもしれない作業にたち向かっていく強固な姿勢が必要です。
その先にこそ、競馬必勝法が見えてくるのです。
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風のシルフィードの時代背景
連載が終了する1993年まで、海外のグレード競走(GI・GII・GIII)を勝った日本調教馬はおらず、作中で菊地もそのように言及している。そして、シルフィードがGIIIのドーヴィル大賞典で日本調教馬として海外グレード競走の初勝利を挙げたことになっている。
なお、実際に海外のグレード競走で初めて勝った馬は、1995年の香港国際カップに勝利したフジヤマケンザンで、そのときの騎手は蛯名正義であった。また、グレード制導入前に遡れば、1959年にハクチカラが勝利したワシントンバースデーハンデキャップが、日本調教馬による海外重賞初勝利である。
連載開始当初、マキシマムはせり市で3億円という実際の競馬界でも最高額となる金額で落札されたが、連載中に現実の競馬界では3億5000万円という高値で取引されたサンゼウスが登場した。これを意識してか、作中でもサンアドニスという高額取引馬が登場し、キュータと新馬戦で対決している。
同一年の菊花賞終了後から有馬記念のファン投票の間まで、菊地厩舎陣営の“調教師や騎手が、その年の秋の天皇賞優勝馬(ヒヌマボーク)のことを知らなかった”という現実にはあり得ない設定が、競馬にある程度の知識がある読者から本作品が批判を受ける原因の一つとなっている。
これは、ファン投票選出1位のヒヌマボークに投票しているファンよりも、現場に近い立場の競馬関係者の方が状況を把握していないということで、本来、競馬関係者ならば、数多くある下級条件馬ならともかく、GI優勝馬を知らないはずがないということである。
また、騎手・島村のヒヌマボークに騎乗することになるエピソード(勝利数が不足している場合、GIレースの出走条件となる実際のルールを無視している状況)を含め、ストーリーの構成上仕方の無い設定とも言える。
少年マガジンの対象読者層が競馬に携わることがほとんどない少年である関係上、競馬を知らない読者にも分かりやすく配慮したという擁護意見もあるが、一方で、そういう配慮の必要性は認めながらも、競馬界の人間があまりにも内部のことを知らなすぎると捉えざるを得ない演出に疑問を呈する人もいる。
この他、「馬の鞍傷に塩を塗りこむ」といった現実の競走馬を扱う上では有り得ないかけ離れた表現などが、続編にあたる蒼き神話マルスにも共通して多数見られるが、上記のような背景もあり、また馬が喋りこそしないものの過度な感情表現を行うといった描写からも、そもそも純粋な競馬漫画というよりは競馬という舞台を借りたスポ根マンガとして制作されたものでは、という見方も存在するし、実際にマルス連載直前時に掲載された週刊Gallopのインタビューで作者自身「シルフィードを連載してた当時は競馬の事をほとんど知らなかった。無茶苦茶なエピソードもあるけど、競馬漫画ではなくスポ根物の漫画として読んで欲しい」と語っている。
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風のシルフィードの競争馬
シルフィード
森川駿と並ぶ、この作品のもう一頭の主人公。
父はユキカゼ、母は桜花賞3着馬サザンウィンド。馬名の「シルフィード」とは「風の妖精」の意味。
シルフィードの母親譲りの強烈な末脚は「白い稲妻」と称されている。実際の競走馬であるシービークロス・タマモクロス親子も「白い稲妻」というニックネームで呼ばれている。
生まれたときに浅屈腱炎という故障を抱えていたことから、競走馬としての未来を絶望視され、薬殺処分されかかったところを駿に助けられ、以後騎手を志した彼とともに成長していくこととなる。
3歳で菊地厩舎に入厩、母親譲りの末脚「白い稲妻」でデビューから2連勝を飾るが、朝日杯3歳ステークスでは妨害もあり、宿敵マキシマム、カザマゴールドに続く3着に終わる。
中央競馬会から特例で認められた駿とのコンビで挑んだ日本ダービーでは、1cmという僅差でマキシマムに敗退する。夏は九十九里浜での特訓を積み、秋になると、神戸新聞杯を負傷から復帰した谷村で制して菊花賞へ挑む。
その菊花賞では、三冠のかかったマキシマムとの死闘を制しついにGI馬となる。続く有馬記念では最強古馬・ヒヌマボークと闘うがヒヌマボークの2着(マキシマムと同着)に抑えられる。
明けて5歳、阪神大賞典1着を経て天皇賞(春)でヒヌマボークと再戦、これを破り、凱旋門賞を目指してフランスに渡る。緒戦こそ欧州最強馬・ラシューバの2着となるが、続くドーヴィル大賞典で海外レース初勝利を飾る。
人間以外の動物間では、ウサギのテツローも友達である。また、ライバルだったマキシマムとの友情を見せる一面も有る。
産駒はシルフィードJr.[2]、シルフィーナの双子のみとなった。
マキシマム
シルフィードの宿命のライバル。
一見無表情だが、その内にはシルフィードにも劣らない闘志を秘めている。人呼んで「闘神」。
デビュー後は岡の期待に応え、朝日杯3歳ステークス、皐月賞と順調に勝ち進む。続く日本ダービーでは三度目の対戦となるシルフィードに苦戦するが、驚異的な底力で差し返し辛勝。
無敗の二冠馬となる。菊花賞ではトライアルのセントライト記念で初めての敗戦を喫した小蒼竜(シャオツァンロン)を競り落とし、シルフィードとのマッチレースに持ち込むが惜敗し、三冠の夢は絶たれた。
続くグランプリ有馬記念ではシルフィードとともにヒヌマボークに挑むが、死闘の末2着敗退(シルフィードと同着)。またこのレースで前脚を骨折してしまい、予後不良と診断されるも夕貴や岡の説得で薬殺処分は免れ、手術の結果、一命は取り留める。
しかし、馬主である岡の意思により そのまま引退した。その後もトレーニングは怠らず、凱旋門賞に向かうシルフィードの調教時の併せ馬の相手も務める事になる。
マキシマムで岡に競り負けた風間が彼に対抗して2億円で落札。朝日杯3歳ステークス2着、古馬になり東京新聞杯優勝。
その後本来は適距離である1600mのレースに出走するはずが、風間のシルフィード潰しの目的のためだけに天皇賞(春)に出走するが惨敗。主戦騎手は宇南正洋。
毛色は青鹿毛で、それにシルフィードにもひけを取らない末脚もあって、「蒼い刺客」と呼ばれる。主戦騎手は葵兵馬。
独特の走法は「バタフライ走法」と呼ばれ、岡からはスピードとスタミナは並外れていると評価される。なお、岡は、シルフィードはスピリットがずば抜けている、マキシマムは全て揃っているとしている。
函館記念で1歳上の日本ダービー馬を5馬身差の2着に下し。セントライト記念でマキシマムを2.3秒差の2着に下し圧勝した。
菊花賞ではあまりの暴走に遂に限界を迎え失速。1着のシルフィードからハナ+10馬身差の3着に敗れる。
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『風のシルフィード』(かぜのシルフィード)は、本島幸久による漫画作品。
愛蔵版・文庫版全13巻。
主人公の騎手森川駿と競走馬シルフィードの友情、またライバルたちとの戦いを描いた競馬漫画。
風のシルフィード ストーリー
小さな牧場で母馬の命と引き換えに生まれたシルフィード。生まれつき足に故障があるという競走馬として致命的なハンディを乗り越え、森川駿と共にその奇跡の末脚でデビュー以来次々と勝ち進んでいく。
やがてシルフィードと駿の前に、3億円の名馬マキシマムと天才騎手夕貴潤、死神の異名を持つヒヌマボークなど多くのライバルが立ちはだかる。そしてシルフィードと駿は、国内のライバルたちとの激戦を経て、海外へと飛び出し最高峰レース「凱旋門賞」へと挑む。
シルフィードと同様に、母は彼を生んで間もなく死亡している。
薬殺処分されかかっていたシルフィードを助け、自ら育てることとなる。
明生学園中学校卒業。千葉県の名門、千葉県立第一高等学校に3番の成績で合格するほど成績は良かったが、シルフィードとともに闘うため騎手の道へ進んだ。
シルフィードのデビューの翌年に騎手としてデビューし、4歳になったシルフィードとともに大レースで闘っていく。皐月賞は、駿が勝利数不足で(連載当時、クラシック五大競走には平地・障害で通算40勝以上しないと騎乗できなかった。
現在は、30勝以上で全てのGIレースに出場できる)規則により騎乗できないため谷村が手綱を取る。日本ダービー出走の時点でも勝利数は足りなかったが、特例として出場することができた。
シルフィードとともにレースを繰り返す中で本人も大きく成長し、デビュー3年目にしてリーディングジョッキーの座を窺うまでになる。しかしシルフィードの死にショックを受け、一時は騎手を辞めてしまう。
シルフィードの息子シルフィードJr.のデビューと共に現役復帰を遂げた。
夕貴 潤(ゆうき じゅん)
駿の2年前にデビューし、競馬界に旋風を巻き起こした天才騎手。
駿と出会った当時はひねくれた嫌みな性格だったが、後に駿とシルフィードをライバルと認め、更にはマキシマムの骨折と回復によって人間としても成長する。後に生産者となった藍田拓人と再会し、和解する。
デビュー年は障害競走で5勝を挙げるものの有馬記念直前まで平地競走では未勝利であった。有馬記念の前日にヒヌマボークへの騎乗を依頼され優勝。
平地での初勝利が”GIレース初騎乗での勝利”となる[1]。その後ヒヌマボークの主戦騎手となる。
駿が見習い騎手の頃はシルフィードの主戦騎手を務める。後に妙子と結婚。
葵からは「マムシの宇南」とも呼ばれていた。シルフィードに顔ムチを浴びせるなど卑怯な手を使うことが多いが、有馬記念の頃にはその実力を認めてシルフィードに道を譲った。
「すげぇレースはしてみてぇし見てみてぇ」という台詞にも表れているように、彼もまた一流の騎手である。
ダージリン・ダニアン
通称D・D(ディー・ディー)。
渡欧直後、落ち着きを失っていた駿をおどおどした男として反発するが、シルフィードとコンビを組んだ後の駿を見て見直す。
レクター=アボット
イギリス競馬界の頂点に立ち、「サー」の称号を受けた世界を代表する超一流騎手。
シルフィードの日本ダービー出走前には、自身が騎乗できない駿におだてられ、一度は騎乗を引き受けるが、調教で騎乗した際にシルフィードの駿に乗ってほしいという意思を見抜き騎乗を辞退、駿が騎乗できる方法を探した方がいいと忠告する。有馬記念では騎乗馬がなかったが、それまでのいきさつから圭吾とヒヌマボークを応援する。
吉原 泰人(よしはら やすと)
現役最高齢の騎手。若い頃は「剛腕」でならしたが、歳を重ねるとともに体力の衰えをテクニックでカバーし、レースを作ることを得意とするようになった。
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