オグリキャップ 1990年後半の不振と復活 | 競馬予想メルマガ検証!競馬投資の極意とは?(競馬の錬金術師)

オグリキャップ 1990年後半の不振と復活

オグリキャップ 1990年後半の不振と復活
1990年後半において、天皇賞(秋)とジャパンカップで大敗を喫し、その後第35回有馬記念を優勝した要因については様々な分析がなされている。
オグリキャップ 体調
調教師の瀬戸口は、この年の秋のオグリキャップは骨膜炎に苦しんでいたと述べている。また、厩舎関係者以外からも体調の悪さを指摘する声が挙がっていた[† 31][† 32]。

精神面に関しては、瀬戸口と池江はともに気迫・気合いの不足を指摘していた[† 34]。さらに池江は、天皇賞(秋)の臨戦過程においてテレビ番組の撮影スタッフが密着取材を行ったことによりオグリキャップにストレスが生じたと証言している。

密着取材とかいって、1週間ものあいだ24時間体制でオグリを撮りまくるんや。しかも、わしにとってもオグリにとっても不運やったんは、その取材陣というのがほとんど競走馬というものを知らない人たちで編成されていたことやった。

文字どおり、24時間ぶっ続けでオグリを撮りまくったんやからね。

それだけやない。

馬というのは、体調のよくないときやひとりでいたいときには馬房の奥に隠れて出てこない。そういうときには、そっとしておいてやるのが一番なんやが、この人たちはニンジンや草をちらつかせてオグリを誘い出したりもしたらしい。

しまった、と気がついたときには、もう手遅れやった。オグリがぱったりとカイバを食べんようになってしもたんや。

体調に関しては、優勝した第35回有馬記念においてすらよくなかったという証言が複数ある。オグリキャップと調教を行ったオースミシャダイの厩務員出口光雄[† 37]や同じレースに出走したヤエノムテキの担当厩務員(持ち乗り調教助手)の荻野功[† 38]がレース前の時点で体調の悪化を指摘していたほか、騎乗した武豊もレース後に「ピークは過ぎていたでしょうね。

春と違うのは確かでした」と回顧している。レース前のパドックでオグリキャップを見た作家の木村幸治は、その時の印象について「レース前だというのに、ほとんどの力を使い果たして、枯れ切ったように見えた」、「ほかの15頭のサラブレッドが、クビを激しく左右に振り、前足を宙に浮かせて飛び跳ね、これから始まる闘いへ向けての興奮を剥き出しにしているのに比べれば、その姿は、誰の目にも精彩がないと映った」、「あふれる活気や、みなぎる闘争心は、その姿態から感じられなかった。

人に引かれて、仕方がなく歩いているという雰囲気があった」と振り返っている[81]。しかし厩務員の池江によるとこの時、オグリキャップの手綱を引いていた池江と辻本は、天皇賞(秋)の時の倍以上の力で引っ張られるのを感じ、「おい、こら、もしかするとひょっとするかもしれんぞ……」と囁きあったという。

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