稲葉 隆一(いなば りゅういち、1941年5月15日 - )は、日本中央競馬会(JRA)に所属する調教師。
元JRA調教師の稲葉幸夫は実父。
1963年、東京競馬場の稲葉幸夫厩舎で調教助手となる。
同年8月31日、新潟3歳ステークスでクリールサイクロンが勝利し、平地重賞初勝利。
1998年12月20日、スプリンターズステークスでマイネルラヴが勝利し、GI初勝利を挙げる。
2011年には70歳定年引退直前に中山グランドジャンプでマイネルネオスが勝利を挙げた。
2008年終了時点の成績は平地464勝、障害26勝(JRAのみ)。
稲葉隆一 主な管理馬
マイネルトレドール(1997年・東京障害特別・春)
クリールサイクロン(1998年・スプリングステークス他重賞2勝)
マイネルラヴ(1998年・スプリンターズステークス他重賞3勝)
マイネルコンバット(2000年・ジャパンダートダービー)
サクセスストレイン(2001年・クイーンカップ)
マイネヌーヴェル(2003年・フラワーカップ)
マイネルスケルツィ(2006年・ニュージーランドトロフィー他重賞2勝)
マイネルチャールズ(2008年・弥生賞他重賞2勝)
ドリームパスポート(2008年1月に松田博資厩舎から転厩)
マイネルアワグラス(2008年・シリウスステークス)
マイネルネオス(2011年・中山グランドジャンプ)
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同期に岡部幸雄、柴田政人、福永洋一らがおり、優秀な成績を挙げた事から、のちに「馬事公苑花の15期生」と呼ばれる世代である。1966年に尾形藤吉厩舎所属の騎手見習いとなり、1968年に騎手としてデビュー。
この他では1982年の第86回天皇賞(秋)をメジロティターンで、1973年の第23回安田記念をハクホオショウで制した(但し当時同競走はハンデキャップ競走)。
1987年2月に引退。
1999年にエアジハードで安田記念、マイルチャンピオンシップを制す。他にはマイネルブリッジ(NHK杯など3勝)、ローエングリン(マイラーズカップなど4勝)など重賞は通算19勝。
2008年、エアデジャヴーを母に持つエアシェイディでアメリカジョッキークラブカップを制す。
翌年の2009年にはネヴァブションが制覇、2010年もコンビを組む横山典弘の好騎乗によりネヴァブションはアンバーシャダイ以来史上2頭目となるアメリカジョッキークラブカップ連覇を達成。
伊藤正徳も二本柳俊夫元調教師(1981年ホウヨウボーイ、1982、1983年アンバーシャダイ)以来史上2人目のアメリカジョッキークラブカップ3連覇となった。
伊藤正徳騎手成績
1着2着3着騎乗数勝率連対率
平地2762322142089.132.243
障害65225.240.440
計2822372162114.133.246
日付競走名馬名頭数人気着順
初騎乗1968年3月2日-コキンホース--6着
初勝利1968年8月24日-フリートターフ--1着
重賞初騎乗1968年11月10日カブトヤマ記念クレバーミナド14頭138着
重賞初勝利1968年11月24日東京障害特別(秋)フリートターフ6頭11着
GI級初騎乗1970年11月28日天皇賞(秋)ハクエイホウ13頭912着
GI級初勝利1977年5月29日東京優駿ラッキールーラ28頭91着
伊藤正徳 主な騎乗馬
フリートターフ(東京障害特別(秋))
ヒガシライト(日本短波賞)
ヤシマライデン(京成杯・東京4歳ステークス)
ムツミマサル(アラブ王冠(秋))
リキショウ(アラブ王冠(春))
ハクホオショウ(安田記念)
ウエスタンダッシュ(京成杯・金杯(東))
ラッキールーラ(弥生賞・日本ダービー)
タケノハッピー(クイーンステークス・ダービー卿CT)
メジロティターン(セントライト記念・日経賞・天皇賞(秋))
ヨロズハピネス(金杯(東))
伊藤正徳 調教師成績
日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順
初出走1988年3月5日2回東京3日8R5歳上400万下トーヨーテイオー14頭511着
初勝利1988年5月15日1回新潟8日8R4歳上400万下エイコーフィバー13頭111着
重賞初出走1989年3月12日2回中山6日11R中山記念アイアンシロー13頭1213着
重賞初勝利1990年9月30日4回中山8日11RクイーンSウィナーズゴールド13頭81着
GI初出走1989年5月21日3回東京2日10R優駿牝馬エバープロスパー24頭89着
GI初勝利1999年6月13日3回東京8日11R安田記念エアジハード14頭41着
伊藤正徳 主な管理馬
エアジハード(安田記念、マイルチャンピオンシップ、富士ステークス)
マイネルブリッジ(NHK杯、七夕賞、福島記念)
ホッカイセレス(府中牝馬ステークス、中山牝馬ステークス)
エアデジャヴー(クイーンステークス、優駿牝馬2着)
ローエングリン(中山記念2勝、マイラーズカップ2勝)
ネヴァブション(日経賞、アメリカジョッキークラブカップ2勝)
エアシェイディ(アメリカジョッキークラブカップ)
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伊藤 大士(いとう だいし、1972年11月29日 - )は、日本中央競馬会・美浦トレーニングセンターに所属している調教師である。
1997年、競馬学校卒業後の4月から美浦・森安弘昭厩舎所属の厩務員となり、6月に美浦・上原博之厩舎に転厩して調教助手に転向した。
2009年、2月12日にJRA調教師免許試験に合格したことが発表され、3月1日付で調教師免許免許を取得した。
伊藤 大士の記録
中央競馬
日付競馬場・開催・レース競走名格馬名頭数人気着順
初出走2009年5月23日1回新潟7日第8競走4歳以上500万以下マイネアクトナイン161212
初勝利2009年7月11日2回福島7日第10競走郡山特別3歳以上500万以下ショウナンダンク1611
重賞初出走2009年8月9日2回札幌4日第9競走函館2歳ステークス2歳JpnIIIバトルレッド16816
重賞初勝利未勝利
GI初出走未出走
GI初勝利
地方競馬
日付競馬場・開催・レース競走名格馬名頭数人気着順
初出走2009年8月5日浦和第7競走ツインメイト特別3歳スピードスクエア1023
初勝利未勝利
伊藤 大士エピソード
調教師免許取得の同期には、清水久詞、鈴木孝志、田島俊明、牧浦充徳、和田正一郎の5人がおり、清水とは同い年、鈴木とは同じ愛知県出身者でもある。
大竹正博は大学の先輩にあたる。
目標とする調教師は、自身が調教助手として所属した上原博之だと新規調教師プロフィールの欄で語っている
調教師へなることの志望動機は、「馬に携わる仕事を行っていく中で、調教師が一番「華」があり、やりがいのある仕事だと思ったので志望しました。」
と新規調教師プロフィールの欄で語っている。
調教師免許合格の際には、「競馬を取り巻く環境は厳しいですが、まずは自分自身が調教師としての仕事を楽しみたいと思います。
といったコメントを新規調教師プロフィールの欄に残した。
競馬サークルには伊藤姓は多いが競馬サークル内に血縁関係者はいない。
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1999年騎手課程15期生として騎手デビュー、当時の所属は美浦・大久保洋吉厩舎。主な同期騎手に北村宏司・高田潤などがいる。
デビュー2年目の2000年には障害競走への騎乗もあったが落馬により競走中止という結果に終わっており、障害での騎乗はこの1回だけとなっている。なお障害免許は2011年現在も保有している。
2005年には特別競走3勝を含む10勝を記録し、5年ぶりに勝利数を2桁台に乗せるが、2008年にデビュー以来所属していた大久保洋吉厩舎を離れフリーへと転向。
フリーと所属騎手を繰り返す2008年以降は騎乗数が2桁台に落ち込み、年間通じ未勝利に終わることもあるなど苦戦が続いている。
高橋智大 騎乗成績
日付 競馬場・開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順
平地 初騎乗 1999年3月7日 2回中山4日4R 4歳新馬 ショウナンパーク 14頭 12 11着
初勝利 1999年5月9日 1回新潟4日3R 4歳未出走 グレイトフェロー 15頭 3 1着
重賞初騎乗 2000年1月23日 1回中山8日11R AJCC アールニセイ 14頭 13 11着
障害 初騎乗 2000年3月4日 2回中山3日5R 障害オープン メジロスパーク 7頭 7 中止
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2007年、10月24日に4度目の受験となるJRAの平成20年度新規騎手免許第1次試験を受験し、11月15日に発表された合格者の中に含まれていたことが明らかになった。中央競馬で1度も騎乗経験のない地方の騎手が1次試験を合格するのは初めてのことである。
2008年、2月14日に第2次試験の合格が発表され、高知県競馬組合所属騎手および中央競馬で騎乗経験のない地方の騎手として初めてJRAの騎手試験合格者となる。同年2月24日には高知競馬場で壮行式が行われ、「飛翔タカノ壮行特別」が地方競馬騎手最後の騎乗となった(1番人気10着)。
2008 年3月1日付で美浦・二ノ宮敬宇厩舎所属騎手としてJRA騎手免許交付。デビュー同期に伊藤工真、大江原圭、三浦皇成の3人と、大井から移籍してきた内田博幸がいる。
同日、中山競馬第3競走でハイブリッドスターに騎乗しJRA初騎乗(10着)、5月18日、新潟競馬第3競走でアンブロークンに騎乗しJRA移籍後初勝利を挙げた。
2010年4月21日付で二ノ宮厩舎を離れフリー騎手となり[1]、翌22日から所属先を栗東トレーニングセンターに移した。
鷹野宏史 エピソード
日本中央競馬会の騎手免許取得時にすでに次男・文裕は2008年4月より競馬学校へ入学しており、父は騎手免許、息子は入学試験に合格した。次男は横山典弘の長男・和生と同期である。
ただし文裕は2010年までに競馬学校を退学した。
鷹野宏史 主な騎乗馬
セントリチカラ(1985年南国桜花賞)
ファンドリボーイ(1986年高知優駿)
キャプテンライジン(1992年南国桜花賞)
サクラアラシオー(1994年二十四万石賞、珊瑚冠賞)
トモエスター(1995年南国桜花賞)
パープルマジック(1997年高知県知事賞)
マサミネオー(1997年黒潮スプリンターズカップ)
セクチオ(1997年金の鞍賞)
マルカイッキュウ(1998年高知県知事賞、二十四万石賞、建依別賞、1999年高知県知事賞)
キング(2003年珊瑚冠賞)
ナイキアフリート(2004年珊瑚冠賞)
マルチシークレット(2006年黒潮皐月賞)
鷹野宏史 騎乗成績
地方競馬
14345戦2190勝
中央競馬
日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順
初騎乗2008年3月1日2回中山1日3R3歳未勝利ハイブリッドスター12頭910着
初勝利2008年5月18日1回新潟6日3R3歳未勝利アンブロークン15頭21着
重賞初騎乗2008年3月22日2回中山7日11Rフラワーカップラヴドシャンクシー16頭1512着
カテゴリ : 騎手, 騎手 た行
2004年3月美浦の小檜山悟厩舎所属騎手としてデビュー。同期に藤岡佑介・川田将雅・吉田隼人らがいる。
JRAデビューに先立ち3月2日、高崎競馬場7Rの中央交流競走でコウテイノユメに騎乗、初騎乗初勝利を飾る。
同馬は高野が所属する小檜山厩舎の管理馬であり、競馬場には小檜山自身も臨場、高野の騎乗にあたり、「どうせ指示してもその通りに乗れるわけはないんで、特に位置取りなどは指示せず「みんなと一緒にしっかり乗ってこい」とだけ言って送り出しました。」とコメントを残している。
地方競馬にて幸先のよいスタートを切った高野であるが、減量騎手としての3年間の平地勝利は僅か3勝と苦戦。
減量が取れる2006年春からはそれまで所属していた小檜山厩舎を離れフリーの騎手へと転向。
また同時に乗り鞍を増やすべく障害競走への騎乗を開始し同年12月に障害初勝利を記録、近年では平地への騎乗は減少するも、それと入れ替わる形で障害競走中心の騎乗となっている。
高野和馬 騎乗成績
日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順
平
地初騎乗2004年3月6日1回中京1日4R3歳未勝利アンジェリーナ16頭1111着
初勝利2004年4月18日1回福島6日5R3歳未勝利ノーザンスター16頭91着
障
害初騎乗2006年4月9日3回中山6日4R障害未勝利ワンダーエベレスト14頭1313着
初勝利2006年12月17日5回中山6日5R障害未勝利マイネルアントス14頭11着
重賞初騎乗2006年8月19日3回新潟3日10R新潟ジャンプステークストウカイブレーン14頭1313着
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子は池添謙一騎手、池添学調教助手、謙一のバレットを務める娘(3番目の実子で長女)がいる。
1974年3月、栗東・大久保石松厩舎所属で騎手デビュー。
1999年3月、厩舎開業。
池添兼雄 騎手成績
通算成績1着2着3着騎乗数勝率連対率
平地555564824.067.133
障害1309198763.170.290
計1851461621587.117.209
日付競走名馬名頭数人気着順
初騎乗1974年3月2日-ブランドキング–9着
初勝利1974年6月22日-ハツノタカラ–1着
重賞初騎乗1974年12月15日阪神牝馬特別ヤマトローザ17頭135着
重賞初勝利1980年2月24日阪神障害S(春)ツカサパワー9頭51着
GI初騎乗1975年11月20日阪神3歳Sマルブツシックス11頭105着
池添兼雄 主な騎乗馬
メジロジュピター(1984年中山大障害(春))
カルストンイーデン(1985年京都大障害(春))
メジロゴスホーク(1989年阪神障害ステークス(春))
クリバロン(1990年京都大障害(秋))
エリモジョージ
池添兼雄 調教師成績
日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順
初出走1999年3月6日1回中京7日6R5歳上500万下メインストリーム16頭710着
初勝利1999年4月4日2回中京4日9R左京山特別メインストリーム11頭11着
重賞初出走1999年3月14日1回阪神6日11R4歳牝馬特別エムテウイニング16頭1513着
重賞初勝利1999年12月5日5回阪神2日11R阪神3歳牝馬Sヤマカツスズラン14頭11着
池添兼雄 主な管理馬
ヤマカツスズラン(1999年阪神3歳牝馬ステークス、2000年秋華賞2着、2001年クイーンステークス、2002年マーメイドステークス、全日本サラブレッドカップ)
メイショウワカシオ(2000年京都ジャンプステークス、2002年中山大障害2着)
プライドキム(2004年全日本2歳優駿、兵庫ジュニアグランプリ)
タガノゲルニカ(2006年平安ステークス)
タガノバスティーユ(2006年ファルコンステークス、スプリンターズステークス3着)
トウショウカレッジ(2007年米子ステークス、2008年テレビ愛知OP、2009年バレンタインステークス)
メイショウベルーガ(2010年日経新春杯、京都大賞典)
池添兼雄 主な厩舎所属者
()内は厩舎所属期間と所属中の職分。
古小路重男(1999年-現在 調教助手)
池添学(2006年-現在 厩務員、調教助手)
松山弘平(2009年-2011年 騎手)
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同年デビューの岡部幸雄、福永洋一、柴田政人、伊藤正徳ほど華やかな活躍が見られなかったものの、引退まで多くのレースに騎乗した。この他の同年デビューは清水英次らがいる。
なお池上はデビューこそ1967年であるものの、厳密に言うと馬事公苑14期生であったため、安田富男、平井雄二、田島良保、小島太と同期である。
神奈川県出生、東京都出身。
1963年に馬事公苑長期騎手養成課程14期生として騎手候補生となり(但し一部で馬事公苑花の15期生の1人との記述もあるが、これは間違いである)、1967年に古賀嘉蔵厩舎よりデビューし、同年3月4日にフシミで初騎乗した。しかし1ヶ月後に松山吉三郎厩舎に移籍し、同年6月24日にメジロサンマンに騎乗して初勝利を挙げた。
1970年3月1日、騎手引退と同時に開業した保田隆芳厩舎に移籍し、主戦騎手となった。
1970年9月13日、メジロアサマで函館記念に勝利し重賞初制覇。
その後、同馬とのコンビで天皇賞(秋)など、重賞計5勝を挙げた。後に池上は、騎手時代の思い出の馬としてメジロアサマを挙げている。
また池上の天皇賞(秋)の制覇は当時の同競走での史上最年少騎手による制覇でもあり、馬事公苑長期騎手過程第14期生では最初の八大競走制覇騎手となった(23歳1ヶ月。この記録は1989年に武豊が20歳7ヶ月で制覇して更新)。
1973年、ハクホオショウに騎乗して札幌記念・オールカマーを勝ち、迎えた天皇賞(秋)では1番人気に推されたが、スタート直後の故障により競走中止し、涙を飲んだ。
1976年には、新馬戦からトウショウボーイに騎乗し、無傷の4連勝で皐月賞を制する。
2010年6月19日、福島競馬第10レースで管理馬のダイワナイトが勝利し、JRA通算300勝を達成した。
池上昌弘 騎手成績
通算成績1着2着3着騎乗数勝率連対率
平地1381401641670.083.166
障害0129.000.111
計1381411661679.082.166
日付競走名馬名頭数人気着順
初騎乗1964年3月4日-フシミ–7着
初勝利1964年6月17日-フシミ–1着
重賞初騎乗1968年2月18日東京4歳Sウメノフクオー9頭89着
重賞初勝利1970年9月13日函館記念メジロアサマ13頭21着
GI級初騎乗1969年12月14日朝日杯3歳Sヒダプレジデント13頭94着
GI級初勝利1970年11月28日天皇賞(秋)メジロアサマ13頭51着
池上昌弘 代表騎乗馬
※括弧内は池上騎乗による優勝重賞競走
メジロアサマ(1970年函館記念、天皇賞(秋)、1971年アルゼンチンジョッキークラブカップ、ハリウッドターフクラブ賞、1972年アメリカジョッキークラブカップ)
ハクホオショウ(1973年札幌記念、オールカマー)
アイアンハート(1974年カブトヤマ記念)
トウショウボーイ(1976年皐月賞)
池上昌弘 調教師成績
日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順
初出走1989年3月5日2回中山4日8R4歳上400万下サクラホープ16頭34着
初勝利1989年4月30日2回東京4日12R4歳上400万下サクラホープ14頭11着
重賞初出走1991年8月18日1回函館6日10R函館記念マジョルカシチー14頭148着
GI初出走2000年4月16日3回中山8日11R皐月賞マイネルチャージ18頭1615着
池上昌弘 主な管理馬
シルキーラグーン(2004年オーシャンステークスなど、オープン特別競走3勝)
トウショウギア(2005年越後ステークスなど、オープン特別競走5勝)
センカク(2008年中京記念2着)
ナンヨーリバー(2008年兵庫チャンピオンシップなど)
池上昌弘 かつて所属していた騎手
谷中公一(現役最末期のみ)
池崎祐介(デビュー時のみ。
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2001年に小倉サマージャンプで障害重賞を初制覇するなど、近年は障害レースでの活躍が目立っている。平地重賞は、2006年神戸新聞杯でドリームパスポートに騎乗して初勝利を挙げた。
同馬には2006年の皐月賞でも騎乗し、2着に好走している(この時はミルコ・デムーロの騎乗停止処分による乗り替わりであった)。
同一週に行われる平地と障害のGI(2006年4月15日中山グランドジャンプ・アズマビヨンド騎乗、4月16日皐月賞・ドリームパスポート騎乗)に両方騎乗した騎手は高田が初めてである。
翌2007年にも12月22日中山大障害・キングジョイと、12月23日有馬記念・ドリームパスポートに騎乗。この年高田はまだ勝利がなかったが、有馬記念に騎乗する騎手が未勝利であったというのは例がなく、当時のスポーツ新聞などで話題になり、12月21日の日刊スポーツでは一面で取り上げられた[1][2]ものの、中山大障害2着・有馬記念6着と共に敗れ、結局2007年は未勝利に終わった。
2007年2月11日の第4レースの障害戦で落馬し、両側肺挫傷、左眼瞼挫傷、外傷性血気胸、頭部外傷の重傷を負う。療養後、5月6日に復帰した。
サッカー日本代表の松井大輔とは彼が京都パープルサンガ(現京都サンガF.C.)に所属していた時から友人関係にあり、松井の京都時代のチームメイトであり親友である韓国代表の朴智星も交えて一緒に飲みに出かけるなどの交友がある。
高田潤 主な騎乗馬
ヒサコーボンバー(2001年小倉サマージャンプ)
アイディンサマー(2001年阪神ジャンプステークス、京都ハイジャンプ)
ギフテッドクラウン(2001年東京オータムジャンプ、2002年小倉サマージャンプ)
ドリームパスポート(2006年皐月賞2着、神戸新聞杯)
キングジョイ(2007年中山大障害2着、2008年京都ハイジャンプ、2008年中山大障害)
コウエイトライ(2010年新潟ジャンプステークス)
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高倉 稜(たかくら りょう、1991年9月4日-)は、日本中央競馬会(JRA)の騎手である。
2010年卒業(アイルランド大使特別賞を受賞)。菅原隆一、平野優、川須栄彦らとは同期に当たる。
卒業後栗東トレーニングセンターの崎山博樹厩舎へと所属。2010年3月6日の第1回阪神競馬3日目第5レースで騎手デビュー。
初騎乗馬はプリサイストップで、16頭立ての2着に入線した。翌週3月14日の第2回中京競馬4日目第6レースのパープルスターで初勝利を挙げた。
最終的には新人最多となる37勝を挙げ、JRA賞最多勝利新人騎手と関西放送記者クラブ賞を受賞した。
高倉稜 騎乗成績
日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順
初騎乗2010年3月6日1回阪神3日5R3歳新馬プリサイストップ16頭22着
初勝利2010年3月14日2回中京4日6R4歳上500万下パープルスター16頭61着
重賞初騎乗2010年6月13日4回京都8日10RCBC賞ウエスタンダンサー18頭1715着
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