admin | 競馬予想メルマガ検証!競馬投資の極意とは?(競馬の錬金術師)

ジャパンC 前日朝オッズ1番人気はペルーサ3.3倍!?

1番人気はG1初制覇を狙うペルーサで3・3倍ですね。
2番人気は3・9倍のブエナビスタ。
凱旋門賞馬デインドリームは4・8倍。
菊花賞2着のウインバリアシオンが10・2倍、ダービー馬エイシンフラッシュが14.5倍、トーセンジョーダンが16倍で続いています。
ペルーサは、関係者の投票が大きく入っているのでしょうか?

ペルーサは、馬体重が大幅に増えていて、今回の調教後馬体重からも成長が著しいようです。
ひと叩きの天皇賞で結果を出してきていますから相当上積みもあるのでしょう。展開さえ向けばGI馬になれるチャンスもあるかもしれません。

ただデータ的には1着で買うのは厳しいような・・・。昨年春(ダービーTR)以来勝ち星がありませんし、
2000年代以降のジャパンCで馬券になったGI未勝利馬は7頭いますが、
あのハーツクライでも2着まででした。その他の6頭は皆その年に重賞勝ちがありました。
ジャパンCが初GIだったタップダンスSやスクリーンHは前走勝っていましたからね。
それに、藤沢和厩舎は近年、GIとは縁が無い!

展開を考えても、ペルーサの前走の天皇賞とは全く逆のスローペースになりそうですから、ペルーサの末脚が生かせるとは、
考えにくいです。う~ん、いまのところ、切かなあ。


井崎脩五郎さんによると、ジャパンCに出走する外国馬は、好走できない!?

井崎脩五郎さんが、サンデー毎日で11月24日(木)に配信している予想では、
ジャパンCに出走する外国馬(デインドリーム、シャレータ、サラリンクス、ミッションアプルーヴド)
の4頭は、凡走するのではないか!とのことです。

やはり、距離の長いレースを走ったあと、はるばる日本へやってきて、疲れているんではないか!
ということだそう。
外国馬4頭のうち、デインドリームとシャレータは、前走で2400メートルの凱旋門賞に出走しているし、
サラリンクスも前走2400メートルのカナディアン国際Sに出走、ミッションアプルーヴドも、前走2400メートルのJ・ハーシュターフクラシック招待Sに出ているそうだ。
4頭とも2400メートル戦を走ったあとの来日で、だいぶお疲れでは!?というのはうなずける。

井崎脩五郎さんのデータによると、
前走で2000メートルを超すレースに出走し、そのあと来日した外国馬がジャパンCで連対したのは、1996年のシングスピール(1着)が最後だそうだ。
その翌年の97年以来、前走で2000メートルを超すレースに出たあと来日した外国馬はのべ57頭いるが、[00255]と連対ゼロに終わっている。
このなかには、上位1~3番人気に支持された馬が5頭含まれているそうで、
最近でいうと、09年のコンデュイットなど、前走のブリーダーズCターフ勝ちが評価されて3番人気になったのだが、ウオッカから3馬身近く離された4着がやっとだった。
とのこと。

前走で長い距離のレースに出ていた外国馬が、なぜ好走できないのかについて、
井崎脩五郎さんは、疲労と、ジャパンCのレベルアップが原因だという。
81年に創設されたジャパンCの、年ごとのラップタイムを見ると分かるそうだが、創設から93年までの13年間は、スタートから中盤までのどこかに、12秒9以上のゆるいラップタイムが、少なくとも一つは必ずあった。

ところが、これが激減しているそうだ。
道中で息が入らないから、長い距離のレースを使ったあと来日した外国馬は、疲労がいっそう表面化するのではないか!との指摘だ。
今年の外国馬のなかで、もっとも人気を集めることになりそうなデインドリームは、目下3連勝中。
しかもその3連勝が、GIを舞台にしての圧勝ばかり。7月のベルリン大賞では直線一気に5馬身も突き抜け、9月のバーデン大賞は2番手から抜け出して6馬身差、そして前走10月の凱旋門賞では、内から抜け出して、
後続を5馬身ちぎり捨てている。おまけにこのとき記録した2分24秒49は、凱旋門賞のレースレコード。


井崎脩五郎さんによると、この3歳牝馬も凡走の恐れがあるというこらしい。これは、大荒れが期待できる面白しいレースに
なりそうですね!!

中国で、今年の夏から60年ぶりに競馬が解禁されたそうです。馬券も売り出されそう。

東スポによると、

10月29日にJRA騎手が史上初めて中国本土の競馬に騎乗したそうです。
「馬主サイドから誘いがかかり、武漢競馬場(湖北省)の招待レースに出場しました。計8か国の騎手(延べ12人)のうち、1人は凱旋門賞馬(デインドリーム)のオーナーの息子さんでビックリ。蒙古馬のレースで千二ダートが1分32秒という途方もない決着だったけど、楽しい時を過ごさせてもらいました」
こうコメントするのは、加藤士津八騎手。史上初めて中国本土の競馬に騎乗したJRA騎手になったわけですね。
中国では今年の夏から60年ぶりに競馬が解禁されたそうです。

まだ馬券発売こそ禁止されているが「向こうでは歓待を受け、日本の競馬事情など熱心に聞かれました。道端に卓を引っ張り出してマージャンをしている国民性ですからね。政府の認可さえ下りれば、馬券は爆発的に売れそう」と加藤士津八騎手は肌身で感じた様子です。
今、馬券発売市場としても大きな注目が集まる中国。加藤士津八騎手の今回の騎乗が日本と中国をつなぐ未来への懸け橋になり、

中国人の馬券がJRAの売り上げを上げる救いの神になるかもですね。

さあすがあ!!角居厩舎ですね。浦和記念を中央勢を差し切って川崎のボランタスが勝ちました!!

11月24日、浦和競馬場で行われた第32回浦和記念(3歳上、交流GII・ダート2000m、1着賞金4000万円)は、

山崎誠士騎手騎乗の4番人気ボランタスが勝ちました。

前走同様に出脚が鈍く後方からの競馬となりましたが、ボランタスは揉まれずに自分の競馬に徹することができましたね。

直線の入口ではまだJRA所属馬4は、はるか先で、さすがに厳しそうでしたが、直線では一番外から豪快にな伸びて、ゴール直前でまとめて差し切ってしまいました。

上がり3F37.4秒は1頭だけケタ違いの数字です。これで浦和コース(3.1.0.0)でしから、ボランタスにはぴったりなコースなんでしょう。

交流重賞初勝利おめでとうございます!昨年はスマートファルコンに千切られたとはいえ、2着だったんですよね。

次走暮れの大井に行って欲しですけれど、地元川崎のオールスターカップでしょうかね?
【勝ち馬プロフィール】
◆ボランタス(牡7)
父:ティンバーカントリー
母:ブライダルスイート
母父:サンデーサイレンス
厩舎:川崎・山崎尋美
成績:29戦9勝(中央17戦5勝、重賞4勝)
主な勝ち鞍:10年ゴールドC(浦和)、11年報知オールスターC(川崎)、11年埼玉栄冠賞(浦和)

ブエナビスタ、調教、馬体とも申し分ないようです!ジャパンCの軸は、ブエナで決まりかな!?

ジャパンCの追い切りが23日、東西トレセン、東京競馬場でありましたね。
ブエナビスタの追い切りは、かなり良い感じです。
いつも通りCWで今回は単走。
6F81秒1、ラスト12秒3。
鞍上のムチに応えて力強く伸びる姿は、まさに絶好調時のそれですね。

松博師のコメントも「すごい気合。これまでも自分でレースに照準を合わせてきた賢い馬だが、
それにしても変わり方がすごい。息づかいも前走とは全く違う」
と力強い。

これならも、3着以内は、堅いんじゃないでしょうか!?
前走の秋天は、馬体、調教とも本調子じゃなかったですからね。
それでも、4着まできたんですから、この馬はとびぬけいています。

枠は1枠2番。
この枠は、秋天に勝った時と同じ枠です。
あの時と同じように直線ロスなく抜け出してくる姿が、目に浮かびますね。


有馬のファン投票の中間1次発表では1位。
凱旋門賞馬や秋天の勝ち馬、最強4歳世代などが目白押しで、昨年よりも大混戦の今年のJCですが、
ブエナビスタなら復活Vは、十分にあり得ますね!!

ブエナビスタ

ブエナビスタ 

英字表記	Buena Vista
香港表記	迷人景致
性別	牝
毛色	黒鹿毛
生誕	2006年3月14日(5歳)
登録日	2008年5月7日
父	スペシャルウィーク
母	ビワハイジ
母の父	Caerleon
生国	 日本(北海道早来町)
生産	ノーザンファーム
馬主	サンデーレーシング
調教師	松田博資(栗東)
調教助手	松田剛
厩務員	山口慶次
主戦騎手	安藤勝己
→横山典弘
→クリストフ・スミヨン
→岩田康誠
競走成績
生涯成績	21戦8勝
獲得賞金	(中央)11億1298万9000円
(海外)100万USドル
(2011年6月26日現在)
JPN	L121 / 2010年
勝ち鞍	GI:ヴィクトリアマイル、天皇賞(秋)(2010年)
JpnI:阪神ジュベナイルフィリーズ(2008年)
桜花賞、優駿牝馬(2009年)
GII:京都記念(2010年)
GIII:チューリップ賞(2009年)


ブエナビスタ(西:Buena Vista、香:迷人景致)は日本の競走馬。
馬名の由来は、スペイン語で「素晴らしい景色、絶景」。草野仁が一口馬主として出資していることでも知られる[1]。

ブエナビスタ 経歴

ブエナビスタ 2歳(2008年)
京都競馬場の芝1800メートルの新馬戦に安藤勝己とのコンビでデビューした。このレースには後の皐月賞馬アンライバルド、東京優駿2着馬リーチザクラウン、菊花賞馬スリーロールスが出走していた。1番人気に支持され最後の直線で上がり3Fメンバー中最速の脚を使うものの、3着に敗れた。しかし続く未勝利戦では最後の直線でやや斜行しながらも抜け出し、圧倒的1番人気に応えて勝利した。
その後、阪神ジュベナイルフィリーズに登録。抽選を通過し、JpnIの舞台に駒を進めた。未勝利戦を勝ち上がったばかりの1勝馬ながら1番人気に支持されるとスタートこそ良くなかったが道中は最後方で脚を溜め、最後の直線で大外から他馬を抜き去り最後はダノンベルベールに2馬身半差をつけて勝利した。なお母のビワハイジも1995年に前身の阪神3歳牝馬ステークスで優勝しているため、母娘2代の制覇となった。レース後、手綱を取った安藤は「直線で先頭に立つと、馬が遊んでいた」と語った。

ブエナビスタ 3歳(2009年)
ブエナビスタ 春
チューリップ賞から始動した。単勝1.1倍の圧倒的人気に支持されるなか道中最後方に位置し3角からマクリ気味に進出すると直線で逃げるサクラミモザを残り200mから差し切り、1馬身差以上をつけて勝利した。
迎えた4月12日、クラシック1冠目の桜花賞に出走。単勝支持率が67.5%(オッズは1.2倍)と18頭立てとなった1987年以降では最高記録となる、圧倒的1番人気に支持される。レースはスタートから後方を進み第4コーナーを回った後直線入り口で前にいたジェルミナルとレッドディザイアを不利を避けるために先に行かせ、そこから大外に持ち出し先に抜け出したレッドディザイアを交わして優勝した。
続いて牝馬二冠を達成すべく5月24日、東京競馬場の優駿牝馬(オークス)に出走した。初の2400mや長距離輸送などが懸念されたが、ここでも1.4倍の圧倒的支持を得る。レースでは桜花賞と同じく後方から進み最後の直線で抜け出しあぐねたがそこからは末脚を繰り出し、先に内から抜け出したレッドディザイアをハナ差差しきって優勝、史上11頭目、スティルインラブ以来の牝馬二冠を達成した。

ブエナビスタ 秋
その後、凱旋門賞までのプランが明かされ札幌記念から凱旋門賞に行くことが決まった。そして札幌記念では圧倒的1番人気に推されたが先行したヤマニンキングリーを捉えきれず、クビ差の2着に終わった。この直後、調教師の松田博資は凱旋門賞への出走を断念し秋華賞を秋の目標とすることを明らかにした[2][3]。
その秋華賞は単勝1番人気に推されスティルインラブ以来の牝馬三冠を期待されたがゴール直前で先行するレッドディザイアを猛追するもハナ差の2位入線、しかし審議により3位入線のブロードストリートの進路を妨害したとして3着に降着処分となった。
次走はエリザベス女王杯に出走。レッドディザイアがジャパンカップに向かったこともあり古牝馬のリトルアマポーラやカワカミプリンセス、前走で進路を妨害されたブロードストリートを抑えて圧倒的1番人気に支持される。しかし3番手争いがお互い牽制しあったこともあり、逃げるクィーンスプマンテとテイエムプリキュアと3番手との差が最大20馬身近くまで広がる展開となった。上がり3ハロンを32.9秒というタイムで追い詰めるも、逃げた2頭に届かず、3着に敗れた。
第54回有馬記念では、デビューから手綱を取ってきた安藤から横山典弘へ乗り替わりになった。このレースでも単勝1番人気に支持され、レースではこれまでと変わり先行策を採る。直線では一旦先頭に立つが、外から伸びたドリームジャーニーの2着に終わった。このレースは最初の900mが52.2秒とハイペースであり、先行勢で5着以内に入ったのはブエナビスタだけであった。

ブエナビスタ 4歳(2010年)
4歳緒戦はドバイへの壮行レースとして京都記念を選んだ。このレースには有馬記念で敗れたドリームジャーニーも出走していたが単勝1.5倍の支持を受ける。前走同様先行し、ゴール前ジャガーメイルに迫られたがそこから脚を伸ばし半馬身差をつけ勝利。優駿牝馬以来の勝ち星を挙げた。兄のアドマイヤオーラも2年前の京都記念を制しており兄妹制覇となった。迎えたドバイシーマクラシックは直線追い上げるも、同じく牝馬のダーレミを交わしきれず2着に敗れた。
ドバイ遠征帰国後のレースとなったヴィクトリアマイルでは1番人気に支持された。レースは中団のやや後ろの位置を進み、最後の直線で追い上げるとゴール板手前でわずかにクビの差でヒカルアマランサスを差し切り、前年の優駿牝馬以来のGI勝利となった。
この後はファン投票で1位となった宝塚記念へ出走。ドリームジャーニーやジャガーメイルといった有力馬が出そろったが、1番人気に支持された。レースでは同期の日本ダービー優勝馬ロジユニヴァースを見る形でレースを進めた。直線に入ると内からアーネストリーを交わして一旦先頭に立ったが、外から追い込んできたナカヤマフェスタに交わされ2着に敗れた。
秋はステップレースを使わずに天皇賞(秋)を目指すが、これまで主戦を務めていた横山が落馬負傷したため、クリストフ・スミヨンに乗り替わり[注 1]となった。レースでは中団から差し切り、2馬身差をつけての完勝。父・スペシャルウィークとの父仔制覇を達成した。このレースでのパフォーマンスに対し、IFHAはワールド・サラブレッド・ランキングにおいて、日本で調教された牝馬としては最高の121ポンドのレーティングを与えている[注 2]。続いて出走した11月28日のジャパンカップでは、最後の直線で先頭に立ち1位入線を果たすが、最後の直線で急に内側に斜行し、2位入線のローズキングダムの進路を妨害していたため、24分間にも及ぶ審議の結果2着に降着となった[注 3]。雪辱を期して陣営は第55回有馬記念に出走。中団から差しを試み、ヴィクトワールピサと並んでゴール。写真判定の結果2着に敗れたものの、同年にGI競走に勝利していたことから、報奨金2000万円を獲得した。この年のG1競走を2勝、2着4回の活躍が認められ、JRA賞年度代表馬および最優秀4歳以上牝馬に選出される。牝馬の年度代表馬は史上4頭目である[注 4]。また、中央競馬での獲得賞金が10億円を突破。牝馬ではウオッカ以来、史上2頭目かつ最速の10億円突破である[注 5]。

ブエナビスタ 5歳(2011年)
2月4日(日本時間)、ヴィクトワールピサ、後にトランセンドとともにドバイワールドカップに選出され、招待を受諾したと発表した[4]。前年とは異なりステップレースを使わず直接ドバイワールドカップを目指した。スミヨンが同競走に出走するボールドシルヴァノに騎乗することが既に決まっていたため、ここではライアン・ムーアが騎乗した。レースでは、スローペースの道中を後方待機し、最後の直線では進路確保に手間取ったことが響いて8着となり、初の着外負けを喫した。
帰国後は6人目の騎手となる岩田康誠を背にヴィクトリアマイルに出走した。前年の三冠牝馬アパパネとの対戦に注目が集まったこのレースでも1番人気に支持された。しかしレースでは、後方でアパパネをマークする形で進み、最後の直線でアパパネとともに追い込んで叩き合いとなったが、クビ差で2着。続く宝塚記念では、道中は中団待機し、直線では大外に持ち出して追い込んだが届かず、アーネストリーの2着となった。
秋はステップレースを使わず天皇賞(秋)に1番人気で出走、牝馬初の連覇を目指した。レースでは中団の内々を追走し、直線で内を突いたものの4着に敗れた。芝2000mのそれまでの日本レコード1分56秒4と並ぶタイムだったが、国内で3着以内を初めて外した。

ブエナビスタ 競走成績
競走日	競馬場	競走名	格	距離(馬場)	頭数	枠番	馬番	オッズ(人気)	着順	タイム(上り3F)	着差	騎手	斤量	1着馬(2着馬)
2008.10.26	京都	2歳新馬		芝1800m(良)	11	4	4	2.3(1人)	3着	1:52.0(33.5)	0.3	安藤勝己	54kg	アンライバルド
11.15	京都	2歳未勝利		芝1600m(良)	14	3	4	1.2(1人)	1着	1:34.9(34.5)	-0.5	安藤勝己	54kg	(ハッピーパレード)
12.14	阪神	阪神JF	JpnI	芝1600m(良)	18	7	13	2.2(1人)	1着	1:35.2(34.8)	-0.4	安藤勝己	54kg	(ダノンベルベール)
2009.3.7	阪神	チューリップ賞	JpnIII	芝1600m(良)	13	4	5	1.1(1人)	1着	1:36.5(34.7)	-0.2	安藤勝己	54kg	(サクラミモザ)
4.12	阪神	桜花賞	JpnI	芝1600m(良)	18	5	9	1.2(1人)	1着	1:34.0(33.3)	-0.1	安藤勝己	55kg	(レッドディザイア)
5.24	東京	優駿牝馬	JpnI	芝2400m(良)	17	4	7	1.4(1人)	1着	2:26.1(33.6)	-0.0	安藤勝己	55kg	(レッドディザイア)
8.23	札幌	札幌記念	GII	芝2000m(良)	16	6	11	1.5(1人)	2着	2:00.7(35.1)	0.0	安藤勝己	52kg	ヤマニンキングリー
10.18	京都	秋華賞	GI	芝2000m(良)	18	2	3	1.8(1人)	3着[† 1]	1:58.2(34.3)	0.0	安藤勝己	55kg	レッドディザイア
11.15	京都	エリザベス女王杯	GI	芝2200m(良)	18	8	16	1.6(1人)	3着	2:13.9(32.9)	0.3	安藤勝己	54kg	クィーンスプマンテ
12.27	中山	有馬記念	GI	芝2500m(良)	16	1	2	3.4(1人)	2着	2:30.1(35.8)	0.1	横山典弘	53kg	ドリームジャーニー
2010.2.20	京都	京都記念	GII	芝2200m(良)	13	8	13	1.5(1人)	1着	2:14.4(33.4)	-0.1	横山典弘	55kg	(ジャガーメイル)
3.27	メイダン	ドバイSC	GI	芝2410m(良)	16	10	10	発売なし	2着	計測不能	3/4馬身	O.ペリエ	55kg[† 2]	Dar Re Mi
5.16	東京	ヴィクトリアマイル	GI	芝1600m(良)	18	6	11	1.5(1人)	1着	1:32.4(33.5)	-0.0	横山典弘	55kg	(ヒカルアマランサス)
6.27	阪神	宝塚記念	GI	芝2200m(稍)	17	4	8	2.4(1人)	2着	2:13.1(36.3)	0.1	横山典弘	56kg	ナカヤマフェスタ
10.31	東京	天皇賞(秋)	GI	芝2000m(稍)	18	1	2	2.2(1人)	1着	1:58.2(34.1)	-0.3	C.スミヨン	56kg	(ペルーサ)
11.28	東京	ジャパンC	GI	芝2400m(良)	18	2	3	1.9(1人)	2着[† 3]	2:24.9(33.5)	-0.3	C.スミヨン	55kg	ローズキングダム
12.26	中山	有馬記念	GI	芝2500m(良)	15	4	7	1.7(1人)	2着	2:32.6(33.8)	0.0	C.スミヨン	55kg	ヴィクトワールピサ
2011.3.26	メイダン	ドバイWC	GI	全2000m(良)	14	13	13	発売なし	8着	計測不能	3 3/4馬身	R.ムーア	55kg	Victoire Pisa
5.15	東京	ヴィクトリアマイル	GI	芝1600m(良)	17	7	13	1.5(1人)	2着	1:31.9(34.0)	0.0	岩田康誠	55kg	アパパネ
6.26	阪神	宝塚記念	GI	芝2200m(良)	16	4	8	2.8(1人)	2着	2:10.3(34.5)	0.2	岩田康誠	56kg	アーネストリー
10.30	東京	天皇賞(秋)	GI	芝2000m(良)	18	3	5	2.8(1人)	4着	1:56.4(34.7)	0.3	岩田康誠	58kg	トーセンジョーダン
^ 2位入線3着降着
^ 負担重量54.5kgの予定が0.5kg超過で出走
^ 1位入線2着降着

ブエナビスタ 血統表
ブエナビスタの血統 (サンデーサイレンス系/Nijinsky II 4×3=18.75%、Turn-to 5×5=6.25%)
父

スペシャルウィーク
1995 黒鹿毛	* サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986 青鹿毛	Halo	Hail to Reason
Cosmah
Wishing Well	Understanding
Mountain Flower
キャンペンガール
1986 鹿毛	マルゼンスキー	Nijinsky II
* シル
レディーシラオキ	* セントクレスピン
ミスアシヤガワ
母

ビワハイジ
1993 青鹿毛	Caerleon
1980 鹿毛	Nijinsky II	Northern Dancer
Flaming Page
Foreseer	Round Table
Regal Gleam
*アグサン
Aghsan
1985 青毛	Lord Gayle	Sir Gaylord
Sticky Case
Santa Luciana	Luciano
Suleika F-No.16-c
母・ビワハイジは阪神3歳牝馬ステークス優勝など重賞3勝。半兄にアドマイヤジャパン、アドマイヤオーラがいる。

ブエナビスタ 脚注
^ スミヨンはこの騎乗のために10月30日・31日の2日間の短期免許を取得している。
^ これまでの最高はファビラスラフイン(1996年)、シーザリオ(2005年)、ウオッカ(2008、2009年)に与えられた120ポンド。
^ G1競走で1位入線馬が降着となったのは2006年エリザベス女王杯のカワカミプリンセス以来、史上3頭目。G1競走で2回目の降着処分を受けたのは史上初のワースト記録。(翌年にダッシャーゴーゴーも記録)
^ 過去の3頭は1971年のトウメイ、1997年のエアグルーヴ、2008年および2009年のウオッカ。
^ ウオッカは5歳時の毎日王冠で獲得賞金10億円を突破した。

京阪杯の登録馬を見ると、穴馬は・・・

京阪杯の登録馬を見ると、
アーバニティ
アーバンストリート
アウトクラトール
キョウワマグナム
グランプリエンゼル
ケイアイアストン
コパノオーシャンズ
サワヤカラスカル
ショウナンカザン
ジョーカプチーノ
シンボリグラン
ナイアード
ブラウンワイルド
ミキノバンジョー
ロードカナロア
ワイルドラズベリー
ワンカラット

3歳馬VS古馬の戦いですね。

今のところの注目は、グランプリエンゼルかな。

前走、復活の雰囲気が出てきましたね。あとはハンデ次第でしょう。
ヴィクトリアマイルの時の力を発揮すれば、チャンスはりそうです。

池添&エイシン=エイシンフラッシュ!?(ジャパンカップ)

世界から超強力な馬たちが集結するジャパンカップG1に、池添&エイシンが出走しますね。
ダービー馬のエイシンフラッシュです。
担当の久保助手によると「状態は充実している。1回使っていい意味でピリッとした」とのこと。
前走の天皇賞・秋は6着でした。
思い切った騎乗のできる池添騎手にはぴったりの馬かもしれさんかと。

常識考えると乗り替わりでの2週連続G1制覇と言うのは考えにくいのですが・・

何が起こるか分からないのも競馬の醍醐味。そしてなにより

ことしのケンちゃんは持ってるしなぁ

ジャパンカップ

ジャパンカップ
	
第27回ジャパンカップ
開催地	東京競馬場
施行日	2011年11月27日
施行時期	11月下旬
(原則5回東京8日目)
格付け	GI
1着賞金	2億5000万円
賞金総額	4億7600万円
距離	芝2400m
出走条件	サラブレッド系3歳以上(国際)(指定)
出走資格も参照
負担重量	定量(3歳55kg、4歳以上57kg、牝馬2kg減)
第1回施行日	1981年11月22日

ジャパンカップとは日本中央競馬会(JRA)が東京競馬場の芝2400mで施行する中央競馬の重賞(GI)競走(国際招待指定)。
正賞は農林水産大臣賞、アイルランド大使賞、日本馬主協会連合会会長賞、東京馬主協会賞。また八大競走ではないものの本競走は国際招待競走であるため、日本ダービー同様に副賞が「トヨタ賞」としてトヨタの高級車が提供される。

ジャパンカップ 概要
この競走はグレード制導入以前の主要競走である八大競走ではないものの国際招待競走であり、賞金額や開催規模などが八大競走に匹敵していたため、八大競走と同格に扱われることもあった。
外国から当競走に出走する場合には競走馬の輸送費、滞在に要する厩舎や飼料にかかる費用、馬主、調教師、騎手、厩務員(馬主、調教師、騎手についてはその配偶者も含む)の交通費や宿泊費はJRAが全額負担する。このような遠征に要する諸費用の負担を外国からの全出走馬に行う競走(招待競走)は日本ではこのほかにジャパンカップダートがある[1]。世界ではドバイミーティング(ドバイワールドカップなど)、香港国際競走がある。
負担重量は定量で3歳55kg、4歳以上57kg、牝馬は2kg減。
2011年度現在の総額賞金は4億7600万円で1着賞金は2億5000万円、2着賞金は1億円、3着賞金は6300万円、4着賞金は3800万円、5着賞金は2500万円と定められており、日本国内の全競走の中で最高額であり、世界全体でもドバイワールドカップ、凱旋門賞に次ぐ3番目である。

ジャパンカップ 歴史
1970年後半に「世界に通用する強い馬づくり」が提唱され[2]日本国外の調教馬を招待して国際競走を開催する計画も持ち上がっていたが、招待馬の選定にあたり日本国外の主要競走との日程競合が障害となり実現しなかった[3]経緯がある。当時の日本最強馬といわれたスピードシンボリが高齢になりながらも現役を続行したのはそれまでの海外遠征で負け続けた分、この国際競走で海外の馬を負かしたいという陣営の思惑が色濃く残っていたためだった。
1981年に記念すべき第1回ジャパンカップは開催された。優勝賞金は6500万円で天皇賞、有馬記念と同額。新設重賞としては破格の金額である。北アメリカとアジアから招待馬が選出されアメリカ、カナダ、インド、トルコ(来日後に故障し不出走)から出走馬が招待された。「日本の馬が外国の馬と対戦するレースが見たい」という第1回だったが、日本馬はサクラシンゲキが大逃げでスタンド(客席)を沸かせるも(後に同馬は「日の丸特攻隊」と呼ばれるようになる)ゴールドスペンサーの5着が最高だった。フジテレビで実況を担当した盛山毅アナウンサーは日本の一流どころが海外(ヨーロッパ除く)の決して一流とは言えない面々相手に日本勢が惨敗した様子を見て、「日本は完全に敗れました!!」と叫びしばし絶句。海外とのレベルの差を痛感する結果となる。
翌年からは招待範囲がヨーロッパ、オセアニアにも広げられ参加国の多さから「世界一の競走」、「競馬のオリンピック」と評されることもあった[2]。さらにその翌年(1983年)からは地方競馬の所属馬も招待対象に加えられた。その後も日本代表馬がことごとく敗れるばかりで、海外との差を痛感するレースにもなった。しかし第3回の1983年になってキョウエイプロミスが2着と好走を見せた。
1984年にはJRAのグレード制導入によりGIに格付けされた。この年、前哨戦の天皇賞(秋)を快勝したミスターシービーと菊花賞を無敗で制したシンボリルドルフの新旧三冠馬2頭が参戦、日本勢初優勝の期待を大いに集めた。しかし、日本馬の初優勝という褒章を得たのは単勝10番人気と期待の薄かったカツラギエースであった。1992年には国際セリ名簿基準委員会(ICSC)により国際GIに指定されている。略称はJC(J は JAPAN、C は CUP のそれぞれの頭文字)。
1999年に成立したワールドレーシング・チャンピオンシップに初年度から加えられており、この年以降にほとんど馬産の行われていない香港、アラブ首長国連邦からも招待馬の選出がされている。また2000年から2006年までは外国馬がこの競走で優勝した場合に限り有馬記念の出走資格が与えられるようになった(2002年のファルブラヴと2005年のアルカセットが該当)が、行使した外国馬はいなかった。この制度は2007年に競馬が国際セリ名簿基準委員会から「国際パート1」に指定されたことを受けて発展廃止された。
2008年からジャパン・オータムインターナショナルシリーズに指定される。
2008年4月24日、フランスギャロ(フランス競馬統括団体)により凱旋門賞の1・2着馬がジャパンカップに優先招待されることが決まったと発表された。また、その他に3レースが同様の指定を受けている(後述)。

ジャパンカップ 外国馬
かつてジャパンカップは日本馬の層が薄いことと賞金的な魅力もあり、数多くの外国馬が参戦しジャパンカップは外国馬の草刈り場のようになっていた。
しかし2000年代以降は検疫の厳しさや賞金的な魅力が相対的に薄れたことから、ジャパンカップに登録を済ませる欧州や北米などの各国一流馬は多いものの出走を回避する外国馬も少なくはない。また、欧州馬は日程間隔が殆ど無く賞金が上がってきていて地元馬の層の薄いブリーダーズカップの芝競走や香港国際競走に照準を向けることが多い。また、直航便の無くなったオセアニア勢の挑戦が少なくなったことも影響している。しかし2億5000万円という賞金は芝競走の賞金では国際的に見てもかなり高く、遠征費もJRAの全額負担でありかなりの厚遇となっている。第30回は久しぶりに8頭の外国招待馬が参戦を果たし、記念レースを大いに盛り上げた。
それでも外国馬の挑戦が減る理由としてはいくつかの例があげられるが、頻繁にあげられる理由が芝が主流の欧州のトップホースであっても速い時計に対応できない馬は日本の固い高速(時計の出る)馬場に適応できず惨敗することが多いからである。ジャパンカップが開催された当初はまだそれほど高速馬場化しておらず、加えて一部の日本馬を除いて日本馬と欧州馬のレベルに開きがあったために多少の不利でも勝利を挙げることはできた。
しかしその後は日本のトップレベルの馬が欧州馬などとも互角になり近年は日本馬の全体のレベルが欧州と遜色なくなってきていること、そして日本の高速馬場で力を発揮する日本馬が増えたことでその傾向はさらに顕著になり、日本の固い芝に対応するためスピードと瞬発力のある日本馬に欧州の深い芝に対応するスタミナとパワーを重視されているといわれる欧州馬が日本馬に瞬発力勝負で競り負けることが多い。初期を除き欧州馬でジャパンカップで好走する馬はある程度速い時計に適応性がある馬であり、遠征する側もその点を踏まえて遠征する傾向がある。実際、このレースに勝った外国馬のファルブラヴはロンシャン競馬場の深い芝が合わなかったためこのレースへの出走を決意したという前例がある。
このように、もはや現在では日本の競馬と欧州の競馬は同じ芝でありながら全く違うものと考えられるようになっている。その傾向は種牡馬でも顕著に出ていてサドラーズウェルズなど欧州のリーディング上位に君臨する種牡馬を父に持つ競走馬が日本の競馬界ではあまり成功しておらず、サンデーサイレンスを筆頭にスピードのあるアメリカの種牡馬を父に持つ競走馬が多く活躍している。この傾向もまた欧州勢のジャパンカップ回避に拍車をかけている可能性がある。
また種牡馬ビジネスが重要視される近年の欧米では一流馬の3歳の中には競走成績が非常に優秀であれば早期引退して種牡馬入りする場合も多く(特に欧州は多い)、無理に長距離遠征という過酷なことを強いその結果戦績を悪くすることは種牡馬入り後に響くためわざわざ勝ちにくいジャパンカップを選ぶことも少ない。よって、2億5000万円の賞金よりも種牡馬として買い取られるときに発生する遥かに高い金額を優先する。近年ではキングジョージや愛チャンピオンSを勝ったスウェインや英愛ダービー馬ガリレオが種牡馬としての価値を高めようと凱旋門賞にすら出走せずダート競走の最高峰であるBCクラシックに出走するなど、種牡馬になった後のことを考えてレースを選ぶ傾向がある。また上記で説明されている日本の固い芝でたとえ外国馬が勝利を収めても、深い芝の欧州やダートが主流のアメリカにおいてはその勝利は種牡馬入りしてもあまり価値がない。そのため、近年ジャパンカップに勝った外国馬は日本の生産者団体に買い取られることが多い。
外国馬の出走馬の中には、ジャパンカップで上位入賞した後に他のG1競走を勝つなどの活躍することで有名になった海外馬も少なからず存在する。代表例としては1982年の2着馬で翌年に凱旋門賞、ロスマンズインターナショナル、ターフクラシック招待ステークス、ワシントンDCインターナショナルと欧米のGI競走に多く勝利した牝馬オールアロング、1996年の優勝馬で翌年のドバイワールドカップ、コロネーションカップ、インターナショナルステークスに優勝したシングスピール、2000年の3着馬でジャパンカップ後にBCターフや愛チャンピオンSなどGI競走を5勝して欧州年度代表馬および米国最優秀芝牡馬に選ばれ2年連続でワールド・レーシング・チャンピオンシップのチャンピオンとなったファンタスティックライトや2002年の優勝馬であり翌年エクリプスステークスやインターナショナルステークスなどのG1を勝ったファルブラヴが挙げられる。
逆に、その年の凱旋門賞を勝利して来日した馬は勝っていない。それどころか複勝圏に入った馬も1996年に出走したエリシオのみで、その他のトニービン、キャロルハウス、アーバンシー、モンジューらは馬券に絡むことすらできなかった。

ジャパンカップ 国内馬
1990年代半ばには天皇賞(秋)や菊花賞などの優勝馬がこの後に1年の総決算とも言える有馬記念が控えていることもあって3戦連続のGI挑戦に慎重にならざるを得ないというローテーション上の問題から早々とジャパンカップ回避を公言するなど、日本の出走馬が小粒になるということもあった。この動きは八大競走時代の名残やジャパンカップの歴史がまだ浅いことから、目指す目標の違いが回避か挑戦かに現れているとも言われていた。しかし近年では賞金額が大幅に増額されたことや同一年に天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念の全てに勝利した場合のボーナス制度ができたこと、宝塚記念から毎日王冠や京都大賞典を使わずに秋の天皇賞に直行する馬が増えたこと、さらに距離やコースの適性を尊重するようになってきた近代競馬では中距離の天皇賞(秋)を避けて中長距離のジャパンカップと有馬記念の2レース、または小回りの中山競馬場を嫌って天皇賞(秋)、ジャパンカップの2レースに照準を絞る陣営も増えてきている。その結果有力馬の回避は減少し、古馬に限っては故障以外の理由で回避することはほとんどない。また、菊花賞が10月の第3週に開催されるようになってからは有力3歳馬の出走も増えてきている。なおクラシックに登録していない3歳(旧4歳)馬はクラシック競走への出走ができないため、三冠をあきらめる代わりに世界の強豪と対決することを目標とすることから本競走に照準を合わせる馬も少ないながらも存在する[4]。

ジャパンカップ 3歳馬
日本馬は優勝回数が12回と最も多いが、その内3歳馬の勝利は1998年のエルコンドルパサーと2001年のジャングルポケット、2010年のローズキングダムの3頭のみであと一歩のところで勝利できない馬も多い。
2・3着に敗れた3歳(旧4歳)の日本調教馬

年	馬名	結果	主な勝ち鞍、備考
1984年	シンボリルドルフ	3着	牡馬クラシックを無敗で制した三冠馬
1988年	オグリキャップ	3着	元地方笠松所属
1993年	ウイニングチケット	3着	日本ダービー
1996年	ファビラスラフイン	2着	秋華賞
1998年	スペシャルウィーク	3着	日本ダービー
2002年	シンボリクリスエス	3着	天皇賞(秋)
2003年	ザッツザプレンティ	2着	菊花賞
2004年	コスモバルク	2着	地方ホッカイドウ所属
デルタブルース	3着	菊花賞
2006年	ドリームパスポート	2着
2008年	ディープスカイ	2着	NHKマイルカップ・日本ダービー
2009年	レッドディザイア	3着	秋華賞
2010年	ヴィクトワールピサ	3着	皐月賞

ジャパンカップ 出走権

ジャパンカップ 日本馬の出走権
レーティング上位5頭に優先出走権が与えられる(レーティングが同じ値の場合は「近走成績や距離実績などを総合的に勘案して」順位をつけている、としている[5])。
その他は「通算の収得賞金」+「過去1年間の収得賞金」+「過去2年間のGI競走の収得賞金」の総計が多い順に出走できる。
1998年より2009年まで出馬投票締切前日までのGI、GII、GIII競走の1着馬、または出馬投票締切前日までの1年間での中央競馬のGI競走(ただし2歳馬の競走を除く)3着以内馬に限られていた。この規定は、1997年にスノーエンデバー(前走ハンデキャップ戦であるアルゼンチン共和国杯に50kgの軽斤量を活かし2着)がジャパンカップの登録馬が少なかっために出走できたことが物議を醸したからと考えられている(参考:大阪スポーツ)。

ジャパンカップ 外国馬の出走権
ジャパンカップの招待決定は例年10月下旬から11月上旬に行われるため、招待が決定してもブリーダーズカップや香港国際レースに出走するため受諾できないケースがあった。そこで2008年より指定レースの優勝馬(レースによっては2着馬も)に対し優先出走権を与えることとし、早期に招待を出すことができるようになった[6]。宝塚記念がブリーダーズカップ・チャレンジの対象レースになったことに伴い、2011年からブリーダーズカップ・ターフも指定レースに追加された。2008年にキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス2着のペイパルブルが初めて優先出走権を行使して出走している。
開催国・競走名	格付	施行競馬場	施行距離	優先出走権対象馬
1	キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス	G1	アスコット	芝12f	1着馬・2着馬
2	アーリントンミリオン	G1	アーリントンパーク	芝10f	1着馬
3	アイリッシュチャンピオンステークス	G1	レパーズタウン	芝10f	1着馬
4	バーデン大賞	G1	バーデンバーデン	芝2400m	1着馬
5	凱旋門賞	G1	ロンシャン	芝2400m	1着馬・2着馬
6	ブリーダーズカップ・ターフ	G1	持ち回り	芝12f	1着馬

ジャパンカップ 褒賞金制度
2000年から天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念の3つのレースを同一年に制した場合に褒賞金が1億円贈られるようになった。現在は内国産馬2億円、外国産馬1億円に増額されており、テイエムオペラオー、ゼンノロブロイがこの褒賞金を獲得している。
2003年より外国調教馬に対して指定競走の当年優勝馬(レースによっては2着馬も)がジャパンカップ優勝した場合、褒賞金を交付している。2009年よりその範囲が拡大され、以下の条件に該当すればジャパンカップにおいて3着までに入れば規定の褒賞金を交付することとなった。制度導入後に褒賞金を獲得した事例はない。なお2011年より報奨金の金額が減額され[7]、イギリスのチャンピオンステークスが指定競走に追加されている[8]。
開催国・競走名	格付	施行競馬場	施行距離	褒賞金
1	ダービーステークス	G1	エプソム競馬場	芝12f10y	当該競走の当年優勝馬
1着1億円、2着4000万円、3着2500万円
当該競走の当年2着馬
1着4000万円、2着1600万円、3着1000万円
2	ジョッケクルブ賞	G1	シャンティイ競馬場	芝2100m
3	アイリッシュダービー	G1	カラ競馬場	芝12f
4	キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス	G1	アスコット競馬場	芝12f
5	凱旋門賞	G1	ロンシャン競馬場	芝2400m
6	ブリーダーズカップ・ターフ	G1	持ち回り	芝12f
7	ブリーダーズカップ・クラシック	G1	持ち回り	ダート10f
AW10f
8	アーリントンミリオン	G1	アーリントンパーク競馬場	芝10f	当該競走の当年優勝馬
1着7000万円、2着2800万円、3着1800万円
9	アイリッシュチャンピオンステークス	G1	レパーズタウン競馬場	芝10f
10	バーデン大賞	G1	バーデンバーデン競馬場	芝2400m
11	カナディアンインターナショナルステークス	G1	ウッドバイン競馬場	芝12f
12	コックスプレート	G1	ムーニーヴァレー競馬場	芝2040m
13	パリ大賞典	G1	ロンシャン競馬場	芝2400m
14	チャンピオンステークス	G1	アスコット競馬場	芝10f
15	ジャパンカップ	GI	東京競馬場	芝2400m	前年優勝馬(日本調教馬を除く)
1着1億円、2着4000万円、3着2500万円

ジャパンカップ 歴史
1981年
東京競馬場の芝2400mの国際招待の混合特別指定競走、ジャパンカップとして創設。
メアジードーツが当時のJRAレコードタイム(2分25秒3)で優勝。
1982年 - 当時の世界歴代賞金王ジョンヘンリー(アメリカ)が出走(13着)。
1983年 - 日本で初めてゼッケンに馬名が記入された(後述。当時はこの競走のみの特別仕様)。
1984年
JRAグレード制施行によりGIに格付け。
ミスターシービー(10着)、シンボリルドルフ(3着)が出走し中央競馬史上初となる中央競馬クラシック三冠馬同士の対決となった。
カツラギエースが日本生産馬、日本調教馬として初優勝。
1985年 - 単勝1番人気馬(シンボリルドルフ:日本)が初優勝。
1989年
ニュージーランドのホーリックスが従来のJRAレコードを2秒以上短縮する、当時の世界レコードタイム(2分22秒2)で優勝。7歳(当時の年齢表記)牝馬がJRA主催のGI競走を制するのも初となる。オグリキャップはホーリックスと同タイムながら2着。
1着賞金の総額が1億円台となる。
1992年
国際セリ名簿基準委員会 (ICSC)により国際GI競走に指定。
シンボリルドルフの仔・トウカイテイオーが優勝。初の父仔制覇。
1996年 - エリシオとストラテジックチョイスが3着同着。
1997年 - イギリスのマイケル・スタウトが調教師として史上初の2連覇。
1999年 - ワールドレーシング・チャンピオンシップに参加。
2001年
馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走条件が「4歳以上」から「3歳以上」に変更。
創設以来初めて日本馬が掲示板を独占。
2002年 - 東京競馬場の改修工事により中山競馬場の芝2200mで施行。
2005年 - イギリスのアルカセットが芝2400mの日本レコードタイムとなる2分22秒1で優勝。ハーツクライは同タイムながら2着。
2006年 - ワールドレーシング・チャンピオンシップが一時中止(2009年現在)。
2008年
ジャパン・オータムインターナショナルに指定。
3世代の日本ダービー優勝馬(メイショウサムソン、ウオッカ、ディープスカイ)が初めて揃って出走。
2009年 - ウオッカが日本生産馬の牝馬として初優勝を果たすとともに、史上4頭目(牝馬としては史上初)のJRA・GI競走7勝を達成。
2010年
日本のGI競走としては初となる3D映像の競馬中継を行う[9]。
第1位に入線したブエナビスタが他馬の進路を妨害したため、第2着に降着(降着制度施行後のGIでは2006年エリザベス女王杯のカワカミプリンセス以来3度目の1位入線馬の降着)[10]。

ジャパンカップ 歴代優勝馬
回数	施行日	調教国・優勝馬	性齢	勝時計	優勝騎手	管理調教師	馬主
第1回	1981年11月22日	メアジードーツ	牝5	2:25.3	C.アスムッセン	J.フルトン	A.D.シェフラー
第2回	1982年11月28日	ハーフアイスト	牡3	2:27.1	D.マクベス	S.ホッフ	B.R.F.ストーン
第3回	1983年11月27日	スタネーラ	牝5	2:27.6	B.ラウス	F.ダン	F.ダン
第4回	1984年11月25日	カツラギエース	牡4	2:26.3	西浦勝一	土門一美	野出一三
第5回	1985年11月24日	シンボリルドルフ	牡4	2:28.8	岡部幸雄	野平祐二	和田農林(有)
第6回	1986年11月23日	ジュピターアイランド	牡7	2:25.0	P.エデリー	C.ブリテン	タビストック侯爵
第7回	1987年11月29日	ルグロリュー	牡3	2:24.9	A.ルクー	R.コレ	S.ウォルフ
第8回	1988年11月27日	ペイザバトラー	牡4	2:25.5	C.マッキャロン	R.フランケル	E.ガン
第9回	1989年11月26日	ホーリックス	牝6	2:22.2	L.オサリバン	D.オサリバン	G.W.ド・グルシー
第10回	1990年11月25日	ベタールースンアップ	騸5	2:23.2	M.クラーク	D.ヘイズ	G.ファラー
第11回	1991年11月24日	ゴールデンフェザント	牡5	2:24.7	G.スティーヴンス	C.ウィッティンガム	B.マクノール
第12回	1992年11月29日	トウカイテイオー	牡4	2:24.6	岡部幸雄	松元省一	内村正則
第13回	1993年11月28日	レガシーワールド	騸4	2:24.4	河内洋	森秀行	(株)ホースタジマ
第14回	1994年11月27日	マーベラスクラウン	騸4	2:23.6	南井克巳	大沢真	笹原貞生
第15回	1995年11月26日	ランド	牡5	2:24.6	M.ロバーツ	H.イエンチ	イットリンゲン牧場
第16回	1996年11月24日	シングスピール	牡4	2:23.8	L.デットーリ	M.スタウト	シェイク・モハメド
第17回	1997年11月23日	ピルサドスキー	牡5	2:25.8	M.キネーン	M.スタウト	ウェインストック卿
第18回	1998年11月29日	エルコンドルパサー	牡3	2:25.9	蛯名正義	二ノ宮敬宇	渡邊隆
第19回	1999年11月28日	スペシャルウィーク	牡4	2:25.5	武豊	白井寿昭	臼田浩義
第20回	2000年11月26日	テイエムオペラオー	牡4	2:26.1	和田竜二	岩元市三	竹園正繼
第21回	2001年11月25日	ジャングルポケット	牡3	2:23.8	O.ペリエ	渡辺栄	齊藤四方司
第22回	2002年11月24日	ファルブラヴ	牡4	2:12.2	L.デットーリ	L.ダウリア	スクデリーア・ランカティ
第23回	2003年11月30日	タップダンスシチー	牡6	2:28.7	佐藤哲三	佐々木晶三	(株)友駿ホースクラブ
第24回	2004年11月28日	ゼンノロブロイ	牡4	2:24.2	O.ペリエ	藤沢和雄	大迫忍
第25回	2005年11月27日	アルカセット	牡5	2:22.1	L.デットーリ	L.クマーニ	M.R.チャールトン
第26回	2006年11月26日	ディープインパクト	牡4	2:25.1	武豊	池江泰郎	金子真人ホールディングス(株)
第27回	2007年11月25日	アドマイヤムーン	牡4	2:24.7	岩田康誠	松田博資	ダーレー・ジャパン・ファーム(有)
第28回	2008年11月30日	スクリーンヒーロー	牡4	2:25.5	M.デムーロ	鹿戸雄一	吉田照哉
第29回	2009年11月29日	ウオッカ	牝5	2:22.4	C.ルメール	角居勝彦	谷水雄三
第30回	2010年11月28日	ローズキングダム[11]	牡3	2:25.2	武豊	橋口弘次郎	(有)サンデーレーシング

ジャパンカップ ジャパンカップの記録
レースレコードタイム - 2分22秒1(第25回優勝馬アルカセット)
2着との最大着差 - 9馬身(第23回優勝馬タップダンスシチー)
勝馬投票券最高売上げ - 396億7438万2900円(第15回)
当日の最高入場者数 - 187,524人(第15回)
最多勝騎手 - 3勝
L.デットーリ(第16、22、25回)
武豊(第19回、26回、30回)
最多勝調教師 - 2勝 M.スタウト(第16、17回)
最多出走 - 6回 コスモバルク(第24~29回)

ジャパンカップ 特記事項
馬番ゼッケンに馬名(ゴール付近で観客に向かう右サイドに片仮名馬名、左サイドには英文馬名を記述)が入っているものを使用するのはこの競走の特徴である。第1回と第2回は従来の番号のみのゼッケンであったが、第3回からこの特別仕様のゼッケンを使用している。馬番ゼッケンに馬名を入れたのはこのジャパンカップがはじめてであった。また第6回までは馬名入りゼッケンはこのジャパンカップのみでしか使用していなかった(当時は日本ダービーなどの八大競走でも使用されていなかったが1985年の有馬記念では試験的に使用されていた)。このゼッケンは1987年秋以降順次他のGI競走やその他の競走にも拡大され、現在は中央競馬全場および大井競馬場において一般競走を含む全競走に馬名入りのゼッケンを使用している。ただし英文馬名入りのゼッケンは一部の国際競走(外国調教馬の出走がある場合)でしか使用されない。なお、馬体の左側が英文と固定されている。また本競走とジャパンカップダートでは2002年から、片仮名馬名の面にその馬の調教国の国旗があしらわれるようになった(2006年からは英文馬名側にも国旗を記載)[12]。
本競走の正式名称はあくまで「ジャパンカップ」であるが、2000年のジャパンカップダート創設以降は混同を避けるためか「ジャパンカップターフ」と称するファンや関係者もいる。
当日の東京競馬場は全11競走制であり、本競走は第10競走として施行される(2004年のゴールデンジュビリーデーについては最終第11競走(この時も全11競走制)として行われた)[13]。よって勝馬投票券購入に際しては競走番号を間違えないよう注意する必要がある(当日は東京競馬場をはじめとする各発売所および在宅投票システムでもこの旨注意喚起がされている)。
第8回(1988年)にはディック・フランシスも視察に訪れている。
第13回(1993年)にブリーダーズカップターフ優勝馬コタシャーンが単勝1番人気で出走したが、残り100m時点で鞍上のケント・デザーモが残り100mを示すハロン棒をゴール板と勘違いし立ち上がって追うのを止めた。その後慌てて追い出したものの結果2着に終わったというボーンヘッドがあった[14](この時の優勝馬はレガシーワールド、日本のせん馬として最初のGI優勝)。この事件を契機としてその後徐々に各競馬場の残り100mのハロン棒が撤去され、代わりに残り100mを示す表示が柵に表示されるようになっている。
国際競走ではあるが、東京優駿で行われている国歌独唱は本競走では行われていない。[15]
2010年の第30回を記念したイベントとしてこの年のレース当日と前日の東京競馬の一般レース(平場戦)は全てジャパンカップ優勝馬の名を冠した「○○○賞」の副称が付けられ、馬券にはレース名も印刷された(既に名称が付けられている特別戦やワールドスーパージョッキーズシリーズのポイント対象レースには付けられなかった)。
現在に至るまでJRA最多となるGI7勝馬が4頭おり、いずれも当競走を優勝している。

ジャパンカップ 上位入線馬に関する事項
第3回(1983年)は5着までの調教国が全て異なる結果となった[16]。
第5回(1985年)にシンボリルドルフとロッキータイガー(船橋競馬所属)による初の日本馬同士のワン・ツー・フィニッシュ(1・2着独占)が達成された。中央所属馬同士のワンツーは第18回の1998年(優勝:エルコンドルパサー・2着:エアグルーヴ)が最初で、以降中央所属馬同士のワンツーはこれまでの30回中9回ある。
日本馬が掲示板を独占(1~5着)したのはこれまでに5回あるが(下記)、外国馬が掲示板を独占したことは初開催以来1度も無い。
回	年	1着	2着	3着	4着	5着
第21回	2001年	ジャングルポケット	テイエムオペラオー	ナリタトップロード	ステイゴールド	メイショウドトウ
第23回	2003年	タップダンスシチー	ザッツザプレンティ	シンボリクリスエス	ネオユニヴァース	アクティブバイオ
第27回	2007年	アドマイヤムーン	ポップロック	メイショウサムソン	ウオッカ	デルタブルース
第28回	2008年	スクリーンヒーロー	ディープスカイ	ウオッカ	マツリダゴッホ	オウケンブルースリ
第30回	2010年	ローズキングダム	ブエナビスタ(1位入線降着)	ヴィクトワールピサ	ジャガーメイル	ペルーサ

ジャパンカップ 脚注
^ 中山グランドジャンプは2011年より通常の国際競走に変更となり、招待制ではなくなる(2011年度開催日割および重賞競走について)。
^ a b 「レーシングプログラム」(日本中央競馬会) 2006年11月26日
^ 日本中央競馬会『優駿』1970年10月号、p.49
^ 皐月賞・東京優駿・菊花賞の場合は、現状では規定によりクラシックに登録していない3歳馬が出走するには多額の追加登録料(200万円)が必要となる。一方ジャパンカップにはこの登録の必要がない。
^ 【ジャパンカップ(GI)】特別登録日本馬のレーティング順位 - JRA公式サイト 2011年11月14日
^ ジャパンカップへの優先出走について(JRA ホームページ、JRA ニュース)
^ 交付対象競走、指定外国競走、交付対象馬及び褒賞金の額(PDFファイル) - JRA公式サイト 2011年7月1日閲覧。変更前の金額もアドレス先を参照のこと
^ 国際交流競走褒賞金指定外国競走の新規追加について - JRA公式サイト 2011年7月1日
^ 放映されたレースは東京競馬場での競走のみで、第10競走のジャパンカップの他に第9競走と第11競走も放映対象に含まれていたため、東京競馬第9競走のキャピタルステークスが3D映像で放映される日本初の競馬競走となった(3D 体験イベント「LIVE IN 3D 第30回ジャパンカップ (GI)」)。
^ 過去GI成績 第30回 ジャパンカップ (GI) - JRA公式サイト 201年12月5日閲覧
^ 第30回はブエナビスタが1位で入線したが、最後の直線で2位入線のローズキングダムの進路を妨害したとして、審議の結果2着に降着処分を受け、ローズキングダムが繰り上がりで優勝となった(参考:ブエナビスタの走破時計 2:24.9)。
^ 但し、2010年のジャパンカップダートでは外国調教馬の出走が無かった為、従来のGI競走と同様に馬体の左サイドも右サイドと同じく片仮名馬名であり、かつ両サイドとも国旗の記載が無かった。
^ 1983年までは全10競走制であり、本競走は第9競走として施行された。
^ 通常、理由もなく追うのを止めた場合は審議の対象となり、長期の騎乗停止などの処分が下される場合があるが、この時は過怠金のみの処分であった。
^ 但し、ゴールデンジュビリーデーとして行われた2004年は、和田アキ子による国歌独唱が行われた。
^ 1着スタネーラ(アイルランド)、2着キョウエイプロミス(日本)、3着エスプリデュノール(フランス)、4着ハーフアイスト(アメリカ)、5着マクギンティ(ニュージーランド)

プレミアムボックス

プレミアムボックス

性別	牡
毛色	鹿毛
生誕	2003年4月8日(8歳)
登録日	2005年4月27日
抹消日	2010年12月8日
父	アドマイヤベガ
母	チャッターボックス
母の父	ターゴワイス
生国	 日本(北海道千歳市)
生産	社台ファーム
馬主	社台レースホース
調教師	上原博之(美浦)
競走成績
生涯成績	34戦8勝
獲得賞金	2億4395万6000円

プレミアムボックスは、日本の元競走馬。馬名の由来は「賞金、賞品を入れる箱」。
主な勝ち鞍はオーシャンステークス、CBC賞、京阪杯。社台レースホースのクラブ馬であり募集価格は2000万円(40口)。

プレミアムボックス 経歴

プレミアムボックス 2009年京阪杯
2005年から2007年かけ条件馬として4勝、2008年初頭の準オープン1勝を挟み続くオーシャンステークスで重賞初制覇を記録。この他2009年のCBC賞・京阪杯と合わせ、上原調教師が「ベストの距離」と評した[1]スプリント戦での重賞を3つ獲得した。
プレミアムボックスは現役前半に勝ち鞍を重ねていた当時は前からの競馬で押し切る展開が続いたが、「たまに発馬で出遅れる癖がある」とスタートダッシュの悪さを調教師から懸念[2]され、2008年の高松宮記念や函館スプリントステークスでは発馬でもたつきそのまま後方からの競馬となる展開が続き、現役後期にはそのまま中団後方から最後の上がり勝負となる展開へと脚質が一転する。
また自分から動けるタイプでは無いため[3]レース展開に左右されることが多く、調教助手の鈴木も「とにかくこの馬は展開」と同馬を評価、騎手も「(展開が)ピッタリ合えば差し切って勝てる」とコメントを残したが[4]、追い込み届かずというレースはそれを上回り、出走馬中最速の上がりを記録しながら2桁着順に終わるレースも散見、現役最後のレースとなった2010年京阪杯もそのレースの一つとなった。
重賞を3勝した実績馬であるがいずれもGIII、GIIでの連対は1回、5度出走したGIでは全て2桁着順と上のクラスでは苦戦が続き、同年12月8日付けで競走馬登録を抹消され現役引退となったが、種牡馬としてのオファーは無く、乗馬となる。

プレミアムボックス 競走成績
年月日	競馬場	競走名	格	頭数	オッズ
(人気)	着順	騎手	斤量	距離(馬場)	タイム
(上り3F)	タイム
差	勝ち馬/(2着馬)
2005	12.	17	中山	2歳新馬		16	1.3	(1人)	3着	藤田伸二	55	芝1200m(良)	1:10.9(35.2)	0.4	ロランラムール
2006	1.	8	中山	3歳未勝利		15	2.2	(1人)	6着	中舘英二	56	ダ1200m(良)	1:15.0(41.1)	0.8	キタサンモノガタリ
5.	6	新潟	3歳未勝利		16	5.0	(2人)	3着	石橋脩	56	芝1000m(良)	0:56.2(33.3)	0.3	シノワールド
5.	14	新潟	3歳未勝利		16	2.1	(1人)	1着	石橋脩	56	芝1000m(良)	0:56.6(33.7)	-0.2	(キャラメレ)
2007	1.	28	小倉	4歳上500万下		18	4.7	(2人)	3着	田辺裕信	56	芝1200m(良)	1:09.9(36.0)	0.5	ゴールドサンセット
2.	11	小倉	4歳上500万下		18	4.5	(2人)	1着	田辺裕信	57	芝1200m(良)	1:09.0(35.0)	-0.7	(コウユールビー)
3.	25	中山	4歳上1000万下		16	3.2	(1人)	3着	田辺裕信	57	芝1200m(重)	1:10.2(36.0)	0.3	タイキシルバー
4.	7	中山	千葉日報杯		13	1.7	(1人)	1着	武豊	56	芝1200m(良)	1:08.3(33.6)	-0.1	(レオハスラー)
5.	20	東京	フリーウェイS		17	5.7	(3人)	5着	鮫島良太	55	芝1400m(良)	1:21.4(33.6)	0.4	ドラゴンウェルズ
6.	16	福島	さくらんぼ特別		15	2.5	(1人)	1着	吉田隼人	57	芝1200m(良)	1:07.9(34.3)	-0.3	(トミノドリーム)
7.	15	新潟	アイビスSD	JpnIII	18	32.6	(9人)	9着	石橋脩	56	芝1000m(重)	0:55.6(33.0)	0.5	サンアディユ
12.	2	中山	市川S		16	34.1	(9人)	13着	菊沢隆徳	57	芝1200m(良)	1:09.7(36.3)	1.4	テンイムホウ
2008	2.	11	京都	山城S		16	8.9	(4人)	1着	幸英明	57	芝1200m(良)	1:09.3(33.8)	-0.1	(ビッグジェム)
3.	8	中山	オーシャンS	JpnIII	16	19.6	(7人)	1着	吉田隼人	56	芝1200m(良)	1:08.9(34.5)	0.0	(エムオーウイナー)
3.	30	中京	高松宮記念	GI	18	20.3	(8人)	10着	吉田隼人	57	芝1200m(良)	1:07.7(33.3)	0.6	ファイングレイン
7.	6	函館	函館スプリントS	JpnIII	16	27.5	(8人)	4着	幸英明	56	芝1200m(良)	1:08.9(35.1)	0.5	キンシャサノキセキ
8.	31	札幌	キーンランドC	JpnIII	16	13.0	(6人)	12着	幸英明	56	芝1200m(良)	1:09.1(34.7)	1.2	タニノマティーニ
10.	5	中山	スプリンターズS	GI	16	38.5	(10人)	14着	三浦皇成	57	芝1200m(良)	1:08.8(34.5)	0.8	スリープレスナイト
2009	2.	8	京都	シルクロードS	GIII	16	28.4	(11人)	10着	幸英明	56	芝1200m(良)	1:09.3(35.1)	0.8	アーバンストリート
4.	12	中山	春雷S	OP	13	13.6	(8人)	5着	吉田隼人	57	芝1200m(良)	1:08.5(33.5)	0.3	アポロフェニックス
5.	3	新潟	谷川岳S	OP	16	9.3	(5人)	5着	吉田隼人	57	芝1400m(良)	1:21.6(34.8)	0.6	ホッカイカンティ
6.	14	中京	CBC賞	GIII	16	37.1	(12人)	1着	鮫島良太	55	芝1200m(良)	1:08.0(33.1)	0.0	(エイシンタイガー)
8.	30	札幌	キーンランドC	GIII	16	28.9	(10人)	4着	鮫島良太	56	芝1200m(良)	1:08.9(33.7)	0.5	ビービーガルダン
10.	4	中山	スプリンターズS	GI	16	36.1	(12人)	11着	鮫島良太	57	芝1200m(良)	1:07.9(33.7)	0.4	ローレルゲレイロ
10.	31	京都	スワンS	GII	18	33.9	(13人)	6着	鮫島良太	57	芝1400m(良)	1:20.8(33.4)	0.5	キンシャサノキセキ
11.	28	京都	京阪杯	GIII	18	17.3	(7人)	1着	幸英明	57	芝1200m(良)	1:07.6(33.0)	0.0	(レディルージュ)
12.	20	阪神	阪神C	GII	18	16.3	(7人)	2着	幸英明	57	芝1400m(良)	1:20.6(34.7)	0.0	キンシャサノキセキ
2010	2.	7	京都	シルクロードS	GIII	16	8.5	(5人)	6着	幸英明	57.5	芝1200m(良)	1:08.9(33.4)	0.8	アルティマトゥーレ
3.	6	中山	オーシャンS	GIII	16	11.9	(5人)	4着	幸英明	57	芝1200m(重)	1:09.9(35.3)	0.1	キンシャサノキセキ
3.	28	中京	高松宮記念	GI	18	10.1	(5人)	13着	幸英明	57	芝1200m(良)	1:09.3(34.7)	0.7	キンシャサノキセキ
10.	3	中山	スプリンターズS	GI	16	80.1	(12人)	15着	幸英明	57	芝1200m(良)	1:08.6(34.6)	1.2	ウルトラファンタジー
10.	30	京都	スワンS	GII	14	18.6	(8人)	9着	幸英明	57	芝1400m(良)	1:21.6(34.0)	0.6	マルカフェニックス
11.	27	京都	京阪杯	GIII	18	47.4	(14人)	12着	幸英明	59	芝1200m(良)	1:08.6(33.5)	0.6	スプリングソング

プレミアムボックス 血統表
プレミアムボックスの血統 (サンデーサイレンス系)/Northern Dancer4×4=12.50%
父

アドマイヤベガ
1996 鹿毛	*サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986 青鹿毛	Halo	Hail to Reason
Cosmah
Wishing Well	Understanding
Mountain Flower
ベガ
1990 鹿毛	*トニービン
Tony Bin	Kampala
Severn Bridge
*アンティックヴァリュー
Antique Value	Northern Dancer
Moonscape
母

チャッターボックス
1987 鹿毛	*ターゴワイス
Targowice
1970 黒鹿毛	Round Table	Princequillo
Knight's Daughter
Matriarch	Bold Ruler
Lyceum
シャダイチャッター
1980 栗毛	*ノーザンテースト
Northern Taste	Northern Dancer
Lady Victoria
ペルースポート	*ガーサント
グレートターフ F-No.19
近親にダービー2着馬インティライミやワンモアチャッターがいる。

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