阪神ジュベナイルフィリーズ | 競馬予想メルマガ検証!競馬投資の極意とは?(競馬の錬金術師)

阪神ジュベナイルフィリーズ

阪神ジュベナイルフィリーズ


第43回阪神3歳牝馬ステークス
開催地 阪神競馬場
施行日 2011年12月11日
施行時期 12月上旬 – 中旬
(原則5回阪神4日目)
格付け GI
1着賞金 6500万円
賞金総額 1億2330万円
距離 芝・外1600m
出走条件 サラブレッド系2歳牝馬(国際)(指定)
出走資格も参照
負担重量 馬齢(54kg)
第1回施行日 1949年12月18日

阪神ジュベナイルフィリーズ(はんしんジュベナイルフィリーズ、Hanshin Juvenile Fillies)とは日本中央競馬会(JRA)が阪神競馬場の芝1600mで施行する中央競馬の重賞(GI)競走である。正賞は農林水産大臣賞、日本馬主協会連合会長賞、日本軽種馬協会会長賞。農林水産大臣賞が提供されているため、正式名称は農林水産省賞典阪神ジュベナイルフィリーズと表記される。

阪神ジュベナイルフィリーズ 概要

1949年に関西所属の2歳(旧3歳)競走馬のチャンピオン決定戦阪神3歳ステークスとして創設、1956年は阪神競馬場の改修工事により京都競馬場で京都3歳ステークスの名称で施行された。

創設時から約40年に渡り関西の3歳(当時の馬齢表記、現在では2歳)チャンピオン決定戦としてミスオンワード・コダマ・エイトクラウン・マーチス・リキエイカン・タニノムーティエ・キタノカチドキ・テンポイント・サッカーボーイなど関西出身の歴史的名馬の登竜門で1954年にJRA賞が創設されて以来37年間で18頭の優勝馬が最優秀3歳牡馬あるいは最優秀3歳牝馬に選ばれている。

1991年には牡馬と牝馬の2歳(旧3歳)チャンピオン決定戦を明確にするという理由でこの年から牝馬限定の競走に変更、名称を阪神3歳牝馬ステークスとして施行されるようになった。

この3歳頂点を決する重賞競走の牡牝分離[1]については、それ以前より大井競馬場で開催されている重賞競走の東京3歳優駿牝馬が参考にされたといわれている。
更に2001年に競走馬年齢を国際基準に合わせたことに伴い、競走名称が「阪神ジュベナイルフィリーズ」となった。この「ジュベナイルフィリーズ」(juvenile fillies)とは仔の雌馬という意味である。2006年からは新装された阪神競馬場の新コース(3-4コーナーが外回りコースを使用)で施行されている。

翌年度の桜花賞、優駿牝馬(オークス)など牝馬クラシック路線を占う意味でも重要な一戦として位置づけられている。特に桜花賞とは全く同じ距離・コースの設定で行われるため、この競走の上位馬は翌年の桜花賞でも有力馬に挙げられる。

出走資格は、JRAに所属するサラ系2歳(旧3歳)の牝馬、地方所属の牝馬(5頭まで)及び外国調教の牝馬(9頭まで)。

負担重量は馬齢重量で54kgである。
2011年度現在の総額賞金は1億2330万円で1着賞金6,500万円、2着賞金2,600万円、3着賞金1,600万円、4着賞金980万円、5着賞金650万円と規定されている。
現在の優勝レイの配色は、赤色地に金色文字となっている。


阪神ジュベナイルフィリーズ 地方競馬所属馬のステップ競走

地方競馬所属馬が当競走に出走するには以下の競走のいずれかで所定の成績をあげる必要がある。
競走名 格付 施行競馬場 施行距離 必要な着順
函館2歳ステークス GIII 函館競馬場 芝1200m 1着
新潟2歳ステークス GIII 新潟競馬場 芝1600m 1着
小倉2歳ステークス GIII 小倉競馬場 芝1200m 1着
札幌2歳ステークス GIII 札幌競馬場 芝1800m 1着
デイリー杯2歳ステークス GII 京都競馬場 芝1600m 1・2着
ファンタジーステークス GIII 京都競馬場 芝1400m 1・2着
京王杯2歳ステークス GII 東京競馬場 芝1400m 1・2着

阪神ジュベナイルフィリーズ 歴史

3歳(現2歳)牡馬牝馬混合時代
1949年 – 阪神競馬場の芝1200mの重賞競走「阪神3歳ステークス」として創設。
1950年 – 出走条件が別定重量51kgから別定重量52kgに変更。
1955年 – 名称を「農林省賞典阪神3歳ステークス」に変更(ただし、1956年から1958年を除く)。
1956年 – 阪神競馬場の改修工事により京都競馬場の芝1200mで「京都3歳ステークス」の名称で施行。
1957年 – 出走条件を別定重量牡馬52kg・牝馬51kgに変更。
1959年 – この年の9月1日から日本競馬の時計表示が変更になったのに伴い、時計が1/5秒表示から1/10秒表示に変更。
1960年 – 施行コースを芝1200mから芝1400mに変更。
1962年 – 施行コースを芝1400mから芝1600mに変更。
1963年 – 松本善登が騎手として史上初の連覇。
1970年 – 出走条件を別定重量牡馬53kg・牝馬52kgに変更。
1971年
出走条件を馬齢重量牡馬54kg・牝馬53kgに変更。
混合競走に指定。
1978年 – 農林省の名称変更により「農林水産省賞典阪神3歳ステークス」に変更。
1980年 – 京都競馬場の改修工事による振替開催により京都競馬場の芝外回り1600mで施行。
1984年 – グレード制施行によりGIに格付け。
1990年 – 阪神競馬場の改修工事により京都競馬場の芝外回り1600mで施行。
3歳(2歳)牝馬限定時代
1991年
出走条件を2歳(旧3歳)牝馬限定に変更。
競走名を「農林水産省賞典阪神3歳牝馬ステークス」に変更。
1992年 – 12位入線のマルカアイリスが進路妨害により16着に降着。
1995年 – 特別指定競走に指定。
2001年
馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走資格が「3歳牝馬」から「2歳牝馬」に変更。
競走名を「農林水産省賞典阪神ジュベナイルフィリーズ」に変更。
負担重量を54キロに変更。
2006年 – 3~4コーナーが芝外回りに変更。また当年のみ「阪神競馬場芝外回りコース新設記念」の副称が付く。
2007年
国際セリ名簿基準委員会(ICSC)の勧告により、重賞格付け表記をJpnIに変更。
角居勝彦が調教師として史上初の連覇。
2008年
ジャパンカップダートの施行日がジャパンカップの翌週に変更され、開催週が1週繰り下がる。
1995年の優勝馬ビワハイジの仔・ブエナビスタが優勝し、史上初の母仔制覇。
2010年 – 混合競走から国際競走に変更され、外国調教馬は9頭まで出走可能となる。それに伴い、重賞格付け表記をGIに戻す。

阪神ジュベナイルフィリーズ 歴代優勝馬

3歳(現2歳)牡馬牝馬混合時代
回数 施行日 優勝馬 性齢 勝時計 優勝騎手 管理調教師 馬主
第1回 1949年12月18日 ウイザート 牡2 1:16 1/5 浅見国一 梶与三男 岩本政一
第2回 1950年11月23日 ミネハル 牡2 1:14 0/5 長浜彦三郎 武輔彦 隅田荘三
第3回 1951年12月16日 テツノハナ 牡2 1:13 2/5 吉永猛 渋川久作 永田忠
第4回 1952年12月21日 ワカクサ 牝2 1:13 1/5 境勝太郎 石門虎吉 宇治田泰次郎
第5回 1953年12月13日 ヤシマアポロ 牡2 1:13 4/5 土門健司 清水茂次 小林喜子
第6回 1954年12月19日 ライデンオー 牡2 1:12 0/5 上田三千夫 上田武司 上田清次郎
第7回 1955年12月11日 トサモアー 牝2 1:12 0/5 大柳英雄 清水茂次 鮫川由五郎
第8回 1956年12月23日 ミスオンワード 牝2 1:12 3/5 栗田勝 武田文吾 樫山純三
第9回 1957年12月15日 メイジミドリ 牡2 1:13 1/5 清水久雄 増本勇 中野忠雄
第10回 1958年12月7日 インターナシヨナル 牡2 1:13 1/5 池之上豊 田之上勲 永田忠
第11回 1959年12月6日 コダマ 牡2 1:12.0 栗田勝 武田文吾 伊藤由五郎
第12回 1960年12月18日 リユウライト 牡2 1:24.2 宮本悳 橋本正晴 三好諦三
第13回 1961年12月17日 チトセハーバー 牡2 1:27.4 伊藤修司 伊藤勝吉 野間勘一郎
第14回 1962年12月16日 コウタロー 牡2 1:41.5 松本善登 梅内慶蔵 橋元幸吉
第15回 1963年12月22日 プリマドンナ 牝2 1:39.0 松本善登 武田文吾 園田信太
第16回 1964年12月20日 エイトクラウン 牝2 1:37.6 佐々木昭次 田中康三 山口昇
第17回 1965年12月19日 ニホンピローエース 牡2 1:38.2 田所稔 小川佐助 小林保
第18回 1966年12月18日 タイギヨウ 牡2 1:37.0 田島日出雄 武平三 中山芳雄
第19回 1967年12月17日 マーチス 牡2 1:37.6 保田隆芳 伊藤修司 大久保常吉
第20回 1968年12月15日 リキエイカン 牡2 1:39.4 高橋成忠 柏谷富衛 水上力夫
第21回 1969年12月14日 タニノムーティエ 牡2 1:37.4 安田伊佐夫 島崎宏 谷水信夫
第22回 1970年12月13日 ロングワン 牡2 1:39.0 田口光雄 松田由太郎 中井長一
第23回 1971年12月12日 ヒデハヤテ 牡2 1:35.1 福永洋一 伊藤修司 伊藤英夫
第24回 1972年12月10日 キシュウローレル 牝2 1:35.8 梅内忍 梅内慶蔵 木村善一
第25回 1973年12月9日 キタノカチドキ 牡2 1:36.2 武邦彦 服部正利 初田豊
第26回 1974年12月8日 ライジン 牡2 1:36.1 須貝四郎 橋田俊三 森本博
第27回 1975年12月7日 テンポイント 牡2 1:37.1 鹿戸明 小川佐助 高田久成
第28回 1976年12月12日 リュウキコウ 牡2 1:37.1 久保敏文 久保道雄 三好笑子
第29回 1977年12月11日 バンブトンコート 牡2 1:35.1 伊藤清章 伊藤修司 樋口正蔵
第30回 1978年12月10日 タマモアサヒ 牡2 1:36.1 田島良保 吉永猛 三野道夫
第31回 1979年12月9日 ラフオンテース 牝2 1:35.4 岩元市三 布施正 小柴タマヲ
第32回 1980年12月7日 サニーシプレー 牡2 1:36.3 内田国夫 伊藤雄二 山本慎一
第33回 1981年12月6日 リードエーティ 牡2 1:36.4 田島信行 服部正利 熊本芳雄
第34回 1982年12月12日 ダイゼンキング 牡2 1:35.8 田原成貴 武田作十郎 大塚弘美
第35回 1983年12月11日 ロングハヤブサ 牡2 1:35.4 河内洋 小林稔 中井長一
第36回 1984年12月16日 ダイゴトツゲキ 牡2 1:36.3 稲葉的海 吉田三郎 竹村正一
第37回 1985年12月15日 カツラギハイデン 牡2 1:36.0 西浦勝一 土門一美 野出一三
野出長一
第38回 1986年12月14日 ゴールドシチー 牡2 1:37.1 本田優 清水出美 (株)友駿ホースクラブ
第39回 1987年12月20日 サッカーボーイ 牡2 1:34.5 内山正博 小野幸治 (有)社台レースホース
第40回 1988年12月18日 ラッキーゲラン 牡2 1:35.6 村本善之 池江泰郎 ロイヤルファーム(有)
第41回 1989年12月17日 コガネタイフウ 牡2 1:35.7 田原成貴 中村好夫 瀬古孝雄
第42回 1990年12月9日 イブキマイカグラ 牡2 1:34.4 南井克巳 中尾正 (有)伊吹
3歳(2歳)牝馬限定時代
回数 施行日 優勝馬 性齢 勝時計 優勝騎手 管理調教師 馬主
第43回 1991年12月1日 ニシノフラワー 牝2 1:36.2 佐藤正雄 松田正弘 西山正行
第44回 1992年12月6日 スエヒロジョウオー 牝2 1:37.9 田面木博公 吉永猛 小林乙次郎
第45回 1993年12月5日 ヒシアマゾン 牝2 1:35.9 中舘英二 中野隆良 阿部雅一郎
第46回 1994年12月4日 ヤマニンパラダイス 牝2 1:34.7 武豊 浅見国一 土井商事(株)
第47回 1995年12月3日 ビワハイジ 牝2 1:35.3 角田晃一 浜田光正 (有)ビワ
第48回 1996年12月1日 メジロドーベル 牝2 1:34.6 吉田豊 大久保洋吉 メジロ商事(株)
第49回 1997年11月30日 アインブライド 牝2 1:35.8 古川吉洋 宮徹 荒木美代治
第50回 1998年12月6日 スティンガー 牝2 1:37.0 横山典弘 藤沢和雄 吉田照哉
第51回 1999年12月5日 ヤマカツスズラン 牝2 1:35.6 M.キネーン 池添兼雄 山田博康
第52回 2000年12月3日 テイエムオーシャン 牝2 1:34.6 本田優 西浦勝一 竹園正繼
第53回 2001年12月2日 タムロチェリー 牝2 1:35.1 O.ペリエ 西園正都 谷口屯
第54回 2002年12月1日 ピースオブワールド 牝2 1:34.7 福永祐一 坂口正大 飯田正
第55回 2003年12月7日 ヤマニンシュクル 牝2 1:35.9 四位洋文 浅見秀一 土井肇
第56回 2004年12月5日 ショウナンパントル 牝2 1:35.2 吉田豊 大久保洋吉 国本哲秀
第57回 2005年12月4日 テイエムプリキュア 牝2 1:37.3 熊沢重文 五十嵐忠男 竹園正繼
第58回 2006年12月3日 ウオッカ 牝2 1:33.1 四位洋文 角居勝彦 谷水雄三
第59回 2007年12月2日 トールポピー 牝2 1:33.8 池添謙一 角居勝彦 (有)キャロットファーム
第60回 2008年12月14日 ブエナビスタ 牝2 1:35.2 安藤勝己 松田博資 (有)サンデーレーシング
第61回 2009年12月13日 アパパネ 牝2 1:34.9 蛯名正義 国枝栄 金子真人ホールディングス(株)
第62回 2010年12月12日 レーヴディソール 牝2 1:35.7 福永祐一 松田博資 (有)サンデーレーシング
第63回 2011年12月11日
阪神ジュベナイルフィリーズの記録 [編集]
レースレコード – 1:33.1(第58回優勝馬ウオッカ)
2着との最大着差 – 8馬身(第23回優勝馬ヒデハヤテ・第39回優勝馬サッカーボーイ)

阪神ジュベナイルフィリーズ その他

ゴールドシチー等、GI昇格後の「阪神3歳ステークス」で勝った馬のほとんどはその後悲惨な末路をたどっている。これは朝日杯3歳ステークス(当時、GI昇格後)の勝ち馬のメリーナイス、サクラチヨノオー、アイネスフウジンが後に日本ダービーを勝ったのに対して阪神3歳ステークス優勝馬で後にGIを勝ったのがサッカーボーイしかいなかった上にダイゴトツゲキやカツラギハイデンらはその後1勝どころか連対もしていない。GI馬であるのにもかかわらず引退後に種牡馬となれたのもそのサッカーボーイと血統の良かったイブキマイカグラ(種牡馬から引退したのち2009年死亡)のみだった。1989年の優勝馬だったコガネタイフウもその後平地のレースでは全く勝てず障害に転向して1勝を挙げるのがやっとで、その後宇都宮競馬、高知競馬等の地方競馬に移籍したが1勝も挙げることができなかった。

1991年に牝馬限定戦となってからは、同年に1番人気で優勝したニシノフラワーなど、上位人気で優勝した馬は翌年以降も活躍することが多い。一方で、1992年に9番人気で優勝したスエヒロジョウオーなど、人気薄で優勝した馬は翌年のクラシックで苦戦する傾向があり、中にはスエヒロジョウオーのようにこれが最後の勝利となってしまった馬も少なくない。また桜花賞とは同競馬場・同距離で行われるため、本競走の上位馬は翌年の桜花賞でも有力馬に挙げられるが、本競走を人気薄で優勝した馬に関しては、なぜか桜花賞での好走例が少ない。また2000年以降は毎年フルゲートの18頭立てで行われているが、それ以前を含め2010年現在で10番人気以下の馬は優勝していない。
2001年ではオリビエ・ペリエ騎手騎乗のタムロチェリーが優勝し、同騎手は3週連続のGI制覇(マイルチャンピョンシップ・ジャパンカップ・阪神JF)を果たしている。

2006年の出走馬からは優勝馬ウオッカが東京優駿・天皇賞(秋)・安田記念2回・ヴィクトリアマイル・ジャパンカップ、2着馬アストンマーチャンがスプリンターズステークス、4着馬ローブデコルテが優駿牝馬、8着馬ピンクカメオがNHKマイルカップに優勝しGI級競走で優勝している競走馬を4頭輩出した。
このほか外回りコース施行になった2006年から2009年まで優勝馬が翌年のクラシック競走を制している。2007年優勝馬のトールポピーは優駿牝馬を、2008年優勝馬のブエナビスタは桜花賞・優駿牝馬の2冠を制し古馬になってから天皇賞(秋)とヴィクトリアマイル、ジャパンカップに優勝、翌2009年優勝馬のアパパネは桜花賞・優駿牝馬・秋華賞の牝馬3冠、ヴィクトリアマイルを制するなど活躍する馬が多い。

1991年および1992年はGIでありながら当日のメインレースとしては施行されず、準メインという扱いであった。なお、メインレースはワールドスーパージョッキーズシリーズの最終戦ゴールデンホイップトロフィーであった。
2010年は1着レーヴディソール、2着ホエールキャプチャ、3着ライステラスと入り、1着から3着までの馬券圏内を芦毛馬が独占するという珍しい結果となった(GI級競走では史上初)。決して芦毛の競走馬が多数出走していたわけではなく、同競走に出走していた芦毛の競走馬はこの3頭だけであった。ちなみに、GIにおける芦毛馬のワンツーも1994年の桜花賞(1着オグリローマン 2着ツィンクルブライド)以来16年ぶりの出来事であった。

阪神ジュベナイルフィリーズ 脚注

^ 2004年に朝日杯フューチュリティステークスの条件が再変更され、牝馬が同レースに出走可能となった。

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